行方不明
翌朝、俺は次期女王に呼ばれて城に来ていた。
今回は赤絨毯が敷かれた来客用の部屋で二人きり。よく沈む豪華な椅子に腰をかけている。
俺とナミタリアの間には椅子とセットのテーブルがあり、その上にはお茶が置かれていた。
これが王族の暮らしか? 最初に会った時とは雲泥の差だ。
家族には帰る準備をさせている。昨日の疲れで日を改めるべきか悩んだが、肉体的な疲労は魔法で治る。
昨日の夜、国から逃げるフーリエンの姿を目撃した俺は、迷宮化鎮圧の後でナミタリアにこっそりと報告に行った。しかし、最重要人物の逃亡はすでに女王の耳にも入っており、迷宮化の鎮圧を優先していた事で捜索が難航していた。
それでも昨夜のうちに動ける人材で周辺の捜索は行われたそうだ。
俺はお茶を飲みながら話を聞いていた。
「結局フーリエンは行方不明か……」
魔境の入口手前で靴が見つかり、調べたところフーリエンの側近の物だった。
きっと腕を怪我していたあの男の靴だ。
「魔境へ入ったか、迷宮都市へ向かったか、その靴すらも実はフェイクで全然違う方角へ逃げたのか。フーリエンの生死すらも不明とは……」
いや、生きている事はナミタリアのクラス特性が未だに『第三候補』のままだから証明されているのか……。
この状況で連れ戻されても、今回の逃亡で罪が重くなる事は確定だろう……。
「今回のフーリエンの脱走で派閥は内部分裂し、国を出る者、国に残る者、開拓に参加する者に分かれたようです」
これでナミタリアの敵が完全にいなくなったわけだ。
独裁政権で人格が変わらない事を祈ろう。
「被害状況はどうなってる?」
「不幸中の幸いで、突然国に現れたボスでの死者は〇。最初に国に進入された際に一二名が死亡。負傷者は聖女ビエリアルさんが治したそうです」
ここでも聖女ビエリアルとして広まったか……。
あいつは回復魔法を呼吸と同じレベルで自然に行うからな。何人負傷者がいても苦にならなかっただろう。
「あちらがお預かりしていたボスの卵です」
部屋の隅に二メートル級の卵が二つ置かれていた。卵は楕円形をしているためパンダ様が丸まっても入れないだろうが、俺なら余裕で入れるサイズだ。
日本で発見されたら大騒ぎになるレベルだな。
「もらってもいいのか?」
「避将ギラーフさんが一人でボスを完封していた姿は兵士たちが見ています。ここでドロップを没収しては、国としての体面に関わります。どうぞ二つともお持ち帰り下さい」
ギラーフは『避将』か……。涙を流している亀を攻撃できなくて避けていただけなんだがな。
事情を知らないと言うのは、これほどイメージに違いがあるのか。
「ナミタリア、ありがとう」
「いえ、とんでもありません。お兄様」
アキリーナの夫という肩書きが俺を危険な道に誘っている気がする。
「忘れるところでした。元軍団長さんからのお手紙です」
封筒をテーブルの上に置いて、スッと押すように渡してきた。
ナミタリアの顔を見ると頷くので、この場で開けて読ませてもらう。
ギラーフの弱点が事細かく書かれている。その中には調子に乗ると動きが単調になるという俺が指摘した事がある内容のものまで含まれていた。
あの戦闘力だ。入口の戦闘にはあの爺さんも参加していたのだろう。
「迷宮都市の冒険者ギルドへの人材派遣の依頼は、こちらでやっておく」
「もう帰ってしまうのですか?」
「あぁ、早く帰って卵を管理できる空間を作ってやらなくちゃな」
「私はお兄様に大恩があります。いつかお兄様に恩返しをさせて下さい」
「恩返しなら、迷宮都市と貿易をするついでに、魚をアイテムのまま俺たちの家に売りに来てくれ」
※ドロップアイテムは傷を付けないと、腐らない。
ルーレットの『お魚一年分』は、この世界ではたったの二〇匹分の事だった。それもモンスタードロップ品じゃなかったため、鮮度が落ち始めるし、いくら罠だとしても一回に渡すなと言いたい。
「その程度の事でいいんですか?」
「あぁ。リズの好物だからな……」
「水弾のリズさんですか――わかりました。その様に手配しておきます」
なんだその恥ずかしい二つ名。あいつの得意な魔法は『火』だぞ……。
リズの名前が出るとナミタリアの顔が少し寂しそうになったのは気のせいだろうか?
用もないのに、これ以上長居をしても悪いので、帰る事にする。
「あ、そうだ。結局『ワヌン』ってどういう意味なんだ?」
「我々犬族の言葉で『民』という意味です」
砂漠の民。犬族の民ってことか……。
「緑豊かな国『ワンヌアス』ってどうだ?」
「ワンヌアス? どういう意味でしょうか?」
あれ? まさかの通じない? 英語を言ったつもりが外人さんに『なんだって?』って言われているのと同じ空気を感じる。
「確か『尊い』って意味だ」
「なるほど。『ヮンヌーリャス』ですか」
ごめん。発音できん……。ワンヌアスでも無理なのに……。ネイティブ犬語は違うな……。
「私が女王になりましたら『尊い国』になるように選挙で決めますね」
ナミタリアは国外に向けて行われる『最初の仕事』にするそうだ。




