敵襲
夕食後。もう日が沈み、外は暗く、寝静まり始めた頃。
「夜分遅くすまぬ! 海からモンスターが大量に現れた。戦える者は国のため、武器を取られたし!」
宿の中に男の声が響き渡る。俺たちが海中迷宮に行った次の日には陸に適応するのか……。
今日も海に行って、海のモンスターを考察すべきだったかな。
パンダ様が初期の町でスライム以外と戦っていなかったのと同じで、海の敵を攻撃すると、武器が破損して徐々に攻撃力が下がることが確認された。数少ない例外の武器が『包丁』や『銛』だ。断トツで下がりにくい事がわかっている。
海水の影響だと思うけど、それが昨日の迷宮探索での収穫のようなものだ……。
「リズはみんなに支度をするように伝えてこい」
「わかったニャ!」
部屋を猫族の夜目を頼りに暗いまま出ていく。
海の中なら相手に分があったが、今度は陸の上……。ましてや、ここは砂漠だ。水は一滴もない。
「みんなもう準備ができているニャ」
リズが扉を開けて戻ってくる。廊下はすでに火が灯り、明るくなっていた。
さすがにあれだけ響く声なら、言われなくてもみんな動き出していたか……。
「よし、まずは宿の入口を借りて作戦会議だ」
宿のおばさんが快く大部屋を貸してくれたので、すぐに会議を始める。
「今回は私も行きますから、メモがありませんわ」
エヴァールボって緊急事態の時ほど、生き生きするよな。リアルタイムに対応しているメモを作ってもらって悪いんだけど……、メモを読んでる暇がないんだよ。
ガチャッと扉が開いて、人が入ってきた。
「数日は警戒が必要でしたのに、どうして青田さんは帰られてしまったのでしょうか? 困りましたね」
えっ? 何でここにアキリーナがいるんだ?
あぁ、城にいたから俺たちよりも先に情報が入ってきて、駆けつけてくれたのか……。
いや、そんな事はどうでもいい。
「今――なんて言った……?」
「青田さんは犬の国を離れてしまいました」
一番の戦力がいないだと? どうすればいいんだ?
逃げ――る……?
「落ち込んでいる暇はないニャ!」
ガシッとリズに右腕を掴まれた。
「そうですよ。敵の出没ポイントは海からって決まってるんですから、守るべき入口は一ヶ所だけです。そういう意味では簡単です」
ギラーフには左腕を掴まれる。
リズとギラーフの話は正しい。
家族の国を守らなくちゃいけないんだ。
軽く作戦を決めて動き出す。
「敵の側面を狙いたいから、少し遠回りになるが、迷宮都市方向から外に出よう」
本当は籠城して近づいてきたモンスターを狙い撃ちにしたいが、それはこの国の兵士がするだろう。
門に到着して外に出ようとすると、門番に怪訝な顔をされた。
このタイミングに国を出ようとしたために、逃げ出すように見えたのだと思う。
現に水撒きの最中には、犬族以外の種族を全然見なかった。それは――自分たちの国じゃないから『迷宮化』に巻き込まれないように避難したためだと思う。
「一刻を争います。早く通しなさい!」
アキリーナ様が女王様みたいに言う。フードを外すと見た目はフーリエンと瓜二つ。その容姿はすでに国中に広まっている。
「申し訳ありませんでした!」
俺たちは門番の横を素通りして海のある方へ走った。
小高い丘の上。坂を下った四〇〇メートル先に敵が歩いている。
月明かりに鱗なのか、目なのかわからないが、反射して長蛇の列になっているのが視認できた。
「リアラは即席の壁を作ってくれ。全方位から囲まれたら、さすがに休む暇がなくなる」
「わかりました」
「リズは周りを気にせず、火の魔法だ」
「任せるニャ! お魚さんが大漁ニャ!」
一番信用ができない返事の仕方だな……。俺はこっそり『魔法使いの友』の称号をオンにする。
俺たちが迂回している間に敵の先頭が国に到着した。隙間なく迫る集団に壁の上に配置されていた弓部隊が簡単に突破を許したようだ。ドンドン戦闘音が国に入っていく……。
しまった。
「今から側面を狙っても、すでに国がピンチだな」
もたもたしていたわけではないが、俺の予想よりも進行速度が速い。
「仕方ない、戦力を分けよう。ギラーフとコーシェルは中に戻って、進入してしまった敵を殲滅してきてくれ。それとビエリアルを安全に怪我人の場所まで運んであげてくれ」
「戻るのでしたら、これをどうぞ」
アキリーナが『王族の印』というアイテムをギラーフに渡した。
「ありがとうございます」
三人は来た道を戻っていく。最初から入口に向かわせていれば……。
過ぎた事をくよくよ後悔してもダメだな。状況は刻一刻と変化している。
「よし。派手に暴れるぞ!」
オルゴールの音が砂漠に響く。いつもよりも悲しげだ。それに合わせてアキリーナが歌う。
その歌声に魅了され、動きが止まり、どんどん前詰まりのような形になった。
「リズ、今だ!」
ボンボンボンッと火の初級Lv九を三つ作り出して、三段合成。
動きを止めていた敵の集団の真ん中に、リズの魔法が炸裂する。
はっ? なにこれ――まずい!
俺のイメージしていた規模よりも二個ぐらい上をいった。魔法の威力で吹き飛んだ砂がザザザザーッと音を立てて丘を上ってくる。
「リアラ! 急いで熱風用の壁だ」
砂漠の夜は気温が下がるが、炎の熱は辺りの温度を一気に上げた。俺の指示がギリギリ勝って、熱風はドーム型に作った氷壁の外側を通過する。
すげぇー。
名付けて『爆炎魔法』。
氷壁ドームは一回で役目を終えたので、一度無に反す。
「いつもよりも魔法の制御が簡単だったニャ! 中級でも試してみるニャ」
『魔法使いの友』の称号の恩恵か……。
「敵はこちらに気が付いた。近づかれる前に数を減らすぞ」
リズは火の中級Lv一を作っていく。一つ一つの火の大きさが、さっきよりも大きい。あっさり三段合成に成功する。
本番でいきなり試すな。俺が初めて称号をオンにしたのが悪いのか……。
「これはヤバイな……。リアラは壁をあと二枚だ」
リズが魔法を撃った直後に氷壁を張り直したが、規模が違う。
間に合ってくれよ……。このままじゃ熱風で俺たちの気管が焼ける。
合成すると、攻撃力は掛け算のようだ。
名付けて『獄炎魔法』。
爆炎魔法を手持ち花火とするなら、今の獄炎魔法は打ち上げ花火級だ……。この猫さんは、どこまですごくなるんだ?
氷壁が透明で向こうが見通せるとはいえ、目の前が真っ赤に染まった時は焦った。
ドーム型にするために多少薄くなっていたとは言え、余波だけで、リアラの作った氷壁を二枚破壊したのだから、気管程度では済まなかったと思う。仲間の魔法の余波で死ぬとか、嫌すぎる。
「うーん。モンスターの進軍を一時的に阻害することはできたけど、こんな戦い方をしていると、地形が変わるな……」
みんなの笑いを取れたから、緊張してガチガチな奴はいない。
「もう少し戦いやすいところを調べておけばよかったな……」
「でしたら、あちらに向かいましょうか」
エヴァールボが国の方を指さす。
早速なにかあるようだ。
「壁の近くに行ってどうするんだ?」
「壁を背中にすれば半分を守る必要がありません」
確かに……。単純だが全方位を守るよりもいいか。背水の陣でもあるが……。
「んじゃ移動しながら戦おう」
「え? すぐに移動をしないのですか?」
フローラが聞いてきた。
「移動速度はモンスターによって違うはずだ。間延びしたところをさらに叩きながら移動する」
「なるほどニャ」
「間延びし始めたらリズは火と風の合成魔法で列の中心をぶち抜いてくれ」
これは炭鉱の町で見せた横に伸びる『竜巻魔法』だ。
「わかったニャ」
「モズラは火炎瓶で敵が広がらないように進路を狭めてくれ」
移動しては振り向いて攻撃を繰り返す。
「思っていたよりも、敵の数が少なくないか?」
「そうですね……」
まだ良くて三〇〇体ってところだ。
エヴァールボも腑に落ちない感じか。
突然、壁の内側から悲鳴が聞こえた。
くそっ! 俺が戦争を始めるなら、陽動も兼ねて、壁と中の同時攻撃って思っていたじゃないか!




