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物臭警部補

「月島さ~ん」


 公園のベンチに寝転がり本で顔を覆うようにして横になって早数分。ついに見つかっちまったようだ。まったく最近見つけるのが上手くなったというかなんというか。俺としてはあと二時間くらい探し回ったくれた方が嬉しいんだが、そうも言ってらんねぇーのかな。


 本を少し持ち上げて声のした方を見ると、黒のスーツに身を包んでサイドバックを肩にかけている女性が走って来ているのがわかった。だが俺はそれを見るだけでシカトぶっこくことを決めた。完全なる狸根入りだ。女性は俺の横に走り寄って来て荒い息をしている。随分と急いで来たんだな。ご愁傷様。


「たく。なんでいつもそうやって一人で先に行っちゃうんですか? しかも完全にさぼってますよね? さぼってますよね? たくもう検挙率№1は伊達なんですか? それでも本部の警部補ですか?」


 俺が聞いていることは関係ないのかもしれんくらい、女性は捲し立てるように俺を罵倒する。ああ、俺のチキンハートはズタズタのボロボロだよ。それなのにどうして仕事なんてしないといけないんだろうな? わかんねぇよほんと。ああミノムシになりたい。


「あの? おい月島雪光(つきしまゆきみつ)


「上司を呼び捨てって酷いんじゃないんでしょうか? 日向桜子(ひゅうがさくらこ)さん」


 俺は本を胸の方までずらして入って来る光に目を細める。視界がよくなってくると、そこにはいつものぶっよう面に肩口で切りそろえられた黒い髪、名前に似合うような桜色の唇をした女性の顔があった。


「はぁ~。喋らなきゃ美人なんだけどな~。本当に心底残念だよ。なんでこんな外面だけがいい女になったんだろうな?」


「喧嘩売ってますよねそれ? そのもじゃもじゃの頭焼き払ってあげましょうか?」


「おいおうやめろよな。ただでさえ(うち)の家系ハゲばっかなんだから大切な髪の毛なんだから」


「だったら寝てないで立ったらどうです、か!」


「あば!」


 言葉尻に合わせて俺の頭をはたく。たいして痛くはなかったんだが、咄嗟に言葉が漏れてしまった。渋々と起き上り片手で叩かれたところを擦りながら、もう片方の手で本を閉じる。


「まったく勘弁しろよな。貴重な毛根が死滅したらどうしてくれるんだよ?」


「さっさとハゲてしまえ」


「お前、ハゲろって言う方がハゲるんだからな。お前きっとハゲんぞ? 気を付けろよ?」


「ハゲんわ! たくどこの小学生ですか? それより、死体のこと」


 おっと。これはもうふざけてる場合じゃないね。やれやれ、仕事しますか。


 重い腰を上げて大きく伸びをする。体の節々が痛いが、まあこんなとこで寝ればこうなるのは当たり前だな。


「それで?」


 俺の問いに日向は頷くと、サイドバックから自分の手帳を開く。幾つも付箋が貼られていてとても使いにくそうなごちゃごちゃした物になっている。生真面目というか、メモ魔なんだよなこいつ。


「被害者は性別年齢共に不明。今鑑識に調べてもらっているので、詳しいことは本部に戻ってからで。それと死因ですが……やはり死因は不明、死後の状態は……まるで泥のようになっています」


「泥ね……」


 まったくもう、可笑しな事件に巻き込まれたもんだよ。


 懐から煙草とジッポライターを取り出すと喫煙所とか関係なしに一服する。日向はそれを見て嫌そうな顔をするが、咎めはしなかった。バックに手帳をしまい、ただ俺が吸い終わるまで待ってくれる。



 昨日のことだ。いつものようにサボ……もとい見回りをしていた時のことだ。ベンチに座って本を読んでいた時、携帯に着信が入った。とりあえず無視したらまたかかってくる。そしてもう一度無視したらまたかかってきたので着信を見てみると、『残念美人』と書かれていた。それを見て頬が引き攣る。出たくはないが出なかったら出なかったで後が面倒になる。グチグチといつまでもいつまでもそのことについてお小言を言われるのだから、俺のチキンハートでは一日も耐えられないのは目に見えている。現に前は三時間でギブアップした。


「はあ~」


 盛大な溜め息をしてまた幸運を逃した俺は、携帯を開いて着信を押す。


「もしもし。なんのようだ? 日向」


『なんの用だじゃありませんよ。何回かければ気が済むんですか? あと何回私を置いていけば気が済むんですか? 十回ですか? 百回ですか!? 千回ですか!!?』


 電話越しから可愛らしい声の怒声が聞こえてくる。本当に口さえ開かなければ美人なんだがな。


「悪かったよ。今度美味しいスイーツ買ってってやるから機嫌直せ」


『……いいでしょう。でも今回だけですよ?』


 この手に限る。てか何回聞いただろうかその台詞。怒られるよりは断然いいが、そういえば今月お金厳しかったな~。どうすっかな~。


「で? 何か用があったんだろ? なんだよ?」


『ああ、そうでした。月島さんえの怒りで事件のこと忘れてましたよ』


「それ忘れるの刑事としてどうなの?」


 俺が言えた義理じゃないけど。


『月島さんに対する怒りは大気圏を突破しますから。それで概要なんですが、なんでも妙な事件らしくて捜査一課でも今頭悩ましてるんですよ。科捜研の人たちも科学的じゃなくてわからないそうで。死因も今のところ不明なんですよ』


「被害者の状態は?」


 そう聞くと、日向は困ったように唸ると、ペラペラといつも持ち歩いてる手帳を開いてる音がする。


『人に見えないんですよね』


「はぁ? それはあれか? グチャグチャってことか?」


 電車に引かれて細切れみたいになってるのか。グロいな。


『いや、グチャグチャって言うかドロドロって言うか。もはや泥っていうか』


「容量えないな。結局なんなだ?」


『だから泥なんですよ! もうさぼってないで早くこい月島!』


 痺れを切らしたのか、いきなりタメ口になって大きい声を出すので耳がキーンとなる。日向は今いる場所を早口で伝え。念を押すようにもう一度『早くこい』と言って荒く電話を切る。


「たくあの女」


 耳が痛くなったので少し苛立つが、日向の言った泥のようだというのが気になった。人間が泥になる訳はないので何かの比喩表現かと思ったが、あの様子だとその線は薄いだろう。となると本当に泥になったのか? わけわからんな。


 今まで起こったことのない事例のような気がして頭が痛くなってきた。正直帰りたい気持ちで一杯なんだが、ばっくれる訳にも行かないので重い腰を持ち上げて急ぎ足で日向に言われた場所に向かった。


 ビルの一角にKEEPOUTと書かれた黄色いテープに囲まれている場所が目に入る。周りに野次馬の群れが生成されているが、そのテープと警官が止めているので中に入ることはできない。


 俺は野次馬たちを押しのけてテープの前で後ろに手を組、仁王立ちしている警官の一人に自分の警察手帳を見せながらに声をかけた。


「捜査一課の月島だ。羽黒警部は中にいるか」


 相手は俺が警察の人間だとわかると敬礼をする。


「ハッ! 先程到着されて、直ぐに」


 「ご苦労さん」と敬礼をしながら一言労いの言葉をかけ、テープを潜って中に入る。そこには青いビニールで覆われた死体、写真を撮ったり犯人の痕跡が残されていないか調べている数人の鑑識と、端のほうで固まっているがたいのいい高年齢の男性とちみっこい若い女性の二人の刑事がいた。


「羽黒警部。お待たせです」


「おお、来たか。待ってたぞ」


 羽黒警部は二カッと笑うと俺の背中を叩く。この人は昔から力が強くて歳のわりにとても筋肉質なのだ。だから叩かれるととても痛い。しかも強面なので、警察だとわからない人にとっては只のやくざにしか見えない。


「警部、痛いです。あとさりげなく俺の脚を蹴るな日向」


「なんのことですか」


 俺に指摘され蹴るのをやめてシラーっとそっぽを向く日向。隙あらば俺をストレス発散に使うのはやめて欲しい。


「そういえば今日は嬢ちゃん走らせなかったんだな」


「ああ、まあ今日ぐらいは」


 ここで言う嬢ちゃんとは日向のことだ。そしてなんでこんなことを言うのかというと。俺はいつも携帯の電話に出た後に日向に迎えに来てもらってるのだ。そもそも歩くのが面倒くさくて基本自分から現場に顔を出すことは滅多にない。だいたい日向からの報告で全てを済ます。それでもよくわからなかった時は、こうして自ら現場に赴くのだ。


 待ってれば良いだろうと思う者もいるだろうが、並大抵のことで俺がその場から動かないことを日向は身を持って知っている。最初にペアを組まされた時、連絡だけ聞いてサボ……もとい独自捜査をしていたら夜になったしまったことがあり、結局現場には次の日に行くことになったのだ。それ以来日向は俺を叩き起こすために迎えに来てくれるようになった。


「ちょっと不可解な点があるみたいなんで、自分で見とこうと思いまして」


「ならこれから不可解な点だらけにして報告しますね」


「なんだか悪魔の囁きが聞こえた気がしたが気のせいだろうか~? ここには悪魔より鬼畜な女しかいないもんな~」


 日向と取っ組み合いになった。


「相変わらず仲良いなお前ら」


「どこがですか!?」


 まったくだ。羽黒警部はいったい何を見てるんだ。


 それから数秒間の取っ組み合いの末、「でもいい加減にしろ」と羽黒チョップが二人に炸裂したので渋々手を引く。


「んで、被害者の様子は? なんかドロドロらしいですね」


「まあ見ればわかる」


 羽黒警部は苦々しい顔をすると日向と目を合わせる。日向も思い出してしまったのか口元に手を当てて暗い顔をし、ブルーシートから目線を外す。俺は二人の反応からどんな状況なのか見たくはなかったが、興味はそそられた。


 ブルーシートに近づき合掌をしてからゆっくりとシートを持ち上げると、いままでシートに覆われていたことにより抑えられていた腐乱臭が鼻に付き胃内物を戻しそうになる。何とか堪えてシートを剥がすと、中にいたのは予想よりもはるかに悍ましい姿の死体だった。焼けて爛れたかのように皮膚はドロドロに溶けて、顔はもはや原型を保ってはおらず歯は抜け落ち肉眼で確認できるだけで二~三本しかない。目玉も腐り顔面から剥がれ落ちている。着ていたであろうパーカーとジーンズは溶けた皮膚によって少し黒ずんでいて湿っているようだ。


「こいつは……」


 もはやこれは人と呼んでいいのだろうか? そんな疑問にすら苛まれる。それほど形状しがたい状態だった。


「羽黒警部……こいつはまた酷いですね」


 ブルーシートを元に戻し羽黒警部の側に戻ると、警部も苦笑いをして大通りの方に向かうので俺と日向は付いていく。


「酷いなんてもんじゃねぇよ。あそこまで無残は死体は20年以上警察やってるが今まで見たためしがねぇ。どうやって殺したのかも死亡時刻もまるでわからん。性別すらつかめない始末だ。まあ服装から多分男だとは思うがな」


「でももしかしたら男装癖のある女性かもしれませんよ?」


「テメーの趣味なんか聞いてねぇよ」


「俺、僕っこ結構好きなんですよね」


「月島さん、死んでください」


「やめて。そんな蔑んだ目で俺を見ないで日向。お前の目つきは絶対零度だから」


 そう言うと、日向は呆れたように溜め息を吐き速足で車道に留めていた車に乗り込む。俺と羽黒警部は少しニコチンが切れてきたので、車の近くでお互い一服することにした。すると車に乗っていた日向が窓を開けて顔を出してくる。


「それで、どうするんですか? 身元もわからない、殺害方法も不明、死亡時刻も掴めないとなると、中々詰んでますよ?」


 実はそうなんだよな~。捜査って言ってもどこを捜査するのが手っ取り速いかわからん。あまり効率の悪い捜査は好きじゃないんだけど、まあしかないか。


「取り敢えずお前は資料室5に行ってこい。俺は美人鑑識さんとランデブーしてくっから」


 そう言って視線を右に向けると、遠くの雑踏の中に街中には不釣り合いな白衣を着た女性が目に入る。日向も俺の視線を追って見つけたのだろう、まるでヒキガエルでも踏んづけた見たいな嫌な顔をする。そういえばあいつとは相性最悪なんだったか。


 女性が近づくにつれて顔色がどんどん悪くなる日向に比例して、俺たちを見つけるやいなや満面の笑みで走ってくる。白衣の下に来ているタートルネックの服は女性の体にフィットしていて、どことは言わないがとても強調されている。


「月島さ~ん♡」


 近づくなり俺に抱きついて胸に顔を埋めてくる。どことは言わないが当たっている。だがこれ以上こいつを野放しにして抱きつかせておくと日向が鬼の形相になってしまうので、勿体ないが今日はこれくらいで我慢しよう。


 寝癖満載の頭を手を置いて、強引に引きはがす。「あん♡」と艶めかしい声をあげてすんなりと離れると、業とらしく両腕で胸を隠す。


「もー、今どさくさに胸触りましたよね~?」


「触ったってゆうかお前から押し付けてきたな」


「気持ち良かったですか?」


「極上」


 日向からの鉄拳が脇腹にクリーンヒットし、痛みに前かがみになる。


「どうしたんですか月島さん? そこのホルスタイン野郎の胸にまさかとは思いますが欲情したんですか?」


 笑っているのに笑っていない顔に背筋が凍る。なんと言い訳をしたらいいものか悩んでいると。


「まあまあ可哀そうに。月島さん、私の胸で泣いていいですよ?」


 強引にこいつの胸に顔を抱き寄せられ、柔らかく弾力のある胸に顔が埋まる。待てこれは不味い。何が不味いって息できん! 呼吸困難になる!


「豊崎実里(とよさきみのり)さん? いい加減月島さんから放れてくれませんかね?」


 日向のドスの聞いた声がなんか遠くに感じる。不味いよ。本当に不味いよこれ。声も出すことができないので意思表示のために手でペシペシと豊崎の肩を叩くが、どうもそれどころではないらしく先程よりきつく抱きしめる。絞まる! やめろ!


「あらら? 誰かと思えば、顔だけは良い(・・・・・・)日向さんではないですか? 顔だけは良い(・・・・・・)


「胸だけが取り柄のホルスタイン痴女は言うことが違うわね~。あいにく私は顔以外にも取り柄があるので」


「胸に取り柄のない女性なんてお子様もいいところだわ。貧困さん」


「ひ! 貧困!?」


 それは日向のには禁句だ! 俺まで一緒に殺す気か! いやごめん! もうマジで死ぬ!


 限界に達しペシペシではなくバシバシ! と叩き始めるが、豊崎が俺のホールドを外す気配がこれっぽっちもない。車の扉の開く音がして首根っこを掴まれ引っ張られる。息できないのにさらに追い打ちかけてきやがったこいつら。何? 俺のことそんなに嫌いなの?


「ところ構わず抱きついて年中発情期のあなたの知性の低さに感服するわ。胸がでかい人に馬鹿が多いって本当のことだったのね。栄養全部持ってかれてるんじゃないの?」


「胸にすら栄養がいかないあなたにはどこに栄養いってるのかしらね? あ♡ お腹か~♡」


「殺す」


「やってみなさいよ」


「あ~、盛り上がっているとこ悪いが」


「「なんですか!!」」


「そいつ、死ぬぞ」


 羽黒警部の声を海底から聞いているように遠くに感じながら、意識が、遠退いた。



「お前らな~。殺す気か?」


「「すいません」」


 車のフロントに腰を預け首を軽くさする。二人も悪いことをした自覚があるようで、手を下で組んで頭を下げている。こうしていればしおらしいんだが、なんでこういがみ合っちゃうかな?


「とりあえず、日向はさっさと警察庁戻れ。豊崎は俺と一緒に死体調査」


 二人は「はい」と言って、日向は車に戻り羽黒警部と一緒に警察庁に、豊崎と俺はもう一度あの事件現場に戻る。


 先程ではないがまだそれなりに多い人だかりを押しのけ中に入る。鑑識たちも綿密に調査をしているようだがあまり進んでいないように見える。豊崎は周りを一度見渡して、ブルーシートに覆われた死体に足を運ぶ。


「これが今回の死体さんですか? これはまたグロテクスですね」


 シートの端を摘まんで持ち上げて中を覗き、ジロジロと死体を値踏みするかのように見ていく。正直そんなジロジロ見る余裕は俺にはなかったので、こんだけ見ても吐き気すらみせないこいつには感服する。


「どうだ?」


 何かわかったか尋ねるが豊崎は渋い顔をするだけで答えてはくれなかった。こりゃあ時間かかるなと思い

煙草を吸うために席を外そうとした時、豊崎が「んん?」と唸った。ポケットからゴム手袋を取り出し手に嵌めて、シートの中を弄っている。


「どうした?」


「なんか変なモノが有ってですね、ちょっと取り出してます」


 そう言って取り出したのは白い棒のような物だった。


「なんだそれ?」


「骨ですね」


 あっさりと言ってのけたがどこがあっさりとしているのだろう。相変わらずこいつの感覚はわからん。


「妙に細いと言うか……ここら辺の骨じゃないような気がするんですよね~」


「因みにそれはどこから取ったんだ?」


「恥骨辺りから」


「お……おう。そうか」


 お前女だよな? って問いたくなった。


「まあこの人が女か男かなんてわかりませんが、取り敢えずはここの骨ではないですね」


 そう言って豊崎はその骨を手持ちのハンカチに包み俺に手渡すと、また目ぼしい物がないか探し始める。


 しかし骨か。いったいこれは何の骨だろうな。医学知識は全くないし、生物学はな~。高校の時生物の成績アヒルさんだったからな~。


 見ても何もわからないので一通り豊崎の調査が終わるのを待つことにした俺は、現場から外に出て煙草を吹かす。紫煙が空に溶けていき秋中ごろに差し掛かった風がその残り香を攫っていく。5分くらいたったころだろうか。満足そうに顔を緩めた豊崎が現場から現れ、ゴム手袋をポッケに適当に仕舞っている。


「おう。お疲れ」


「はい。なかなかどうして、解剖しがいがありそうな死体でした」


「そういうことをさらっと言うあたり、職業病って怖いもんだな」


「そうですね。ひーひー言ってた時が懐かしいです」


 まあ。最初からこんなどっしり構えられたら、こっちも反応に困るわな。むしろ動じなかったら人間としてどうにかしてる。


 豊崎と俺は骨の所在を調べるにために一度警視庁に戻り、豊崎が所属する鑑識課に足を運ぶ。鑑識課は今回の事件のせいで賑わっていて、慌ただしく人が出入りしているようだ。俺は豊崎に連れられるまま第一鑑査室と描かれたプレートの部屋に入り、豊崎は慣れた手つきで器具を揃えると手袋とマスクを付けて骨のDNA鑑定に差し掛かる。


「DNAってよく聞くんだが、骨からはどうやって摘出するんだ?」


「骨髄って言う骨の真ん中にある部分からDNAを採取するんです。まあ結果が出るには二~三日かかりますが、確実に身元は判明しますね」


「二~三日もかかるのか。こりゃあ明後日まで捜査はお預けかな」


「お預けでも、他の事案があるんじゃないんですか~。日向、怒りますよ~」


「まあその時はその時だな。俺だって毎日仕事じゃ倒れるっての」


「そりゃそうですね。取り敢えず今日中には何もでないと思うので、日向のとこに戻ったらどうですか?」


 それもそうだな。


 俺は豊崎に一言労いの言葉を言って、骨に関して全面的に任せてコールドケースの溜まり場である資料室5に向かった。先に日向を向かわせているので、なんらかの成果を期待してはいるが、なにぶん今までにないないケースだ。もしかしたら過去50年でも見つからないかもしれんな。


 鑑査室を出て二階上がったとこに資料室の階がある。ここは今までの事件の記録や犯罪者たちの身元、その時報じられた新聞なんかも保管されている。その中の一つに、未解決事件収納室と呼ばれるコールドケースや未解決事件を集めた部屋が存在する。それが資料室5だ。まあここの警視庁が抱えた問題がだいたいだが、それ以外にも他県で起こった事件もファイリングされている。まあ。量が量なだけに、そこかれ限られた記事を見つけるとなると何時間かかるやら。


「お~い。捗ってるか?」


 資料室5の扉を開ける。そこには一人で事件ファイルを木の長机に山住した日向が、ファイルを読み漁っていた。


「月島さん。遅いです」


 どこか不機嫌そうに目を細める日向に、俺は「悪い悪い」と言葉だけで謝り、山住になっているファイルの中から一つ抜き取り読み始める。内容はだいたい6年程前。Y市で起きた連続殺人事件や、非合法薬物の出所。中にはここの市で起きた失踪事件なんかがファイリングされている。


「何かわかったことあったか?」


 俺の問いに日向は首を横に振るだけだった。まだ始めたばかりだと言うのに、もう切り上げて帰りたい気分だ。だが調べられる場所が現場とここしかない以上、ここを調べるしかあるまい。早く被害者の身元が判明すれば簡単なんだが。



 調べ始めて何時間たっただろうか。いつの間にか時刻は夜の8時を指していた。どうりで腹の虫が鳴ってきたわけだ。ここまで調べてみたが、特に気になる記述は見つからなかったし、なんだか時間を無駄に浪費しているだけに感じるな。でもまあ、とにかく飯だ。腹が減っては戦はできん。


「日向。飯どうする?」


 俺の言葉に日向はファイルから顔を上げて壁掛けの時計を見る。


「もうこんな時間ですか」


 大きく伸びをして首を左右に傾けて肩のコリを少しだけ緩和せているようだ。これだけの資料だ、胸がなくても肩はコルだろう。


「なんだか失礼なことを言われた気がしましたが?」


 冷たい視線を俺に向けて来たので、反射的に目を逸らして「気のせいだろ」と言って難を逃れる。全く鋭いやつだ。


「取り敢えずこのくらいにして、ご飯にしましょうか。月島さん何食べます?」


「出前か? どうせだったら外に食いに行きてぇな」


「普段は面倒がるくせに。ラーメンですか?」


「いや。行きつけの」


「ああ。あそこですね」


 普段からそこに行っているせいもあり、全部を言い終える前に日向は察したようだ。なんだかんだでコンビ組まされて長いからな、お互い何を考えているのかわかる部分もある。


 日向と俺はとりあえず必要になる物だけ持って資料室を後にする。鍵は俺だとなくしそうと言う理由から日向が持ち、急ぎ行きつけの店、定食屋柏向かった。


 3年程前に食い逃げ事件が起こった店で、俺がその時担当刑事として向かってから行きつけとなった。夫婦で経営していて、周りから鴛鴦夫婦と言われるほど夫婦仲はよく、アットホームな雰囲気が客の評判を集めている。さらに昼間限定にやっているとんかつ定食が美味く、お昼時は列ができるほどの人気店だ。その割には雑誌とかには取り上げてないらしい。勿体ないと思う反面、そのままでいい思う俺がいるのは、やはり行きつけであるが故かもしれない。


 警視庁を出て歩いて10分。目的地である柏に到着。この時間はそれほど人も多くなく居心地がいい。ゆっくりと一人酒がしたいならオススメだな。


「こんばんわ~」


 ガラガラと戸を開けて暖簾を潜り、まるで友達の家に遊びに来たように挨拶する。


「あらあら。いらっしゃい」


 店主の奥さんである柏絵里(かしわえり)さんがパタパタと少し急ぎ足で迎えてくれて、遅れて厨房にいる店主が料理を作りながら挨拶をする。


「桜子ちゃんもいらっしゃい」


「こんばんわ」


 俺によく連れてこられることもあり、ここの夫婦とは面識が深い。日向もここの雰囲気が気に入り、たまに一人で来ているらしい。


 もはや当たり前のように指定席に座り、互いにかつ丼を頼む。出されたお冷を飲んでいると、日向が少し項垂れたように頬杖を付いた。


「しかし。見つかりませんね」


「まあ世の中そんなに甘くないってことだな」


「それはそうですけど。月島さん的には早く終わらせたいんじゃないんですか?」


「まあそりゃあ」


 休みの時間あるし。


「だが。ここまで証拠がないんだ調査のしようがない。大人しく今日はファイル漁りだな」


「ですね~」


 まったりとした時間が流れていたその時。不意に俺の携帯が簡素な着信音と共に電話が入った。誰からか確認すると、羽黒警部の名前が書かれてあったので電話にでる。


「はい。月島です」


『月島。お前今どこにいる?』


「えっと。柏って言う定食屋にいますね」


『今すぐ来い。例の死体がまたでた』


 その言葉を聞いて俺は驚いた。この短いスパンで二度目の殺人。考えたくはないが犯人は無差別に人を殺しているのではと疑いが出てきた。


「すぐ行きます。場所は」


 羽黒警部に詳しい場所を訊き電話を切る。


「日向。行くぞ」


「行くって。もしかして、事件ですか?」


「ああ。しかも、また例の死体らしい」


 その言葉に日向も目を丸し驚く。


 とりあえず柏夫妻には事件がはいったからと事情を説明して店を出て、一度警察庁に戻り車で目的の場所に赴く。閑静な住宅街の電柱の下、そこには既に数名の人だかりができており、警察が進行を抑えている。すぐさま警察手帳も見せて中に入ると、仕事の早い鑑識たちが調査を始めていた。発見直後と言うこともありまだ序盤の捜査。勿論被害者にブルーシートなどかかっていない。


 何度見ても吐き気のするそれは、全くと言っていいほど状況が酷似していた。全てが泥のように溶けているそれは、やはり身元を判明するのは難しいくらい形をなしてなかったが。一つわかることがあり、その人物は、制服を着ていた。


 だが。いったいどうやって殺したんだ。ここは人通りも多く目撃されやすい。前のビルの一角ならまだわかるが、ここでの犯行はリスクが高すぎる。


「月島警部補」


 思案している俺の元に、一人の警察官が声をかけてきた。その警察官に支えられるように、一人の女生徒が俺の前にやってくる。一目でわかるくらい狼狽していて、顔色も優れない。何かに怯えるように自分の両肩を抱きしめるようにしてカタカタと震えていた。


「この子は?」


「第一発見者です」


 その言葉に今すぐ事情聴取をと思ったが、どうやらそれどころではないな。ここまで狼狽しきっていると、ちゃんと話せるかもわからないくらいだ。もしかしたらこの警官も、自分では情報を訊きだせなかったから俺の前に連れてきたのかもしれない。


「わかった。こちらで預かろう。日向、一様付いて来てくれ。後お前、何か進展があったら直ぐに呼べ、俺たちはそこの車の中にいる」


 警官は一度敬礼するとそのまま人込みを押さえる作業に戻った。俺と日向は人込みの少ない方から出て、女生徒と共に自分たちの車に戻る。


「さて。気分が優れないだろう、飴ちゃん舐めるか?」


 常に煙草が切れたように携帯しているチュッパチャプスを渡すが、女生徒は恐怖が体を支配しているせいで上手く言葉がでないのか、ただ俺の目をジッと見つめるだけだった。


「無理はしなくていい、まずゆっくり深呼吸するんだ。それから飴を舐めろ落ち着くぞ」


 俺に言われた通りにゆっくり深呼吸を何度かし、飴を舐め始める。すると、舐め終わるころには女生徒の恐怖は緩和され、落ち着きを取り戻したようだ。


「大丈夫?」


 日向のの問いに女生徒はしっかりと頷いた。これなら一先ずは安心だな。


「話せるかな?」


 俺の問いに女生徒は一瞬顔が強張るが、意を決したように話し始めた。


「今日。文芸際の準備のせいで帰るのが遅くなって。いつもだったら大通の方から帰るんですけど、遅いと親に怒られるからって、駅まで近いこの道を使うことにしたんです。そしたら……そしたら」


 その時のことを思い出したのか、額には脂汗が滲み呼吸が荒くなる。日向が咄嗟に女生徒の手を掴むと、気が落ち着いてきたのか、またゆっくりと呼吸をする。


「すいません」


「いや。こちらこそすまない。本当なら思い出したくないことだろう」


「でも、言わないと」


 一種の使命感のような何かが女生徒を突き動かすのだろうか、また細々と話し始める。


「足取りが覚束ない人がいたんです。暗くてよく見えなかった所為もあって、最初は、ただの酔っ払いだと思ったんです。でもそれが、電柱のライトに照らされた時私の学校の制服が見えて、体調でも悪いのかと思って……声を……かけたんです。大丈夫ですか? って。そしたらその人は、電柱に横から凭れかかるように倒れたんです。べしゃって。そう……べしゃって音をさせて、倒れました」


 女生徒の話しを聞くだけで腹の底に気持ち悪さが蔓延る。実物を見ているだけに想像するだけで吐きそうだった。隣で聞く日向もそうなのだろう。明らかに顔色が悪い。


「それで……倒れたと思って駆け寄ったら、皮膚が……あっ……うっ……」


 女生徒は口を押えて涙目になる。これ以上この話しを続けるのはこの子にとっては危険だ。そう判断した俺は「もう話さなくていい」と言って、女生徒が落ち着くまで車の中でゆっくりするように伝えて日向と共に外に出る。


「月島さん」


 日向の言いたいことはわかる。明らかにおかしい。女生徒の話しを聞くぶんには犯人と思われる人物が全くと言っていいほど、欠片も現れることはなかった。被害者が勝手に表れて勝手に死んでいったとしか考えられない。ありえない。


「まったく。妙な事件に巻き込まれたな」


 気持ちを落ち着かせるために煙草を吸い、夜空に向かって紫煙を吐く。その日は、見惚れるほどに月が綺麗だった。

ここまでにかかった時間はなんと4ヶ月。

なのでこれから先はまた4ヶ月くらいかかると思ってください。

書く速度が遅くて申し訳ありませんが、待っていてくれると幸いです。


それと作者は一様調べたりなんなりしてますが警察知識はほぼありません。

付け焼刃な知識になりますので、違う所が出てくると思うので、そんな時は広い心でやんわりとスルーしてください。

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