番外編
「なかなか目覚めないな。あいつに無理を言ってここに連れているが、早く帰りたいだろうなぁ。ベンはお尋ね者の身だ。ミナのところへ運ぶのが一番だがどうにもこうにも居場所がわからん……」
「治って数日療養させたら帰らせましょう。私は買い出しでも言ってくるわ」
「おい、俺を一人に……!」
彼女は出て行ってしまった。小さくため息をつくとクラウスは周囲を歩き回った。メリッサと二人きりなら慣れているが、以前肩をぶつけてしまったくらいでしか会ったことのない人間をテリトリーに入れている。信用ならない人間をここに連れてきてしまっている。もし、居場所がバレたら……。そうつい考え込んでしまう。
「ん……」
「お目覚めか?」
ジェニファーはハッとした顔をして彼の顔を見つめた。サングラスを外し真っ赤な目でこっちを見つめていた彼は恐怖でしかならなかった。
「……やっぱり目が怖いか……」
「え?」
「いや、この真紅の目って気味が悪いだろ?」
「そんなこと……」
「嘘言うなよ……」
「じゃあ、つけてください。あと私に一体何があったんですか!?私をどうするつもりなの!?」
サングラスをつけて、彼女のベッドに腰掛けた。
――――嫌がっている彼女の顔もそんなに悪くない。大体の人は醜い顔になるのだが彼女は顔にあまり出さないタイプだ。声には大きく出るが。
「いたずらでもしてやろうか?……冗談だ。ずっと眠っていたんだ。かれこれ三日くらいか」
「ベンは!ベンはどうしたの!?彼に一体何が!?」
「まぁまぁ、落ち着け。質問をいっぱいされても答えるのに時間がかかる。お前のことはどうもしないし、治り次第追い出す。ベンは、あいつは追い掛け回されているんだ。何、お前のせいじゃない。色々事情が有ってな」
「なんか、惨禍者だとか。祝福者だとかわけのわからないことばっかりつぶやいていた気がする」
「あいつらの言葉は聞こえていたのか。なら逃げられたんじゃ?」
「動かなかったのよ。体が。私あのあとすぐ気を失っちゃって……。何があったんですか?」
「聞かなくていい」
彼の言葉はなぜかズシンと響いた。サングラスごしから見えた彼の顔は悲しんでいるようにも見えた。
「じゃあいいです……。私いつになったら帰れるかな……」
ジェニファーの声はか細く今にも泣き出しそうな顔をしていた。クラウスも泣き出しそうだった。嫌がる顔は好きだが、泣き顔は大の苦手であり、そういう女性を相手したことがなかったからだ。
「あと数日もすればだ。ま……まだ、治ってないし、いるべきだ」
クラウスは突然立ち上がり、キッチンの方へ歩いて行った。ジェニファーは一体何を料理し始めるのか不安だった。
数分もしないうちに甘い香りがしてきた。液体を入れるような音が聞こえ、こっちへ運んできた。彼が作っていたのはココアだった。かき混ぜるのに使ったスプーンが入ったままだったが。
「これやるから、少しは落ち着けよな」
「あなたもですよ」
彼の作ったココアは、適当に粉を入れて適当にお湯を注いだ、とてもアバウトなものだったが、肌寒い今だととてもちょうどいいものだった。体が芯から温まってくる。そんな気がした。
彼がテーブルに置いてあった袋を開け、マシュマロを無造作にカップの中に入れた。ただでさえ甘いココアに砂糖の塊であるマシュマロを入れる光景をみたジェニファーは驚きを隠せなかった。
「何を入れているんですか?考えられない……」
「そんなにドン引きするようなことか?俺にとってはこれが普通だ」
「甘いのに甘いって、胸焼けしないの?」
「やってみるか?まぁお嬢さんには合わないだろうが」
「やってみなきゃわからないし入れてみようかな」
「言ったな?」
彼はジェニファーのカップにそれを入れた。彼は箱から、いくつかのお菓子を出していた。
「あなたって、ちゃんと食事とっている?甘いものばかりじゃない」
「栄養管理か……。メリッサよりもしっかりしているな……。俺は人間じゃないから、まともな栄養摂取は出来ないんだ」
その言葉を信じようとしなかったジェニファーを信じ込ませるため、彼は犬歯を伸ばした。
「ほらな。俺は人間じゃないって」
「吸血鬼なら真っ昼間でも日陰にいないと燃えますよ!」
「それは人狼の血のおかげで抹消されてる。一日中日向にいてもなんにも起きやしねぇさ」
「でも……。そういや名前聞くの忘れてた。あの時、衝突して以来だし、こうやってまた会えたのも何かの縁だし」
「それもそうだな。俺はクラウスだ。お前はジェニファーだっけ?」
「どうして知ってるの?」
「散々、名前を連呼されていたから」
彼は取り出したお菓子の中からゼリービーンズを食べつつ話していた。ジェニファーにあげた。彼女は美味しそうな顔をして、また一つとゼリービーンズを放り込んだ。彼女の幸せそうな顔を見ると、なぜかこっちも穏やかな気持ちになった。毎日荒んだ生活をしているせいか肉や野菜を受け付けない体になってしまい、甘いものが彼を満たす唯一のものだったからだ。
「さっき、吸血鬼と人狼のハーフって言いましたよね?その気になれば私は食料にされるの?」
彼女の突拍子もない質問についクラウスは吹き出してしまった。
おとぎ話の狼じゃあるまいし。もし、甘いものでさえ満たすことができず乾ききった体なら食料にしていただろう。血を飲み干し、肉も食べて、骨まで砕くだろう。
「一枚、一枚、お前の服を脱がして弄んでやろうか?」
冷蔵庫を閉めつつ、そう言うとジェニファーは毛布で体を包み込み、顔を真っ赤にしてハレンチな!と叫んだ。
そのリアクションが見たかった。悲しんでいる顔よりも恥ずかしがっている顔の方が見ていて楽しい。
アイスを頬張りつつ、そっぽを向いた彼女のリアクションを楽しんだ。本当に人は面白いものだ。
「ちょ、何食べてるんですか!真っ赤だし、とてもまずそう……」
彼女が指差していたのは俺が食べていたアイスだった。不味そうと言われたが本当にまずい。
果物の味で血液をカバーをしているつもりだがそれがもっと悪化させている気がする。カシスとラズベリーで味付けしているが、どうにもこうにもカシスが苦手だ。
「食べてみるか?」
「いえ、結構です。あとさっきのセクハラまがいの発言やめてくれませんか。本当に恥ずかしかったし……」
「そんなに気を悪くしたのか。すまない」
軽く彼女の頭をなでると、彼女はクラウスの肩に体を寄せた。寄せた瞬間に彼女はハッとなって体をシャキッとたたせた。クラウスは突然そんなことをされ、顔には出していなかったがとても驚いていた。そんなことが再び起こらないように、彼は立ち上がり、リビングで軽く背伸びをした。
「あ、すみません」
構わないと言うと彼は、場所を考えずにシャツを脱ぎ始めた。彼の裸体をつい凝視してしまった。人の裸体なんて三秒でも見てれば顔が真っ赤になってしまうほど無垢なジェニファーにとっては彼の行動は考えられないものだった。
「風呂場で着替えてきてよ!もう」
「メリッサとは大きく違うな。女性って不思議なもんだ」
ジェニファーは枕で顔を隠した。しかし、彼の裸体をもっと眺めてみたいという欲望も湧いていた。
陶器のように真っ白な肌に、腹部に鷲のタトゥーを彫って、それが彼の肌の白さをもっと際立たせているように見えた。タトゥーを彫ったのは傷跡を隠すためだとすぐにわかった。彼は、背を向いて着替え始めた。しかし彼の背中は正面よりもボロボロだった。無数の切り傷の跡があった。大体は完治しているが、一つだけ治りきっていない傷があった。そこはまだかさぶたが残っていた。赤黒いかさぶたが真っ白な肌にあると痛々しさが倍増する。
「これのせいでちょくちょく服を着替えなくちゃならなくてな。見苦しいところ見せちまって」
「一体何が?もし、もしあの時に怪我したのなら……」
「お前のせいじゃないさ。それにしても今日は肌寒いな」
彼が振り返ってこっちを見た。服を脱ぐ際サングラスを外したのか、真紅の目がジェニファーを見つめていた。瞳孔の黒と虹彩の赤のコントラストが美しくて、こっちも見とれそうだった。彼は新しいシャツに着替え満足そうな顔をしていた。
「クラウスさんって目、見えていますか?あの、その机に置いてある白杖が気になっただけで」
「俺は目が見えていない。理性が俺を繋ぎとめられないときには見える。全く見えないってわけじゃない。お嬢さんの顔はぼんやりなら見える。メガネなりかければ見えるのだが、残念なことに赤目が露見してかけることができない」
ジェニファーはもう一度彼の真紅の眼を見つめた。何秒も見ていたら吸い込まれそうなほど美しい色をしている。それと同時に悲哀も感じられた。
「あなたの目は、とても悲しそうな目をしているのね」
「俺の真紅の目が?」
「うん。とても辛いことを経験したことがあるのでしょ?」
図星を言い当てられて、少しの間沈黙した。しかしこの話をしていいのだろうか。ベンに最も近い人物にベンの祖父が極悪人であることを話していいのだろうか。珍しく人らしい感情を持ったクラウスはその感情に悩まされた。
メリッサといい、魔女の血を引いている者は確実に図星を当ててくる。魔女と口論がしたくない原因の一つだ。
「そうだが。話は長いから言わない。絶対な」
絶対の言葉には凄みが感じられジェニファーは、これ以上詮索はしなかった。
ガチャリとドアの開く音が聞こえた。そこには紙袋を抱えたメリッサが立っていた。長い買い出しが終わったようだ。これで、とてつもなく長い二人きりの時間が終わったのだ。
「あら、いいムードになっていたの?」
ジェニファーの顔はまだ少し赤くなっていた。さっきのことが原因なのだろう。
「ごめんなさいね。クラウス。二人きりにしちゃって。私、こっそりだけどふたりの様子遠くで観察していたの。彼女が目覚める時間も予定通りだし、いいものが見られたわ」
「買い出しは本当なのか?」
「ええ。本当よ。買い出し自体は数分で終わってあとはあなたたちの行動を遠くで観察していたわ」
クラウスは、おいおいと言わんばっかりの顔になり、ジェニファーは頭を抱えて顔を紅潮させていた。メリッサはふたりの反応が面白くてつい微笑んだ。
「何がおかしい?」
「私と彼女との態度の差が。あとリアクション。やっぱり可愛い女の子には目がないのね」
「もしかして、クラウスさんが、私にココアくれたのとか、そういうの全部見ていたのですか!?」
「あら、彼が料理を作るなんて10年同棲してて初めて聞いた。買い出しせずに遠くへお出かけして見てるべきだったわね」
メリッサはしまったという顔をしながら喋り、クラウスは頭を抱えた。メリッサに料理が作れることを内緒にしたかったのに、彼女がバラしてしまうとは……。
「内緒にしたかったのに……」
「あの、私……」
「どうかしたの?帰るの?」
「はい」
ジェニファーは自力で立ち上がり、よろめきながらドアを目指した。怪我が完全には治っておらず、足元がふらついていた。クラウスは、彼女を支え、命の綱でもある杖を彼女に手渡した。
「玄関までならこれを貸してやる。外に出てからは自力で頑張れ」
「あ、ありがとうございます」
「無理はしないでね。無理だと思ったら、ここかミナの家に行きなさい。絶対何があってもベンの家にはいかないこと。わかった?」
「どうして?」
「危ないから。前みたいになるわ。絶対にね」
彼女の声は心から心配している声だった。まるで母親のような威厳がある彼女からは離れたくなかった。しかし、ここでダラダラしている暇はない。ベンに自分が生きていることを報告しなければ。
「あの、何からなにまで、ありがとうございます……。なんてお礼を言ったら」
メリッサとクラウスは口を揃えてお礼はいいと言った。クラウスは杖を貸してもふらつく彼女が心配になり、彼女の手を取った。
ジェニファーは彼の行動に驚きが隠せなかった。
「ふらついて倒れられたら困るからな」
そう言うとクラウスはジェニファーを軽々と抱き上げてドアを開けた。
「そんなことしなくても大丈夫です……!」
彼女の顔は、恥ずかしさと喜びで真っ赤になっていた。やはり、女性の恥ずかしがる顔は可愛い。いたずらしたくなる気持ちを抑えるために彼女の顔をじっくりと見つめた。小さく微笑むとジェニファーも微笑み返した。
「こんなに可愛いなんてな。いたずらでもしてやりたい」
甘い声で言われるとジェニファーはますます顔を赤らめた。あと少しで彼の高い鼻がくっつきそうだ。
「熟れた果物のようだ」
そう言うと彼はジェニファーの額に軽くキスをした。ジェニファーは突発的なキスで頭が真っ白になった。こんなこと初めてだ。ジェニファーは、彼にときめきを覚えてしまった。
彼の陶器のような肌が指に触れる。その都度、胸の高鳴りが止まらない。
クラウスは、ジェニファーの紅潮した頬を軽くなぞり、白い指で頭を軽く撫でた。ぼやける彼女の顔が一瞬はっきり見えた気がした。彼女の顔はとても嬉しそうな顔をしていた。
「照れた顔がどんな顔よりも美しい」
プロトタイプです。加筆とか修正とかしそう。
プロトタイプだし消すかもね 恋愛小説難しいね!