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Fountain of Youth

エンド・コンテンツ

五感まで再現可能なVR技術が発表されてから数年。

様々な種類のVRインターフェースが発表され、VRに対応したゲームも次々に登場した。


そんな中、VR技術の発表と同時にサービスが開始され、瞬く間に延べ1000万人以上のユニークユーザーを獲得して、VRインターフェースのデファクトスタンダードを確立させてしまった化け物タイトルがあった。


タイトル名は、「Fountain of Youth」。


ゲームとしては、オーソドックスな剣と魔法のMMORPG。

システムは、良く言って平凡、悪く言えばワンパターンな作りで、強いて言えばVRインターフェースに対応したことだけが特徴の、凡庸なタイトルだ。


タイトルが発表された時の反響は、まったくといっていいほど無かった。

とりあえずチェックしておく習性のあるゲーマー層からも、ほとんど注目されなかった。


だが、蓋を開けてみれば、サービス開始直後から圧倒的な集客力であっという間に十万単位のユーザーを獲得し――気づけば、「新しいライフライン」と言われるまでに普及していた。


そこまでユーザーを惹きつける「Fountain of Youth」とは、いったいどんなゲームなのだろうか?


――以下に紹介するのは、「Fountain of Youth」で遊ぶ平均的なユーザー、「大膳春人」の1日である。


------------------------

――4:00


VRゲーマーの朝は早い。


大膳春人、75歳。


まだ日も昇らない時間に、自然と目が覚めていた。


そのまま寝床から出ず、枕元においてあったVR接続用ヘルメットを手探りで掴む。

無造作に装着すると、目の前には、昨日から放置したままのタイトルロゴが広がった。


すっかり見慣れたロゴ画面を見て、ようやく意識がはっきりする。


慣れた手つきでマウスピースを付け、電動ベッドの角度を微調整しつつ、ログイン作業を開始。

数体居るアバターから、20代前半頃の男性アバターを選択すると、ロゴ画面がフェードアウトした。


春人は、視界が完全に切り替わったことを確認するように、頭を左右に振った。

周囲に広がるのは、見慣れたユーザールームだ。


インベントリを開いて、手持ちの消耗アイテムなどの確認しながら、ダンスコマンドを実行する。


選択したのは、プリセットされている柔軟体操だ。


実のところ、ラジオ体操すら中途半端にしか覚えてない春人にとっては、「柔軟運動」と言われてもピンとこない。

だが、コマンドを選択した後は、アバターに任せておけば勝手に動く。


現実であれば節々が痛む動きだ。特に、肩や膝はキツイ。

しかし、VRゲームの中なら話は別だ。全ての動作で、支障がない。

目や耳といった、衰えてしまった器官も同様だ。

老眼鏡や補聴器が無くても、見える、聞こえる。


ログインするだけで、まるで10代に若返ったような気分になれる――そのためだけに、春人は「Fountain of Youth」を続けていた。


---


前述したように、「Fountain of Youth」には、ゲームとしての特徴はほぼ無いに等しい。


だが、まったく特徴が無いかというと、そうではない。

むしろ、唯一無二の特徴があった。


「Fountain of Youth」は、介護に特化したVRタイトルなのだ。


介護業界最大手の「スフィアフード・プロダクツ」が企画し、運営を一手に引き受けたことで実現した介護コースが、老人層を開拓した。


当初、異業種参入が発表された時、ネットでは冷ややかな意見が流れていた。

異業種参入で成功するのは難しい、失敗して即撤退となるのも時間の問題――そんな意見が大勢を占めていた。


だが、「スフィアフード」には勝算があった。


そもそも、「スフィアフード」がVRインターフェースに目をつけたのは、介護業務の改善案を模索している時のことだ。


VRインターフェースは、脳に情報を直接送り込んで五感を再現する。

つまり、現実の身体がどんな状態であっても――それこそ、怪我や老化していようが――関係なく、脳にさえ問題が無ければ、VR体験が可能であった。


その特性を介護に応用できないだろうか?

介護対象が自発的に利用したがるような、そんな方法はないだろうか?


様々な方法を模索して、最終的にたどり着いたのが、ゲーム業界との提携である。


そうして出来上がった試作版のVRゲームは、現実世界からは程遠いシロモノだった。

ある程度の「現実感」はあるが、初期の3Dゲームのような、解像度の荒い"ニセモノ"の世界。

そんな、現実とは比べようもないデフォルメされた世界に、おじいちゃん、おばあちゃんたちは熱中した。


そこには、彼らの手からこぼれ落ちてしまった"現実"があった。

老化によって衰えた五感と五体による、不鮮明で不自由な"現実"よりも、鮮明な"ニセモノ"の世界のほうが、魅力的だった。


試作版の手ごたえをもって、「スフィアフード」は本格的にゲーム業界に参入することを決断した。

そうして、介護コースを組み込んだ初のVRゲームが登場したのだ。


一般に広がった理由は、他にもある――初期コストの低さだ。


ゲームの目的は現実世界のシミュレートではないので、VR世界の見た目は荒くても問題ない。そのため、性能を抑えたVR機器を大量生産することで、トータルコストを抑えることができた。


さらに、介護コースを2年単位のリース契約とした。

ゲームに必要なVR機器一式とネット接続環境に加えて、介護用の電動ベッドやデイケアサービスもセットで提供することで、初期費用を抑えて、収入が限られる老人達でも気軽にサービスを受けられる環境を作り出した。


サーバーも、デイケアサービスと連動させる必要があるため、各地方単位で大量に用意された。そのため、初期からほぼ無制限にユーザー登録を受け付けることができた。


「Fountain of Youth」は、そうやって全国の介護予備軍を丸ごとユーザーとして囲い込み――結果として、VR機器のキラータイトルと言われるほどのシェアを獲得することに成功したのだ。


-----


春人は、柔軟体操を続けながら、肩の近くで飛んでいる妖精に声を掛けた。


「おはよう、ルミ」

“おはようございます、ゼン。今日も早いですね”


妖精の正体は、無料サービスのペット型アバターだ。

正式名称は「パートナーペット」だが、ユーザーの間では「パペット」で通っている。

介護用愛玩ロボットを発展させたもので、AIというほど高性能ではないが、学習機能もある。

日常的な受け答えが可能で、パペットを孫に見立てて会話を楽しむユーザーもいる。


「今日、の、予定はっと、なん、だった、かな」


柔軟からストレッチへと繋げながら、ルミに話しかける。

春人は、ルミに有料オプションのスケジューラー機能を追加して、秘書代わりに使っていた。


“本日の予定は以下の通りです。

午後にデイケアサービスの予定があります。

家庭菜園で、次の作物が収穫できます。

かぶ、ナス、ピーマン、米。……”

「ああ、ウッカリしてたな……今日は午前中しかプレイできないんだったか」


淡々と読み上げられるToDoリストを聞いて、ようやくデイケアのことを思い出した。

午後にはログアウトする必要があるので、狩りの予定を入れられなかったのだ。


「狩り用キャラでログインしたのは失敗だったか。

まあ、仕方ない。切り替えるのも面倒だし、このまま続けよう」


デイケアには、入浴のサポートなどの介護プランに加えて、VR機器のメンテナンスや消耗品の補充が含まれている。

ゲームを中断させられるのは不満だったが、これもサービスを継続利用するためには必要な時間と割り切って、1日の予定を考えた。


-----

――5:00


春人は、街の中央にある大きめの広場に居た。


そこは、朝の体操をするユーザー達で、ごった返している。


春人にとっては、すでに見慣れた、いつもの光景だ。

その中から見知った集団を見つけると、そちらに移動して声を掛ける。


「おはよう、みんな。相変わらず早いな」


そこでは、すでに井戸端会議が始まっていた。

春人の声に、一瞬話が止まるが、それぞれから挨拶が返ってくる。


春人は、輪に加わると、改めて体操を始めた。

すると、体操を始めるのとほぼ同時に、隣の人から話しかけられた。


「よう、ゼンさん。早いのはお互い様だろ」

「ああ、クボちゃん。そう言われると、その通りなんだけどな」


クボは、どこかビジュアル系といった雰囲気の、長髪アバターを使っている。

だが、中身は自分と同じ老人だ。


「ところで、今日はヨシさん居ないのかい? 定期健診じゃなかったよねえ?」

「そうなんだよ。ヨシさんは来週のはずなんだけど……大丈夫かなあ?」

「病気じゃなきゃいいけどねえ」


――この場にいる、クボ以外のメンバーも同様に、見た目は若いが、中身は老人だ。

そんな仲間の会話となると、話題は当然のように体調や居ない人の話題が多くなる。

そういった点呼のような話を皮切りに、最近の狩りの調子や今日の行動予定などが続いていく。


体操が終わりに近づいて、腹もいい感じに減ってきた春人は、ちょうどいいかと話題を切り替えた。


「さて、朝飯は何にしようかね」

「飯かあ。そうだな、オレは久しぶりに肉が食いたい。こないだまで魚ばっかりだったし」

「肉か……」


春人の脳裏を、遠い昔の思い出が鮮やかに蘇る。


肉。牛肉。分厚く切っただけの赤身肉を焼き上げた、素朴なステーキ。

焼き方は好みが分かれるが、味付けはシンプルに塩胡椒のみ。

焼きあがった肉の塊を切り分け、みっしりと詰まった筋肉に齧り付き、噛み千切り、咀嚼する歯ごたえ。

噛むほどに染み出す、肉汁の味わい。

飲み込んだ肉の塊が、喉を降りていく感覚。


霜降り肉など興ざめだ――その場の皆が、同じことを思っていた。


VRの"中"で、やわらかい物を食べるなんてばかげている。

現実では、嫌でもやわらかい物しか食べられないのだから。


「朝から肉か……いいな!!」

「だけど、アテはあるかい?」

「んー、確かこないだガンさんが"牛追い祭り"やってきたって話してたから……」


"牛追い祭り"とは、とあるエリアの俗称だ。

そこは、多種多様な牛がひしめき合っている上に、大型の、いわゆるボスキャラもいるレイド推奨エリアで、下手に手を出すと、全ての牛がリンクして襲い掛かってくる。

一斉に迫ってくる様はまさに有名な祭りさながらで、処理に失敗すると上級者のパーティでも戦闘不能になる、列車事故多発地域である。

トレインを1回処理するだけで、二桁の暴れ牛を倒す必要があるため、目当てでなくても牛肉が10個単位で貯まっていく。


「あそこ行ったんならかなり拾っただろうから、まだ残ってんじゃないかな?」

「おう、ガンさんアレやったのか」

「なんか成り行きって話だったけどな」

「じゃあ、店に行って直接聞くか。もう開けてるだろうし」


周りで話を聞いていたメンバーにも声を掛ける。

彼らも積極的に乗ってきたので、そのまま連れ立って移動を開始した。


-----------

「Fountain of Youth」の運動や食事は、娯楽ではない。


VR空間でアバターが動くと、実際の体にも微妙ながらフィードバックが発生する。


ココで重要なのは、ユーザーの意思とは無関係である、ということだ。


自分で体を動かそうと考えなくても、ユーザーはアバターの動きにつられて体を動かそうとしてしまい、結果的に体の各部位に微妙な負荷が掛かる、という"仕様"は、「スフィアフード」が参入を決めた、決定打でもあった。


お年寄りにとって、体力維持は重要な課題だが、積極的に運動してもらうのは大変だ。

寝たきりなどで運動ができない人もいるし、運動に興味がない人を強制的に動かすわけにもいかない。

また、積極的に運動をしたいと思う人でも、教えられたとおりに正しく動けるかどうか、さらには憶えていられるかどうか、というのは別の話だ。


だが、VR空間なら不自由さとは無関係だ。

「正しい動き」も、ユーザーが憶える必要は無い。アバターにプリセットしてあるコマンドを選択するだけでいい。

そんなお手軽さで体力維持ができるとあって、ユーザーからも介護者からも、好評だった。


-----------


中央広場から東に伸びる大通りを進み、途中で路地に入る。

一本外れた裏通りには、どこか西部劇風の家が並んでいた。

西部劇のマニア達が集まり、自発的に出来上がった、いわば西部劇タウンだ。

通称、「ウェスタン・ストリート」。

春人達は、迷うことなく中央の店に入り込んだ。


サルーン"タンブル・ウィード"。

話題の"ガンさん"がオーナーを務める、西部劇によくある感じの酒場だ。


ギー、バタン、と音を立てながらスイングドアを通り抜け、無造作にカウンターを埋める。


「よー、ガンさん、ちょっといいかい?」


春人は、メンバーを代表して、カウンターの中に居る人物に声を掛けた。


「なんだいゼンさん。朝っぱらから」


中にいるのは、オーナーの"ギャングスター"――愛称"ガン"である。

西部劇好きが高じて、ショップの外見を極限までカスタマイズした上に、そこで酒場のマスターをロールプレイするほどの、筋金入りの人物だ。


「あんた、こないだ牛追い祭りやったって言ってたろう?」

「やったけど……ははあ、目当ては肉だな?」

「ご明察。相変わらず察しがいいねえ。で、どうよ?」

「もちろんあるさ」


ガンは、そう言いながら、調理の準備を始めた。

お互い、気心の知れた仲。何を食べたいのか、言われるまでも無くわかっている。

春人も、言うまでも無いとは知りながら、声を掛けた。


「ステーキ全員分、ヨロシク」

「毎度アリ!」


-----


ゲーム内での飲食は、実際の飲食と連動させることができる。


提供されるVRインターフェースには、オプションで様々な機器を接続できる。

そのひとつが、流動食オプションだ。

オプションなのでつけてないユーザーも居るが、介護コースの場合は必須だ。


流動食オプションをつけたユーザーがゲーム内での飲食した場合、リアルでは流動食がマウスピースから流し込まれる。

流動食自体の栄養バランスは考慮されているが、味は二の次。食感は、よく言っても、米粒が溶け切ったおかゆ、といったところで、当然評判は悪い。

しかし、VRと連動させると、好きな食事に早変わりする。


この結果、お年寄り達は、文句も言わずに食事を取るようになった。

さらに、実際に食べているのは、バランスの取れた流動食のため、好き嫌いがあっても問題ない、というのは素晴らしかった。


-----


肉の食感を堪能して、惜しみながらも食事が終わる頃に、クボが春人に声を掛けてきた。


「ところでゼンさん。今日はどうするんだい? 狩りに行くのかい?」


アバターを見て、狩り構成だと判断したようだ。

春人は、頭を掻きながら、恥ずかしそうに応えた。


「いや、それがちと失敗しちまってな。今日はダメなんだよ」


「どうしてまた?」

「うっかりしててな。デイケアだって忘れてたんだ」


デイケア、という単語で、皆が事情を察して「あー」と声を上げた。

自分達も、似たような失敗を良くするので、他人事ではない。

あわてて予定を確認しなおす人もいる始末だ。


皆が口々にこぼす。


「まあ、リアルは大事だよな」

「自分もしっかりメンテとかなきゃ、ログインだって出来なくなっちまうんだから」

「違いない」


あちこちで、苦笑も漏れる。


春人は、声が収まるのを待ち、立ち上がりながら話を続けた。


「でまあ、そんなわけでなあ。今日は、とりあえず裏庭で庭弄りでもしてようと思ってるんだ。

カブや米の収穫もしなきゃいけなかったし……ああ。夕方からなら体が空くから、その時になんかあったら声掛けてくれや」


そして、マスターに金を渡すと、皆にじゃあまたと一声掛けてから、ドアを開けて店を出て行った。


-----

――9:00


何をするとも無く、そのまま自室へ戻った春人は、"裏庭"と言っていた場所へと移動した。


そこは、MOやMMOには良くある、プライベートな箱庭コンテンツだ。


承認されない限り他人が入れない自分専用のエリアだが、広く公開することもできる。

様々なカスタマイズが可能で、中には高層ビルのようなダンジョンを作って公開するような気合の入ったプレイヤーもいるが、大概のプレイヤーはセット済みの庭園や農場といったパッケージを使っている。


春人は、特にこだわりもないので、農場パッケージを軽くカスタマイズして使っていた。

現役時代は、年をとったら田舎の庭付き一戸建てを購入して、家庭菜園でも作ってのんびり隠居暮らしでも、と考えていたが、いざ定年となってみると、色々と現実も見えてくる。


「田舎の庭付き一戸建て」を購入することは可能だったが、「田舎」の時点で老後暮らしに適していなかった。


さらに、家庭菜園程度とはいえ畑仕事は重労働だし、単に種をまいて水をやれば終わり、というものでもない。

天気や害虫、病気など、注意するべき点は多い。

定年してから一念発起して悠々自適、というのは、さすがに見通しが甘かったとしか言いようがなく、しぶしぶあきらめていた。


だが、ゲームの中なら、そういったわずらわしい事を気にする必要も無い。

水やりや雑草処理、害虫駆除といった作業も、気になる部分を見て、コマンドを選ぶだけで、勝手にアバターが動いてくれる。


何より、うっかり枯らしてしまうようなこともない。

スローライフの真似事ではあったが、のんびりとすごせて気分転換にちょうどいいと、春人は気に入っていた。


-----

――13:00


食事休憩を挟みながら黙々と農作業に励んでいると、電子チャイムの音が鳴り、仮想ウィンドウがポップアップした。


「大膳さーん、こんにちわー。スフィアフード・デイケアサービスでーす」


玄関カメラと連動した画面には、いつものケアスタッフの顔が映る。


「おう、もうそんな時間かい。ログアウトするから、ちいっと待っといてくれ」


春人は、ケアスタッフに返答しながら、作業を中断した。


以前に、うっかりとログアウトせず応対したら、目の前で緊急連絡が入って赤っ恥をかいた。

あんな思いはこりごりだ。

すぐ戻るのにいちいちログアウトするのは面倒くさいが、仕方がない。


そんなことを思いながらログアウトを実行し、ロゴ画面に戻ったことを確認してから、ヘッドギアを外す。

急激な感覚の変化に、どこか酔っ払ったような感じを受けながら、春人は玄関までえっちらおっちらと移動した。


震える手でチェーンを外し、鍵を開けて、ケアスタッフを中に招き入れた。


---


実のところ、単に普及率の高さだけで、「Fountain of Youth」がライフラインと呼ばれるようになったわけではない。

「Fountain of Youth」の普及によって、とある社会現象が激減したためだ。


激減した社会現象――それは、「孤独死」である。


サービスの性質上、介護コースは自宅でのプレイが必須であるため、ユーザーIDからログイン時の住所を特定できる。


さらに、VRインターフェースを使ったバイタルチェックは、いわゆる「見守りサービス」よりも高い精度で確認が可能だ。


つまり、ログイン状態やVRインターフェースの反応などを総合的に判断することで、「どこ」の「誰」に異常が発生しているのかを、サービス側がきめ細かにモニタリングできるのだ。


また、ログインしていない場合でも、その期間が普段の行動から逸脱している場合は、異常があったと判断される。


そして、異常と判断された場合は、地域のケアスタッフに緊急連絡が入り、数分から十数分程度でスタッフが現地に到着する体勢が整っていた。


たとえば、春人は一人暮らしの、いわゆる「独居老人」である。

近所に親類縁者もいないので、「何かあった」と通報があったところで、大半のケースでは手遅れになるだろう。


しかし、「Fountain of Youth」のモニタリング機能であれば、間一髪で間に合うかもしれない。万一、間に合わなかった場合でも、長時間放置されるということは無い。


――もちろん、大半は以前に春人がやらかしたような、操作ミスによる誤出動であり、基本的には笑い話で終わる程度ではあった。だが、間一髪で助かったケースが日々のニュースで取り上げられた結果、サービス開始から半年後には「ライフライン」と呼ばれるようになっていたのだ。


---

――17:00


ケアスタッフによる作業は、VR機器のメンテナンス以外にも、入浴補助など「どうやっても仮想では実現できないこと」も含まれている。

そのため、一通りの作業が終わってケアスタッフが帰る頃には、すでに夕方を回っていた。


春人がゲームを再開すると、仲間達はすでに一狩り終えており、ギルドチャットは今日の相撲の取り組み内容やら晩飯の話などで持ちきりだった。


春人は、『ただいま』と一声かけて、チャットに割り込んだ。

あちこちから、異口同音に『お帰りー』という声が返ってくる。

ひとしきり挨拶が収まった頃を見計らって、春人から話を切り出した。


『こっちはやっと終わったよ。そっちはどうだった?』


すると、場を代表するかのように、クボが話し出した。


『こっちも一息ついたとこさ。戦果は、んー、まあまあ、だな。特に被害も無く、かといって思ったほどのレアも出ず、さ』

『……いつも通り、ってヤツか?』

『おう。ってヤツさ。で、どうする?』


なんなら付き合うぞ、という、いつもの誘い。

だが、少し考えて、春人は断った。


『んー……いや、今日はよしとこう』


どこか、チャットの空気が変わる。

念を押すように、クボから再度の誘いが来る。


『一狩り、行かないのかい?』


春人は、特になんとも思っていない様子で、理由を説明した。


『もうキッズタイムだし、適当な場所は軒並み埋まってるだろ……まだ継続してたなら、飛び入りもしたがね』

『ソレもそうか』


春人の説明が腑に落ちたのだろう。そこで話が終わり、別の話題に移っていった。


春人たちは、ダンジョンを軽く流すぐらいなら、一人でも雑魚を蹴散らして踏破できるだけの力量がある。

適正レベル帯となるとレイド推奨エリアになるが、その手のエリアは取り合いや順番待ちが激しい。

そんなことで時間を潰すぐらいなら、飯を食って騒いでいるほうがマシだ。

――そこまで考えた時、春人の脳裏でアイデアが閃いた。


『そうだ! みんな、晩飯はまだ決まってないんだよな?』

『おう。なんか意見がそろわなくてなー……』


クボの声にかぶせるように、春人が続けた。


『じゃあよう、バーベキューやろうぜ!』


春人の意見を聞いて、メンバー全員の声が消えた。


『昼まで暇だったんで、色々"収穫"できたんだよ。おすそ分けも兼ねて、パーッと海辺に繰り出そうじゃないか』


沈黙を切り裂くように続いた春人の発言を受けて、チャットが『B・B・Q!』コールで埋まる。

春人は、コールが収まるまで1分ほど放置してから、何も無かったかのように話を続けた。


『じゃあ、とりあえず現地集合ってことで移動開始しようぜ。あと、知ってる限りに声を掛けまくるか。まず、ガンさんは外せないだろ』

『当然だな。BBQであの人呼ばなかったら後でコロコロされるぞ』

『それなら養老の滝メンバーにも一声かけようぜ。明日の前祝いだ』

『おう、じゃあこっちは……』

『そうくるかー。じゃあオレは……』


それぞれが、声を掛ける相手を列挙していく。


春人は、横目でチャットを流し読みしながら、倉庫からバーベキュー用の具材をありったけ取り出した。


-----

――21:00


海辺のバーベキューが思った以上に盛り上がってしまい、ユーザールームに戻った頃はいつもなら寝ているような時間だった。


「まったく、バーベキューであんなに盛り上がるとか、びっくりだ……みんな、娯楽に飢えているんだなあ」

“そのようですね。ですが、ゼンも楽しんだのでしょう?”

「ああ……そうだね、あんなに騒いだのは久しぶりだ、ルミ」


ルミに言われて、十数分前までの騒動を思い出す。


まったく知らない人も飛び入りで参加しはじめて、飲めや歌えの大宴会に発展――までは想定していた。

その後、さらに盛り上がって、気づいたら井桁が組まれてキャンプファイヤーに発展していったのは想定外だった。

さすがに、悪乗りしてキャンプファイヤーに飛び込む輩が出てきたあたりでお開きになったが、あんなに騒がしく、そして楽しかったのは久しぶりだった。


「今日も一日、楽しかった……明日の予定は、なにかあったかな?」


“明日の予定は、以下の通りです

8:00から、ギルド『養老の滝』との合同レイド。集合場所は……”


「ああ、そうだった。明日はレイドだ。じゃあ、早く寝ないとな……」

“そうですね”

「おやすみ、ルミ」


春人は、ルミに声を掛けてから、ゆっくりとベッドに入り、横たわってメニューを表示した。


“おやすみなさい、ゼン”


春人は、ルミの声を聞きながら、ログアウトする。


――そして、「大膳春人」の一日が、終わった。


-----


――介護をゲーム任せとする風潮には、当然ながら批判もある。


「VR依存症」、「行き過ぎた管理社会」、「バーチャル姥捨て山」などと揶揄されることもある。


だが、恩恵を受けているユーザーからすれば、言いがかりもいいところだった。

逆にしっかりと管理できているとして、運営会社を信頼している人がほとんどだ。


実際、事件に発展するようなトラブルも少なく、従来の介護に戻るぐらいならゲーム中に死んだほうがマシ、とまで公言する人もいる。


老人世代VRゲーマーに話を聞くと、「VR技術によって、人として楽に『生きられる』権利を取り戻せた」と口を揃えたように答えが返ってくる。

特に――無為に過ごすのではなく、適度な刺激をもって楽しんで「生きていける」生活は、エンド・コンテンツにはちょうどいい、と。


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― 新着の感想 ―
[一言] VRMMO老人ホーム、ですか。 これはなかなかおもしろいアイデアですね。 もっと長編でも読んでみたい気がします。
[良い点] 失った現実の断片を仮想世界で取り戻すという辺りが切なくて良いと思いました。
[一言] 綺麗にまとまっててよかったです。 連動で流動食はいいですよねえ……運動のフィードバックもあるし、意外とこのゲーム老人以外でも好む人多そう
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