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傍役メランコリー  作者: 夏冬
9/32

9.不幸中の幸いの謎


今朝の話だ。

登校中、何故か蚊の大群に追いかけ回された。

注意がそちらに向いていたら、なんと近所の犬の尻尾を踏んでしまい、今度は犬と鬼ごっこするはめになった。

何故かリードが繋がれていなかったのだ。

あの鋭い歯に挟まれては、一巻の終わり。

懸命に逃げていれば、曲がり角で他校の生徒とぶつかり、カツアゲされそうにもなった。

……のを、私を追いかけていた犬が追っ払ってくれた。

おかげで全財産1336円の入った財布を死守することができたので、とてもラッキーだ。

なんだか今日は、ツイてる気がする。

自家製である厄払いのお守りのおかげかもしれない。

私はお守りに心から感謝した。



「あ。松村さん、ちょっと話いいかな?」


これは昇降口で靴を履き替えていた時の話。

あの純朴王子が、何故か私に話しかけてきた。

思わず耳をこすってしまったのは、仕方がないと思うんだ。

何かの聞き間違いではないかと。


「松村さん?」


純朴王子が首を傾げる。

相変わらず、端正な顔立ちをしてる。

その百分の一でもいいから、私に遺伝子分けてくれないかな。


「…あ、えっと、ハイ。」


いつまで経っても王子のキラキラ感には慣れない。

私は上擦った声でかろうじて返事をした。

用事は何だろう。

相田ちゃん関係?

でも、どうしてわざわざ私のもとへ来るんだ…。

咄嗟に、鞄の中のお守りを握る。


「ナンデショウカ。」


賢ちゃんに人見知りだと馬鹿にされたくないがために、私のできる最上級の笑顔を作った。

脱・人見知り!

もう内弁慶なんて呼ばせない。

…別に誰も呼んでないけど。

王子は私の…私なりの笑顔を見て、ちょっとだけ引いていた。

何故?


「場所、移動してもいい? ここじゃ話しにくいことだから…。」

「……。」


王子が申し訳なさそうにそう言うので、私の中でぐんっと警戒グラフが伸びた。

なんだ。

ここじゃ話しにくい?

赤の他人に等しい私とする、内密な話なんてあるわけないだろう。

…もしや、罠かもしれない。

私が恋敵ちゃんと文通していることを、どこからか知ったんじゃ…。

それなら納得できる。

相田ちゃんに怖い思いをさせた恋敵ちゃんが許せなくて、私も恋敵ちゃんの仲間認定されたのでは。

なるほど、死亡フラグだ。


「向こう、行こ?」


キラキラな笑顔で促す王子。

なんだかとても得体の知れないものに見えてきた。

イケメンって、異星人だっけ?


「あ、あの…。」


断ろう。

私の将来の夢は教師の他に、ノーと言える大人になることだ。

はっきり、きっぱり、私は首を横に振ろうとした。


まさにその瞬間。


「!!」


ゴッ。

鈍い音が頭に響く。


「え…松村さん!?」

「わ、わりぃ! わざとじゃ…!」


聞こえたのは、王子の焦ったような声と、知らない第三者の声。

私は顔面に野球ボールを当てられたのだと、気づくのに時間がかかった。

そういえば、どこかのクラスで野球ゲーム(軟式ボールとホウキ使用)をやっていた男子たちが窓ガラスを割ったことにより、教室で野球ゲームをやると反省文二十枚越えの罰が科せれることになったんだっけ…。

でも、だからって、朝から昇降口のところでそれをやらなくてもよくない?


薄れゆく意識の中で、私は思った。

王子と話し合いという死亡フラグを避けられたのだから、逆に気絶できて良かったかも…。

そうすると、私の顔面にボールを当てたあの男子生徒も快く許せる。

むしろ、感謝したいくらいだ。

ボールを当ててくれて、ありがとう。

これもお守りの効果か。

すごい。



「……ハッ!」


視界に映った真っ白な天井。

私はいつの間にか、保健室のベッドの上にいた。


「おお…。」


瞬間移動か。

と、誰もいない空間に突っ込んでみたけど、恥ずかしくなってやめた。

私のこういうところが友達を作れない由縁なのかもしれない。

ベッド周りのカーテンを開いて、私はそこにいた養護教諭に話しかけることにした。


「あの…。」

「あら、起きたの松山さん。」


40代後半のおばちゃん先生はにこやかに笑う。

けど、名前間違ってる。

私は松山じゃなくて松村だ。

前にも名前を間違えられてきちんと訂正しておいたはずなのに。

ちなみに、前は松山じゃなくて松川だった。

もう、いちいち訂正するのが面倒なので、何も言わないでおこう。


「あなた、半日眠ってたのよ。なかなか起きないから病院に連れてこうかとも考えたけど、気持ち良さそうに寝息を立てていたから。…もしかして、寝不足かしら?」

「あ…。」

「よほどの理由がない限り、夜は10時にはベッドに入った方がいいわよ。体調面もしかり、大人になって肌荒れに悩むことになるかもしれないからね。ふふ、後悔してからじゃ遅いのよぉ。」


寝不足。

確かに、昨日はまったく睡眠時間をとれなかった。

恋敵ちゃんへの手紙の返事を考えに考え、そのまま徹夜してしまったのだ。

…うん、ちょっとはお守りの制作をしてたせいもある。


「せ、先生。あの、私ってどうやってここまで…?」


ふと、気になった。

王子の前で倒れてしまったのだ。

もしかして王子が運んでくれたのでは、と乙女チックな妄想が頭を占める。

お姫様抱っこだったりして…。

きゃー!


「ああ、ちょうど平野先生が通りかかったみたいでね、先生が運んでくださったわ。」

「あ、賢ちゃん…。」


そうだよね、王子にお姫様抱っことか夢見すぎだよね。

一瞬でも変な期待をしてしまった自分が恥ずかしい。


「あなたと同じ学年の、ほら、顔の綺麗な男の子…東堂くん。彼も付き添いで来てたわよ。あなたってば、残念ねえ。」

「ざんねん?」


…何故?

王子に付き添いまでさせてしまったのには、非常に申し訳なく感じるけど。

残念って、どういうことだろう。


「女の子なのにねえ。好きな人の前で鼻血を出すなんて、ショックでしょう。」

「好きな人? え、…鼻血!?」


おばちゃん先生の言葉に慌てて鼻に手を当てると、そこにはティッシュの感触が。

もしや寝てる間から今まで、ずっとティッシュを詰めたままで?

どうりで少し、息苦しかった気が。

おばちゃん先生が鼻に詰めてくれたんだろうか。

あ、いや、というか、そうじゃなくて…。

大切なのは、王子に鼻血を見られたのかどうかだ。

賢ちゃんはいい。

鼻血なんて、見せ慣れてるから。


「東堂くんも心配してたわよ。鼻血の量があまりにも多かったから。」

「!!」


う、嘘だ…。

終わった。

この世の終わりだ。

イケメンに、こともあろうに鼻血を見られるなんて。

根暗な上に、鼻血を吹き出す女。

あんまりじゃないか。


「まあ、頑張りなさいな。難しい恋だとは思うけど、先生松山さんのこと応援するわよ。」

「…私、教室に、戻ります…。」


どうして私が王子を好きだなんて誤解しているのか知らないけど、鼻血をイケメンに見られたというショックの方が大きくて、私は灰になりながらもなんとか教室へ帰還することにした。


時計の短い針が1を指し、長い針は12を指す時刻。

もう昼休みが終わる。

私、本当に半日眠ってたんだ…。

鼻血はすでに止まっていたけど、私の心の傷は当分治りそうになかった。

やっぱり私にボール当てたやつ、許さない。


…って、あれ?

そういえば私、鞄どうしたんだっけ?

保健室にはなかった。

ボールを当てられた時、衝撃で鞄を落としてしまったのだ。

もしかしたらそれっきり、昇降口に置き去りになってるのかもしれない。

――あ。

そうか。

お守りの入った鞄を手放してしまったから、鼻血なんてものが出てしまったんだ。

肌に触れてないと効果が薄れてしまうのかもしれない。

鞄が見つかったら、お守りは制服のポケットに入れておこう。

固く心に決めた。



五分後。

私は、木の茂みでひたすら焦っていた。


「ぐひゃひゃ! おい、こいつ全財産が千円ぽっちしかねーぞ! 生活苦かよっ。」

「金目の物も、なさそうだな。持ち主女?」

「さあ。財布も微妙なデザインだし、分かんね。」


同級生の見るからに不良やってますよ的な二人が、私の鞄をまさぐって大声で笑ってる。

なんでこんなことになったのか、自分でもよく分からない。

昇降口の片隅でぽつんと放置されていた鞄を発見した時、私より早く、鞄を手にとったやつらがいた。

それがこの不良たち。

金品をネコババしようと企んでいたのだ。

私は咄嗟に通行人の振りをして、校舎裏の方に移動していく二人をこっそり尾行し、今に至る。


でも…。

こうして二人の行動を覗き見ているとはいえ、私に彼らの前に出て鞄を取り返すという高度な突撃などできるはずもなく。

携帯だって鞄の中。

私はひたすら行く末を見守るしかない。

お金なんて大した額入ってないんだから、さっさと鞄返してくれ。

私のお守り返せぇ…。


「あ? なんか、変なの入ってるぞ。」

「変なの?」

「お守りだ。しかも手作りっぽい。」

「つーことは女? うわぁ、味気ない鞄だな。」

「いんや、彼女からの贈り物って可能性もあるかもよ。男の線も捨てきれねー。」


ちょ、ちょっとちょっと、ちょっと!

そんな雑に扱わないで私の守護神!

厄除けの効果が消えたらどうしてくれるんだ!


「てか、マジで金ねえなこいつ。千円だけ貰ってくか。」

「千円かー。ゲーセンでも大して遊べねーな。」


いやぁぁ。

あいつら、本当に私の千円を財布から抜き取りやがった。

窃盗だ窃盗!

犯罪!

しかし、残念ながら私に彼らを止める勇気はない。


「待って!!」


そう、そう言ってやりたい気持ちは山々なんだけど。


…って、この可愛らしい声は相田ちゃんじゃないか。

私は顔を上げる。

不良たちの前には、腕を組んで仁王立ちする彼女がいた。


「今抜き取ったお金を戻して! それは、あなたたちのじゃないでしょ。」


あ、相田ちゃん。

なんて度胸のある子なんだきみは。

私が言いたくても言えなかったことを代わりに言ってくれるなんて。

イケメン狩人の二つ名も伊達じゃない。


「はあ? なんだお前。」

「これは俺たちのお金ですぅー。まさか、俺たちが金を盗んだとでも言いたいのかよ。証拠でもあるわけ?」

「私、さっきちゃんと見たんだから!」

「証拠にもなんなくない?」


ゲラゲラと、相田ちゃんを囲んで下卑た笑みを浮かべる不良二人組。

なんだか、相田ちゃんが登場してから雑魚っぽくなった気がするのは気のせいだろうか。


「落し物はぁー、落とし主が現れないまま10秒経ったら、拾い主の物になるんですぅー。」

「そんな勝手……っ。」

「はい、いーち、にー。さぁーん」


え、……え。

まさか、これって私が出ないといけない雰囲気?



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