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傍役メランコリー  作者: 夏冬
8/32

8.良質な肉



拝啓 通行人A様へ


この度は、わたくしの身勝手な行動のせいで多大なる御迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。

まあ、あんたには、あまり迷惑かけてないけどね!

贋物とはいえ、弁明の余地もありません。

己の不徳の致すところとし、深く反省しております。

だからって、翌日に即転校とか、お父様ってばやり過ぎよね。

本物ならいざ知らず、やっすいオモチャの騒ぎでよ?

体裁を気にしてばかりの両親、本当に嫌になっちゃうわ。

逃げ出したみたいな形になってるけど、違うからね。

私の意思も聞かず、お父様が無理やりよ!


それに私、あの事件のすぐ後に、きちんとあの子に謝っておいたわ。

ゴリラ教師がうるさいんですもの。

事件のショックで寝込んでるって言うからわざわざあの子の家を尋ねたのに、驚いたわ。

あの子、あっけらかんと部屋に男を入れてたの。

信じられないでしょう。

同じクラスの、都竹ってやつよ。

クラスを代表した見舞いだとか言ってたけど、本当かしらね?

私を見るなり威嚇してきて、躾がなってないったらありゃしない。

あの子もあの子で、か弱い振りして男の影に隠れちゃったりして。

ああ、ムカつく。


あんたには、話したわよね。

私が“先生”を好きだってこと。

あえてここでは名指ししないことにするわ。

本当はね、期待してたの。

ナイフを自分に突き立てた時、先生なら何が何でも止めてくれるんじゃないかって。

でも最後まで説得してくれたのはあのゴリラだけ。

虚しかった。

先生にとって私は、取るに足らない存在だったのかしら?

先生も私を好きだなんて、蒙昧な夢に過ぎなかったのかもね。

あの子への嫌がらせのことも、少し前からもしかしてと勘付いてたみたい。

それなのに私ったら先生の前でひたすら良い子ちゃんになったりして、笑っちゃう。

私、正直悪いことをしたとは思ってないの。

あの子が寝込んだりしたのは精神的な弱さゆえでしょ?

だって、本当に殺そうとしたわけじゃないし。

あそこまで悩んだり怯えたりするなんておかしいわ。

前々から思ってたけど、やっぱりあの子とは折が合わないわね。


長ったらしく文章を書いてると、何が言いたいのか分からなくなりそう。

要点だけまとめると、私はもう、先生なんて好きじゃないってこと。

唯一、私の努力を認めてくれた相手だから思わず恋をしてしまっただけで。

そう、あれは不覚の恋だったの。

新しい土地で、先生よりもっといい男を見つけて見返してやるわ。

逃がした魚はでかいのよ。

新境地で、女を磨いてやる。

だからくれぐれも、私が先生を好きであんな騒ぎを起こしたのだと、校内に触れ回らないでちょうだいね。

誰かに言ったら、お父様の力を借りてあんたを狩ってあげるから。


あんたがどういうつもりで紙で作った変な物体を私宛に置いていったのか知らないけど、もし一億分の一でも私を心配しているようなら、間に合ってるわ。

あの時ナイフを自分に突きつけたのは、先生の気持ちを確かめるため。

断じて自害しようとしたわけじゃないもの。

あんたが気に病むこともないわ。

こっちの空気はおいしいし、すでに友達も一人できたのよ。

そっちで作った形だけの友達とは違って、きっと私がまた同じような騒ぎを起こしても、真っ先に心配してくれると思うの。

まあ、もうあんなことをするつもりはないけど。

あの騒ぎの後、友達だと思っていた子たちと一切連絡が取れなくなってしまったのは、流石に堪えたしね。


私、渡会茉莉花は、二度と同じ過ちを繰り返さないよう努めて参ります。


敬具


日付は、面倒だからとばすわ。


追伸 あなたの存在を忘れていて、お手紙を出すのが遅れました。あんた、ちょっと影薄すぎなんじゃない?




――そんな手紙が届いたのは、あの騒ぎから一週間が経った頃だった。


なんだか胸の詰まる内容だ。

恋敵ちゃんらしいといえば、らしい。

遠まわしに横峰先生と私のことを心配して、気に病むなと言ってくれているのだ。

横峰先生に恋敵ちゃんが気持ちを伝えなかったのもそのためだろう。

もう好きじゃないなんて書いてあるけど、横峰先生に責任を感じてほしくなくて、そう言ってるだけな気がする。

追伸の部分は余計だけど…。


「……パックンチョ、届いたんだ」


てっきり、ゴミとして処分されてしまうと思ってたから、少しだけ嬉しかった。

ただ、その分。

恋敵ちゃんが行動を起こす直前、あの時に、どうして私は宥めてやれなかったのだろうとやるせなかった。


私が何か気の利いた言葉をかけていれば――恋敵ちゃんは、転校せずに済んだかもしれないのに。


「ダメだなぁ…」


なんの役にも立たないポンコツな自分が、初めて本気で憎らしくなった。


手紙に書いてあったように、相田ちゃんはあの騒ぎの次の日、学校を休んだ。

心に相当なダメージを負ったのではないかと噂されていたけど、事実だったらしい。

爽やかくんがクラスを代表して見舞いに行ったというのも、本当だ。

ただ、担任が学級委員に託そうとしたところを、募集してもいないのに立候補した爽やかくんが代表の座をふんだくっただけで。

さぞかし二人きりで、甘い雰囲気を楽しんだことだろう。

普段ならリア充どもめと呪う私も、この時ばかりは許してやることにした。

流石の私もそこまで鬼じゃない。

というか、醜い心をしてるわけじゃない。


あれから相田ちゃんの周囲は、少しだけ変わった。

まず、生徒会のメンバーは、人前であまり相田ちゃんに話しかけなくなった。

相田ちゃんと距離を置いているというわけではなく、人の目がなければ、以前の三割増しでデレデレに相田ちゃんを構っている。

相田ちゃんが女の子からの嫉妬対象にならなくするために、人前でわきまえるようになっただけだ。


次に、横峰先生。

あの時にどうすることもできなかったヘタレな自分に、少なからずショックを受けたみたい。

最近、賢ちゃんに熱血指導を志願している姿をよく目にする。

賢ちゃん2号ができあがるのも、時間の問題か?


加えて、現場にはいなかったはずの不良先輩や純朴王子も、今まで以上に相田ちゃんを気にかけるようになった。

特に不良先輩の、相田ちゃんに対して好意的でない女子を見る目は怖い。

まるで、今から噛み殺すぞとでも言いたげな恐ろしい目つき。

相田ちゃん専属の番犬だと、もっぱらの噂だ。


「賢ちゃん~。」

「おー?」

「内弁慶って、どうやったら治るのかな。」

「そりゃあ、気合だろ! 病気だって自分が治すぞ! と意気込めば、通常より早く完治するしな。なんだ、六花は自分が内弁慶だと思ってるのか?」

「…うん。」


気合、気合ねえ。

やっぱり賢ちゃんに聞くと答えはそうなるよね。

気合で病気が早く治るのは、おそらく賢ちゃんだけだと思うよ。

ただでさえ滅多に病にかからない体して。


「そもそも、具体的に内弁慶って何だ?」


現在、私たちは教室にいた。

夕暮れ時の教室。

室内はオレンジ色に染まってる。

恋愛映画でも始まりそうな雰囲気だけど、賢ちゃんはそういうのを壊す天才だからね。

彼女いない歴何年?

うん、ないな。

今度の体育の授業で使うというプリントを作成している賢ちゃんをぼんやり眺めながら、私は答える。


「こう、家では威張ってるのに、外じゃいくじがない人のことだよ。まさしく私。」

「別に威張ってないだろ? 六花は。」

「うぅん、威張ってるというかなんというか…。キャラが違う?」

「がはは! つまり、人見知りってことだ。」


人が真剣に悩んでるのに笑い飛ばす賢ちゃん。

ムカついたので、消しゴムを投げてやった。

けど、当たらない。

賢ちゃんが避けたわけではない。

狙って投げて、当たらなかったのだ。

私は床に落ちた消しゴムをいそいそと拾いに行く。


「人見知りを治したいんなら、今より大勢の人と関わったらどうだ?」

「え~やだぁ。」

「じゃあ一生治らないままだな。」

「…それも嫌だけどさ。」


そういえば、高校に入学してから、賢ちゃんが私に友達を作れと言ってくることはなくなった。

中学の頃は毎日うるさかったのに。

友達は人生の宝だーとか。


「俺は、六花が自分から進んで友達を作ってくれることを祈ってるぞー。」

「うげ。だから、何も言ってこなかったの?」

「友達は人生の宝だからな!」

「……。」


ほら。

案の定、言った。

賢ちゃんの口ぐせだ。


「だいたい、友達作りって何すればいいの? お友達になってくださいって言えばいいの?」


根本的な話、友達のいない私は友達の作り方が分からない。

仮に懇願して友達になってくれる子がいたとしても、賢ちゃんや家族以外にまともに会話できない私と長続きするはずもない。

となると、もしや私は一生友達0人…!

将来は孤独死か…。

虚しすぎる!


「がはは。六花は、無理に友達を作ろうと思わない方がいいと俺は思うけどな。友達が多ければ多いほどいいというわけじゃない。大切なのは数より質だ。肉みたいなものだな。」


肉…。

例えが悪すぎないだろうか賢ちゃん。


「てか、あれ? 賢ちゃんって、焼き肉食べ放題好きでしょ?」

「そりゃ、俺の場合はだ。六花は焼き肉20人前も食べられないだろう。」


当たり前だよ。

こちとら女の子だよ。

時々思うんだけど、賢ちゃんって私のこと弟か何かと勘違いしてない?


「六花は味で選んだ方がいい。」

「濃厚で深みのある?」

「良質な肉をな。」


肉友達。

なんだか、嫌な感じだ。


「この人とどうしても友達になりたいと思える相手が見つかったなら、友達になってくださいと頼めばいい。重要なのは、そこからだ。」

「…賢ちゃんって、友達いるの?」

「最近だと、生物の横峰先生と友達になったばかりだな!」


いや、それ…友達というより、横峰先生は賢ちゃんのこと師匠としてしか見てない気がするんだけど。

言った方がいいかな?

…言わないでおこう。

賢ちゃんにはきっと、通じない。


「ん~、まあ、頑張ってみる…。」


友達ができたら、変われるかな。

それとも変わるために、友達を作るのかな?

難しい。

友達作りは、私には当分無理そうだ。


その日、家に帰った私は、とりあえず恋敵ちゃんへ手紙の返事を書いた。

ついでに、厄除けのお守りも作ってみた。

効果があると信じて、学校の鞄の中に入れておく。



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