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傍役メランコリー  作者: 夏冬
6/32

6.飛び火しました


廊下を歩いていた時、どこからかうめき声のようなものが聞こえた。

初めは風の音かな? と思ったのだけど、どうにも違うみたいで。

音の発生源は、非常階段に繋がる扉の向こう側からだった。


好奇心。

そう、扉を開けてしまったのは、ただの好奇心からだ。

未来の自分が叫んでる。

藪蛇どころか、自分から藪に顔突っ込んでどうすんの、と。



「何なのよぉ~~! なんで私が責られなきゃいけないわけ!? ぜんぶあの女が悪いんじゃない!」


現在、私は直立不動でいた。

何故なら制服の裾を恋敵ちゃんに掴まれ、踵を返そうにも返させてくれないため。

だから黙って、突っ立っている。


「ちょぉっとお灸を据えてやっただけで何! 男どもも過保護すぎんのよ! つか、あいつら趣味悪いっての! この私を蔑ろにするなんて、節穴にも程があるわ!

ねえ、あんたもそう思うでしょ!?」


…同意を求められても、うんともすんとも言えない。

視線を逸らしながら黙りこくる私に、恋敵ちゃんは鋭い眼光を浴びせてくる。

頷け、そう言ってるようだ。

私はこくこくと頷いた。

こうなったら、相手が私を解放してくれるまで、首振りマシーンにでもなってやる。


「…あんた、名前何だっけ? 同じ学年よね。」


イエス。

すごくご近所な隣のクラスです。

私は頷く。


「私、根暗な人種って嫌いなのよね。でも、ちょうどいいわ。今だけは私の話を聞くことを許してあげる。」


許さなくて結構です。

そう言いたいけど言えないため、ありがとうございますの意味を込めて頷いた。

なんで私、こんなことになってるんだろ…。

遠い目しかできない。


「あんた、喋れないの?」


訝しげに聞かれたので、首を横に振る。


「…じゃあなんで喋らないのよ。ああ、分かるわ。私みたいな雲の上の人間に話し掛けられて混乱してるのね。あんた、なかなか身の丈を弁えてるじゃない!」


恋敵ちゃんが朗らかに笑う。

相田ちゃんに負けず劣らずの美少女だ。

加減の良いつり目は、特定の人にはご褒美になりそう。

でも、自分で雲の上の人間とか言っちゃうのはいただけない。


「いいわ、許可してあげる。名を名乗りなさい。」

「え。エット……。」

「江藤?」


違う!


「……えっと、ソノ…私はただの通りすがりなので、通行人Aとでも…。」

「はあ? ふざけてんの?」

「……。」


怖い。

美少女怖い。

萎縮して何も言えなくなる私を、恋敵ちゃんは苛立った様子で眺めていた。

しまいには舌打ちされる。

どうせ私はコミュ障だぜこのやろう!


「はーあ、イライラする。もういい、あんたのことは下僕って呼ぶわ。」

「下僕……。」

「何よ、文句ある?」

「ま、マッタク。素敵な呼び名デスネ。」

「光栄でしょう。」


それ、本気で言ってるのだろうか。


「あーうざいうざい。あいつら全員もげればいいのに。特に葉月! 私をイロモノ扱いするなんて許せない! お試しはこっちの台詞だっつーの、あんたなんて先生の足元にも及ばないわよ!」


若干女の子が、それも美少女が口にしてはならないような暴言に眩暈がした。

もげればいいなんて、間違ってもその可愛らしい唇で紡いでいい言葉じゃない。

…というか、あれ?

今聞き逃してはならない単語があったような。


「……“先生”?」


先生って、誰のこと?


「あっ! それは……。」


慌てて自身の口を塞ぐ恋敵ちゃん。

どうやら言ってはまずいことだったらしい。


まさか…。


「まあいいわ。どうせあんたには泣き顔も見られてるし、下僕だものね。他言無用よ。


私、横峰先生が好きなの」


恋敵ちゃんは、頬を染めて衝撃の事実を口にした。


…え。

あんなにイケメンはみな好物! みたいな行動をとっていて、片思いの相手がいると?

しかも俺様生徒会長ならまだしも、まさかの横峰先生。

私は反応に遅れてしまった。


「素敵でしょう、横峰先生。」

「……。」

「す・て・き・で・しょ・う。」

「え、そ、そりゃあ、もう!」


唖然としていた私は、語気を強めて同意を求められた二度目の言葉に、とかく餌を啄む鶏を真似た。

そうだ。

役割を忘れてはいけない。

今の私は首振りマシーンなのだから。


「そう…。やっぱり、あんたも横峰先生が好きなのね。」


しかし、恋敵ちゃんの反応は予想外。

私、横峰先生が好きだなんて一言も発してないのに、なんて飛躍した勘違いをするんだろう。

それに、私がイケメンを好きになるなどおこがましい。

ロミオとジュリエットも顔を真っ青にする身分差だと思う。

下手すれば、神の怒りに触れかねない。


「ふ。私は寛容だから、あんたが先生を好きでいることは許してあげる。どうせあんたじゃ相手にされないしね。可哀想だもの。その点、私はすごいと思わない? 生徒会に入ったのだって、先生がわざわざ私を呼び出して頼んできたからなのよ。もう私しかいない、だからお願いだって。先生はきっと、私に気があるのよ。だから頑張ったわ。あの女のせいで腑抜けになった役員共を救ってあげるために、全員私に惚れるよう仕向けた。思いのほかあの女がチョロチョロとうざかったから嫌がらせに出ちゃったけど、犯人が私だとバレなければきっと、みんな私に惚れてたわよ。それで、私は先生に告白されるの。素敵だわ! ああ、ごめんなさい。あんたの前で惚気けてしまったわ。私が羨ましいからって、上靴に画鋲を仕込んだりしないでよ?」


…そろそろ、私は怒ってもいいような気がしてきた。

こんなに好き勝手言われて、黙ってる方がおかしい。

ここはきっぱり言ってやらなければ。

妄想はやめて、現実を見るんだと。

横峰先生が恋敵ちゃんに生徒会入りを頼んだのは成績が良いからであって、それも何番煎じのものだと思ってるの。

生徒会へ入ってくれとは、私も頼まれたんだからね!

それも恋敵ちゃんより前に!

ふふん。

まあ、先生の変な勘違いのおかげだったけどね。


しかも私の知る限りでは、横峰先生は相田ちゃんに傾いている。

相田ちゃんに生徒会を勧めないのは、ライバルがわんさかいる場所に好きな子を放りたくないためだと考えられるし。

いずれにしても、横峰先生が恋敵ちゃんを好きになることはまずないだろう。


「そう…、そうよ。私は先生に振り向いてもらうために頑張ったわ。成績だって、良い子の振りだって、生徒会のことも。それなのにどうして! 先生にもし嫌がらせのことが知られたら、嫌われてしまうかもしれない…っ。そんなの耐えられない!」


…それは、自業自得なのでは…。

頭を抱えてうずくまる恋敵ちゃんに突っ込んでやろうかと思ったけど、私にそんな度胸があるわけもなかった。

ただ、神妙に頷いておく。

臆病と言うことなかれ。


「どうすれば…、どうすればいいの!」


もう、素直に謝ってしまえばいいんじゃ。

今更悪あがきしたところで、どうにかなるわけでもないだろう。

恋敵ちゃんが顔を上げていないのをいいことに、私は肩を竦めて首を振った。

ヘーイ、チェックメイトだよ。


「お父様に連絡…いえ、それじゃあ遅いわ。今こうしている合間にも先生の耳にあのことが…。」


ぶつぶつと呟く美少女。

親指の爪を噛むのはやめた方がいい。

ビジュアル的に、怖いから。


「そうよ…。ぜんぶあの女が悪いのよ。私の邪魔ばかりして……」


ガリガリ…。

恋敵ちゃんは、掠れた声で何かを言っている。


う、うわぁ。

雰囲気からして、やばいよね? これ。

なんだか嫌な予感がする。

自然と足が退けていた私は、そのまま扉まで後退し、ドアノブを回して廊下に出る。

彼女は何かに取り憑かれたように独り言をやめず、私が隣からいなくなったことにも気づいていない。


け、賢ちゃん!

賢ちゃん呼ぼう!!


このままじゃ危ない気がして、私は職員室に駆け出した。




「――――あの女が、邪魔なのよ」


ひどく暗澹としていた、彼女の瞳。



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