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傍役メランコリー  作者: 夏冬
4/32

4.気配は消せます



「っざけんじゃねぇぞ! 俺たちとはもうつるまねぇって、どういうことだよ吉澤!」


とある昼放課。

クラスの男子が教室で野球(軟式ボールとホウキ使用)をやり始めたので、避難と時間つぶしを兼ねて校内を練り歩いていると。


「言葉通りの意味だよッ! てめぇらみたいな低能とは、縁を切るっつってんだ!!」


………とても笑えない修羅場に遭遇してしまった。


不良集団が一人の不良を取り囲んで…というほどの人数でもないけれど、構図的には三人の不良たちVS吉澤先輩となっている。

仲間割れだろうか。

おいおい、私の散歩コースで何やってくれてんの…。

何気に私ってば相田ちゃん並みにイケメンとのエンカウント率が高い気がして、喜ばしいのか戦慄すればいいのか分からない。


とりあえず私は回れ右をした。

とばっちりは御免だ。

経験から言って、近くにいたら確実に巻き込まれるだろうから。




そうして私がやって来たのはピロティの一階。

校内で言えば地下にあたるそこは、関係者専用の駐車場になっている。

目的の車を発見した私は、軽快なステップで移動し、車の窓を叩いた。


「賢ちゃーん!」


そう、賢ちゃんの車だ。

本人は助手席でイビキをかいて寝ている。

お昼ご飯を食べ終えた後の十分間の昼寝は、賢ちゃんの大切な日課なのだ。


「がぁ……んん、あー?」

「賢ちゃん、おはよー。」


だが、私は私の欲望のためなら平気で賢ちゃんを叩き起こす。


「おお、気持ちいい朝だな! 六花。」


朝と違うし。

賢ちゃんは私を怒るわけでもなく、白い歯を惜しみなく見せびらかして、扉を開けて出迎えてくれた。

心が広い賢ちゃん、マジでイケメン。

見た目ゴリラなのが残念だけど。


「ねー、あのさ。不良先輩……じゃなくて、三年の吉澤先輩。さっきなんか揉めてたみたいでね、一悶着起こりそうなんだよ~。」

「喧嘩か? 喧嘩は青春の醍醐味、怪我は青春の勲章だな! ははっ。」

「笑い事じゃないし、意味分かんないし。」


教師のくせに、生徒の心配はないのか。

でもまあ、賢ちゃんは熱血ゆえに楽観的とまではいかないけど人とずれた思考回路をしてるだけで、一切生徒の心配をしないわけではない。

本当に危機的な状況に陥れば真っ先に駆けつけてくれる、これで容姿が良かったら最高の評価が下るだろう人だもん。

もったいない。


「気にかけてあげてね。さっき渡り廊下のところにいたから。」

「おう、任せとけ! 今から様子を見に行ってきてやるか。」

「ありがとう、賢ちゃん。」


よし!

これで私が厄介事に巻き込まれる心配はない。

ごめんね賢ちゃん。

ああいう不良タイプの人には、賢ちゃんみたいな性根が真っ直ぐで超ポジティブシンキングな人間こそ合うと思うんだ。

それに賢ちゃん、格闘技極めてるから強いし。

素人の喧嘩なんてすぐに止められるだろう。

ぜひ頑張ってくれたまえ。


「ふふふーん♪」


私は面倒事をまるっとそのまま賢ちゃんに押し付け、なんとか巻き込まれ…またの名を“とばっちり”を回避することができたと、一人鼻歌を口ずさみながらスキップして教室に向かった。

賢ちゃんが不良先輩の更生に着手し始めたら、きっと青春漫画さながらのストーリーが展開されるんだろうなぁ。

タイトルは『あの夕陽に向かって』?

ぶはっ。

夕陽を指差す二人を想像して、私は思わず吹き出してしまった。

慌てて辺りを確認するものの、運良く誰もいないようで……。


―――いや、いた。

階段の踊り場で、人が倒れている。

寝転がっているわけではなく、意識がないみたいだ。


「な、なんてこった…!」


咄嗟に駆け寄って、状態を確認する。

けれど顔を見て絶句。

倒れていたのは、不良先輩…吉澤先輩だ。

なんでここに?


「血だ…。」


肌はそこら中が赤紫色に腫れ、口元も切れて血が滲んでいる。

誰が見たって分かる喧嘩の痕。

さきほどの不良仲間たちにやられたのだと、すぐに察しがついた。


賢ちゃんヘルプー!

不良先輩は渡り廊下じゃなくて、まったく見当違いなところへ移動してたよ!


「うわわ、どうしよどうしよ…!」


不良先輩の怪我を見ているだけで、体中がムズムズするというか、心臓から温度がなくなっていくみたいになる。

血の気が引くってやつ?

とにかく、不良先輩を保健室に連れて行こう。


「私って、もう呪われてる気がする……」


不良先輩の両脇に手を入れて引きずりながら、そんなことを呟いた。



殺人犯が撲殺した遺体を運ぶイメージで、私はズルズルと不良先輩を引っ張る。

保健室に近づくにつれ頭が冷えてきた。

多分、動かない先輩を移動させるより、私が保健室に行って養護教諭に知らせに方が早く済んだ。

それに、不良先輩がもし骨折なんかしてたら…。

むやみやたらに動かさずにいれば良かったと、今更ながらの後悔をした。

平静に見えて、頭の中はパニックだったんだよ、私。


ともあれ保健室はすぐ目の前なので、もうこのまま行ってしまおうと足を進めれば。

その先に彼女の姿を見つけた。


「相田ちゃん…」


そして、私は後々考えたらとんでもない行動に出ていた。

意識のない不良先輩を、渾身の力で廊下に投げ捨てたのだ。

相田ちゃんに気づいてもらえるよう、派手な音を立てて。


「え…。吉澤先輩……っ!?」


私がすぐさま身を隠し、焦燥の色を浮かべて不良先輩に走り寄る相田ちゃんをじっと物陰から盗み見た。


「なんで……! だ、大丈夫ですか? 先生! 先生、大変です! 吉澤先輩が…!」


保健室から養護教諭が出てきて、事なきを得るまで、私は得意中の得意である“壁に同化”してやり過ごした。








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