1/5 朝食前の風景
評価シートというものを一度生で見てみたくて、MF文庫に送りつける為、人生で初めて書いた小説です。MF文庫では1次通過という結果でしたが、なんの手違いか評価シートは送られてきませんでした。
いや評価シートが欲しくて書いたのにこれお前どういう事やねん。とかね、そんな感じなんで、誰か感想をください。お願いします。
朝食前の風景
美霧の里。
霊峰大蔵、不忘山を北西に見据える一帯の名だ。
とは言っても、一八八八年の市町村制により、山から流れる三本の川で分かれてしまっていて、町の名前は東から順に黒岩市、大蔵町、老畑村、小芝市になっている。
そして、一二〇年経った今になって老畑村と小芝市はわざわざ合併。現在は、城下町として今歴史オタクに中途半端に人気が出ている黒岩市と、温泉やスキー場があり、観光地として有名な大蔵町。そして、合併と同時に中途半端に都市化が進み、田んぼと大型ショッピングモールが目と鼻の先にあるアンバランスな芝田市。この三つの町が、旧美霧の里という事になる。
俺の家があるのはその城下町で、黒岩城が見えるアパートの一階、一〇三号室がそうだ。六畳のリビングと、キッチン、トイレ、風呂付。
川のすぐ横に建っているため、たまに朝靄が凄くて外がまったく見えなくなったり、近くにあるコンビニが不良の溜まり場になっていて、まれに馬鹿騒ぎが聞こえてくるのを除けば、築五年でタイル貼りで植栽も綺麗、冷暖房も完備と、実に良い物件だと思う。
そしてこのアパート、俺は家賃を払っていない。というのも、実はここのオーナーとは俺が学生の頃からの知り合いで管理人をさせてもらっている。そのため家賃ゼロ。さらに月に十五万円の給料を貰っている。
これが俺の副業。
副業。
じゃあ本業は? ああ、気になる? 気になっちゃいますか。いやお前は昔からすぐそういうのに喰いついてくるよなすぐ。仕方がないなあ、話してやろう、俺の本業はですね――ってうわ、霧すごっ! でぃーぷふぉぐ!
ああ、そう言えばこの霧にはとある噂があって――まあ、噂と言うか言い伝えというかは微妙なのだけれど。
戦国時代の後半にここら一帯を治めていた武将。戦は上手いし政りごともできるしで、所謂名将ってやつだったんだけど、何よりその腕っ節。将でありながら自身で戦場を駆け抜け、次々に敵兵を斬り倒していく様まさに鬼。ついたあだ名もそのまんま美霧の鬼――ってまあ、それは良いんだ。どうでもいい。
その武将がある日突然人間不信に陥り、家臣やその家族を打ち首にするという出来事があった。
それを行ったのがこのマンションのすぐ隣に流れる黒岩川。実際に処刑が行われたのはここのもう少し下の方なんだけどね。
それからそこには首切り川原って名前がついて、深い霧が出るようになった。加えて、この霧が出ているうちに川原に行くと、どこからともなく叫び声やうめき声が聞こえてきたり、霧がまるで血の様に赤く染まったり、いつの間にか身体のどこかに斬り傷が出来ていたり、しまいにはその武将に首を狩られて死んでしまう――とまあ、こんな噂がある。
まあ、さっきも言ったけどもっと下の方だから。
俺は全然信じてないし別に決して断じて怖いわけじゃないけど、もっと下の方だから安心である。
おっと、こんな話をするんじゃなかったな。そうそう俺の本業の話――
「お兄ちゃん朝だよー!」
だんだん、と玄関ドアをたたく音が聞こえる。どうやらあいつが来たようだ。
「お兄ちゃん、朝だってばー!」
だんだん、と変わらずドアは殴打され続ける。可憐な歌声を持つ呼び鈴さんも無視されて、他の住民にも迷惑が掛かっているだろうこの行為。うーん、誰も幸せにならないぜ。しかし無視無視。静かでさわやかな朝の貴重なひと時を、わざわざぶち壊されに行くなんて暴挙、誰がするものか。玄関に背を向けた俺の腰と床には固い結束が生まれる。
「もう、起きてるんならドア開けてよね」
急に近付いた声に驚き、俺は声のした方向へ振り向いた。つまりはこの場合、真後ろの玄関の方になるはずだが、俺の顔は九〇度ほどの方向転換でその動きを止めた。つまりは横だ。あれ? 残りの九〇度はどこに行ったのかな? 行方不明かな? 不思議ですね、こんなこともあるんですね。今回の事象について、学者さんに今度訊いてみよう。
などと現実から目を背ける事に全力を注いでいた俺の前には、ぷくっと頬を膨らませた女子高生の姿があった。
「なっ! わ、いや、てか、なんで!?」
「なんでって、合鍵持ってるもん」
「持ってるもん、じゃねえよ! なんで持ってるんだよ!」
「イっちゃんさんに鍵借りてつくったの。鍵って簡単にできるんだね、驚いちゃったよ。」
「あいつ……」
……この犯罪臭のする奴は犹守真子。ここから徒歩五分の場所にある私立宮高校の一年生。ちなみに、俺の母親の妹の娘だ。
「あのなぁ、真子」
「なにかなお兄ちゃん」
首をちょこっと傾げる。真子は喋ると何かしらのアクションを伴うため、ポニーテールがピョコピョコはねる。ピョコピョコはねる。
「朝のことなんだけどさ」
「いやいやお礼なんていいってお兄ちゃん。毎朝お寝坊さんなお兄ちゃんを起こすのは、古今東西、二次元でも三次元でも妹の務め。当然の義務だもん」
「いや、いらないよ。わかってると思うけど、俺毎朝ちゃんと起きてるから」
一時停止。
五秒経過。
再生。
「あはは、さては照れてるなお兄ちゃん。毎朝起こしてもらうという事に、若い男女が二人きりという状況に、そしてお兄ちゃん思いのけなげで可愛いこのわたしに!」
「ないない。特に最後の一文が無い」
「ぶー、つれないんだー、おにいちゃんはー」
「そうなんです。つれないんですお兄ちゃんは。だからお前も明日からは来るなよ」
「ふっふっふ、そろそろ言われる頃だと思っていたわ」
いや、前から言ってんだけどね?
「だけどこれはもうそんな次元の話じゃないの! 私の意地と自尊心をかけた、私自身の戦いなの!」
「そんな次元の話だよ! どうしても戦いって言葉を使いたいなら、おれのプライバシーをかけた法による戦いだ!」
「あ、えーっと、あれだ、全世界の、二次元まで含めた全世界の妹のプライドをきゃけた闘いなの!」
「思いつきで言ってんじゃねえよ! 勝手に妹代表になりやがって似非妹のくせに! あと噛んでんじゃねえよ!」
台詞を言い終えさりげなくお茶を入れようとしていた真子を玄関の外まで押し出す――が、玄関先でドアに手を掛けのこる真子。
「くっ、なんて粘りだ……よりきれん!」
なぜか国技風に追い出そうとする俺に突っ込むことなく、真子は不敵に笑う。
「お兄ちゃん、忘れてない? ここで私を追い出しても、私が鍵を持っている限り扉は何度でも開くという事を!」
なんかその台詞魔王っぽいな。私を倒しても第二第三の魔王がみたいな。なら俺は勇者だな。格好良くいこうか。
「忘れてなんかいないさ。むしろ忘れているのはお前の方だろ」
「――なっ……どういうこと?」
ノリいいなこいつ。
「玄関ドアにはメインキーの他にもう一つの侵入防止設備が備わっていることを!」
じゃら、と、音を立ててそれの存在を示す。
「そ、それは――!」
ふふふ、やっとお気づきなすった。そうとも、これが俺のジョーカー、最後の手段にして最終兵器――
「チェーンロック!?」
「チェーンロック!!」
こいつ本当にノリが良い。やべえ、ちょっと楽しくなってきた。
「でもまあ、そんなものはいくらでも切断する方法があるし」
「……お前とは一度本当に法廷で争う必要があるな」
脳内前言撤回。怖くなってきた。
「冗談よ」
「いや、だろうけどよ」
「お兄ちゃんの、チェーンロックを掛けるなんて言葉が冗談ならね」
「なら!? じゃあ何? 本当なら本気なの!?」
法廷なんか必要ねえ、争うことなく牢獄行きだ!
「あはは、まあ朝の冗談はこれくらいにして」
「おい、俺のは冗談じゃなくて本気だからな」
「これくらいにして」
「おい!」
人の話を聞いてくれ。
「私、今週は週番だからもう行くね」
「ん、週番?」
ってなんですか?
「日直の一週間バージョン」
「ああ」
というか俺の時もそのシステムあったな。全力でサボってたから忘れてた。
「……ちゃんと勉強するんだぞ」
「え? 何? 聞こえない。じゃ、行ってきまーす!」
「おい!」
本当に人の話を聞かない。主に俺の話を聞かない。
そして俺の「おい」も届かなかっただろう。行ってきまーすのての字でスタートダッシュをかました真子の背中は、もう誰だかわからないくらいに小さいのだから。
「……いってらっしゃいっと」
まあ、元気が一番ってことで良しとしますか。俺はドアノブに手を掛けた。
「うーん、朝からラブコメモード全開ッスね、ナナさん」
「ラブを付けるな。ただのコメディだ」
もしくはホラー。
「まったまたー、あ、さては照れちゃってんスね? 毎朝起こしてもらうという事に、若い男女が二人きりという状況に、そしてお兄ちゃん思いのけなげで可愛い真子ちゃんに!」
「ねえよ、特に最後の一文が――って何なんだよお前ら! 事前打ち合わせでもしたのかよ!」
とまあ、新しく始まった漫画のキャラの顔見せみたいに登場したこいつは小夜暖人。このマンションの二〇三号室の住人で、真子と同じ宮高校の三年生。ちなみに、真子は三〇一号室。
誰もが認める美顔と人懐っこい性格を持ち合わせ、さらにバンドでボーカルを務め、さらにさらにそのバンドもインディーズではあるがプロダクションから話が来るほどの人気なのだが、アニメや漫画の影響で、理想の女性と言うものが物凄いおかしな方向に行ってしまって――
「彼女いない歴イコール年齢をしっかり貫いている変人なのだ」
「もしも脳内で俺の紹介をしていたんだったら、ちゃんと最後まで脳内でやってくんないスかね」
あれ、口に出てました?
「まあまあ、そんなこと地球がなぜこんなにも生物が生存しやすい環境なのかということに比べれば些事じゃないか」
「なんでいきなり星規模の話と比べるんすか。卑怯っすよ」
「いやいや、巌流島で武蔵が弟子を隠れさせて小次郎を襲わせたことに比べれば全然卑怯じゃない」
「今度は歴史規模で――ってまたその話すか。そんな信用度の低い話俺は信じませんよ。まして伝説の一戦をそんなふうに汚すなんてナナさん、あんた剣士の風上にも置けねえよ」
いつから剣士になったんだ俺は。
「んで、暖人はなんでこんな早朝に?」
どうせ顔見せだろうけど、念のため。
「言っときますけど、顔見せじゃないですからね」
心を読むな。
「バンドの朝練っすよ、朝練。近々ライブあるんで。あ、ナナさんもちゃんと来てくださいよ? チケット渡しますんで」
「ああ、俺が覚えてて、時間が合って、他にすることが微塵もなくて暇で暇でしょうがなくって、気が向いたら行くわ」
「……期待しないで待ってますよ」
それじゃ、とさわやかに軽やかに去っていく暖人。
え? ああ、手ぶらだから軽やかなんですよ。
「……なんかこう、もう一人くらい顔見せがあるような気がしてならないぜ」
あくまで勘である。
「…………」
勘です。
「……………………」
あれ? こないな。というかあいつはいつもこの時間だろ。今日は朝練休みなのか?
「まあ、いいか」
と今度こそ部屋に戻ろうとしたその時。
「わあああああ! 遅刻ちこくチコクー!!」
上の方からそんな非鳴と、ドタバタと音がして、
「もうやばいよ、なんで目覚まし鳴らないのよ~、ケロちゃん信じてたのに!」
バンッと勢いよくドアを閉める音。ケロちゃんは目覚まし時計の名前だろうか。
「頑張れがんばれ諦めるなー」
廊下をドカドカ、階段ダダダダ、勢いそのまま途中でダンッ!
「今日からお前は富士山だ!」
高らかに響いたその叫び声は、まるで歩いているかの様に宙を舞い、俺の眼前に着地、そしてスカートがふわり。
「お、ライムグリーンですか」
上下同じかな。
「ネバーギブアーップ!!」
叫んで走って消えていった。背中には、多分部活用の着替えしか入ってないバックを背負って。
「顔見せはなかったけど、パン見せはあったな」
というか、誰一人として勉強する気が無いな。学校を何だと思っているんですかね。まあ、元気があって良いんだけどね。
「ここの住人は朝から騒々しいですね」
おおっと、ビックリした。そうかそうか、この娘がいたか、まあアレだ、午前の部最後の顔見せとなるだろう人物の登場だ。
黒髪ショートの眼鏡娘。ジト目。三〇二号室の住人で宮高校の一年生、司馬友里。
「まったくだな。朝くらい静かに出来ないもんかね」
「私はあなたにも同じ気持ちを抱いていますよ」
そしてこいつは多分俺のことが嫌いだ。
「あははー、そう、それは悪うござんした。今日は友里も朝早いんだな」
「私も犹守さんと同じ、週番なので」
「そうか、真子と一緒にか。そういや同じクラスだったっけな。まあ、なんだ……あいつのことよろしくたのむよ。どうにもおっちょこちょいなところが――」
「私の足を引っ張らないように携帯か何かで釘をさしておいてください」
……それと、真子と友里は仲が悪い。
「それじゃ、私も急ぎますので」
「ああ……」
俺の顔を見ずに軽く頭を下げると、まるで競歩のように歩いて行った。
真子と友里が仲悪いのは多分(いや、絶対)性格の不一致だとして、なんで俺ってこんなに嫌われているのだろうか。嫌われるようなことはしてないはずなのだけれど。真子の従兄だからか? いやいや、いくらなんでもそれはないな。こういうのって本人に訊けたら楽なんだけど、そういうわけにもいかないもんなあ。
てかまあ、顔見せはとりあえずこんなもんでいいよな。大分本筋からずれたけど、いよいよ本題だ。
……本題……ほんだい……ってなんだっけ? 俺はそもそも何の話をしていたんだっけ?
「……ああ」
玄関を閉めて台所に向かう。
「そういや朝飯がまだだったな」