幽霊包囲網
あのね、これね、ちょっと不思議な話なんだけど、あるところにね、「入ったら絶対死ぬ」って言われてる古い屋敷があったんですよ。まあ、よくあるでしょ、そういう話。でもね、そういうのって大抵、入っても何もないんだよなあ、なんて思いながら、私と、あともう一人、連れがいてね、「じゃあ行ってみようか」なんて軽い気持ちで入っちゃったんですよ。
でね、中に入ると、これがまた静かなんだ。妙に静かでね、音が吸われるみたいな感じがするんですよ。廊下をこう、歩いていくとね、ギシッ、ギシッて音がするんだけど、その音がやけに遠く感じるの。自分で出してる音なのにね、なんだか他人事みたいで。
で、そのときですよ。奥の方でね、コトン、って音がしたんです。
大した音じゃないんですよ、本当に。何か小さいものが落ちたような。でもね、それ聞いた瞬間に、連れが「あっ」て言って、パッといなくなっちゃった。こっちもね、なんだか分かんないけど、体が勝手に動いちゃって、気づいたら別の部屋に入ってたんですよ。
そこがね、四畳半くらいの和室でね、これがまた妙に綺麗なんだ。他の場所はボロボロなのに、その部屋だけ、ちゃんとしてるの。不思議だなあと思ってね、立ってたんですよ。
そしたらね、なんか来るんですよ。
姿は見えないんだけどね、いるんだ。分かるの。後ろにも、横にも、上にもね、こう、じわじわっと“いる”感じがしてね、ああこれ囲まれてるなあ、って思ったんですよ。
普通だったらね、怖くて動けないでしょ。でもね、そのとき私、変なこと考えちゃったんですよ。「これ、向こうが怖がる話したらどうなるんだろう」って。
でね、しゃべり始めたんです。
たいした話じゃないんですよ。人がいなくなったとかね、気づいたら誰もいないとか、そういう話を、ぽつぽつと。でもね、しゃべってるうちに、なんかね、周りの気配がね、ちょっとずつ離れていくんですよ。
あれ?って思ってね、もう少し続けたんです。
あのね、最初はね、とにかく落ち着かなかったんですよ。四畳半の部屋に入った瞬間からね、なんだか空気がざわついてるっていうか、じっとしていない感じがするの。見えないんだけどね、いるんですよ、あちこちに。でね、その“いるもの”がね、じっとしてないんだ。畳の上をすべるように動いたりね、壁のあたりで何かが擦れるような音がしたり、天井の方でコツン、コツンって、小さく叩くような音が続いたりしてね、もう、部屋全体が落ち着かない。
で、これね、不思議なんだけど、音だけじゃないんですよ。気配っていうのかな、こう、ぐっと近づいてきたり、スッと離れたり、そのたびに温度が変わるみたいな感じがしてね、ああ、囲まれてるなあ、って分かるんです。しかもね、一つじゃない。いくつも、いくつも、いるんですよ。数えられないくらいに。
最初はね、正直、どうしようもないなと思ったんです。このまま何かされるのかなあ、なんて。でもね、ふと、変なこと思いついちゃってね。「これ、話をしたらどうなるんだろう」って。自分でもなんでそんなこと考えたのか分からないんだけど、とにかく口を開いちゃったんですよ。
ぽつぽつとね、話し始めたんです。
そしたらね、最初は変わらないんですよ。相変わらず、あちこちで音はするし、動いてる感じもある。でもね、少し続けてると、あれ?って思う瞬間があるんです。さっきまで、畳のすぐそばでしてた音がね、ちょっと遠くなるの。ほんの少しなんだけど、「あ、今、離れたな」って分かるくらいに。
それでね、もうちょっと話を続けるでしょ。
するとね、今度は音の数が減るんですよ。さっきまで、あっちでもこっちでもしてたのが、気づくと、二つ、三つくらいに減ってる。で、その残ってる音もね、なんだか様子が違うの。暴れてるっていうより、様子をうかがってるみたいな、そんな感じに変わってくるんです。
不思議だなあ、と思いながらね、さらに話すんですよ。
そうするとね、今度はね、静かになるんです。
完全に、とは言わないけど、あの落ち着かなさがね、すーっと引いていくの。さっきまであった、あのざわざわした感じが消えて、代わりにね、こう……張りつめた空気になる。まるでね、誰かが息を止めて聞いてるみたいな。
ああ、これね、聞いてるな、って分かるんです。
見えないんですよ、もちろん。でもね、分かるの。さっきまで勝手に動いてた“何か”がね、今はじっとしてる。で、こっちの話を、逃さないようにしてる感じがあるんですよ。
そのうちね、こっちも調子が出てきちゃってね、少し怖い話を足してみたりして。そしたらね、もう完全に静まり返るんです。音がね、ぴたっと止まる。さっきまであれだけ騒がしかったのに、まるで最初から何もなかったみたいに。
でもね、それが逆に分かるんですよ。
いるんです、確実に。
しかもね、さっきより近い。
動いてないだけで、むしろこっちに集まってきてる感じがしてね、四方から、じっと見られてるような気がするんです。息をするのも、なんだか気を使うくらいにね。
あのときね、思いましたよ。
ああ、これ、怖がらせてるつもりが、いつの間にか“聞かせる側”になってるなあ、って。
不思議なもんですねえ。
そしたらね、明らかにね、さっきより“遠い”の。いるんだけど、近づいてこない。ああ、これ効いてるなあ、なんて思っちゃってね、調子に乗ってどんどん話したんですよ。
でね、もういいかな、ってところで、スッと立ち上がって、障子の前まで行ってね。
そのまま、バンッて開けてね、
「ウリャーッ!」
って叫んだんです。
……いやあ、あれね、効きますね。
何がって、分かんないけど、周りがドドドドーって、引いてゆくのがわかるんですね。転げているやつとか、騒いでいる奴もいます。
気づいたらもう、無我夢中で、外に出てましたもん。走ってね、振り返らないで、そのまま帰っちゃった。
でね、後から考えたんですよ。
あのとき、あそこにいた“連中”ね。
もしかしたらね、人間の話、あんまり聞いたことなかったんじゃないかなあ、って。
だからね、ちょっと怖がっちゃったのかもしれない。
……でもね。
ああいうのって、一回効くとね、癖になるんですよ。
また行こうかなあ、なんて、思っちゃうんですよね。
不思議なもんですねえ。




