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白夜戦記──世界に光を降らせる日  作者: ルシア
第0章 過去の祈り、未来の光

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第5話 夢

 翌日の放課後。

 カノンの街の西に広がる森の奥深く。ツタの絡まる古い遺跡の『秘密基地』には、今日も4人の子どもたちの声が響いていた。


「ばきゅーん! くらえ、カノン防衛隊長アルス様の必殺・赤魔素弾!」


「あはは、アルス遅ーい! そんなんじゃ森の熊にも避けられちゃうよ!」


 石の床の上で、アルスが真っ直ぐな木の枝を猟銃のように構え、ミーシャが身軽にぴょんぴょんと飛び跳ねて避けているふりをする。


「もう、2人とも埃が舞うじゃない! ミーシャ、スカートの裾が真っ黒よ! またお母さんに怒られるわよ!」


「へいきへいき! 後で水路でパシャパシャって洗えばバレないもん!」


「そういう問題じゃないでしょ……」


 カレンが呆れたようにため息をつく、いつもの光景だ。

 遺跡の天井の穴からは、涼しい風が少しだけ吹き込んでくる。けれど、みんなと一緒にいるこの場所は、なんだかとても暖かかった。


 グレンは遺跡の中央にある、奇妙な形をした石の台座に腰掛けながら、ポケットの中の魔石をそっと指先で撫でた。

 毎日の特訓のおかげで、石はもうすっかり角が取れ、つるつるの綺麗な翠色の宝石になりかけている。


「……ふぅ、お腹すいたあ」


 アルスが木の枝を放り出し、グレンの隣にどっかりと座り込んだ。


「あーあ、早く大人になりたいぜ。そしたらこんな木の枝じゃなくて、本物の『魔素銃(マジックライフル)』をもらってさ、カノンを魔獣から守る一番すげえ警備隊長になるんだ!」


「じゃあ、あたしは世界中を旅する旅人になるの! それで、世界中のご飯を全部全部食べつくすんだぁ~」


「ミーシャは本当に食べることばっかりね……」


 目を輝かせるミーシャに、パン屋の娘であるカレンがくすくすと笑いながら自分の膝を抱え直した。


「カレンは? カレンは大人になったら何になるの?」


「私? 私はね……ローゲン先生みたいに、学校の先生になりたいな。それで、カノンの子どもたちに文字の読み書きや、歴史を教えるの」


「えーっ! カレンが先生になったら、宿題がいっぱい出そう!」


「当たり前でしょ、アルス。あなたみたいにお勉強をサボる子には、特別に厳しい宿題を出すんだから。」


 げえっ、とアルスが嫌そうな顔をして、薄暗い遺跡の中に笑い声が弾けた。


「じゃあ、グレンは?」


 ふいに、アルスがこちらを向いた。


「この前は俺の副隊長になるって言ってたけどさ、警備隊って柄でもないだろ? グレンって、いっつもこっそりどっかに抜け出して昼寝ばっかりしてるし、 将来は『昼寝屋』にでもなるのか?」


「あはは! グレンならなりそう!」


「ちょっと、2人ともひどいわよ。……でも、教会の神父様を継ぐわけじゃないのよね? お祈りの時間、いつも足痺れさせてるし」


 3人のまっすぐな瞳に見つめられ、グレンは少しだけむくれて頭を掻いた。


「昼寝屋ってなんだよ……。でも、教会はつまんないし、俺には向いてないしさ」


 少し前までなら、「まだ夢とか、なにもないかな~」と適当に誤魔化していただろう。大人になることなんて、ずっと先の話だと思っていたから。


 でも今は違う。


 グレンの右手には、あの緑魔素の風を使ったときの、自分から見えない手が伸びるような、不思議で心地よい感覚が残っている。息を吐くように自然に、そして強く魔素を操れるあの力。

 毎日、母のために石を削りながら、グレンは自分の中で膨らんでいく一つの「やりたいこと」を見つけていた。


「俺……魔法使いになるよ」


 グレンがはっきりと言うと、3人は目をぱちくりとさせた。


「魔法使いって……ローゲン先生みたいに、魔具を使うお仕事ってこと?」


「うん。カレンの父さんがパンを焼くみたいに、鍛冶屋のおじさんが鉄を打つみたいに……俺は、緑魔素の風を使って、みんなの役に立つすごい魔法使いになるんだ」


 グレンはポケットの中で、つるつるになった魔石をぎゅっと握りしめた。


「例えばさ、重い荷物を運ぶおじいちゃんがいたら、俺の風で荷車をフワッて押してあげるんだ。高いところの果物が取れなかったら、風で揺らして落としてあげる。アルスが魔獣と戦う時は、俺が一番強い風で魔獣を吹き飛ばしてやる!」


「おおっ!?」


「それに、カレンの家の釜の火が消えそうな時は、俺が風を送って一気に燃やしてやるよ。そしたら、もっとたくさんパンが焼けるだろ?」


「ふふっ、それならお父さんも大助かりね」


「ほんと!? やったぁ、毎日パン食べ放題だ!」


 ミーシャが両手を上げてピョンと跳ねた。


「……俺、魔法でカノンの街のみんなを、笑顔にしたいんだ!」


 胸を張って宣言したグレンの言葉に、遺跡の中は一瞬だけしいんと静まり返った。

 やがて。


「……すっげえ!!」


 アルスが目を輝かせて、グレンの肩をバンバンと叩いた。


「なんだよそれ、かっこいいじゃんか! じゃあやっぱり、俺の最高の相棒だな!」


「あたし、グレンが魔法でおっきな木から採ってくれたリンゴ、一番に食べるね!」


「もう。まだ10歳になってないから、小瓶(カートリッジ)すら触ったことないくせに……でも、グレンならきっとなれるわね」


 カレンがふふっと優しく笑い、4人は顔を見合わせて声を上げて笑い合った。


(俺が魔法使うのが上手くなっていることは内緒にしとこ。10歳になったら、お父さんやお母さんに「本当はもう、こんなに魔法が使えるんだよ」って、胸を張って教えてあげよう)


 一番強い警備隊長と、世界をめぐる旅人と、しっかり者の先生と、みんなを助ける魔法使い。

 そこには確かな、カノンの未来があった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 すっかり日が落ち、夜風が窓を叩く頃。

 教会の裏手にある小さな自宅のダイニングは、赤魔素のランタンが放つ温かなオレンジ色の光と、かまどから漂う豆のスープの良い匂いに満ちていた。


「美味しい! 母さん、今日はお肉も入ってるんだね!」


「ふふ、よく噛んで食べなさいね」


 木のスプーンでスープをすくいながら、グレンは椅子の上で機嫌よく足をぶらぶらと揺らしていた。

 今日の放課後、秘密基地でアルスたちと語り合った「将来の夢」の興奮が、まだ小さな胸の中で熱く燻っているのだ。


(僕が魔法使いになって、カノンの街のみんなを笑顔にするんだ)


 その素晴らしいアイディアを早く誰かに聞いてほしくてたまらないけれど、魔法の特訓のことは10歳になるまで絶対に秘密だ。

 だからグレンは代わりに、学校の授業で習った(ことになっている)魔具の話を、夕食のテーブルで両親に向かって一生懸命にまくしたてていた。


「……それでね、ローゲン先生が『風魔法を小さくまとめるのは難しい』って言ってたんだけど、俺はそうは思わないんだ!」


 パンをスープに浸しながら、グレンは得意げに身振り手振りで語る。


「だって、自分から見えない手が伸びてるみたいに魔素を掴んで、ふぅーって優しく息を吐くようにすれば、ちっちゃなつむじ風だって簡単に作れるはずだもん! ちっとも嫌な感じなんてしないし、むしろ水浴びしてるみたいで気持ちいいんだよ!」


「へえ、グレンは想像力が豊かね。……ん?」


 向かいの席で野菜を切っていたクレアの手が、ピタリと止まった。

 彼女はゆっくりと首を傾げ、ジロリと鋭い目をグレンに向ける。


「……ねえ、グレン。あなた、どうして『嫌な感じがしない』とか『水浴びしてるみたい』とか、そんな経験してきたみたいな感想がいえるの?  まさか、どこかで魔具を触ったりしていないわよね? 知っていると思うけど、魔法は10歳からよね」


「あっ……」


 しまった、とグレンは両手で自分の口を塞いだ。

 幼馴染たちと将来の夢の話したせいか、テンションが上がりすぎて自分の特訓の感覚がつい口に出てしまったのだ。

 クレアの目が、獲物を見つけた鷹のようにスッと細められる。


「グ・レ・ン?」


「ち、ちがうよ! これは、えっと……想像だよ! 頭の中で考えたの!」


「嘘をおっしゃい。その顔は、何か隠し事をしている時の顔よ。あ、まさか……あなた!」


 クレアの矛先が、グレンから急に横へとスライドした。

 その先には、さっきまでスープを飲んでいた父・ロイドが、額に滝のような汗をかきながら固まっている。


「あなた、まさかとは思うけれど、この子に……」


「ゴホッ! ゲホッゴホッ!」


 ロイドが突然、むせたように激しく咳き込んだ。

 そして、バンッと大げさにテーブルを叩いて立ち上がる。


「そ、そういえばクレア! 今日、広場で警備隊の隊長さんからすごいニュースを聞いたんだが、知っているかい!?」


「えっ? いやよ、急に大きな声を出して。ニュースって……」


「い、いやあ、それが本当にすごい話でね! ハハハ!」


 ロイドは引きつった笑顔のまま、早口でまくしたてた。


「数日前に、西の深い森に迷い込んだ巨大な鎧猪(アーマーボア)を、うちの警備隊が見事に討伐したらしいんだよ! 魔素銃の一斉射撃でね。いやあ、カノンの平和は彼らのおかげで今日も守られているってわけだ! なあ、グレン!」


「う、うん! 警備隊すっげー! アルスも大人になったらあんな風に戦うのかな!」


 父の必死な様子に、グレンも慌てて話を合わせる。


「……なんだか、2人とも怪しいわね」


 クレアはジト目で夫と息子を交互に見た後、ふうっと呆れたようにため息をついた。


「まあいいわ。せっかくのスープが冷めてしまうし、今日はお説教抜きにしてあげる。でも、もし本当にルールを破って魔具で遊んでいたら、当分は2人ともお肉抜きですからね」


「「は、はい……!」」


 グレンとロイドは、軍隊のようにビシッと背筋を伸ばして返事をした。

 母さんには敵わない。2人はこっそりと顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。


(よかったあ。危うく、サプライズのプレゼントがバレるところだった)


 グレンはズボンのポケットの上から、すっかり綺麗に磨き上がった魔石の感触を確かめる。

 あと数日、あの丘の上で風魔法を当てて表面を磨き続ければ、誕生日までに、翠色に輝くペンダントトップが完璧に仕上がるはずだ。


(もっともっと魔法の精度を上げて、きれいなアクセサリーを完成させるぞ!)


 ズボンの上からもう一度魔石をぎゅっと握りしめ、グレンは小さく気合を入れ直した。

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