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白夜戦記──世界に光を降らせる日  作者: ルシア
第1章 ログザ魔脈坑

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第19話 交渉

 グレンの放った魔素弾が、魔獣の口内で大爆発を起こす。

 凄まじい熱波と緑色の体液が周囲に撒き散らされ、焦げ臭い煙が坑道の底に立ち込めた。

 ジャズの足に巻きついていた糸はボロボロと崩れ落ち、彼はバランスを崩しながらもドスッと地面に着地する。


 そして、グレンとジャズが固唾を飲んで見守るその先で、煙が晴れると────


 そこには、頭部から胸部にかけての上半身が完全に消滅し、ピクピクと多脚を痙攣させる巨大蜘蛛の残骸が横たわっていた。


「いやったああああああああああああ!!」


「おいおい、まじかよ。本当にやりやがった……!」


 グレンはこの死闘で、何度も、何度も死線を潜り抜けた。そして足に糸が巻き付いた瞬間には完全に死を覚悟した。

 だが、ジャズの奇跡的な救出と、命を懸けた連携により、遂にあの理不尽なバケモノを打ち倒したのだ。

 グレンは狂喜乱舞し、激痛を訴える足を引きずりながらジャズの元へ走り出した。全てが終わった。助かった。その喜びだけで体が動いた。


「ジャズさん! 俺ら、勝ちま────」


 ドゴンッ!


「────かはっ」


 魔獣は死んだ。穴底には他に誰もいない。遂に助かった。

 その安堵感がグレンの意識を緩ませ、無意識のうちに『魔素探知』を切ってしまっていた。


 ジャズの目が、驚愕に見開かれる。

 走るグレンの足元の硬い岩盤が、突如としてゴムのように膨張し、内側から破裂したのだ。


「────くそっ、グレン!!」


 爆発的な土砂の突き上げの直撃を受け、グレンの小さな体はボロ布のように宙を舞い、ジャズの足元へと叩きつけられた。


「──っ……!」


 ジャズは慌てて魔素銃(マジックライフル)を構え直し、グレンの前に立ち塞がる。

 そして、グレンを吹き飛ばした地面から這い出てきた存在を確認し、背筋を凍らせた。

 そこには、先ほどまで死闘を演じていた巨大蜘蛛を、2回りほど小さくしたサイズの新たな個体が、牙を鳴らして威嚇していたのだ。


「てめえ……! 赤魔素よ、射出せよ(イグ・ザル)!」


 ダァンッ!


「キィィィィィィィィッ!」


 ジャズが咄嗟に放った火魔法が直撃すると、新たな蜘蛛は嫌がるような素振りを見せ、動きを止めた。


「チッ、さっきの親玉よりは火魔法への耐性が低いか……。おい、グレン! しっかりしろ!」


 ジャズは銃を向けたまま、背後のグレンに声をかける。しかし、度重なるダメージと直近の奇襲を食らったグレンは気絶していた。


「くそっ、とにかくこいつを殺して──────なっ!?」


 ジャズがトドメを刺そうとしたその時。

 動きを止めた蜘蛛のさらに後方、岩盤のあちこちが、ボコッ、ボコッ、と次々に気味悪く膨れ上がり始めた。


「まさか……」


 ジャズの脳裏に、地蜘蛛(クロウラー)の持つ最悪の特性がよぎる。


「……もう『繁殖』が完了してやがったのか!?」


 そうこうしている間にも、膨らむ地面の数は10、20と増えていく。あの親玉は、地底の魔素を喰らい尽くし、すでに無数の卵を産み落とし孵化させていたのだ。

 もはやジャズが装填している小瓶(カートリッジ)の残量は少なく、回避の要である緑魔素は1回の回避に使えるかもわからない量しか残っていなかった。


「……冗談じゃねえぞ、クソッ!」


 ジャズは魔素銃(マジックライフル)の革紐を首にかけ、気絶したグレンの体を乱暴に背負い上げると、地上へと続くスロープを全速力で駆け上がった。

 もはや継戦能力はない。これ以上戦えば確実に殺される。加えて、グレンを早く医療班に診せなければ命に関わる。


 背後に響く無数の地割れの音を背に、ジャズは第1層を目指してひたすらに走り続けた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 ────時はさかのぼり、ジャズが大穴の底へ飛び込んだ直後。


 キース准尉は、呆然とジャズが飛び込んでいった奈落を見つめていた。


「准尉、ど、どうしますか……」


 横にいた下士官の1人が、恐る恐る尋ねた。キースはハッとして我に返り、くるりと踵を返して兵舎の通信室へ向けて歩き始めた。


「じゅ、准尉?」


「……南部軍管区へ緊急連絡を入れる」


 その言葉を聞き、下士官は驚きで目を丸くした。一介の魔脈坑の現場トラブルで本部に航空支援を求めても、門前払いされるのが目に見えていたからだ。


「キース准尉! 確かにジャズ曹長の言っていたことは理にかなっていますが、だからといって上層部に航空支援なんて求めても、絶対に断られます!」


「……ああ、分かっている」


「しかも、本格的な空爆を実施すれば、このログザ魔脈坑が崩壊して、完全に埋まってしまいます! そうなれば、復旧に何十年かかるか……!」


「……それも分かっている」


「軍管区は絶対に魔脈坑の崩壊を良しとしません! 奴隷を買い集めるために使った莫大な国家予算がすべて無駄に────ぐえっ!?」


 キースは振り返りざまに、下士官の胸ぐらを両手で強く締め上げた。


「お前の言いたいことなど、俺も全部わかっている! 上層部の反応も、魔脈坑の崩壊による損失もだ! だが、ジャズの言った通り、あれが地蜘蛛(クロウラー)の変異種であれば、すでに地中で『繁殖』が始まっている可能性が高い!」


 キースは血走った目で、下士官を至近距離から睨みつけた。


「もし対応が遅れ、この地域一帯が魔物に占拠されれば、奴隷も、商人も、我々駐屯兵も皆殺しだ! そうなれば、軍の……ひいてはザイバス共和国の名に、拭い去れない泥を塗ることになる!!」


 普段は保身ばかりを気にする上官の思わぬ剣幕に、下士官は息を呑んだ。


「……私は、士官学校へ入学できなかった貧困地域出身の人間だ。だからこそ、これまで自身の保身と出世を一番に考えて泥水をすすってきた」


 キースはゆっくりと手を離し、下士官を開放する。


「だがな……押しても地獄、引いても地獄の絶望的な状況であるならば。私は1人の共和国軍人として、この国の名誉を守る道を選ぶ」


 キースは再び兵舎へ向かって歩き出す。その背筋は、かつてなく伸びていた。


「──私は、このクソったれな共和国を、愛しているのだ」


 その言葉を聞き、無意識に下士官たちの顔が引き締まる。それ以降はキースに対し何も言うことはなかった。

 そしてそのまま下士官たちを従え、キースは通信室へと足を踏み入れた。

 通信兵2人が敬礼をする。そのうち1人をどかし、席に座る。


(さて、軍人として初の緊急無線だな)


 覚悟を決め、魔素通信機の赤い『緊急ボタン』を強く押し込む。


 ────反応がない。警告音すら鳴らない。


(……は? 嘘だろ!?)


 緊急無線に全く反応がない事態に、キースだけでなく同行した下士官や通信兵すらも血の気を引かせた。

 300年間戦争がなかったとはいえ、軍の最重要インフラであるはずの緊急回線がメンテナンスすらされておらず、死に絶えている。ここまで平和ボケが進行しているとは、現場の人間すら予想していなかった。


「くそっ、現場の危機感と、安全な場所にいる士官どもとで、ここまで意識の差が生まれているとは……!」


 今の共和国軍において、士官が戦場に出るのは大規模な対外戦争のみ。平和な現代において、魔獣討伐や治安維持はすべて下士官の仕事であり、上層部の士官のほぼ全員が『実戦経験ゼロ』の官僚と化しているのが実情だった。


 舌打ちをし、キースは急いで通常無線のダイヤルを合わせ、南部軍管区の司令部へ通信を入れた。


「南部軍管区、こちらログザ魔脈坑駐屯地。こちらログザ魔脈坑駐屯地、応答願う!」


『……こちら南部軍管区である』


「私はログザ魔脈坑治安維持部隊の責任者、キース准尉である! 至急、南部軍管区長へ通信を繋いでいただきたい!」


『……あー、こちら南部軍管区。ノイズが酷くてよく聞こえなかった。もう1度頼む』


「私はログザ魔脈坑を管理するキース准尉だ!! 大規模な魔獣災害が発生している! 早急に軍管区長へ繋いでくれ!」


『……少々お待ちを』


 緊迫感の欠片もない対応。しかも、待たされたまま10分が経過しても上の人間は出ない。


(くそっ、早くしろ! 航空支援の部隊が編成されて飛び立つまで、どれだけ時間がかかると思っている!)


『……あ~、待たせたな。私は南部軍管区・魔鉱脈指令統括を担当している、マーク中尉である』


 ようやく通信に出たのは、ひどく若く、気怠げな声の尉官だった。キースの背筋に嫌な予感が走る。


「こちらキース准尉です。魔脈坑内で緊急事態が発生したため、緊急回線を試みましたが機材不良で繋がらず、やむを得ず通常回線を使用しました。申し訳ありませんが、当方で発生している事象は指令統括の権限では判断不可能なレベルの災害です。直ちに軍管区長へお繋ぎ願います」


 しかし、無線の向こうのマーク中尉は、鼻で笑うように答えた。


『キース准尉。ずっと現場にいる下士官の君は知らないかもしれないがね、軍管区長は君たちが思っている以上に多忙なのだよ。魔脈坑で起きる落盤だの奴隷の反乱だのといったありふれたトラブルは、いちいちトップの耳に入れるような案件ではない』


(この平和ボケの若造が……!)


 キースは通信機を叩き壊したい衝動を必死に堪えた。ここで怒鳴り散らしても、回線を切られて終わりだ。彼は極めて事務的に、かつ冷酷に、事態の深刻さを伝えることにした。


「中尉、これはありふれたトラブルなどではありません。すでに当部隊での事態収拾は不可能。ログザ魔脈坑は現在……防衛不可能(レイヤーノーン)の状況にあります」


『……は? 防衛不可能(レイヤーノーン)だと?』


 防衛不可能(レイヤーノーン)。それは「もはや防衛線を維持できないため、当該エリアの放棄と救援を要請する」という、軍の最高レベルの緊急コールサインである。

 300年間戦争が起きていない共和国軍において、教本の中でしか見ないその単語に、マーク中尉の声から余裕が消えた。


『ふむ……。よかろう、とりあえず私が話を伺い、軍管区長へ繋ぐべき案件か精査しよう』


(精査だと? お前に判断できるわけがなかろうが!)


 士官学校を卒業し、安全な司令部でふんぞり返っているだけの温室育ちが、現場の血の匂いなど理解できるはずがない。

 だが、説明するしかない。キースは早口で、異常発達した地蜘蛛(クロウラー)が出現したこと、軍の制式装備である火魔法が一切通用しないこと、そしてログザ魔脈坑内にいた兵と奴隷が全滅したことを叩きつけた。


「────というわけです。このまま放置すれば、最悪の場合、繁殖した魔獣の群れが魔脈坑から地上へ溢れ出し、奴隷、商人、我々駐屯兵のすべてが食い殺されます。そうなれば、国家最大のプロジェクトであるログザ魔脈坑は完全に失われます」


『ふむ……なるほど』


(事態の深刻さが伝わったか?)


 だが、マーク中尉は再び、小馬鹿にするようにふんと鼻を鳴らした。


『君の話が事実なら大変なことだが……しかしジャズ曹長が、すでにその魔獣を討伐に向かっているのだろう? 彼は優秀だと聞いているが』


「はっ……ただそれは、彼が自らの命を犠牲にしてでも、航空支援が到着するまでの『足止め』を行うという決死の作戦でありまして……」


『しかしだ。もし私が君の話を真に受けて軍管区長を動かし、莫大なコストをかけて航空部隊を出撃させた後で、「実はジャズ曹長が魔獣を倒して無事解決してました」なんてことになったら……どう責任を取るのかね?』


 キースはギリッと奥歯を噛みしめた。

 ジャズの戦闘能力が軍でもトップクラスであることは事実だ。もし彼が魔獣を倒してしまえば、空振りした航空支援の莫大な出撃費用と、魔脈坑の損傷の責任は、要請した自分たちに重くのしかかる。


 だが、キースは首を横に振った。あの常に飄々としているジャズが、魔獣を見た瞬間に「足止めしかできない」と判断したのだ。

 そして何より、地蜘蛛(クロウラー)がすでに地中で繁殖を始めているとしたら、1人の天才がどれだけ暴れようと、到底殺しきれる数ではない。


「中尉。ジャズ曹長自身が『中隊規模での対応は不可能』と断言しました。つまり、歩兵の火力で勝てる相手ではないことは間違いありません。……加えて、地蜘蛛(クロウラー)の亜種であれば、今この瞬間にも地中で繁殖し、数を増やし続けているはずです。空爆による完全な巣の破壊を実行しなければ、取り返しのつかない事態になります」


『なるほど。君の危惧は理解した。……だがね、准尉』


 マーク中尉の声が、さらに一段低く、ねっとりとしたものに変わる。


『仮に君の言葉を信じて軍管区長へ上奏したとして……後で「実は大した問題ではありませんでした」となった場合。その責任追及は、現場の君だけでなく、上に報告した私にも降りかかるんだよ』


(こいつ……)


 マーク中尉も軍管区長へ連絡すること自体を嫌がり、なんとかなあなあにしようとしている空気がなんとなく伝わる。


(俺もそうだった。保身のことを考えてとにかく『臭い物に蓋をする』を繰り返してきた)


 キースは過去の自分の行動を思い出し、恥じる。


(だが、ここで引くわけにはいかない。絶対にだ!)


『では、そういうことなので、2日後、いや、3日後までにジャズ曹長からの報告がなければ再度連絡をしなさい。では……』


「お待ちを」


『まだ何か? 私も忙しいのだが』


 キースが止めたことで、マーク中尉は露骨に嫌がる声を出す。


「中尉。私は今、『国家の心臓たるログザ魔脈坑の異常事態を、正式な手続きに則り、管轄の司令部へ報告』しました」


『……』


「もしこのまま魔獣が溢れ出して奴隷商人を皆殺しにしたうえに、魔脈坑が崩壊した場合。議会に力を持つ『奴隷商会連合』や財界の影響を受け、議会は、確実に責任の所在を追及します。その時、私が『司令部のマーク中尉に防衛不可能(レイヤーノーン)を伝えたが、握り潰された』と証言したら……あなたの輝かしいキャリアはどうなりますか?」


『なっ、貴様。私を脅す気か!』


「脅しではなく、分かりきった未来予想ですよ」


『な……』


 キース准尉は、冷静に、だがひとつひとつ気持ちを込めて伝える。


「国家の心臓へ進化した『ログザ魔脈坑』の崩壊、奴隷商人の死亡、奴隷の購入に充てるため充当された国家予算、供給減少による赤魔素の値上がり……これらの事案は、もはや私たちの手に余ります」


『……だが、しかしだな──』


「マーク中尉。軍の内部で解決できるのは、今だけです。事が終わってからでは様々な組織の介入を受けることは間違いないでしょう」


『……』


「そして、もしこの報告を行い、ログザ魔脈坑を救ったとなれば、反対にあなたの名声は高まるのです────どうか、ご決断を」


 そして、キース准尉の説得は続き────。


 長い、重苦しい沈黙が無線越しに流れた後。


『…………分かった。あなたの報告を『重大な危急事態』として、直ちに軍管区長へ取り次ぐ』


 マーク中尉の口から、ついに絞り出すようにその言葉が発せられた。


「感謝します、中尉」


 キースは深く息を吐き出し、通信機のマイクを置いた。

 これで、ようやくスタートラインだ。あとは軍管区長に、航空支援部隊の出撃を決断させるだけである。


(ジャズ、お前の命を懸けた足止め……絶対に無駄にはせんぞ!)



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