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白夜戦記──世界に光を降らせる日  作者: ルシア
第1章 ログザ魔脈坑

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第18話 師弟

「しっかし、間一髪だったな」


 強靭な蜘蛛の糸を風魔法の刃で切断し、グレンを抱え上げたジャズは、軽やかに穴底の岩盤へと降り立った。


「ジャズさん……来てくれたんですね」


「おうよ。愛弟子を見殺しにする薄情な師匠じゃねえからな」


 ジャズはグレンをそっと地面に立たせると、不敵な笑みを浮かべて巨大な魔獣を見据えた。

 宙吊りにした獲物を仕留めたと確信していた魔獣は、突然の乱入者と獲物が消え失せたことに一瞬動きを止めていたが、すぐに怒り狂ったように全身の血管を脈打たせ、耳をつんざく金切り声を上げた。


「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」


「おうおう、えらく怒ってらぁ。……ん?」


 ジャズは、赤い蒸気を噴き上げる魔獣の顔面に目を留めた。そのグロテスクな口元は爆発で無残に抉れ、巨大な牙の片割れが、根元から折れ曲がって今にも落ちそうにぶら下がっていた。


「おいおい、あのバケモノのツラ、お前がやったのか?」


「はい……。撃ち合いの最中、なんとか口の開いた瞬間を狙い撃ちしました」


 痛みを堪えながら答えるグレンの姿を、ジャズは横目で確認した。

 全身は擦り傷と打撲だらけ。至近距離での爆風を防いだ腕は酷く焼け爛れ、先ほどまで糸に巻かれていた右足首も、皮膚が黒く焦げて血が滲んでいる。息を吸うだけでも肺が鳴るような、満身創痍の絶望的な状態。


(8歳のガキが、あの規格外のバケモノを相手にたった独りでここまで立ち回り、あまつさえ致命傷に近い一撃まで入れやがった……。こいつはもう、そこらの精鋭より遥かに強い戦士だ)


 ジャズは心の中で驚愕と感嘆を噛み殺し、グレンの頭を乱暴に撫でた。


「よくやったグレン。……奴の顎周りの強靭な甲殻が外れてる。あの抉れた口の中をもう1度集中して狙い撃ちすりゃあ、確実に勝てるな」


「そうなんですが、そう簡単には狙えな──ジャズさん、下ですっ!」


「チッ!」


 グレンの叫びと同時。目の前にいたはずの巨大蜘蛛の姿が、瞬時に『地中』へと潜り込み消える。

 ジャズは初見であったものの、奴が地蜘蛛(クロウラー)の亜種であること、そしてグレンの警告から、奴がこの硬い岩盤の地中を泥の中のように高速で泳ぎ回ることを瞬時に悟った。


 ジャズは迷わず再びグレンを抱えると、すぐに回避行動へ移る。


緑魔素よ、展開せよ(ヴェイ・ヴァル)!」


 風魔法の推進力が足元で弾ける。2人が立っていた岩盤から斜め後方の宙へと高く跳び退いた瞬間──。


 ドドォォォォンッ! と、先ほどまで2人がいた地面が噴火口のように爆発し、地中から巨大な顎が突き上げられた。

 さらに、奇襲を躱された魔獣は間髪入れずに太い『糸』を散弾のように撃ち出してくるが、ジャズは空中でさらに風魔法を発動させて軌道を変え、岩壁を蹴って一気に距離を取った。


「なるほどな。あの巨体で地中を自由に泳げるなら、そりゃあ簡単に狙わせてはくれねえわな」


「はい。先ほどは、相手が魔素弾を撃っている瞬間を狙って、距離を詰めて口の中に撃ち込みました。でも、相手も警戒してます。少しでも不利になれば、すぐに地中へ逃げられます」


「厄介極まるバケモノだぜ」


 ジャズは地面に降り立つと、腰の携帯袋から緑色と赤色が半々に入った特殊な小瓶(カートリッジ)を2つ取り出し、グレンに放り投げた。


「こいつは……?」


「緑魔素と赤魔素の複魔素小瓶(マルチ・カートリッジ)だ。俺の分と合わせて残り2つずつ。お前はその2つを使え」


 そういうと、ジャズはニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。


「あいつは『火魔法』に異常な耐性があるんだろう? 上層の穴を塞いでたあのデカい蜘蛛の巣も、火魔法の一斉射撃を浴びて無傷だった」


「は、はい! 僕の火魔法も、外殻には全く効きませんでした」


「だろうな。だが、俺たち多重適性(マルチ・スペル)の使い手が繰り出す『合成魔法』をモロに喰らったら、果たしてどうなるかってことだ。風魔法と火魔法とで、火力を極限まで引き上げた『炎』の恐ろしさを教えてやろう」


 グレンはその言葉を聞き、脳裏に鮮明な記憶を蘇らせる。

 数か月前、密林で遭遇した巨大な(ジャガー)の魔獣を、ジャズがたった1撃で、跡形もなく消し炭に変えたあの圧倒的な魔法を。


「確か、この魔素銃(マジックライフル)の内部には、最初から赤魔素と緑魔素を同時に処理できる回路が組み込まれているんですよね?」


「その通りだ。ただ火を撃つしかできない単一適性(シングル・スペル)の凡人どもには宝の持ち腐れだが、俺たちならこの銃の真価を引き出せる」


「わ、わかりました!」


 グレンは痛む手で素早く魔素銃の機関部を開き、以前ジャズが手入れの際に見せてくれた手順を真似て、赤魔素のみの小瓶(カートリッジ)を排莢し、受け取った複魔素小瓶(マルチ・カートリッジ)をガチャンと装填した。


「よし。作戦だが、まずは奴の動きを止めるのが先決だ。奴が地上に顔を出した瞬間に────なっ!」


「っ!」


 ジャズの言葉が途切れる。距離を取っていたはずの魔獣が、再び音もなく地中へ潜り、地鳴りを伴って2人の足元へと超高速で接近してくるのを感じ取ったのだ。

 グレンとジャズは、打ち合わせすらしていないにも関わらず、阿吽の呼吸で左右2手に分かれて走り出した。


「「緑魔素よ、展開せよ(ヴェイ・ヴァル)!」」


 両者の足元で風魔法が弾け、目にも留まらぬ速度で岩盤を蹴り疾走する。

 直後、2人の間を割るように地中から巨大蜘蛛が飛び出した。


赤魔素よ、射出せよ(イグ・ザル)!」


 ジャズが振り返りざまに銃口を向け、高速の赤魔素弾を発射する。炎の弾丸は魔獣の背中の外殻に直撃し、激しい爆発を起こす。

 しかし、土煙の中から現れた魔獣の背には、やはり焦げ目一つついていなかった。


「チッ、やっぱり火単体じゃあ傷一つ付かねえか! グレン、風だ! 足を狙え!」


「────緑魔素よ、射出せよ(ヴェイ・ザル)!」


 グレンの銃口から、圧縮された竜巻のような緑魔素の弾丸が放たれる。

 それは蜘蛛の太い多脚の1本、その関節部に向かって正確に命中した。


「キィィィィィィィィィィィィィッ!」


 甲殻を削り取るようなけたたましい音と共に、頑丈であったはずの関節部分の装甲に、はっきりと亀裂が走った。


「よし! やっぱ物理的な切断力を持つ風魔法のほうがまだ通るな! ────緑魔素よ、射出せよ(ヴェイ・ザル)!」


 ジャズも負けじと緑魔素弾を放つ。

 しかし────ズボォォンッ! という音と共に、魔獣は再び地中へと潜り込んで攻撃を回避した。


 そして次の瞬間、今度はジャズの足元の岩盤が急激に隆起する。


「ちっ、緑魔素よ、展開せよ(ヴェイ・ヴァル)!」


 ジャズは舌打ちしながら風魔法で空高く跳躍し、下からの奇襲を間一髪で躱す。

 だが、地中から這い出た魔獣は、空中に逃げたジャズを逃さず、開いた顎から機関銃のような勢いで『魔素弾』と『蜘蛛の糸』を乱射し始めた。


「おいおい、手数が多すぎだろ!?」


「ジャズさん、気をつけて! さっきより明らかに速いです!」


 魔獣は死の恐怖を感じて本能を剥き出しにしたのか、先ほどグレンと1対1で戦っていた時よりも、さらに動きが凶暴化していた。

 2人は風魔法によるステップと跳躍を絶え間なく繰り返し、上下左右、立体的に空間を使いながら、雨のように降り注ぐ致死の弾幕をギリギリで回避し続ける。

 だが、回避のために風魔法を乱用した代償として、銃に装填された魔素の残量が、みるみるうちに底をつき始めていた。


「くっそ、とりあえず動きを押さえねえと……! 緑魔素よ(ヴェイ)赤魔素よ(イグ)射出せよ(ザル)!」


 着地と同時に、ジャズが火と風を合成した強力な魔素弾を撃ち込む。緑魔素に火力を底上げされた魔素弾が向かうが、魔獣はそれすらも嘲笑うかのように、再び地中へと潜り込んで爆風をやり過ごした。


「あの巨体で、まるで本物の地蜘蛛(クロウラー)と同じ速度で地中を移動できるとか、冗談キツイぜ」


 ジャズが忌々しげに息を吐く。

 グレンも風魔法を使ってジャズの隣へと滑り込み、肩で息をした。


「硬い岩盤を、水の中みたいに一瞬で潜れるなんて……反則です」


 魔脈坑の底は、魔獣が飛び出した痕と、弾幕によって抉られたクレーターだらけになっていた。周囲の岩壁に埋まった赤魔鉱石の不気味な光が、静寂を取り戻した戦場を赤黒く照らし出している。

 どこからでも現れることができる巨大な魔獣と向かい合う、極限の緊張感。


「グレン。次で、奴を確実に仕留めるぞ」


 ジャズの低く、鋭い声が響いた。


「し、仕留める、ですか?」


「ああ。俺は今の連続回避と合成魔法で、手持ちの風魔素の残量はラスト1発分だ。お前も、あと1発で終わりだな?」


「は、はい……」


 グレンはカートリッジの残量を確認して頷く。これ以上長期戦になれば、回避する術を失い、間違いなく殺される。


「なら、よく聞きな」


 ジャズは素早く空になったカートリッジを排莢し、最後の複魔素小瓶(マルチ・カートリッジ)を銃に装填した。ガチャリ、という冷たい金属音が暗闇に響く。


「俺は、ここを動かん。奴が俺の足元を狙って地中から飛び出してきた瞬間……奴の巨体を、全力の風魔法で空中に『浮かせ』てやる」


「なっ……!? そんなの、無茶です! 回避せずに待つなんて、喰われますよ!」


「だが、お互いの緑魔素が尽きれば、どのみちいよいよ手立てがなくなる。これがラストチャンスだ」


 ジャズの横顔には、普段の飄々とした態度は微塵もなく、死線をくぐり抜けてきた軍人としての凄みがあった。


「奴が地中から飛び出し、俺の魔法で空中に浮いた瞬間……奴は『地中に逃げる』という最大の防御手段を失う。そして同時に、あの抉れた『口の内部』が、丸見えになるはずだ。……そこを、お前の最大の『ヴェイ・イグ・ザル』で撃ち抜き、仕留めろ」


「な……!?」


 ジャズの提案は、あまりにも危険すぎる作戦だった。

 ジャズ自身が完全な『囮』となり、魔獣の奇襲を真正面から受け止めるというのだ。1歩でもタイミングを誤れば、ジャズは間違いなく巨大な牙に噛み砕かれる。グレンは恐怖で首を横に振った。


「だ、駄目です! そんな危険な役回り、魔素探知が得意な俺が……!」


「馬鹿野郎」


 ジャズはグレンの言葉を遮り、ふっと優しく微笑んだ。


「魔法出力の瞬間的な上限値は、明らかにお前の方が上だ、グレン。俺の合成魔法じゃ、あのデカブツを完全に消し飛ばすには火力が足りねえかもしれねえ」


 そう言って、ジャズはパチンとウインクをした。


「俺の命、頼んだぞ」


 次の瞬間、ジャズはグレンの襟首を掴むと、後方の空高くへと放り投げた。


緑魔素よ、進出せよ(ヴェイ・ザル)!」


 ジャズが銃口から放った一陣の風が、空中のグレンを優しく包み込み、さらに高い位置へと押し上げる。


緑魔素よ、展開せよ(ヴェイ・ヴァル)!」


 グレンは咄嗟に自身の風魔法を展開し、空中で姿勢を安定させた。

 そして、眼下に視線を向けたその時──。


 ドドォォォォォォンッ!!!


 ジャズが立っていた岩盤が、火山のように爆発した。

 狙い通り、ジャズの真下から巨大蜘蛛が顎を開いて突き上げてきたのだ。

 しかし、ジャズの対応はコンマ数秒遅れた。下からの凄まじい衝撃に弾き飛ばされ、さらに魔獣の口から吐き出された太い『糸』が、ジャズの右足に絡みついたのが見えた。


「っかはぁっ!」


「ジャ、ジャズさんっ!?」


 宙に舞うジャズ。右足の糸が焼け焦げる匂いと、口から吐き出された鮮血。

 だが、空中であらゆる姿勢の自由を奪われながらも、ジャズの瞳の闘志は全く死んでいなかった。彼は奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばり、強引に腰を捻って、手にした魔素銃の銃口を、下から突き上げてきた魔獣の『足元』へと向けた。


緑魔素よ(ヴェイ)指定位置へ(ディル)展開せよ(ヴァル)!!!」


 緑魔素を全て注ぎ込んだ、規格外の風魔法。

 魔獣の足元の空間が不自然に歪んだかと思うと、直後、超高圧の『風の半球体』が下から上へと爆発的に膨張した。


「キィィィィィィィィィィィィィッ!?」


 悲鳴。


 凄まじい上昇気流と風の圧力壁が、10メートルを超える魔獣の巨体を、重力に逆らって数メートル上へと強引にカチ上げたのだ。

 空中に完全に放り出され、足場を失った魔獣は、8本の脚を無惨にバタつかせることしかできない。


(そうか、これだけの風魔法を発動させるためにわざと地中からの奇襲を受けたのか!)


 そう、それはジャズの計算通り。

 魔獣の巨体が宙に浮き上がったことで、空中に待機していたグレンの真正面に、先ほど抉り取って剥き出しになった『弱点』が、完全に晒された。


「やれぇっ! グレン!!」


 血まみれのジャズが、気合を入れて吠える。


「っ……!」


 グレンの脳裏から、緊張も、迷いも、痛みもすべてが消え去った。

 あるのはただ1つ。師匠が命を懸けて繋いでくれた、この絶対の勝機を形にすることだけ。

 グレンは空中で魔素銃(マジックライフル)を構え、周囲の無魔素をかき集めて赤魔素と緑魔素を限界まで圧縮した魔素弾を作り上げる。


(喰らえ……!)


 人生で最高、そして最大の魔力を込めた詠唱が轟いた。


緑魔素よ(ヴェイ)赤魔素よ(イグ)──射出せよ(ザル)!!!」


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!


 グレンの銃口から放たれたのは、もはや魔素弾などという生易しいものではなかった。

 風魔素によって極限まで加速され、超高熱を帯び、赤色の軌跡を描くそれはまるで『炎のレーザー』である。

 それは空気を焼き尽くしながら一直線に飛翔し、空中で身動きの取れない魔獣の、無防備な口の奥深くへと、寸分の狂いもなく直撃した。


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