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白夜戦記──世界に光を降らせる日  作者: ルシア
第1章 ログザ魔脈坑

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第16話 対応不可能

 血相を変えた兵士から報告を受けたキースとジャズは、すぐさま下士官全員に非常招集をかけ、ログザ魔脈坑の入り口へと走った。

 兵舎を飛び出した彼らの視界に、慌ただしく逃亡の準備を進める奴隷商人たちの姿が飛び込んでくる。彼らは宿泊所から自身の馬車へ、荷物を放り投げるように積み込んでいた。


「何が起こっているんだ!」


 巡回兵や非番の兵士たちを引き連れ、大穴の縁に到着する。現場では、既に大勢の兵や奴隷たちが野次馬のように集まり、皆一様に血の気を引いた顔で穴の底を覗き込んでいた。

 人垣を掻き分け、キースとジャズも最前列から下を見下ろす。


「な……」


「おいおい、こいつぁ……冗談だろ」


 そこには、正気を疑うような異様な光景が広がっていた。

 すり鉢状に掘られた巨大な露天掘りの魔脈坑。その広大な空間を塞ぐように、第2層の高さから分厚い『蜘蛛の巣』が張り巡らされ、もはや穴の底すら見えなくなっていたのだ。

 目を凝らすと、白い糸の上を這い回る巨大な蜘蛛の姿が見える。バケモノは次々と体内から糸を吐き出し、尋常ではない速度で巣を拡張し続けていた。みるみるうちに、壁面のわずかな隙間すらも白く塗り潰されていく。


 キースは顔面を蒼白にしながら、入り口で見張りをしていた兵士の胸倉を掴んだ。


「この蜘蛛の巣は……例の魔獣の仕業か!」


「はっ、その通りです! 第1層から命からがら退却してきた兵によれば、第2層に突然巨大化した地蜘蛛(クロウラー)らしき魔獣が地中から現れ、監視兵と奴隷を皆殺しにしたとのことです。這々の体で逃げてきた奴隷たちからも同様の証言を得ています!」


「地中を掘り進んで奇襲してきただと? ならば、本当に地蜘蛛(クロウラー)の変異種と考えて間違いなさそうだな……。下層の状況はどうなっている!」


「第3層から第5層までは完全に壊滅したものと思われます! 第6層、第7層についても魔素通信の応答が一切ありません。最悪の場合、撤退できた第1層以外の人間は、全員……!」


「……クソッ」


 キースは忌々しげに兵士を突き放すと、高く手を振り上げ、周囲の兵士たちへ号令を飛ばした。


「全員、銃を構えよ! 一斉射撃を行い、忌まわしい巣ごとあのバケモノを焼き払う!」


 呆然と蜘蛛の巣を見つめていた兵士たちは、ハッとして背中から魔素銃(マジックライフル)を下ろし、一斉に穴の底へ銃口を向けた。


地蜘蛛(クロウラー)の弱点は火魔法だ! だからこそ、我々軍人はこれまで奴らを魔素銃(マジックライフル)の単発で容易く仕留め、巣も容易に燃やしてきた。あのバケモノがいくら巨大に育っていようとも、種族としての弱点は変わらんはずだ!」


 ガチャリ、ガチャリと、次々に照準が合わされる金属音が周囲の空気を震わせる。

 ジャズは一歩後ろに下がり、冷めた目でその様子を眺めていた。


「──撃てえっ!」


赤魔素よ、射出せよ(イグ・ザル)!!』


 ダアンッ! ダアンッ! ダァァァンッ!!


 数十丁の魔素銃が火を吹き、上空からの無慈悲な一斉射撃が蜘蛛の巣へと降り注ぐ。

 着弾と同時に激しい爆発が連続して起き、分厚い糸の網が炎に包まれたかのように見えた。


「さあ、燃え上がれ!」


 キースが勝利を確信して叫んだ。しかし──。


 兵士たちが固唾を呑んで見守る中、燃え広がったはずの炎はすーっと不自然に鎮火していく。煙が晴れた後、そこには焦げ跡一つついていない、純白の蜘蛛の巣が手付かずのまま残されていた。


「な、なんだと……!」


「嘘だろ……一斉射撃の魔素弾が全く効かないだと!?」


 そして、巣に数十発もの一斉射撃を浴びたというのに、魔獣は上層にいる兵士たちへ一切の興味を示すことなく、淡々と巨大な巣を張り終えた。

 そして、くるりと向きを変え、巣の向こう側、魔脈坑の深い暗闇の底へとスルスルと姿を消していったのだ。


 兵士たちの間に恐慌状態が波及する。火魔法が通じないという事実は、彼らの常識を根底から覆すものだった。



「静まれ!」


 キースの怒声が響くが、ざわめきは完全には収まらない。彼は焦りを誤魔化すように、さらに声を張り上げた。


「これより、ジャズ曹長を指揮官とする討伐中隊を直ちに編成する! ひるむな! あの魔獣さえ倒せれば、この騒動は解決を迎えるのだ!」


「キース准尉、それは違いますよ」


 兵士たちを無理やり奮い立たせようとする上官の言葉を、ジャズの冷ややかな一声が遮った。

 場が水を打ったように静まり返る。


「……ジャズ曹長、魔獣を倒すのが不可能だと言いたいのか? まさか、栄光ある特務部隊のエース様が、土くれの魔獣相手に怖気づいたとは言わせんぞ」


 挑発するようなキースに対し、ジャズは呆れたように肩をすくめた。


「わが軍の制式装備である魔素銃(マジックライフル)の炎が、奴の吐いたただの糸にすら効かない。これはつまり、奴の本体にも効果がないと推測するのが自然でしょう。……いや、推測じゃない。確信ですね」


「なんだと」


「じゃなきゃ、重武装した第2層以下の監視兵どもがあっさり全滅するわけがないでしょ? あいつを一般兵の火力で殺すのは不可能です。……いいですか? 火の効かないバケモノを相手に、部下をまとめてあの巣だらけの穴倉へ突撃させてみてください。ライオンの檻に新鮮な肉を放り投げるのと同じですよ」


「だが、100人規模の兵士で一気に火力を集中させれば──」


「そもそも、このログザ魔脈坑の構造を忘れたんですか」


 ジャズの指摘に、キースはハッとして口をつぐんだ。

 この巨大な穴は、左手が切り立った崖、右手が岩壁という狭いスロープ状の道が、時計回りに延々と底まで続いている。そんな逃げ場のない地形で、地中や壁面を自由に動き回る巨大な魔獣と交戦するなど、自殺行為でしかない。


「なら、どうしろと言うんだ!」


 苛立ちを隠せないキースに対し、ジャズは極めて冷静に告げた。


「直ちに『南部軍管区司令部』へこの状況を報告してください。そして、飛空突撃艇(ストライカー)による大規模な航空支援を要請するんです」


「ぐ、軍管区へ連絡だと……!? そんな大それたことができるか! たかが一つの魔脈坑のトラブルだぞ!」


 キースは苦虫を噛み潰したような顔でジャズを睨みつけた。

 彼からすれば、軍の重要施設を一つ管理できない無能だと烙印を押されれば、処分は免れない。下士官としては異例の40代で准尉まで上り詰め、士官への昇進も見えていた彼にとって、自らの失態を上層部へ報告するなど絶対に受け入れられない選択だった。


「准尉、ご決断を。このままではあの魔獣は坑道を完全に制圧し、もはやログザ魔脈坑は使い物にならなくなります」


「ならん!」


 頑なに拒否するキース。その時、ジャズが突然キースの胸倉を乱暴に掴み上げ、顔を近づけて怒鳴りつけた。


「いいか、よく聞け頭の固いオッサン! 今はまだこの魔鉱脈内に収まってるからいい! だが、もしこいつが通常の地蜘蛛(クロウラー)と同じ繁殖能力を持っていたらどうなる!? やがて卵を産み、この周辺地域一帯があのバケモノで埋め尽くされるんだぞ!」


「ぐっ……!」


「それに、俺たちがここで魔獣を抑え込めず、宿泊所にいる奴隷商人どもが食い殺されてみろ! 共和国議会に絶大な影響力を持つ『奴隷商会連合』が黙っちゃいねえ。軍の警備体制に対する責任追及が始まれば……お前も、俺も、ここにいる下士官全員の首が、文字通り物理的に胴体から切り離されるぞ!」


 その生々しい脅しに、キースは息を呑み、思わずジャズから顔を背けた。


「……だ、だが、軍管区の士官どもが、現場の准尉ごときの意見に耳を傾けるはずが……」


「そこは言い方の問題ですよ、キース准尉」


 ジャズはキースの胸倉から手を離し、軍服の襟をポンポンと払ってやりながら、悪びれた様子もなく言葉を継いだ。


「このログザ魔脈坑は、ザイバス共和国を支える一大国家プロジェクトだ。それを、我々のような下士官の中隊規模に管理させていること自体がおかしな話だ」


「くっ、それは私もそう思うが……軍務省の連中は、軍の利益を最大化するためにコストのかかる士官を派遣せず、面倒な現場の管理を俺たちに押し付けてくるのは今に始まった話ではない! 今更文句を言ったところで……」


「だからこそ、つけ入る隙があるんだろうが!」


 感情が高ぶり、敬語を忘れてキースに叫ぶ。

 そして、ジャズは大げさに両手を広げ、周囲の兵士たちにも聞かせるように演説をぶった。


「『中隊規模での事態収拾は不可能である』と、はっきり上に叩きつけてやるんです! そして、国家の心臓たるこの魔脈坑の防衛網を軽視し、貧弱な戦力しか配置しなかった軍管区……ひいては軍務省の責任問題になると、遠回しに脅してやりましょう!」


「そ、そんな越権行為をすれば、私が……!」


「報告してもしなくても、俺らの首は飛ぶんだ! だったら、派手に騒ぎ立てて生き残る道を選ぶべきでしょうが!」


 言い捨てると同時に、ジャズは背中から愛用の魔素銃(マジックライフル)を下ろして構え、くるりと背を向けて魔脈坑の淵へと歩き出した。


「なっ、どこへ行くジャズ曹長!」


「キース准尉」


 ジャズは歩みを進めたまま、首だけを振り返って上官へウインクを飛ばした。


「つい、敬語を忘れてしまいました。無礼な物言い、平にご容赦を。……ただ、私はあんたが必ず航空支援を引っ張ってくると信じて、あのデカブツの足止めに行ってきます」


「な……いくら君でも単独では無茶だ! せめて他の兵士を引き連れていけ!」


 だが、ジャズの足は止まらない。


「奴はこの巨大な赤魔素の溜まり場で生まれたからか、火魔法に異常な耐性を持っているようです。……だが、俺の二重適性(デュアル・スペル)による『風魔法』が合わされば、どうなるか見物でしょう?」


 ジャズは崖の際まで歩き、ふちの岩に片足を乗せた。


「准尉、あとは頼みましたよ」


 そう言って飄々とした笑みを残すと、ジャズは躊躇うことなく大穴の底へと身を躍らせた。


(生きてろよ、愛弟子……!)


 落下しながら風魔法を展開し、降下速度をコントロールしながら、ジャズは一直線に絶望の底へと降りていった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 崩落した第5層から、痛む足を引きずりながら三時間ほど暗い坑道を下り続け、グレンはようやく第6層の中継拠点(ベースキャンプ)に到着した。

 しかし────。


(くそっ、ここも、もうやられた後か……!)


 拠点に張られていたテントは無残に引き裂かれていた。採掘の道具や食糧、そして兵士たちの装備だけが散乱しており、人の姿はどこにもない。

 グレンは、主を失った兵士の装備へと手を伸ばした。そこには、一丁の魔素銃(マジックライフル)と、赤魔素の小瓶(カートリッジ)がいくつか入った携帯袋が落ちていた。


(持ち主には申し訳けど、生き残るためにこれは貰っていく……っ、重たっ!)


 大人の兵士用に作られた鉄の塊は、八歳の細腕にはずっしりと重かった。なんとか魔素銃(マジックライフル)の革紐を肩に掛け、腰にカートリッジの袋を吊るす。

 さらに、床に転がっていた兵士用の携帯食料を拾い上げ、ポケットにねじ込んだ。


 準備を整え、さらに下の第7層──最下層へと向かって歩き出した途中。

 ふと、周囲が急激に暗くなり、壁や地面に埋まっている赤魔鉱石の鈍い光が、やけに鮮明に目に入り始めた。


(な、なんだ? もう日が沈んだのか……?)


 慌てて頭上を見上げる。赤い土煙の向こう、ただでさえ暗い魔脈坑の遥か上空に、まるで分厚いカーテンが引かれているかのように『白い幕』ができつつあるのが見えた。


(あれは……まさか!?)


 慌てて魔素探知を上へ向けて展開する。

 すると、赤魔素を纏った無数の糸が複雑に折り重なり、この巨大なログザ魔脈坑の入り口に『蓋』をしているのを感じ取った。そして、現在進行形で、あの巨大な赤魔素の塊……あのバケモノが、凄まじい速度で糸を吐き出し続けているのがわかる。


(くそっ、退路を塞がれた……! もうここから出られないのか!?  とにかく第7層の底へ向かうしかない)


 歩みを進めるにつれ、底知れぬ『異様な静けさ』がグレンの神経を削っていく。

 過酷な労役に従事していた数か月間、この穴の中はどこにいてもツルハシの音や兵士の怒声が響いていた。

 しかし今は、どこからも音が聞こえず、誰の気配もしない。

 ただ、自分の小さな足音だけが暗闇に吸い込まれていく。


(これは、恐らく第7層の連中も……)


 やがてスロープは終わりを迎え、グレンはついにログザ魔脈坑の最下層──『穴底』へと降り立った。

 時間は夕暮れ時のはずだが、蜘蛛の巣に太陽を遮られた底は完全な夜の暗黒に包まれ、岩肌から露出する魔鉱石の不気味な赤い光だけが、唯一の照明となっていた。


 そして、案の定、そこには誰一人として生存者はいなかった。


(くそ、どうすれば……)


 巨大な暗闇の中でグレンが足を止めた、その瞬間だった。


 ──ゾクッ。


 魔素探知が、けたたましい警報を鳴らす。

 遥か上空にいたはずの巨大な赤魔素の塊が、垂直の壁を這い降り、凄まじいスピードで『グレンの頭上』へと降下してくるのを感じ取った。


(くる……っ!?)


 慌てて走り出そうとするが、相手の落下速度の方が圧倒的に早い。回避は間に合わない。

 潰される。そう直感したグレンは、背負っていた魔素銃(マジックライフル)を瞬時に構え、銃口を『自分の斜め後ろの地面』へと向けた。


赤魔素よ、射出せよ(イグ・ザル)!!」


 ドオンッ!


 引き金を引いた瞬間、至近距離の地面で赤魔素弾が炸裂する。

 その爆発の反動を利用し、グレンの小さな体は弾き飛ばされるように前方へと跳躍した。


 直後──グレンがコンマ一秒前まで立っていた場所に、隕石でも落ちてきたかのような轟音が響き渡る。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 岩盤が粉砕され、赤い土煙が爆発的に舞い上がる。

 グレンは頭から地面に突っ込みそうになるものの、空中でくるりと身を捻り、ジャズの特訓を思い出しながら両足と片手で衝撃を殺して着地した。


 そして、すぐさま銃を構え直して後ろを振り返る。

 晴れゆく土煙の中、赤い蒸気を噴き出しながら立ち上がる『巨大な蜘蛛』と、視線が交差した。


「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」


 金属を擦り合わせたような、鼓膜を破る不快な咆哮が地底の底に反響する。

 圧倒的な体格差。魔素銃の通常射撃すら通じない硬い外殻。逃げ場のない密室。

 それでもグレンは、震えそうになる足を力一杯踏み締め、奥歯を噛みしめて魔獣を睨み据えた。


「お前を殺さなきゃ、俺が死ぬってことだな……」


 大人の兵士用の重いライフルを、八歳の小さな腕でしっかりと構え上げる。


「────かかってこい。殺してやる」


 紅い光に照らされた奈落の底で、小さな少年と巨大な魔獣の、生き残りを賭けた死闘が幕を開けた。


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