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白夜戦記──世界に光を降らせる日  作者: ルシア
第1章 ログザ魔脈坑

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第15話 地蜘蛛

 ────ドガアアアアアアアアアアアアンッ!


 第7班の奴隷たちが立っていた地面が、まるで内側から爆発したかのように破裂し、赤い土煙が立ち上る。

 その凄まじい勢いに巻き込まれ、奴隷の一人は壁に叩きつけられて頭がひしゃげ、もう一人は飛んできた岩盤に潰された。さらに一人は、崩落した地面ごと奈落の底へ落ちていき、助からないことは明らかだった。

 奴隷たちの後ろにいた兵士2人も、上層側のスロープへ吹き飛ばされ、地面へ激しく叩きつけられる。


「ぐはっ、い、いったいなにが…」


「くっ、地面が爆発しただと…」


 兵士2人は地面に手をついてなんとか立ち上がり、戸惑いながら立ち込める土煙を見つめる。

 異変を察知して下層側へと走り出していたグレンも、その破裂音を聞いて足を止め、後ろを振り返った。


 ────やがて、吹き上がった赤色の土煙が晴れる。


 大穴の中から姿を現したのは、体長10メートルを超えるのではないかという『巨大な蜘蛛』であった。

 無数の複眼は赤熱したように赤色に染まり、黒々とした硬い外殻の背からは、蒸気が噴き出している。岩盤を砕いた巨大な牙の根元から首にかけて、赤魔素を脈々と流す太い血管が、気味悪く拍動していた。


「キィィィィィィィィィィ――――――ッ!」


 まるで金属をすり合わせたかのような、耳をつんざく甲高い鳴き声を上げる。

 そして、その巨大蜘蛛は壁にぶつかって息絶えた奴隷の死体に目を向けると、口元から『白い糸』を高速で射出した。糸は死体に絡みつき、あっという間に巻き取って巨大な顎の中へ放り込む。


 ──ジュルルルル。


 蜘蛛の口が蠢き、啜るような異様な咀嚼音が響き渡る。やがてその音が止むと、再び黒い牙が開かれた。そこには奴隷の死体は既に影も形もなかった。


「──こ、こいつまさか地蜘蛛(クロウラー)か…?」


地蜘蛛(クロウラー)って…地中に巣をつくる魔獣のことか!? こんな化け物なわけねえだろ!」


「俺も奴隷商人の護衛で戦ったことあるが、せいぜい1メートルだ…こんな巨大で、赤魔素に染まったやつなんて見たことない…」


 兵士たちが呆然と、信じられないものを見る目で固まっていた。

 やがて、蜘蛛の赤い複眼が彼らを捉え、姿勢を低くして兵士のほうへ巨大な身体を向ける。

 明らかな捕食の姿勢を見せられ、兵士たちは我に返り、慌てて魔素銃(マジックライフル)を構えた。


「こ、こんの化け物が…!」


「撃て! こいつを殺す!」


「「赤魔素よ、射出せよ(イグ・ザル)!!!」」


 ──ドオンッ!


 2人の兵士が同時に引き金を引く。

 放たれた2発の赤魔素弾は蜘蛛の頭部に命中するが、炎は硬い外殻に弾かれ、傷一つつかない。


「な、くっそ!」


「こ、こいつ魔素弾が効かないだと!?」


「早く応援を──」


 そこまで言ったところで、兵士の悲鳴が途切れる。

 蜘蛛は瞬時に白い糸を吐き出しており、反応すらできなかった兵士2人を絡めとり、巨大な顎元へと引きずり込んでいた。


 ──ジュルルルル。


 再び坑道に響くおぞましい咀嚼音。その場には、兵士が落とした魔素銃(マジックライフル)2丁だけが虚しく残されていた。


 下層側にいたグレンは、兵士の魔素弾がまったく通用せず、一瞬で食い殺された光景を目の当たりにして戦慄する。


(このままじゃ俺も殺される…いまはともかく下層へ逃げるしかない!)


 グレンは蜘蛛に背を向け、急いで第6層へと続くスロープを走り出した。


 しかし──咀嚼を終えた巨大蜘蛛の『意識』が、今度はグレンのほうを向いたのを、極限まで張り詰めた魔素探知がはっきりと感じ取った。


 グレンは足を止め、地面に転がっていた赤魔素の魔石に飛びついた。恐らく蜘蛛が岩盤を突き破った際に飛んできたのだろう。鈍い赤光を放つその魔石を握りしめる。魔素銃はない。だが、ジャズとの過酷な訓練で『魔法』の真髄は身体に叩き込まれている。


(魔具がなくても、俺なら魔石さえあれば魔法は撃てる!)


「キィィィィィィッ!」


 蜘蛛は地を這うような不気味な姿勢で接近し、岩をも砕く鋭い牙をグレンに向けて突き出した。


(見ろ、相手の体全体を! 魔素の動きを捉えろ!)


 グレンは『魔素探知』で蜘蛛の全身の筋肉と魔素の連動を捉える。牙が届く直前、大気中の無魔素の揺らぎを感じ取り、ギリギリのタイミングで横へ跳んだ。ジャズとの組み手訓練で血反吐を吐きながら身につけた回避行動だ。

 牙はグレンの髪の毛を数本散らし、グレンが立っていた地面に深く突き刺さった。


「──赤魔素よ、進め(イグ・ザル)!!」


 体勢を立て直すと同時に、グレンは左手に持った魔石を胸に当て、右手を蜘蛛の外殻へ向けて直接火魔法を放った。

 至近距離で爆発的な炎が蜘蛛に命中し、一瞬怯む様子は見せたものの、やはり強靭な外殻を焼き切ることはできず、炎は霧散してしまう。


(俺の全力の火魔法も効かないのか……!?)


 怯んでいる隙を突いて下層側へ距離を取るグレンに対し、蜘蛛は鋭い鳴き声を上げ、口から白い糸を束にして吐き出してきた。

 だが、その白い糸に魔素が宿っているおかげで、グレンには飛来する軌道がはっきりと感知できる。地面を転がってなんとか回避すると、糸はすぐ背後の壁に貼り付き、シュウシュウと凄まじい熱を放ちながら、硬い岩盤を真っ黒に焦がしていった。


(ただの糸じゃない、岩を焦がすほどの熱を持ってる! このままじゃ、じり貧だ。くそ、どうしたら……!)


 すると、蜘蛛はピタリと動きを止めた。

 どうしたのかとグレンが見つめる先で、蜘蛛の口元に膨大な赤魔素が集束していく。兵士を襲った白い糸とは比較にならない、圧倒的な熱量を秘めた赤魔素の塊。


(あれは……魔素弾!?)


 巨大蜘蛛が、自身の口の中で兵士らの魔素銃(マジックライフル)と比較にならない赤魔素弾を形成し、グレンに向けて放とうとしていた。右は岩壁、左は奈落の崖。もはや逃げ場はない。


(……やるしかない!)


 グレンは覚悟を決めた。手に持った魔石の力、そして自分の周囲に満ちる無魔素を、これまでの訓練で培った感覚で強引に束ね上げる。

 魔具の固定回路を通さない、暴走寸前の荒々しい赤魔素弾。イメージの輪郭を極限まで研ぎ澄ませ、最高効率で赤魔素を破壊の炎へと変換する。


赤魔素よ(イグ)────」


 グレンの前に、大人の兵士のそれとは比較にならない、陽炎で空間を歪ませるほどの熱を持った巨大な火球が形成されていく。


「──射出せよ(ザル)!!!」


 グレンが全力を込めた火魔法を放つと同時に、蜘蛛も圧縮した巨大魔素弾を吐き出した。


 ズガァァァァァァンッ!!!!!


 二つの莫大なエネルギーがグレンと蜘蛛の中間で激突し、凄まじい大爆発を引き起こす。

 ログザ魔脈坑の底全体が揺れるほどの衝撃波。爆風が狭い坑道を吹き抜け、赤土と岩の破片が雨のように降り注いだ。


 そして──。


 メリメリメリ……ッドガァァァァンッ!!!


 爆発の強烈な衝撃に耐えきれず、グレンと蜘蛛とを繋いでいたスロープが、轟音と共に奈落へと崩落した。


「くっ!」


 グレンはギリギリのところで崩落を免れた下層側の地面に伏せ、顔を上げる。

 自分と巨大蜘蛛との間にあった道が完全に消滅し、深い谷間が出来上がっていた。上層へ戻る道が絶たれたことに焦りを覚えつつも、再び魔石を握り直し、対岸の蜘蛛へ向けて魔素探知を張り巡らせる。

 しかし、蜘蛛はしばらく土煙の向こうでグレンを睨みつけていたが、やがてスロープを失ったグレンを追うのを諦めたのか、くるりと上層側を向くと、太い脚を動かして坑道を高速で駆け上がっていってしまった。


(助かったのか…?)


 グレンは呆然と、遠ざかっていく巨大な背中を見送った。

 スロープが崩落した今、もはや上層へ向かって地上を目指すことは不可能となった。グレンは痛む身体に鞭を打ち、救援を呼ぶため、さらに下層に位置する第6層の中継拠点(ベースキャンプ)へと歩き出したのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(ジャズ視点)


 グレンが第5層の労役へ向かってから、5日が経過していた。

 ジャズはその日の巡回任務を終え、駐屯兵舎にある団長室にて、キース准尉と共に軍規違反のある兵士のリストを再度洗い出していた。第5層における『奴隷の激しい消耗』の要因を探るためである。


「ふむ…やはり、大掛かりな横領ルートはもはや残っていないように思えるな」


「兵士に横流しをしていた奴隷側の組織も、俺が既に壊滅させてますからね。細々とくすねてる奴らがいるならいざ知らず、ここまで赤魔素の採取自体を妨害するとなると、外部からの組織的介入もありえるかもしれないです」


「なるほどな…」


 キース准尉が顎を撫でて考え込んだその時、部屋のドアが激しくノックされた。


「なんだ? この協議については悟られたくないから、無闇に近づくなと号令を出していたはずだが…──入れ!」


 キース准尉が怒り気味に声を上げると、第5層の管理を担当している軍曹が、血相を変えて飛び込んできた。


「何事だ」


「協議中のところ申し訳ありません! ですが、緊急事態です! ログザ魔脈坑第5層に、魔獣が出現いたしました!」


「なっ、魔獣だと…!?」


 ジャズとキース准尉は思わず目を見開いた。それは第5層で起きていた失踪事件の答え合わせであり、同時に全くの予想外の報告であったためだ。


「状況はどうなっている?」


「恐らく、第5層にいた監視兵と作業中の奴隷は壊滅したものと思われます! 本部へ届いた最後の魔素通信が『巨大な地蜘蛛(クロウラー)に襲われ、中継拠点(ベースキャンプ)が壊滅した』という内容であり、以降、完全に通信が途絶えております…!」


地蜘蛛(クロウラー)だと…?」


 キース准尉は眉間を深く寄せた。

 キース准尉もジャズも、地蜘蛛(クロウラー)とは戦った経験がある。地中に潜る習性から厄介ではあるものの、凶暴なだけで力は弱く、魔素銃(マジックライフル)の一撃で容易く仕留められる下級の魔獣であるためだ。中継拠点が壊滅するなど、本来あり得ない。


 キース准尉は少し考え込んだ後、即座に決断を下した。


「第5層の武装した監視兵がすべてやられたとすると、通常の地蜘蛛(クロウラー)ではない可能性が高い。よって、直ちに第3層と第4層の中継拠点(ベースキャンプ)に連絡を取り、各隊合流のうえ情報収集に当たるよう伝えよ。なお、交戦は避け、場合によっては上層への撤退も許可する」


 キース准尉は一度言葉を区切り、ジャズへ鋭い視線を向けた。


「そして、兵舎に待機している部隊から100名ほどの討伐中隊を編成する。ジャズ曹長、貴様を指揮官として直ちに第5層へ向かわせる」


「えっ……!?」


 その命令を聞いた軍曹が驚きの声を上げた。ザイバス共和国軍において、下士官クラスが中隊規模の部隊を率いるなど前代未聞であり、通例であれば准尉であるキース自らが指揮を執る案件だからだ。


「おや、こんなど田舎の駐屯地だと、俺みたいな下っ端でも中隊長になれちまうんですか」


「ジャズ曹長、冗談を言っている場合ではない。腕の立つ貴様であれば、事もなげに解決するだろう。ログザ魔脈坑はいまやこの国の心臓だ、頼んだぞ」


「はいはい、謹んでその任務、拝命いたしますよ」


(さて、面倒な事件の責任を俺に押し付けやがったな、クソじいさん)


 ジャズは、キース准尉が自身を中隊のトップに当てた理由を正確に見抜いていた。普段の彼であれば、飄々と理由をつけて躱し、キース准尉を現場に出るよう説得していただろう。だが、今回ばかりは彼自身が主体となって動きたい、明確な理由があった。


(グレン、無事であってくれよ)


 第5層の監視兵と奴隷は『恐らく全滅した』と報告があった。だが、グレンはジャズがこの数か月間、手塩にかけて鍛え上げた愛弟子だ。まだ8歳の少年とはいえ、ずば抜けた魔素適性と、大人顔負けの戦闘思考を持っている。だからこそ、ジャズ自身の目で生存を確認し、必ず助け出したかったのだ。


「さて、それじゃあ部隊を編成してき────」


「失礼します!!」


 ジャズが部屋を出ようとしたその時、第3層と第4層を管理する伍長が、転がるようにして入室してきた。その顔は恐怖で青ざめている。


「第3層、第4層の中継拠点(ベースキャンプ)と音信不通となりました! また、第2層の作業班から緊急通信が入っており、『蜘蛛型の魔獣から襲撃を受けている』とのことです! さらに第1層の監視兵からも、巨大な蜘蛛のようなバケモノが魔脈坑内で暴れ回っているのを視認したとの連絡が……!」


「なんだと!?」


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