第8話 特務曹長
路地の奥から現れたジャズは、うつ伏せに倒れこんでいるグレンの横を通り過ぎ、ギレッドと兵士たちに向き直った。
「さて、そこのお前。これはどういうことか、経緯を説明してもらおうか」
ジャズは魔素銃を軽く一振りし、銃口からくすぶる緑色の残滓を吹き飛ばす。
3人の兵士たちは、最初はただの真面目な巡回兵が来たのかと高を括っていた。だが、ジャズの肩章を見た瞬間、顔色を変えて慌てて敬礼した。一等兵の彼らとは違う、星のマークを戴く『下士官クラス』であったためだ。
「はっ!……いやぁ、これはですね。諸事情がありまし────」
────スチャッ。
言い訳を遮るように、ジャズは無造作に魔素銃を兵士の眉間へ突きつけた。
「諸事情? そんなことは聞いてねえ。経緯を説明しろと言ったんだ。なぜ、この奴隷のガキを背後から撃つに至ったのかをだ」
ジャズから放たれる実戦を経た本物の殺気に気圧され、兵士は無意識に一歩後ずさる。
すると、横にいたギレッドの部下の坊主頭が、わざとらしい困り顔を作って口を挟んできた。
「なあ、あんた。この兵隊さんは悪くねえよ。この奴隷が、俺たちから配給のパンと水を盗んだんだ。それを取り返すために追いかけてたんだよ」
ジャズは、ちらりと坊主頭の男へ冷たい視線を向ける。
(へへ、しめたぜ)
「この兵隊さんは、盗人に逃げ切られるところだったのを止めてくれたんだ。俺たち奴隷にとっちゃ、パンを盗まれるなんて明日や明後日の命を奪われるのと同じだからな。……わかってくれたかい、兵隊さん?」
右手を頭の後ろにあて、坊主の男が交渉をまとめた気になってへらへらと笑う。
「ああ。いま、一番大事なことがわかった」
ジャズが銃を下ろしたのを見て、兵士も、ギレッドたちも、ほっと一息をついた。なんとか誤魔化し切れたと思った、その瞬間だった。
「お前が、発言を許可されていないにも関わらずベラベラと喋る、クソ奴隷だってことがな。――赤魔素よ、射出せよ」
「なっ、がっ、ぎゃあああああああああああああああああ!!!」
ジャズは躊躇いなく坊主の足に向けて発砲した。
放たれた赤魔素の弾丸が、坊主の膝下を消し炭のように燃やし尽くす。男は焼けた足を抱え、狂ったように叫びながら地面を転げ回った。
まさか本当に撃たれるとは思っていなかったギレッドと兵士たちは、恐怖で完全に硬直する。
「さて、もう一度言うぞ。経緯を説明しろ。納得のいく説明がなけりゃあ、お前ら全員、俺の判断で処罰する」
その言葉に、兵士の1人がジャズの肩章を凝視し、絶望に目を見開いた。
星のマークの下に、赤いラインが2本入っている。それは、軍内部の不正や腐敗を監視し、現場での即決処罰権限を持つ恐るべき部隊の証。
「あ、赤い2本線……『特務部隊』の方でしたか……!」
「ご名答だ。権限濫用や収賄行為等の軍規違反を確認次第、即座に『処分』させてもらう」
ジャズが再び魔素銃を構える。
冷や汗を滝のように流す3人の兵士は、もはやどう言い逃れしてもここで殺されると悟った。兵士の1人が、すがるような、あるいは「やるしかない」という決意を込めた目でギレッドを見た。
視線を受けたギレッドもまた、極限の焦りの中で決断を下す。
特務部隊とはいえ、相手は1人。こちらは武装した兵士が3人いるのだ。
「お前ら! ガキごとこいつを殺せ!!」
その号令で、3人の兵士が弾かれたようにジャズへ銃口を向ける。
対してジャズは慌てる様子もなく、銃口をだらりと下げたまま、哀れむように鼻で嗤った。
「単一適性の歩兵3人で、俺をやれると思ったか?」
「「「赤魔素よ、射出せよ!!」」」
3人の兵士による一斉射撃。至近距離からの十字砲火であり、ジャズは絶体絶命に見えた。
ギレッドは先手を取ったことで勝ちを確信し、醜い笑みを浮かべる。
『緑魔素よ、指定位置へ、展開せよ』
ジャズが短く唱えると、彼とグレンを庇うように『風の防壁』が展開された。そこに3発の赤魔素弾が着弾し、激しい爆発を引き起こす。
舞い上がった土煙が周囲のバラックの壁を大きく抉り飛ばした。
「ははっ! おいおい、特務部隊も大したことなかったじゃねえか!」
ギレッドが勝利を確信して歓声を上げ、兵士たちも安堵の息を吐いて銃口を下げる。
「────それはどうかな」
煙の向こうから聞こえるはずの声が、なぜか『兵士たちの背後』から響いた。
慌てて振り返った兵士の1人の脳天に、ジャズの重い銃床が叩き込まれる。
もう1人がパニックを起こして銃口を向けるが、ジャズは蹴り上げで銃を弾き飛ばし、そのまま自身の銃口を兵士の鳩尾にねじ込んだ。
「赤魔素よ、射出せよ」
ドォンッ!!
ゼロ距離で魔素弾を受けた兵士がくの字に吹き飛び、バラックの壁を突き破って沈黙する。
「ば、化け物っ……! 赤魔素よ、射出せよ!!!」
残った最後の兵士が半狂乱で発砲する。
だがその刹那、ジャズの身体が陽炎のようにブレたかと思うと、その姿が完全に掻き消えた。
「き、消えた!?」
「どこにいきやがった!?」
兵士とギレッドがジャズを見失い、辺りを見回す。
だが、地面に伏せていたグレンの感覚だけは、ジャズの位置をなんとなくだが、はっきりと捉えていた。目ではなく、彼が纏う『魔素の動き』を感知して。
(上だ……!)
いつの間にか、ジャズは風魔法の推進力で兵士の頭上の空中に跳び上がっていた。
そのまま、見下ろす形で銃口を兵士の脳天へ突きつける。
「赤魔素よ、射出せよ」
「ぐあああああああっ!!」
灼熱の炎に包まれ、最後の兵士が崩れ落ちる。
一瞬のうちに武装した3人の兵士が制圧され、ギレッドと小柄な男は腰を抜かし、呆然とジャズを見上げていた。
「さて。なぜか奴隷の指示に兵士が従っていたのを見るに、横領と収賄は間違いなさそうだな」
ジャズがゆっくりと着地し、残る男たちへ銃口を向ける。
慌ててギレッドと小柄な男が地面に頭を擦りつけ、無様に命乞いを始めた。
「す、すみませんでした! 命だけはお助けを……!」
「俺はこいつに従ってただけなんですううう!」
それを見たジャズは、ふう、と息を吐いて銃口を下げた。助かった、とギレッドが安堵の息を漏らした直後。
「残念だが、軍の物資を横領した罪は重い。死刑だ」
「えっ――」
「緑魔素よ、展開せよ」
ジャズが呪文を唱えると、男たちの足元から強烈な竜巻が吹き上がり、ギレッドたちを悲鳴ごと空中へと高く巻き上げた。
ジャズは、宙を舞う彼らへ向けて、静かに引き金に指をかける。
「緑魔素よ、赤魔素よ――射出せよ」
緑魔素の風によって極限まで『加速』された赤魔素の弾丸が、凄まじい轟音とともに発射される。
二重適性だけが成し得るその圧倒的な一撃は、空中の3人を跡形もなく吹き飛ばし、夜空に赤い花火を散らした。
(この人、兵士の中でもずば抜けて強い人だったのか)
その後、ジャズは倒れている3人の兵士に目を向けていたが、すぐ興味をなくしたかのように視線を外しグレンの前まで歩み寄ってくる。
「さて、こいつらは兵舎で処分するとして…」
「坊主、名前はなんていうんだ?」
「あ、えっと、俺は…」
声を出したところで慌てて手で口を塞ぐ。
「いい、気にするな。ここには他に奴隷商人も治安維持部隊もいない」
そういって手を差し出す。グレンはその言葉に驚き固まっていたが、慌ててその手をとって立ち上がり、ジャズと向き合う。
「俺は、グレン。グレン・ウォーカーです」
「グレン・ウォーカーか。……いい名前だ」
「はい! あの、助けていただきありがとうございました! 俺、もう死んだと思って…」
「いやお礼はいい、むしろ、クソ奴隷に誑かされた軍人どもが悪い。こちらが謝罪しなければならない。すまなかった」
ジャズは謝罪する。グレンは、奴隷になってから初めて人間らしい対応と会話ができていることに、得も言われぬ不思議な感覚になっていた。
「さてグレン。少し聞きたいことがあるんだ」
ジャズは顎に手をあて、グレンを観察するように見つめる。
「俺が風魔法で兵士の上に飛んだとき、お前だけ気づいていたな」
「え、あ、はい。なんとなく、目で追えたわけではないんですけど」
「なるほどな。もっといえば、兵士がお前の背中に向けて発砲したとき、お前はなんで伏せようと思った?」
グレンは首を捻り、自分でもどう説明していいか分からない不思議な感覚を、必死に言葉にしようとした。
「たしか、なんとなく背中から、なにか、妙な感覚が走って。なにかが近づいてくる感じがして、それで…ごめんなさい、具体的なことはわからないのですが、なんとなくです」
ジャズは確信する。グレンは魔素を感覚で捉えることができているのだ。並みの軍人ですら、その域に到達できないというのに、この少年は既にできているというのだ。
「お前、魔法を使ったことはあるか?」
「え、ま、魔法ですか」
グレンは思ってもいなかった質問に戸惑いつつも、ポケットの魔石を握りしめ答える。
「はい、あります。俺は、風魔法だけ使ったことがあります」
「なるほどな。なにか訓練を受けていたのか?」
「あ、いえ…本当に魔法を使い始めたのは最近で…。学校で呪文を習って…それで、父から小杖と緑魔素の小瓶を借りて、母の誕生日プレゼントのために風魔法で魔石を削っていたんです」
「魔石?」
ジャズはまるで聞いたことがない魔法の使い方で驚く。
「はい。魔石を砂利とかといっしょに風魔法で回すことで、角を削って綺麗なアクセサリーにしていたんです」
そしてポケットから涙型の魔石を取り出し、ジャズに見せる。
その魔石を観察し、ジャズは衝撃を受けたように固まる。
「まじか…。おいグレン、お前は何歳だ?」
「年齢ですか? 8歳です」
自然産のごつごつとした魔石を、風魔法だけでこの滑らかな形状に仕上げたというのか。 それを聞いたジャズは、まるで信じられないものを見るような目で、固まったままグレンを見つめていた。
(なんだろう……俺、何か変なことを言ったかな)
沈黙するジャズの様子に、グレンは不安を覚える。 やがてジャズは深く息を吐き、腕を組んで何かを考え込むように夜空を見上げた。どこか遠くを見るような、あるいは昔の誰かを懐かしむような、ひどく優しい目をしていた。
「なるほどな。グレン、ひとつ提案がある」
「な、なんでしょうか」
「今後毎日、配給を受け取ったら第13収容所横の裏道を通り、テント街の奥に来い。俺がお前の魔法と、ついでに戦闘技術も鍛えてやる」
「え?」
グレンは驚く。ジャズが普段は飄々としながらも、その実、冷徹な軍人であることをグレンは嫌というほど見てきた。
「そ、その、なんでですか。俺なんかになんで」
「お前は自覚がないかもしれないが、間違いなく魔法の才能がある。それも、俺が人生で見てきたなかで最高のな」
「俺がですか!?」
ジャズは頷く。
「このまま労役で死なせるにはもったいないほどにな。もちろん、簡単に奴隷から解放されることはない。だが、それを差し置いても、魔法を鍛えておくことが、お前の人生にとって助けになるはずだ」
「俺の人生…」
グレンは、とにかく生き残り、そして少しでも奴隷から解放される手段を探し、カノンを助けることを目標としていた。だが、今日の労役と、収容所街の治安の悪さから、どこかで死ぬのではないかという薄ら寒さも感じていたのだ。
ジャズはくるりと振り返ると、3人の兵士の襟を掴み、引きずりながら去っていく。
(俺は、生き残らなきゃいけない。カノンのために)
残されたグレンは、夜空を見て、ひとり覚悟を決めたのだった。
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