第7話 悪意
グレンは荷車をついに搬出入庫へ運び込み、赤魔素が入った魔素採取瓶を納品した頃には夜になっていた。
その様子を確認したジャズは、記録用紙に記入したうえで、グレンに労役の終了を告げる。
「ご苦労、バラック街の入り口にて配給のパンと水が配られている。明日以降の労働のために受け取り、休養しろ」
(生き残った…なんとか…)
グレンは、1日の仕事だけで何度も死にかけた。生き残った喜びと、これが今後も続くことに対する不安が半々の気持ちでバラック街へ戻る。
「13の121番、配給のパンと水だ、受け取れ」
門番から、分厚くごつごつとした陶器の水筒と、硬い黒パンを受け取る。それをもって、第13収容所への道を進む。
中心通りは変わらず戻る奴隷と、恐らく夜間の仕事があるのであろう、これから労役に向かう奴隷などで人通りが多かった。
また、本来は喋ることが許されないはずの奴隷であるが、あちこちから話し声やうめき声、喧嘩の音や怒鳴り声が聞こえる。
(早く自分の部屋に戻らないと)
治安の悪さを感じ取り、早足で進むグレン。そして、グレンの部屋がある第13収容所の前についたときに、入り口を塞ぐように3人組の男がいるのが見えた。中心に大柄な男がおり、左右に坊主の男と小柄な男が子分のように付き従っている。
(誰だろう)
坊主の男がグレンを見つけ、指を差しながら他の2人に何かを囁く。すると、大柄な男がこちらを向き、にやにやと嫌な笑みを浮かべながら近づいてきた。
(嫌な予感がする、逃げないと)
慌てて走って逃げだす。バラックが立ち並ぶ、中心通りから外れ、建物と建物の間を走り、裏道へ逃げ込む。それを見た男たちが走って追いかけてくるのが見え、グレンはがむしゃらに逃げ続けた。
(なんでだ、なんで追いかけてくるんだ。食糧が狙いか!?)
グレンはパンと水を抱え、とにかく逃げ続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから、裏通りを走り続け、グレンは誰もいないテントに入り2時間ほど隠れていた。
(…逃げ切れた?)
なんとかやり過ごしたと考えたグレンはテントを出て、細い通りを抜けて第13収容所へ戻ろうと歩み始めた。
そのとき、突然グレンは宙に浮かされ、地面に強く投げ出された。
「ぐふっ」
脇腹の痛みを堪えつつ、視線をあげると先ほどの3人組の男がいた。
「おいおい坊主、なんで逃げるんだよ。俺たちはお話があるだけなのによ」
大柄な男がにやにやとこちらを見下ろしてくる。
「まあとりあえず、こいつは迷惑料としてもらっていくぜ」
そういうと、坊主男はグレンからパンと水を取り上げる。
「…」
グレンは返せと言いたかった。だが、ここまでの経験から、ここで反抗してもよいことにはならないと理解をしていた。
冷静になった頭で考え、パンと水だけならグレンをここまで執拗に追う必要がないことにも気づいた。労役を終えた奴隷たちが次々にバラック街へ戻ってくるのだ。自分だけにわざわざここまでする必要がない。
「おじさんたちの目的は?」
グレンはとにかく平静を装い、話を進めようとする。
明らかにリーダー格の大柄な男が答える。
「ほう、坊主。賢いやつは嫌いじゃないぜ。先に名前を聞かしてくれや」
「…グレンです」
「グレンか、俺はギレッド。このバラック街の一部を取り仕切ってる頭だ」
ギレッドと名乗った男は、しりもちをついて倒れているグレンに目線を合わせるようにしゃがみ、話始めた。
「単刀直入に言うとな、俺たちと金稼ぎをしねえかってお誘いだ」
「か、金稼ぎ?」
グレンにはぴんとこなかった。奴隷という立場は本来声も出せず、ただ労役で使いつぶされるだけの存在と考えていたからだ。明日を生きるのにも苦労しており、ましてや、お金はもはや雲のうえの存在と感じていたからだ。
「ここバラック街はな、実はちゃんとした通貨があるんだ」
「…金?」
バラック街に金なんてあるのか? 不思議がっていたグレンにギレッドが答える。
「バラック街はな、ログザ魔脈坑からとれる魔石が通貨として使われてんだ。闇市があってな、見張りの兵士を使って手に入れた酒、パン、薬と交換できる」
「闇市…そもそもなんで兵士がそんなことを…」
ギレッドはにやりと笑う。
「そりゃ安月給の兵士がこんなド田舎に長期間赴任するんだ、『手土産』がなきゃ帰れねえってもんだ。…赤魔素が詰まった採取瓶だよ」
とんでもないことをいうギレッドに、グレンは驚愕する。ギレッドが言っていることが確かなら、採取瓶をくすねて兵士に横流ししているということだ。
「な、そんなことをしたら兵士に殺されるはずじゃ…!?」
「グレン、お前にはまだ知らない世界があるってことだ。ここのやつらも一枚岩じゃない」
ギレッドは手でコインのジェスチャーをしながら話し続ける。
「兵舎の横に奴隷商のやつらが宿泊するホテルがあるんだ。採取瓶を渡した兵士は、そのまま奴隷商に売る。商人は奴隷を売った金があるから即金払いさ。そして、奴隷商は次の奴隷の輸送のためすぐに証拠の採取瓶をもってここを出発するからばれない。うまい仕組みだろ?」
ギレッドは立ち上がるとグレンに手を差し伸ばす。
「いいかグレン、お前にやってほしいことがあるんだ。お前は怪我をしている子どもだ。普通の奴隷は色んな労役をたらい回しにされるんだが、お前は当分の間は第1層から第2層の間の輸送担当に当てられるだろう。第2層の中間地点、あそこは見張りがちょうどいねえ。第2層から戻るときに積み荷から採取瓶を毎日1本くすねるんだ」
「そ、そんな危ないこと…見張りに見つかったら俺は…」
「大丈夫だ、後ろを見てみな」
グレンははっと振り返ると、周りに人がいないか警戒するように、治安維持部隊であろう兵士が3人立っていた。
「あいつらは買収済みのやつさ。こうやって俺たちが動きやすいように側にいて、他の兵士に見つかったときに代わりに俺らを折檻する、いや、したことにしてくれる担当さ」
グレンは、唖然としながら、ギレッドへと再び向き合う。
「俺についてこい、グレン。お前が毎日赤魔素をくすねりゃ、俺たちはさらに力を得る。いつか、奴隷とは名ばかりの贅沢な生活をさせてやる。見張りに見つかる? なら買収しちまおう。そのうち、俺たちだけ労役したことにして危険な仕事から手を引くことだってできるのさ」
にやりと笑みを浮かべ、グレンに手を差し出すギレッド。
「俺たちと一緒にこい、グレン」
グレンは考えた。今日1日で何度も死にかけたことを思い出していた。
(確かに、今の俺にとってはうますぎる話だ。これに乗れば、少なくとも飢えで死ぬことはなくなるかも…。しかも、いつか労役から解放されるかもしれない)
グレンは自然と右手をギレッドの手に近づける。それをみてギレッドは笑みを深くし、部下と思われる男2人もにやにやと嫌な笑みを浮かべる。
────
──
─
しかし、グレンは手を止める。いや、止まらざるを得なかった。ポケットにある硬い感触が、グレンの考えを改めさせる。
(俺の目標は、この辛い労役から逃げることか? 奴隷という立場でも贅沢な生活を送るためか? もしこの行いに加担して、いつか摘発されたら、俺は下手したら処分される。俺の目標は──)
右手を下げ、ポケットのうえから、母のためにつくった翠色の魔石を握りしめる。
(俺の目的は、奴隷から解放され、カノンのために助けを呼ぶことだ!!)
グレンは立ち上がると、きっぱりという。
「ギレッドさん、申し訳ないですが、お断りさせていただきます」
「…なんだと」
ギレッドは苛立ちを隠さず、笑みを一変してギロリとグレンを睨む。
「なあグレン、お前は勘違いしているみたいだがな。今のお前の労役が俺たちに都合がいいから頼んでるんだ。ここまで話をして、お断りしますって選択肢はねえんだよ。口封じのためここで殺してどこかのテントに捨てても、病死で片付けられちまう。それでも断るのか?」
グレンは冷や汗をかく。選択を誤っただろうか、ここで死ぬだろうか。だが、それでも、この行いに加担した先に未来があるようには思えなかったのだ。
「すみません、ギレッドさん。だけれど、ここで死ぬわけにもいかないんです!」
グレンは地面の砂を握りしめ、目つぶしのためギレッドら3人へ投げつけた。
「っぶへ! こ、こいつ」
グレンはテントの隙間を駆け抜けた。
なんとかバラック街の中心通りに出られれば、買収されていない兵士がいるはずだ。そう考え、とにかくがむしゃらに走り続ける。そして、中心通りへ出るために第13収容所とは逆方向の裏道へ飛び込んだ──そのときだった。
ダンッ!
短く、しかし確かな発砲音が響き、グレンが飛び込んだ裏道の横にある壁が大きく抉れている。後ろを見ると、さきほど見張りをしていた兵士たちが魔素銃をこちらに向けており、真ん中にいる兵士が発砲していた。
「動くな、クソガキ」
銃口を突きつけたまま距離を詰めてくる兵士。その後ろから、ギレッドたち3人組も血相を変えて駆け寄ってくる。
「おいお前、そいつを殺しちまえ!!」
その言葉に、グレンはぎょっとする。
「ギレッドさん、いいんですか? せっかく採取瓶をとれそうなガキを…」
「ここまでコケにされたんだ、許されねえ。さっさと撃ち殺してくれ」
グレンはログザ魔脈坑へくる道中で兵士が扱う魔素銃の強さを知っている。
ジャズが豹を殺したあの威力。今から走り出しても助かる気がしないが、グレンは走るしかない。
時間がスローモーションに感じる。とにかく走るが、後ろから兵士がスペルを唱えるのが耳に入る。
「赤魔素よ────」
(くそっ、なんとか逃げ切れないか)
裏道は中心通りまで直線の一本道であり、遮蔽はない。後ろから銃口を向けられている状況ではここを走り抜けるしかないが、まだ中心通りまで距離がある。
(だめだ、間に合わない)
ギレッドに従うのが正解だったのだろうか。だが、あの先には奴隷解放の道はないように思えたのだ。あくまで奴隷として自由に生活できるが、ばれたら処刑される。そのようなリスクは犯せなかった。
グレンの目標は、あくまで奴隷から解放され、カノンに助けを呼ぶことだったのだ。
(ごめん、父さん、母さん)
「射―――」
(ここまでなのか)
すべてを諦めかけた、そのとき。
どこからか、ひどく落ち着いた大人の声が割り込んだ。
『緑魔素よ、指定位置へ、展開せよ』
「出せよ!!」
兵士が呪文を完了し、銃口から灼熱の赤魔素弾が放たれる。
──瞬間、グレンの背筋にゾクッとした悪寒が走った。後ろから迫る強烈な『魔素の塊』を背中で感知したのだ。
グレンは無我夢中で、着弾のタイミングに合わせて地面へと伏せた。
だが、背中を焼き貫くはずだった魔素弾は、グレンに命中することなく弾かれ、空中で激しい爆発音を立てた。
ズガァァァンッ!!
「なっ!?」
「おい、何外してやがる!!」
ギレッドが兵士に激昂するが、撃った兵士自身が一番混乱していた。確実に命中するはずだった魔素弾が、まるで『見えない風の壁』に弾かれたかのように上方向へ跳弾したのだ。
砂埃が舞う中、静まり返った裏道にゆっくりとした足音が響く。
「────さてさて、こいつぁどういうことだ?」
薄暗い路地の奥から、まだ銃口から緑色の魔素の残滓をくゆらせる魔素銃を構えたジャズが、冷たい目を細めて立っていた。
感想をお待ちしています。




