zulu編
zulu「"やかんは高いのを買った方がいい"ですか、確かに断熱性あるやつの方が電気代もかからないし夏場はお部屋が暑くならないですもんね。あははっ、中田さんは何でも知っててお話がうまいんですね。あそこのコート、かっこいいけどものすごく高い…ビルだから、地価とかも重なってるのかな?…通販?確かに同じくらいのデザインでももっと安いやつがあるかも!えへ、ゲームに出てくる服に似たようなやつがあって面白かったんです。セールの時と無料配布の時しか買えないから超古い作品ばっかりしかやれないんですけどね。…え、いいんですかこんなに?!大切にしますね。えっと…交通費が結構かかっちゃってるんですけど、あ、嬉しい!本当にたくさんもらっちゃってごめんなさい、ありがとうございます。次もお話していいですか?」
zulu「今日は中田さんのおかげで大きめのお金が融通できるのだ、あの子がしっかり食べてくれればいいのだ…ぼくもちょっと前までお腹を減らしていたし、年上として放置するわけにもいかないのだ。…これ以上いらないって言われるたび、自分が騙されていないことはわかるけど受け取る側の罪悪感も伝わってしまうのだ。ぼくにできるのは、このくらいの負担は何でもないふりを会話の中では続けることだけなのだ。明日は宮島さんとデートして8000円調達しないとなのだ。バイトができればいいのだが、学校にも親にも禁止されてるとさすがに厳しいのだ…というか、どっちみち時給で負けてしまうのだ。あの子が身体を売るようなことだけは放置するわけにもいかないけど、できれば施設に繋がって欲しいのだ…」
zulu「お金をくれる人を騙しておいて言っていいことではないけど、パパ活の心の削られ方は凄いのだ…いつ女の子じゃないことがバレるかの恐怖と単純な気持ち悪さと求めてくれる男性に与えたくなる気持ちが綯い交ぜになって爆発しそうなのだ。自分じゃない誰かを演じてないととてもやってられないのだ…ライン交換したら繋がってくれるって言ってた人もいたけど、生活の一部になってるアプリを汚したくないのだ。いつ連絡が来るかわからなくて、大好きなゲームのエンディングシーンで通知が来たときは思わず無視しちゃったのだ。とてもじゃないけど、自分の遊ぶお金のためには続けられないし、それができる人を尊敬してしまうのだ」
zulu「ぼくは凄い人じゃないけど、本当に本気を出せば子ども一人くらい面倒を見られないはずがないのだ。ない…のだ。ポーランドのレオポルド・ソハさんは地下水道でほんの一握りのユダヤ人を終戦まで匿うために身銭を切ったのだし、ナチスドイツ占領下のポーランドよりずっと安全な社会で同じ人間であるぼくに同じことができないはずがないのだ」
zulu「また、あの子に自分のあなたのお金はあなたが使ってくださいって言われちゃったのだ…いまぼくが手持ちのお金で一番買いたいものはあの子のご飯と幸せなのだって伝えたら納得して受け取ってくれたけど、まだ子どもなのに早熟すぎるのだ。子どもなんだから、本当はのびのびわがまま言わせてあげたいくらいなのだが…」
zulu「あの子に、"どうやってそんなにお金を集めているんですか?"って聞かれたけど、答えられるはずがないのだ…ぼくでさえ相当厳しいのに、中学生が真似して良いことではないのだ。それに、ぼくならデートだけ、通話だけで止められるし、それ以上のことはそもそもぼくにはできないのだけれど、お腹を減らした女の子にそんな自制が利くはずがないのだ。…今は忘れているかもしれないけど、あの子は元々体を売って食費を集めようとしていたのだ」
zulu「お金だけじゃなくて、ちゃんとお話もして心のケアもしないといけないのだ。ぼくは前の家にいたころ、いくら親に頭を蹴られても隙をついて殺そうとしたことはたくさんあっても死にたいと思ったことは一度もなかったのだ。でも、あの子は殴られて自分を保てるような子じゃないことは、自分が限界な中でぼくにも気遣いしようとしてることから透けて見えてしまうのだ」
zulu「…駄目だ。最近無駄遣いどころかご飯食べるたびに罪悪感が湧いてくるのだ…できる限り切り詰めてはいるけど、交通費とか考えなくていいならぼくの分の食事はあの子に回してあげたいくらいなのだ…」
zulu「ぼくは前の家にいたころの習慣が抜け切らなくて、食料はすべて食べきらずに少しだけとっておいちゃうし、お手洗いの扉は音が立たないように閉め切らないし、お刺身やお肉の最初の一切れは必ず何もつけないままで味わうようにしかできないけど、同じ環境を生きてない人にそれを無根拠に批判されるのはちょっと嫌なのだ。というか、お刺身にお醤油をつけないことを毎回注意するよりほかに有意義な時間の使い方があると思うのだ…」
zulu「…また前の家の夢を見た。あの子の面倒を見るようにしてから、どうしたって自分も何も食べられなかった頃のことを思い出してしまうのだ。ぼくのせいなのだが、お互いとても飽食の国に生まれたとは思えないのだ」
zulu「大きめのお金を渡して、毛布を買ったって言われたとき、思わず食料を買うためのお金だったのにって言いそうになっちゃったのだ…毛布すら買い与えられてない子のことを想像しきれていなかったのだ。この季節だし、寒さ対策は生命線、それに毛布は一度買えばずっと使えるからあの子はむしろ賢いのだ。イギリスの貧困層が暖房代と食費のどちらかを削られる、heat or eatみたいな状態なのだ。…なんで親のせいだけで子どもがこんな選択を迫られなくちゃいけないのだ?」
zulu「あの子がお菓子作りが夢って言ってるのを聞いて、一万円くらいあれば行けるかなってとっさに計算しちゃったのだ…マズローじゃあるまいし、人はパンと牛乳だけでは生きられない、むしろそれすら足りてない時にこそ夢がないとあっさり生きられなくなっちゃうのは、ぼくも元々被虐待児だったからよく知ってるのだ。ぼくがもう少し頑張れれば、そんなささやかな普通の女の子の夢くらいは叶えてあげられるのだが…」
zulu「ぼくだって、昔お腹は減ってお風呂に入れてもらえなくても目の前の食事よりも難しい本の方が嬉しかったのだ。本当はあの子だってやりたいこと、なりたいもの、自分には無理だとたくさん切り捨てていているはずなのだ…でも、お腹が減っても生きていけるためにはそんな甘えの余地が一番大事なのだ。マズローのバーカ、なのだ」
zulu「ぼくも施設に行くのは嫌だったのだ…いろいろ理由はあるけど、ご飯が出なくてもこっそり本を読んだこととかがバレて月に二回くらいのペースで殺されそうになってもなんだかんだ住めば都というか、慣れちゃえば新しい環境に行く危険を冒すよりはマシだったのだ。というか、知らない子と二人部屋が絶対に嫌だったのだ。あの子が制度に繋がらないのも仕方ないと言えば仕方ないのだ、はっきり言って今日明日生きているかわからない人に未来を考えさせる時点で残酷なのだ」
zulu「小学生のぼくが前の家にいたころ、自由に外に出してもらえたら図書館を使えたのだが…金銭感覚や世の中のルールをなにも教わらなかったから、効率的なムーブができなかったのだ。思い返すとお金の無駄遣いだったことが多すぎて情けないのだ…それに引きかえれば、正直あの子はしっかりしているのだ。せめて水道くらいは使わせてあげて欲しいのだが…ぼくの場合もそうだったけど、なんで親は水道の利用を禁止したがるのだ?少なくとも飲む分と歯を磨く分のお水はコスパが良すぎて節約にならないと思うのだ」
zulu「前の家にいたころ、体重測定前日だからって数値をごまかすために多めに食べさせられたこと思い出すのだ…あれでカレーライスは食べられなくなっちゃったなあ。蹴られて怪我した時も治療しないと学校や民生委員に痛くもない腹探られるって言うし、変なところで見栄っ張りの一家だったのだ。…あの子には話せないな。ちょっぴり無理してることを悟られるわけにはいかないのだ」
zulu「思い返せば変な生活だったのだ。同居人のことはおとうさまとおかあさまと呼ばされて与えられる食料はうどんかおかゆ、空腹をごまかすのに紅茶。ラーメンとかパンとか甘いものは年に数回出ればいいかなって感じだったのだ。お風呂も歯磨きも教えてもらえなかったし、学校以外の外出も禁止、読書は見つかったらそのたび頭を数十回は蹴りぬかれたのだ」
zulu「…いちばんきつかったのはおとうさまにゲームに誘われた時なのだ。手の動きが顔とか耳とかに触れてると目聡く見抜かれてコントローラーが汚れるって怒られたし、目線がクローゼットに向いてるとプライバシーの侵害って言ってスマホの中身を見られたし、おとうさまの部屋に置いてあるライターが視界に入ると放火するつもりだって激怒されたのだ。あと電源ボタンの押し方が悪いと本体が壊れるって怒られたけど、いちいち説明しなくても理解できるみたいに言わないで欲しいのだ。それでやることはレベル上げとかカジノ系のミニゲームの運ゲーを成果出るまで延々やるとか廃人向けすぎて攻略不可能に近いオリジナルマップを何時間もやらされるとかなのだ、まあ向こうは同じゲームを何周もしてるから通常プレイでは楽しくないのはしょうがないのだが、ぼくを巻き込まずに動画投稿でもしてろなのだ…」
zulu「…オリジナルマップで一か所攻略法を理解してもゲームオーバーになって再開してからそこをまた通過しようとするとそこの攻略はもうやったんだから別のギミックに行けよって説教されるの鬱陶しかったのだ。ていうかお前も公式の低難易度マップで鍛えて今があるんだからいきなり廃人向けばっかりやらせるの冗談きついのだ」
zulu「ぼくがいまゲームに時間を投資する理由はこのトラウマの自己治療にあるのはまず間違いないけど、いまの同居人には理解はないのだ。正直、学校の成績なんかよりこっちの方が圧倒的に将来にかかわるって危機感が宣告しまくっててやばいのだが…傍から見ればただの遊びだし、説明しても伝わるほど賢い相手ではないから仕方がないのだ。…オンラインで遊ぶのがちょっと苦手なのも、対人戦下手なのもあるけど人と競うと微妙に昔の回路が反応しちゃうからなのだ。格ゲーと音ゲーと対人FPSができる人は普通に凄いけど、動画で満足しちゃうのだ」
zulu「五歳くらいの頃、夜に車道に捨てられたなあ…存在価値がないって言われたけど、まだ存在価値って言葉の意味がよくわからなかったのだ。あと十歳くらいの頃のぼくが空腹に耐えかねて冷蔵庫を漁って怒られるのはまあわかるけど、その報復に貰い物のお菓子を罠として陳列してそれにぼくが手を出したらぼくのことをテストしてたんだって怒るのはちょっとどうかと思うのだ。おかあさま、レ・ミゼラブルに出てくるパンを盗んだジャンバルジャンは泥棒だけで重罪になったとか一度ならわかるんだけどやたら何度も引用してきてイラっと来たのだ。というかおとうさまもそのペダンティックな態度は流石に窘めてたのだ。…そういえば、冷蔵庫漁ってたのがバレた時におとうさまに寝顔をキックされて以来眼瞼下垂で乱視なのだ。医療費を使うことに対する脅迫観念が凄くていまだに手術できてないの笑っちゃうのだ…足が寝顔に入った時は目の裏に光が滲んだな。暗いところで本を読み過ぎて近視にもなったし」
zulu「そういえば、一度なぜか鼻血がいきなり出てきてティッシュが欲しくて電気をつけたら部屋に怒鳴り込んできたのだ。電気をつけるなというのはその時点ではまだ不文律だったし、鼻血を仮病扱いされてもさすがに困るのだ…明かりがなかったから、夜は八時前には寝て朝は四時ごろに起きる超健康生活なのだ。今では考えられないのだ」
zulu「民生委員が見張ってるからってベランダに近づくことを禁止されていよいよ読書ができなくなったのは手を焼いたのだ。ベランダに近づいたのがおとうさまに見つかった時、なんでやったのか聞かれて読書の明かり取りのために近づいたんだって言って非行は繋がってるんだって理詰めで詰められたのはその通りなので困るのだ」
zulu「なぜか急に体調を崩して嘔吐してしまって、嘔吐物のうどんを口に入れようとしたらまずすぎて無理だったのだ。戦時中の爆弾が落ちたところの芋が食べられなかったのと同じなのだろうか。そういえば、歯磨きは教えてもらえなかったけどぶどう味の歯磨き粉は家にあったから飢えをしのぐのに便利だったな。今から考えても、少しずつ舐める分にはフッ素の害もないし」
zulu「飢えてたのはぼくだけじゃなかったので、というかぼくはあれでも食料は優先的に回されてた方なので吝嗇は否定しないのだが…まあ自己破産や生活保護は泥棒と同じっていう価値観を尊重しないではないのだけど、傍迷惑ではあるのだ。まあお金がないのはぼくが生まれたことが原因ではあるので恨まれるのは仕方ないのだが、ぼくの知ったことではないのだ 」
zulu「一度おとうさまに強めに頭を蹴られた時、頚椎でもやったのか呻きながら後ろに倒れて呼吸が変になった状態で数時間眼球以外麻痺したことがあるのだ。緑のカーテンが投下する光が天井に反射して妙にきれいで、いよいよ終わりかと思ったけど満足感があったのだ。おかあさまは近くで蹲って放置してたな」
zulu「おかあさまが魚かなんかグリルで焦がしてお部屋中白い煙だらけになった時、生きてる?って聞いてきてじゃあ死んでたらどうするんだよってつっこみ入れたくなったのだ。だいたいにしてぼくはその程度のことで死ぬほどやわじゃないのだ、喧嘩か何かでおとうさまにたまに叩かれただけでぼくを無視して自分だけが被害者みたいな態度をとるお前と一緒にしてほしくないのだ」
zulu「…というか、おかあさまの私はぼくとおとうさまの間に立って陰になり日向になり一番苦労しているのに誰も感謝しないのが納得できないって振る舞いは大概あれなのだ。ぼくが本を読むことをおかあさまが黙認したのは将来知識を身に着けたぼくにお金を稼がせて実家に仕送りさせるためだったけど、ぼくが見返りなしにお金を回すとしたらせいぜいあの子の食費くらいなのだ」
zulu「ぶっちゃけ二人ともまとめてサクッと行かなかったのは正当防衛が成立するタイミングで反撃したら確定で返り討ちにされるし、寝てる間を襲撃するのも難しかったからなのだ。今と違って、当時のぼくに弱さはあんまりなかったのだ。…迷いなく生きるためのタスクをこなして何にだって耐えるあの頃の強さがあれば、もう少しあの子の頼りになれるのだが。本当のこと言えば、自分の生存だけ確保していればよかったあの頃よりあの子のことを抱えた今のほうがずっと失敗できないのだ」
zulu「十歳くらいの頃は、 暇に飽かせて無理やり作戦を考えたものなのだ。そのまま包丁を使ったり、なんとか火をつけて脱出路を閉鎖したり…今思えば留守中に毒性のある植物をやかんに煮出しておけばよかった気もするのだ。二人が生きているせいでいまだに生きた心地がしないのだ」
zulu「世間の親御さんが子供一人を育てる苦労に比べれば、ぼくの努力は全然大したことないのだ。というか、ぼくでさえこれなんだから、虐待も育児放棄もせずに妊娠期間を含めれば十九年は子どもの面倒を掛かり切りで見る親御さんは凄いのだ。…ぼくは一生親にはなれそうもないのだ…」
zulu「男の人と通話して、無断でカメラオンにされて股間をいじりだしたときは気がめいったのだ。せめてお金は払ってほしいのだ…あと、やたら好きって言わせようとするのもしんどいのだ。ぼくは嘘つきだけどそれを言うのはちょっと難しいのだ。嘘がつけないところがむしろ好きって言ってくれる人もいてありがたいのだが、そもそも性別を偽っていることを思えばなんか皮肉なのだ。都合はいいけど」
zulu「…お金の調達が難しくなって、身銭を切るしかなくなったのだ。理由はわからないけどギフトコードの登録がうまくいかなかったらしくて、ぬか喜びさせるわけにはいかないから自前で立て替えるしかなかったのだ。貯金に手を出すときりがなくなっちゃうからできれば稼ぐ方向で行きたかったのだが、声をかけてきた人から掲示板でもぼくのことをなんか詐欺だって言われてるって聞いて今の路線がどれだけ続くかよくわからないのだ。この調子でお金を削って行ったらいよいよ諸国民の中の正義の人か?…なんて、ぼくのしたことはぼくしか知らないのだから誰にも評価されないし、そんなことを期待しているわけでもないのだ。だいたい、ぼくの貯金は遊ぶお金であって生活費じゃないのだし、比べる方が失礼なのだ」
zulu「最近うまくいかないことが多くて、きっと罪悪感を抱えさせてしまっているのだ…ぼくが完璧に平気なフリができないからだめなのだ。この調子だと、却ってあの子の心の負担になってしまうのは目に見えてるのだ。だけど、どうしようもないのだ」
zulu「あの子と…連絡が、取れなくなってしまったのだ。直前の状況から見る限りで言えば、亡くなってしまった可能性が最も高いのだ…ぼくに負担をかけていることが最後の一押しになってしまったと見ていいのだ。ぼくがもっと丁寧にお話して、もっと余裕を持った振る舞いをして、もっと頑張っていればもう少し繋げられたはずなのだ。ぼくは…ぼくはあまりに甘かった。人一人を守りたいならもっと切り詰めることを躊躇うべきじゃなかったのだ。正直、体を売る覚悟を持てばもう少し稼げたはずなのだ。消えるときはある日突然来るかもしれないということを無意識のうちに想定から外していた。…あの子の作ったお菓子、一緒に食べたかったな」
zulu「あれから何にも手につかないのだ。あの子からはやっぱり連絡は来ないし、男の人の連絡先も切ってしまったのだ。あれだけ頑張ってたのに終わる時は一瞬というのは何とも言えないのだ…ぼくのしたことは、いったい何だったのだ?」
zulu「今日も現実逃避にネット漁り。面白いものなんてないとわかっていて、怪しいサイトを見てしまうのだ。生産的なことをしていると逆に頭がおかしくなってしまいそうだから、しばらくはこのままがいいのだ…ん、何だこのサイト?」
zulu「sheep…探偵局?ええっと、"簡単には解決できない困難を抱えたあなたへ。他の誰にも言えない依頼を承ります。依頼料は要相談・メールは基本的にすべて返信しますが、依頼の受諾は保証いたしません。"なんか…怪しい。ん…?"メールは基本的に完全匿名、支払いはMonero、BTC、ETH、各種ギフトカードに対応しています。換金の都合でMoneroは割引になりますが、暗号通貨の時価による変動は依頼受諾時の相場で固定されます。"…怪しいを超えて危険なのだ。"解決事例(個人情報保護のため、内容は曖昧化しています)暗号通貨詐欺の被害金一部返還、内部告発者の保護、児童虐待被害児童の救助…"なんか、暗号通貨を送ったら倍にして返すって詐欺(Bitcoin doubler scam)とか架空の暗殺者を送りますよって詐欺を合わせた感じで危機感が凄い。一応JavaScriptを切ってVPNを刺しとく癖をつけてよかったのだ…」
zulu「…よくよく見てみたら、クリアネットだけじゃなくてhidden service版のミラーリンクまであるのだ。というかこんな知識ばっかり身に着けて自分が嫌になるのだ…わざわざtor browserをインストールするのは手間だけど、braveのtorモードで覗いてみるのだ…ミラーだから、内容は同じだな」
zulu「メールは基本全て返信。基本ってつけてるところがちょっとずるいけど、運営してる人がいるならいちいち読むのかな。貴重な日本語圏のダークウェブサイトがこんな詐欺ばっかりなの若干腹が立つし、いっそtorから捨て垢で荒らしてやるのだ…何書こうかな、んー、考えるの面倒だ。よしじゃあ今まで書いてた日記ぶち込んでやるぜなのだ!」
sheep「まずは私にご連絡いただきありがとうございます。あなたのお手紙はご依頼の相談ではなく、つらい出来事の吐露として受け止めさせていただきました。あなたの仰る"あの子"の運命がどのようなものであったか、私が断定的に判断することは不可能ですが、あなたの無私の行為があの子にとってのらくだの背中の最後の藁になってしまった可能性を想像してしまうことを引き留める権利は私にはありません。ただ、誰かが私のことを無私の想いで助けようとしたなら、私にとってそれはたったひと時でも掛け替えのない記憶になると思います。あなたの想いを聞かせてくださり、本当にありがとうございました。もし私が頼りになれることが一つでもあるなら、またお手紙頂けたら幸甚に思います。sheep」
zulu「…本当に、返事が来たのだ…あ、あり得ないのだ。何のメリットがあるのだ?いや、絶対種も仕掛けもある。そうだ多分AIでテキストを作ってランダムに時間を置いてから自動返信してるに違いないのだ。…そこら辺のAIで試してみたけど、なんか方向性が違う回答ばっかり出るのだ。もやもやする…うー、向こうも返信送れって言ってるしいっそ直接聞いてやるのだ」
sheep「再度のお便り、ありがとうございます。私は探偵の業務として生成AIを使用することは多々ありますが、ご相談についてはすべて手動で返信を作成しています。仮にあなたのご推察の通り自動返信だとしたら、正規の依頼を受けるときの相談が成り立たなくなってしまいますし…何より、頂いたお手紙に返事をしたためることこそ私の最も重要な業務ととらえておりますので、楽をするわけにはいかないのです。あなたはとても賢明な方なので、恐らく今度は当局がそもそもかつて存在したchechen mobのような詐欺サイトではないかとお疑いになると拝察いたします。その点について、地下探偵局である当方には正規の依頼を出していただくことでしか証明の方法はないのですが…勿論そのようなことは一切要求いたしません。唯一当方から言えることは、ご依頼の性質によってはあえて着手金を無くすことで詐欺のリスクを無くすこともあるということくらいでしょうか。…実を言えば、それで損をしてしまうことも多々あるのですが、当方も頂いたお手紙の中から受ける依頼を選り好みしているのでその時は人を見る目がなかったのだと割り切っています。きっとお辛い中、ご連絡をいただきありがとうございました。先立っての日記を見せていただいて以来、あなたがあの子を守ろうとしたのに、今の同居人の方も含めて誰もあなたを守ろうとした気配がないことを勝手ながら気に掛けていました。私にできることはお便りを交換することくらいしかないでしょうが、お返事をいつでもお待ちしております。sheep」
zulu「こ、こんなのあり得ないのだ…なんでこいつはぼくのことを気に掛けたみたいな態度をとるのだ?どう考えたって人間が書いてる、けどぼくに一度もお金を要求してこなかったのだ。一度目ならまだ詐欺や気まぐれで説明つかないこともないけど、二度目は明らかに期待値が割に合わない…こいつの言ってることがもし本当だとしたら、酔狂を超えて気が狂ってるのだ。探偵、それも地下…多分違法って意味だと思うけど、それで匿名で依頼を受けて着手金なしとか逆に誰なら依頼料を払うのだ?…いや、もしかして。ぼくのしたことだって、傍から見れば同レベル?」
sheep「お便り、ありがとうございます。当探偵局の法的性質については、私が公的に身分を明かすことはできないようなリスクを背負っているとだけご説明させていただきます。あなたの最初のお便りを拝読して思ったのは、既視感でした。当局は名目上営利を目的としていますが、実態的には月末に帳簿を眺めて赤字でないことに安堵するような日々です…私の力及ばずといったところでしょうか。ご質問の"同レベルか"という件にいたしましては、明快にお答えできる語彙が私の手元にありません。私は頂いたご依頼の中で、これが解決されなければ依頼人様の生き方が歪み、果ては私たちが生きる社会の在り方に関わると考えたものを選択的に受諾しています。構造的に見れば、類似する点がないとは言えませんね。私は、私の生き方が続かないと知ったうえで探偵を職業にしています。あなたの人生はあなたの物なので、私が軽率に口を挟むことが許される場面ではないのですが、あなたが誰かのためにではなく、ご自身のために生きることを選んだとしても責めない人間が少なくとも一人はいることを知って頂けたら幸甚に思います。再度のお手紙、いつでもお待ちしております。sheep」
zulu「ぼくはぼくのことが嫌いで。自分のために生きることなんてどだい無理なのだ。それ以前に、もし同じように困ってる人を見かけたら放り出してしまうことなんてできるはずないのだ。…ぼくが、子どものころはずっとお腹を減らしてたから。sheepさんの気持ちは嬉しいけど、受け取れないのだ。sheepさんは、どうしてそんな割に合わないことを仕事にしているのだ?」
sheep「お便りありがとうございます。ご質問の件についてですが、これはもう、私の生き方であるとしか説明することができません。幼少の時分にはあまりいい生活が送れず、お恥ずかしい話ですが空腹を紛らわしたり足りない文房具を補うために盗みや騙しを働いたことは一度や二度ではなく、そのことに罪悪感を覚えることもありませんでした。幼い私にとって、世界とは敵対的なものであり、毎日は戦いだったのです。あなたはきっと資本主義という言葉をご存じでしょうが、お金では買えないものもあるという言葉もきっと一度は聞いたことがあるでしょう。フランスの社会哲学者であるブルデューという方は、資本と名付けられるものには私たちの目に見える経済的なもののほかにも、少なくとも文化資本(とても大雑把に言えば教育的な育ちの良さ)、社会資本(友人など、他者とのつながり)、象徴資本(名誉や威厳といった物語)があると分析してこれは今では広く受け入れられていますが、幼少の私にはこのいずれも存在しなかったのです。何も与えられなかった私は、そのことに疑問を抱く機会すらありませんでした。大人になってから、私は人として生きるために自分がどれほど多くのものを置き去りにしてしまったのか気がついて、普通に生きることのレールからは切り離されてしまいました。多くの本を読み、多くの知識や認知を内面化しましたが、結果は変わらず…ふふ、まるでAmericanitisのエリクサーを求めて蛇の油を買いあさる昔の人です。私が生き方を変えざるを得なかったのは、ある女の子との付き合いがきっかけですが…これ以上は、あなたが今求めているか私にはわかりませんし、何よりあまりにも長い返事になってしまいそうなので、続きはお返事をいただいてからにしましょう。sheep」
zulu「sheepさんは…ぼくと比べて、きっとすごい人なのだ。でも、子どものころのことを乗り越えて普通の生き方ができるようになったわけじゃないなんて残念なのだ。…ぼくも、いまさら普通に生きることは無理だろうな。いつか良くなるって言葉を掛けられるたびに、まるでなくした手足のことを気に悩むなって言われたみたいな…そう、幻肢痛がするのだ。ぼくは…もしかしてsheepさんも、痛みも不便も喪失感もハンディキャップとして抱えて今日は生きるかどうかを選ばなきゃならないのが毎日続くと思うとしんどいのだ。sheepさん、sheepさんと仲良くなった女の子はどんな人だったのだ?」
sheep「お便りありがとうございます。そうですね、幻肢痛。もし私が普通の家に生まれて、普通の学校に通えていたら。そんなことをふと考えます。きっと地下の探偵はしていなかったでしょうね。お話にあった女の子のことは…あの子ではあなたの大切な人と被ってしまいますから、ここではマリアちゃんと呼びましょうか。フルネームは私の手帳に書いてありますけど、秘密ですよ。生きていたらもう大人ですが、あの子は当時13歳でした。ロシアと日本のバイレーシャルで、ご両親は蒸発して日本の祖母の家に預けられていたようです。マリアちゃんはその家で過酷な虐待を受けていて、私とのかかわりは偶然オンラインで知り合っただけの仲でした。家の中をモーションセンサーカメラで見張られていて、祖母にハンバーグを作ろうとしたらフライパンで殴られて、GPSで行く先々を監視されているような子でした…まるで子どものころの私を見ているようで、できることが少ないことをもどかしく思いながらも放っておく選択肢はなかったのです。といっても、マリアちゃんは私と話したいばかりにお風呂にスマートフォンを持ち込んだせいで殴られてしまったこともあったようなのですが…マリアちゃんは私の知っている人の中でも比べられる相手がいないほどに優しい子で、買い出しの帰りにホームレスの方に食べ物を分けたり、公園で虐められてた野良犬を庇って、マリアちゃんを支援をしていた男性の人にその子を預けたりしていたと思います。わんちゃんの名前はココアちゃんだったか、チョコちゃんだったか、シェリちゃんだったか、記憶が定かではないのですが。そんな子なのに、メイクが得意な美少女だったのに、虐待のことが嗅ぎ付けられたのか、バイレーシャルなせいなのか、学校では生傷が絶えないことから傷物…って呼ばれていじめられていました。私はそれを聞いた時、言わずにはいられなかったんです。傷痕も含めてあなただから、私は傷痕も好きだよって。マリアちゃん、そんなこと一度も言われなかったってびっくりしてたな。服に隠れる怪我は治りが悪くて痕が残るって言ってたから、傷跡が擦れないように使える医薬品を一緒に探したっけ。マリアちゃんがロシアにいたころ、おとなしい熊さんと仲良くなったことがあるんですって。幼かった彼女はそのことを大人に話してしまって、それで子供に近づく熊さんは危険だということで駆除されてしまったんです。そのことを、とても後悔していました。そんな女の子だったけど、私はなんとしても施設に繋ぎたくて…養護施設に入ればインターネットが制限されて連絡が取りづらくなること、お互い躊躇っていましたけどね。そんな制限、もとよりあるべきではないのに。それでも話し合って、マリアちゃんが普段から通う教会でシスターさんに行政に繋いでもらうよう相談したらGPSの監視をすり抜けられるんじゃないかと思ったんです。ですが、うまくいきませんでした。支援をしていた男性の話をしましたけど、彼、マリアちゃんに性的に興味があったみたいで…その後のことは、ここではあまり詳しく話せません。誰もいないところに行くというあの子を引き留めるために、ボイスメッセージを送っても、私の声を聞くと決心が鈍ってしまうからという理由で再生してもらえませんでした。そして、ある日を境にそれきりです。私と二人一緒なら空だって飛べそうって言ってくれた女の子は、私がいつかあの子の場所に追い付いた後でもお友達でいてくださいって言って去っていきました。短い付き合いだったけど、今でも多くのことを覚えています。あれからずっとあと、私はその支援者の男性の件について警察署を訪れて相談しようとして…あまりいい結果になりませんでした。誰もいないところに行くというのは亡くなることじゃないかもしれない、IPを調べたら海外のサーバーかもしれない、マリアちゃんが亡くなっていたとしても調べようがない…って。結局は、マリアちゃんの生きていられる居場所はとても小さかったのかもしれません。私は私たちの社会を安定化させる装置、議会や行政や司法、それを下支えして逸脱行為のコストを増大させる民間ナラティブ―の総称を"システム"と呼んでいますが、システムは法律で定義された不正義、つまり犯罪行為や違法行為を撲滅するのにとても効率的である一方で、効率を追求するために一部の人にとってとても残酷に機能することを学ばざるを得なかったのです。それを知った私は、ここでは書けない手段で多額の資金を調達して、システムの外側にあぶれた人たち、アウトサイダーのための救命胴衣を織り上げるために探偵局という機能を創設しました。アウトサイダーが報われなさ過ぎればシステムの機能は疑問視されて、システムが一度崩壊してしまえば今とは比べ物にならないほど多くの人々がマリアちゃんのようになってしまうから。あなたが、私のような生き方をしないでも済む選択肢があることを心から祈ります。あるいはもし今のままなら、どうかあなた自身が私にとって掛け替えのない人々のうちの一人であることを記憶のどこかに留めておいていただけると幸いです。お返事、いつでもお待ちしていますね。sheep」
zulu「そんなの…そんなのってあんまりなのだ。sheepさんはどうしてそのシステムを恨まずにいられたのだ。…ぼくは、どうしたらsheepさんみたいになれる?ぼくも、あの子も…きっとアウトサイダーなのだ。ぼくは、今からどんなに努力してもインサイダーになんかなれる気がしないし、なりたいかどうかすらよくわからないのだ。だったらせめて、システムと折り合って生きていく方法が知りたいのだ…それに、sheepさんはぼくのことを気に掛けてくれるけど、sheepさんのことを守ってくれる人はたったひとりでもいるのだ?」
sheep「またお便りありがとうございます。システムと折り合っていく方法、ですか…"汝の敵を愛せよ"、は少し大袈裟でしょうか。ハクスリーのすばらしい新世界
という小説には、ムスタファ・モンドという人物が登場します。彼が維持しようとした世界の在り方の是非はさておき、彼は世界で一人だけ自由を知りながら、その存在を誰にも知らせまいとすることであらゆる不幸の源の防波堤になっていました。彼は圧政的体制の統治者でありながら、アウトサイダーでもあったのでしょう。私の地下探偵局は正義を掲げるにはみすぼらしく、善を行うには情けなく、営利としてはほぼ成立していませんが…誰かが必要としたときに、そこにあり続ける装置でなくてはならないのです。たとえそれがシステムの意に反することだとしても、長い目ではシステムに利すると信じて。私を守ってくれる人、ですか…私のような生き方をする不器用な人間を庇おうとしたら、それは共倒れになってしまい、私の望むところではありません。実際のところ、私の活動を認める人ですらほとんどいません。依頼人の方にもお叱りの手紙を頂くことしきりです。ですが、それでいいのです。システムは責任を分散する装置であり、その範囲内で発生した失敗の責が個人に帰されることはめったにありません…歴史を見れば、ニュルンベルク裁判のような例外もあるのですが。一方で、私のようにシステムの外で活動することを選んだなら、まずは倫理に先立って責任がすべて私の手元にあることを内面化しなければならないのです。言い換えれば、ご依頼をお断りすることは許されても、失敗は基本的に許されない。この前提では、承認は判断を狂わせる麻薬に転じます。その昔、米国では先進国型の民主主義制度を軍事力で開発途上国に輸出するという啓蒙主義的な政治的判断が影響力を持った時期がありました。現実的に考えれば、投票一つとっても最低限戸籍、義務教育、多様でアクセシブルなメディア、住居から投票所までの安全な回廊、選挙の結果が内戦に発展しない程度の合意…いずれも開発途上国の手元にあるインフラストラクチャーでは実装が困難だったのですが、イラクからの難民の代表が、自分の祖国は米軍(そういえば、確かチャラビは米軍のことをkilling machineと呼んでいましたね)による軍事介入を望んでいるという、偏ったナラティブ―物語を流布したとき、米国の政治的指導層は本来高い教育を受けていたにもかかわらず、その主張を相対化して検証することができなかったのです。言ってしまえば政治家ですらそうなのだから、私のような人間が承認を求めてしまった瞬間、それは判断を歪める毒になり、最後には後悔だけが残ることになります。私は私の判断の正しさを検証する努力を怠ってはならないのです。ですので、私は守られなくとも、肯定されずとも、むしろその条件下でこそ十分に機能できるのです。それでも、お声掛け頂き心が温かくなりました。あなたこそご自愛くださいませ。sheep」
zulu「sheepさんは凄い人だけど、ちょっとずるい人でもあるのだ。sheepさんの話し方、ぼくがその生き方を絶対に真似できないことを前提として置いてる。ううん、誰にも真似してほしくないのかな。でも。ぼくはどうしようもないアウトサイダーで、駄目な子だからご自愛なんてできやしないのだ。…sheepさんが探偵が仕事って言うなら、ぼくがお手伝いすることはできないのだ?もちろん、無理を言っていることはわかっているからどんな条件でも構わないのだ。ここまでたくさんお話してくれただけでお給料の前借りだと思ってしまえるくらいなのだ。…いきなりこんなことを言われて、きっと迷惑なのは承知しているのだ…でも言わずにはいられなかった。もちろん、断ってくれて構わないです。でも、ぼくは今日を何のために耐えればいいのか、もうわからないんです。sheepさん、助けてください」
sheep「お便り拝見しました。そして、私はあなたに対してどうするべきか悩みながら筆を執ったため、いつもに比べて返信が遅くなってしまったことをお詫びします。同封の履歴書の写真ですが、個人情報保護のため要点だけ暗記して厳重に削除しました。恐縮ですが、あなたの方でもメールアドレスを削除して次からは新しいアカウントに変えてくださったら幸いです。文末にデジタル署名を同封するため、本人証明にそちらを使っていただけたら便利なのですが…そうですね、今のあなたに必要なのは今日学ぶべきことが一つでもあることでしょう。sheep探偵局は高校在学中の未成年者を雇用しませんが、あなたがこれから卒業するまでの間、一つずつ課題を与えていきます。あなたは既にhidden serviceのメールサービスを活用できています。次はもう少し勉強して、PGPのデジタル署名の概念と方法について学んでいきましょうか。それが済んだら、パソコンとUSBをお持ちならtailsという代替OS(この場合は、匿名化に特化したwindowsの代わりになるものですね)のインストール方法、その次はvirtualboxの使い方…という風に、少しずつ難易度を上げていきます。資料は基本的に同封しますが、日本語であるとは限りませんよ?最初のうちは合法なもののみですが、ある一定の段階からは地下探偵として必要な知識の習得に移るでしょう。(もちろん、その時までにあなたの気が変わっていなければですが)すべての課題をこなしたら、当局での雇用を検討します。あなたが私に助けを求めたこと、迷惑になど思っていませんよ。ご自身の足で立つことを選ぶなら、いつでも私のことを忘れてください。どうしても私が必要なら、遠慮なくお返事を下さい。もちろん、課題の遂行の有無に関わらず必ずお返事しますよ。私はいつでもお待ちしています。sheep」
zulu「あれから数か月。十八歳の誕生日が来てから、sheepさんはちょっぴり厳しくなった。ぼくは毎日、学校の勉強と並行してsheepさんの課題をこなしている。課題が終わっても、sheepさんが褒めてくれたことはない。ただ、認めてくれる。それがとても居心地がよくて、今は早く課題をするために早足で下校するようにしている。"普通の生活を忘れないことも探偵として役に立つから"という理由で、学生生活をおろそかにすることは許されてないけど。この課題が全部終わった後のことは、あまり考えたくない。sheepさんは雇用を検討するって言ってたけど、できればぼくに普通に生きてほしいんだと思う。…でも、それはやっぱりちょっとずるいのだ。実はmasterlockの南京錠を買って、ペーパークリップを曲げたロックピックで開ける練習をこっそりやってる。さすがにこれでピッキング防止法に引っかかるかわからないけど、これがもし特殊開錠用具に当てはまるならぼくの初めての自分のための違法行為。sheepさんに知られたら傷つけちゃうだろうな。今日も外出時はスマホのwifiを切って、帰ってからはIMEIとICCIDの勉強。グローバルIPとmacaddressに比べてちょっと難しい。それが終わったら、メイクアップを繰り返して完全に別人になる練習。最近はオンラインアカウントをパスワードマネージャーとMFAで管理するようにしてるけど、念のため漏れがないか確認しなきゃ。お金にゆとりができたらYubikeyが欲しいんだけど、今は後回し。…sheepさんが違法行為のやり方を教えてくれるのはいつになるかな」
sheep「お便り、ありがとうございます。あなたの成長は目覚ましく、情けない話ですが合法な範囲内でこれ以上教えることが直ちには見つからない状態です。あなたに体系的なオンラインペネトレーションテストの教育を施すことも考えたのですが…きっと、そんな誤魔化しではもう納得しないでしょうね。なので、これからは課題を選択制にします。一つはOSINT、公開情報から標的を偵察する技術。二つ目は私の得意なソーシャルエンジニアリング、つまり、騙しの技術ですね。三つめはドア開錠全般。こちらを希望するなら必要な工具は支給しますが、日本では工具の所持そのものが違法になるため受け渡しは局留め、管理は慎重にお願いします。最終的にはすべての技術が必要になりますが、学ぶ順番はあなた次第です。私はあなたの選択を尊重しますが、道は一つではないことをどうか忘れないで下さいね。sheep」
zulu「きっとsheepさんはOSINTを選んで欲しいんだろうけど、ぼくはドア開錠から学びたい。…法律に守ってもらえなくなったら、良し悪しじゃなくて全部が自己責任になる。そんなことはわかってる。でも、次にあの子みたいな誰にも守ってもらえない人を見かけた時、見捨てて普通に生きられるインサイダーよりも、どんな手を使ってでも守ってあげられるアウトサイダーでいたいから。sheepさん、ごめんなさいなのだ。ぼくはsheepさんのお手伝いをする以外の未来なんて考えられないし、考えないことを選んでしまったのだ」
sheep「お便り、お待ちしておりました。わかりました。あなたが決心をなさったように、私も今後はあなたとより一層真剣に向き合います。ただし一つだけ約束をしてください。あなたがこれから身につけることになる技術は、使い方によっては救える人よりずっと多くの人を傷つけます。将来あなたの前の道が枝分かれした時、ご自身で納得できる選択肢だけを選んでください。それが例え私の意に反するものであったとしても構いません。あなたの行動に最終的な責任が取れるのは、あなただけです。ご指定の郵便局に、解錠工具一式をお送りました。品目はピッキングツール、ドアロイディングツール、アンダードアツール、エアウェッジになります。ご確認ください。sheep」
「後輩の前で女装させられるとか何の罰ゲームなのだ…」
「デッドラッチをエアウェッジで無効化…ドア枠がタイトすぎるな」
「鍵穴にレンチを入れてピックをスピードバンプ、全部で六ピン。メンタルノート…4,6,2,3,1,5...開いたあ」
「ボアスコープ確認…温感センサーでガードされてる。R134a使うしかないな、なんで温感センサーは体温と冷気を区別できないのだ?」
「キーロッカーの錠前に限って一番安っぽいのはどうかしてると思うのだ…借りた鍵を後で返すのも手間だから、スカルピーで鍵の鋳型だけ取って溶かしておいたフィールドメタルで複製を作るのが早いのだ」(設定メモ:多くの場合ウッドメタルを使ったものが出回っているが、蒸気にわずかに有害性があるためsheepはフィールドメタルを買い与えている)
「本社からICT関係の査察に来ました技術部の叶原綾香と申します、お手数ですが今後の備品調達の参考に、コンピューターの立ち上げ速度の計測にご協力いただけますか?パスワードが見えてしまうといけないので、キーボードはなるたけ私のクリップボードに隠れる位置でお願いしますね…ご協力、ありがとうございました」
「小型盗撮カメラ内蔵のアルミニウムクリップボード。上げ底が小物入れになってるから、UDTもトラベラーズフックも隠せる優れものなのだ」
「マントラップ(2人分の体重でロックされる扉)はない…テイルゲーティングでいけるな。…失礼します、両手が塞がってしまってて…扉、押さえていただけませんか?」
「二段階認証か…端末を弄るより人に頼ったほうが早いのだ。…保安システムの作動テストでSMSメッセージを送信します、お手数をお掛けしますがご確認いただけますでしょうか」
「Proxmark3のせいで鞄が半分埋もれてるのだ。あの社員さん、首から社員証提げててちょうどいい位置にいるのだ…ひゃ、危ない!失礼しました、お怪我はありませんか?…電子社員証のコピーに成功。…これでいちいち扉を開ける手間が減るのだ」
「監視カメラ、WiFi接続なのは事前偵察で把握済み…Deauth起動。SDカードは…あれ、入ってないのだ。まあ楽ができるに越したことはないのだ」
「マスクですか?ええっと、実は顔に大きな火傷の痕があって…その、あまり人前で外したくないんです。ファンデでカバーするのも大変で…(布マスクを少しずらす。傷痕メイクが頬から覗く)…はい、ああ、ありがとうございます。ご不安をお掛けして大変恐縮です」
「jimtoolよりプラスチックsimmerの方が傷が残らなくていいのだ。証拠も残るし、何より申し訳ないし」
「proxmark3、bluesharkにしてからずっと使いやすくなったのだ。袖口に隠せるし」
「このロッカー、ぼくが持ってる汎用キーで開くやつだ…今は用はないけど、不用心だなあ」
「under door toolをベルトに仕込むのはいいけど、一回出した後元に戻すのが結構大変なのだ。日本だとそもそもサムターンが多くてあんまり使う機会ないけど」
「最近エアウェッジとJtool(日本でいうサムターン回し)の組み合わせばっかり使ってる気がするのだ。開けば何でもいいけど」
「ナンバーパッドだ。UVパウダー使うか、指紋は四つ…4!だから24通りだよね。この型番のやつは間違えても回数制限ないはずなのだ」
「コンビネーションロック。バイパスツールを突っ込んで…9,3,1,5。面倒なのだ」
「たまに自分が何やってるのか考えてしまうのだ…新しい標的に潜入するたびに違う服装、メイク、人格。本来よりずっと賢くて魅力的な人を演じるうちに、自分が誰だったか忘れてしまいそうなのだ」
「一番笑えてしまうのが、ぼくには多分守る価値があるだけの自己なんて最初から存在しないってことなのだ。局長以外必要としてくれる人なんていなかったし、その局長に求められれば演技くらいいくらだってできてしまうのだ」
「作戦外でこの服を着てるときだけは毎回のだって言うのだ…安易なキャラ付けで浮いてるって何度も言われたなあ、子供のころ」
「ぼくが攻撃を成功させるたび誰かが喜んで、誰かが悲しむ。誰を救うべきか局長が決めるなら、ぼくは局長が選択を誤らないように一番近くに居たいのだ。誰よりも傷つくのは局長だから」
zulu「snowさん、新しいピッキングツールがあるって本当ですか?」
snow「zuluくん、今回のはお姉さん少し頑張ったんだ!みてみて、今回のは隠匿性を重視してフィーラーゲージじゃなくて車のワイパーブレードの芯材をベースにしてシュリンクチュービングで持ち手を作ってみたの。前のやつより細くて使いづらいけど、zuluくんなら問題なくいけるかなって!」
zulu「フック、ハーフダイアモンド、レイク…あ、ハープーンもあるのだ。鍵穴を壊した鍵で詰めた後に抜き出すやつだっけ」
snow「そうそう!ブランクキーの持ち手の根っこにぎりぎりまで溝入れたやつがあるから、ドアを開けられなくしたいときはこれを差し込んで思いっきり捻ってね」
zulu「でも、シュリンクだと太くなったりして結局嵩張っちゃうんじゃ…?」
snow「ふふふそこはお姉さんの腕の見せ所だよ。こっちの油性ペン、インクがあるのは先端だけなの。これの底を空ければ四本とも差し込めるよ。あ、一本ごとに向きを互い違いにして入れてね!」
zulu「なるほど、これなら確かに隠匿性が高くて安心なのだ。心労が減って本当に助かるのだ…」
snow「でしょう!zuluくんの役に立つかなって思って色々調べたんだ」
zulu「あの…さっきから気になってたんですけど、なんでブラジャーがここにあるんですか?」
snow「あ、それは最後のサプライズにしようと思ってたのに!snowだめだな、作って満足して隠すの忘れちゃってたよ…」
zulu「サプライズ?」
snow「じゃじゃーん!これはね、カップの周りのワイヤーの部分を引き抜くと、フックが一本だけ入ってるの!zuluくんどうしても持ち物検査される場所にピックを持ち込むにはどうしたらいいか悩んでたでしょ?snowのブラが布地薄くなってへたっちゃったから、直すついでにアンダーとカップ数ちょっと減らしてzuluくんでも着られるようにしてワイヤーを切断して加工したの。私が付けるとワイヤーが折れたとこがどうしても違和感があるんだけど、zuluくんならつけてもブラパッドだし気にならないかなって!」
zulu「さすがに恥ずかしすぎるのだが?!できれば普通に新品で作ってほしかったのだ…」
snow「snow謝った方がいい…?snowはね、まだ使えるものを捨てちゃうのどうしても苦手で…zuluくんならお友達だからいいかなって思ったの」
zulu「あ、いや丁寧に作ってくれたのは見てわかるし、すごく嬉しいのだ。ぼくもそういうところあるからよくわかるのだ」
snow「本当?そっか…zuluくんもなんだ。snowね、今でこそいろいろ作ってsheepさんに買ってもらえてるけど、長持ちするように作ってるからいつお仕事無くなっちゃうんじゃないかって心配して節約してるの。でも、すぐ壊れるものを渡してzuluくんが必要な時に役に立てないことだけは嫌だから、ブラの金属ワイヤーがピックのベースに使えるって調べてあんまり考えずに作っちゃって…そういえば、お兄ちゃんにテストしてもらったときは凄い苦笑いしてとりあえずは間に合ってるって言ってたな。あの時気付くべきだった」
zulu「本当に気にしないで欲しいのだ、完全に隠し持てるピックが一本あると安心感が違うし大切に使うのだ。レンチはヘアピンの部品に偽装したお気に入りのがあるし。そういえば、この前noirさんにサバイバル的なことを教えてもらって何でも知っててびっくりしたのだ…」
snow「お兄ちゃん、zuluくんにそんなことまで話してたんだ。zuluくんできればnoirと仲良くしてね?お兄ちゃんはいい人なのに、snowのせいで友達作れないから…snowは今でも冬が好きだけど、公園にいたころは冬が来るのが楽しみだったの。お兄ちゃんに言ったら怒られそうだから秘密だけどね」
zulu「え、寒くないのだ?食べられるものもどうしても少なくなっちゃうし」
snow「寒かったよ。でもね、お兄ちゃんとの距離が近かったから。ある日寒すぎてペットボトル湯たんぽを作って、燃料が足りなくて一本しか作れなかったから二人で湯たんぽ抱っこするみたいにして横になったの。snowいつもは寝つき悪いんだけど、その日は安心してすぐに寝ちゃった。もしかしたら、ちょっとだけ低体温症だったのかな…」
zulu「それは…無事でいてくれてよかったのだ…」
snow「ありがとう、zuluくんは優しいね。でも、お兄ちゃんには心配かけちゃったみたいで。翌朝目覚めたらお兄ちゃん、必死に隠してたみたいだけどふらふらだったよ。snowのせいで眠れなかったんだろうな…あのときかな、snowの全部をお兄ちゃんにあげたいって思ったのは」
zulu「ぜ、全部?」
snow「うん、できることなら何もかも。そうしてsnowがどんどん軽くなったら、お兄ちゃんはsnow抜きで幸せになれるかもしれないから。今は、まだ難しいけどね…」
zulu「ぼくは。ぼくはsnowさんに色々作って貰えて、大切なお友達って言ってもらえてうれしいのだ。だから、できればこれからも頼りにさせてほしいのだ…」
snow「ほ、本当?!えへへっ、snowもっとがんばるよ。だから、zuluくんもお兄ちゃんと仲良くしてね?」
zulu「それは、もちろんなのだ…今日はありがとう、ピックツール全部大事にするのだ」
sheep「今日は記念よ。普段は自炊に時間は取らないのだけれど、二人ともどうぞ召し上がって」
ideal「わあ、いただきます!…あれ、局長のだけお肉がない」
zulu「そういえば、局長がお肉食べているところ見たことがないのだ」
sheep「ああ、私ペスカタリアンなのよ」
ideal「ペスカ…タリアン?ベジタリアン的なやつですか?」
sheep「概ね間違ってないわね。ヴィーガンが動物性由来の物を少しでも多く生活から排除しようとするのに対して、ベジタリアンは基本的には牛乳や卵といった直接命を奪わないでも得られるものを消費するの。私のようなペスカタリアンは、それに加えてお魚も食べるのよ。まあ、私の場合はたまにだけれど」
ideal「そっか、なんか不思議な感覚…局長はどうしてペスカタリアン?になったんですか?」
sheep「そうね…ideal。例えばの話、あなたが将来結婚指輪を誰かに貰…いえ、あなたは多分渡す側になりそうだから、宝石店に行ったとしましょう」
ideal「きょきょ局長?!暴論が過ぎますよ?!」
sheep「いえ、もちろん指輪じゃなくても構わないのだけれど。お財布とか普通の腕時計とか、今時使う機会あまりないものね…まあ、それはいいわ、とにかくお店に行って、きれいなダイヤモンドを見繕ったとしましょう」
ideal「これって職場内セクハラに入りますか?うちにも相談窓口を設置することを提案します!」
zulu「なんか、idealがこわいのだ…」
sheep「ふふ、それで見繕ったダイヤモンドが、実は紛争ダイヤモンド…貧しい国で、暴力と支配によって採掘されて、それが売れたお金すら暴力の再生産に費消されると店員さんが耳打ちしてきたらどうかしら」
ideal「それは、買いたくないですね…例えは悪いけど、泥棒して手に入れたものを人に渡すくらい気分が悪いです」
sheep「そうね…今日では紛争ダイヤモンドの問題はある程度対処されているけど、地産地消や自家製造自家消費が難しくなってグローバル化、工業化した社会では、末端消費者が生産の実態を体感することは難しくなっているわ。こんにちの動物性商品の生産の大半を占めるファクトリーファーミング、お肉や乳製品の生産効率を最大化するための方式は、畜産動物への苦痛の最大化を副作用として合理化してしまうことが多すぎるの」
ideal「あ…なんか、聞いたことがあります。どうしてもかわいそうで止まっちゃうんですよね」
sheep「無理もないわ、人は善悪よりも流通しているナラティブ―物語で判断する生き物だもの。単独で見ればあなた自身の倫理に反していても、誰もそれを咎めなかったら意識しろと言う方が酷ではあるわね」
zulu「身につまされるのだ…」
sheep「いえ…ナラティブは強力だもの、歴史を見れば植民地支配や侵略戦争だって国家や市場が配給するナラティブに抗ってまで自ら実態を調べたうえで止めようと行動できる人は全体からすれば少ないわ、それを個人の責任として追及するのは非人間的な要求よ…とにかく、そういったことがあってから、私はお肉は食べなくなったの」
ideal「なるほど、局長はやっぱりいろいろ考えてるんですね」
sheep「パピーミル、聞いたことあるかしら。愛玩動物は幼いころを過ぎると売れ残ってしまいやすいから、犬や猫はできるだけ大量に繁殖させて余ったら行き場なし、最悪非合法に処理することすらあったの」
zulu「そ、そんなのあんまりなのだ」
sheep「子犬や子猫なんてあっという間に大きくなって、成長した子との長い付き合いになるものなのにね…ともかく、動物という感受性のある存在を経済合理性で処理しようとするのはあまりいい結果を生まないわ。私は無条件で批判はしないのだけれどね、食肉についても、例えば野生動物のハンターなら個体数管理という面もあるし、ペット飼育も動物への一方的な支配でさっきの生産側の非合理性を考え併せたら批判されるべきという見方もあるけれど、自然界でその動物が受けることが予想されるQoL…ああ、生活の質と言うのだけれど、要するに生きる上での苦痛と幸福のバランスを極度に崩さないのであれば大きな違和感は感じないわね。もっとも現実には、人が飼いならした生き物は外来種であるか大幅に品種改良されてしまって自然界で生きていけない子たちも多いからクリニカルな尺度ではないけれど」
ideal「野生の世界だって大変であることは変わりないですもんね。そっか、それで局長はお魚だけは食べるんだ。成育環境が過酷になりづらいから」
sheep「そんなところね、もちろん個体数減少が危惧されていないサステナブルな方法で漁獲されたものに限るけれど。私に経済的ゆとりがあるから成り立っていることは否定しないわ」
zulu「でも、ペスカタリアンは初めて聞いたのだ。ちょっとだけ興味が湧いてきたけど、ぼくなら途中で心が折れちゃいそうなのだ…」
sheep「あら、数百万人の完全な貢献より、数十億人の不完全な貢献と言うわよ?興味があるならたまに試してみてもいいんじゃないかしら」
brain「zulu、sheepはね…痛みを言語化すること、構造を可視化することの天才なの。私もあなたも、耐えるために自己を希薄にしたって点では大差ないわ。自分自身っていう都合の悪いものを直視しないで視界の端で捉えることのね。…sheepは見えすぎてしまうから、自身をあまりにも大きな機械の部品に作り替えてしまったの。でも、絶対に機械の受益者で居ようとはしない。部品として認められることすら求めない。十人並みの人なら、削れるだけ削れてとっくに消えてしまってる筈だわ。…彼女が私を変えられなかったように、私も彼女を変えられなかった。いえ、お互いのあり方を変えたくもなかったの。…そんなところも含めて、私は好きだったから。でも、彼女が消える可能性にも耐えられなかった。あなたは、sheepの隣に立ち続けることに耐えられる?」
zulu「brainさん…局長がいなくなること。局長が局長のままで居られなくなってしまうこと。毎日のように想像してしまうのだ、それはぼく自身がそうなるよりもずっとずっと耐えられないことだとわかってしまって、目を背けるなんてできやしないのだ。局長は、本当はぼくを表に帰したがってる…裏にいる限り、ぼくの命をどれだけ繋いでも救ったことにはならないから。でも、ぼくにだって譲りたくないことくらいあるのだ。ぼくがいる限り、局長は…局長の人との繋がりはゼロにはならない。きっと局長は生き方を貫くために自分を犠牲にできても、それにぼくを巻き込む選択肢だけは取れないと思うのだ。だから。ぼくが重荷になることで、局長が一日でも長く局長のままでいられるなら、ぼくも一秒でも長く耐えてみせる、のだ」
zulu「つむぎ…ぼくがつむぎのことを助けなかったほうが良かったんじゃないかって、今でも時々思うのだ。時効になるまで、つむぎはもう表には―」
ideal「大丈夫ですよ先輩、自分で選んだことだから。私だって新成人なんだから自分のしたことの責任くらい取れますって、それに―ほんとは少しだけ嬉しいんです。逃げ道はなくなっちゃったけど、これでもう先輩と離れられないから」
zulu「あ、ideal?」
sheep「若いわねぇ、私は今のは聞かなかったことにしてあげるわ。…zulu、あとで部屋に来なさい。それはそうとして、ideal、あなたに伝え忘れていたことがあるわ。きっとあなたならもう、自力で気づいたでしょうけれど」
ideal「局長、なんですか?」
sheep「私たちアウトサイダーにはね、世界を変える力なんてないのよ。世界を変えられるのは、システムのレバレッジを受けたインサイダーだけなの。民意に基づいてシステムに定義された不正義―犯罪行為を見かけた時、通報して警察を呼べる人たち。立法機関と司法機関が負荷を分散することで、身の丈に合わない力を持つことへの負担を当事者に徹底的に意識させないスキーム。これが世界を変える力の正体なの。誤解しないで、これはインサイダーが正義だから成立するわけじゃない。法に触れない悪人なんて腐るほどいるし、司法機関だって徴税を財源とした給与体制で稼働しているに過ぎないから。それでもね、正義の実現は苦手でも…いえ、国を挙げた正義の追求なんて早晩テロ国家(ネオコンのアメリカとかアルカイダ影響下のアフガニスタンとか)と変わらなくなるからそもそもやるべきではないわ、それでも不正義の撲滅という一点においてシステムの優位性は絶対なの」
ideal「じゃあ、私たちの役割は?そこだけが分からなかったんです。局長はどうして、誰かを救済しないと生きられないんですか?」
sheep「あなたの役割はあなたで考えなさい。それでも参考までに言うと、私はね…システムの崩壊をたった一日でも、いいえ一秒でも遅らせたいの。コード(code is law-テック系のジャーゴン)とは比べものにならない、人類の努力と犠牲の結晶だから。システムが取りこぼした人が救われないままだと、いつか彼らの存在がシステムを内部から機能不全にする予感がしてならないの。それが(救われなかった人たちが結託したことによる)能動的破壊であれ、(救済をしないことによる)システムの価値の陳腐化であれ。もちろん、外側でできることなんてたかが知れているけれど」
ideal「結局。私たちはお国や偉い人にはもう頼れないから、自分の二本の腕だけで守れるものを守っていくしかないんだね…じゃあ、私は局長みたいな難しい考えは持ってないから、そんな局長と先輩のことだけ守ります。あと二人が守ろうとした人たちのことも」
sheep「…今はまだ誰かに頼るほど耄碌してないわ。でも、せいぜい励みなさい。期待してるわよ、新人」
sheep「さて、要件はわかっているでしょうね」
zulu「idealの…ことですよね」
sheep「ええ…単刀直入に言うわ。あなた、あの子をどうするつもり?憎からず思っているのでしょう?」
zulu「期待に応えてあげたいとは、思っています。でも、ぼくは人の目があるところでは演じて、演じて、演じるしかないから。恋愛には向いてないと思うのだ、ぼくなんかではいつかぼろを出すし、ぼくもこれ以上演じる時間を増やすのは難しいから、お互いを不幸にしてしまうのだ」
sheep「あら、たった一人の前でくらい理想のあなたを演じなくてもいいと思うわよ?本当は、私がそうさせるべきだったのだけれどね…私の前では、私の期待に応えてしまうでしょうから。私の力不足ね、私はあなたに支えられてしまった側だもの。idealは強くて賢い子だから、あなたの一方的な支えがなくても生きていけるし、あなたが他の誰かを演じるときはすぐに見抜いてしまうわ。どだい、恋する女の子の目は誤魔化せないものよ」
zulu「…だったら、ぼくは早晩必要とされなくなってしまうのだ。ほんとうのぼくはなにもできないから、好きでいつづける要素がない。失望されるくらいなら、最初から離れたほうがましなのだ」
sheep「ふふ、それがあなたとidealの認識の齟齬ね。私が見た限りで話すけど、idealはね、確かにあなたのすべてを愛するわ。いいえ、もはや見知ったアウトサイダー全員を"あり得てしまったあなたの未来"として捨て置けなくなっている有様ね。私とは違ったやり方で、システムに報われなかった人たちのことをその目で見張ることでこれ以上は何者からも奪わせまいとしている。システムの側の目にならないように、犯罪者に身を落としてもね」
zulu「ぼくの、せいなのだ…ぼくさえいなければつむぎは不幸にならなかったのだ…」
sheep「でもね…恐らくだけれど、idealが恋するのは演じてない素のあなた。誰の期待にも応えられない時のあなただけに、包摂的じゃない、対等な思いを抱いているの。恋する相手がたった一人なら、どれだけ多くの人を愛してもidealは自分を見失わないでしょうね」
zulu「そんなことあり得ないのだ!なんでわざわざ役に立つ方より役に立たない方を選ぶのだ?」
sheep「機能的に言って、人はあなたのような人間に一度好意を持つと離れづらいのよ。だって、利他的に自分を差し出すのに脆さを隠しきれていないでしょう?献身的に支えたくなるのも当然だわ。いえ、まさかあそこまでとは私ですら予測がつかなかったのだけれど」
zulu「悪いことを…してしまったと思ってるのだ」
sheep「あら、恋する人生も悪くはないものよ?たとえ報われないとわかっていてもね。裏に沈むことの甘さも苦さも、あの子に抱えさせてあげなさいな。私のような人間が言うことではないかもしれないけど、あなたがidealの決断まで抱え込むのはパターナリスティックだわ。あなたの役割はidealの期待に応えるか応えないか決めることだけ」
zulu「ぼくは、どうしてあげるべきなのだ?ぼくはぼくのことがいちばんきらいなのだ。誰にも認められなくて当然の存在なのだ」
sheep「あら、私はあなたを認めてしまったわよ?だって私のことを支えるって意思そのものは素のあなたが考えたことじゃない。たとえその手段が器用に別の自分を演じることだとしても」
zulu「それは。救ってもらったから、当然なのだ。それにぼくには生きるために、どうしても目標が必要だったのだ」
sheep「だとしても、よ。たとえあなたが生きるために私の存在を利用したとしても、私のあなたへの敬意は一向に揺らがないわ。でも、お互い不器用よね。私も生きるために、壮大で一生かかっても成功したと体感できないような大きな目標が必要なの、百年後、二百年後のすべての人の幸せを一秒でも長く続ける、そのために目の前の誰にも報われなかった人を守り続けるっていうね。ええ、寿命まで続けられることではないわ。遅かれ早かれ…燃え尽きるでしょうね、私は少なくともあと三十年は生き残るつもりだけれど。そうね、ひとりじゃそこまで長くは持たないわ。あなたとidealと外注の二人がいてやっと現実的な目標だと想定している。とにかく、私もいつかは終わってしまうのよ」
zulu「わかって、いるのだ…ぼくは終わりが来たときに、局長が無事でいられるか、新しい目標を見つけられるか―」
sheep「そんな顔、およしなさいな。とにかく、私とあなたのどちらが先かわからないけれど、いつか役割を果たせなくなる日が来るのよ。そうなったとき、もしまだidealの恋が冷めていなければ。あなたが誰の役にも立たないと言った素の姿をあの子に見せておあげなさい。他の誰にも求められなくとも、たった一人に求められたらそれで十分でしょう?」
zulu「もしそれで、やっぱり離れられてしまったらぼくはその先どう生きていけばいいのだ」
sheep「あら、男の子でしょう?人生一度は賭けに出てみるのも一興よ。どうせ一生涯別の誰かを演じ続けることはできないもの、そうしなければ、あなたは身を守るために人の目から逃れて世捨て人になってしまうかもしれないわ。そうね、心から大切に思っちゃった女の子に嫌われるかもしれないと思うことをするのはとても勇気がいることだわ。でも、賭けずに自分から離れるか、相手が離れないことに賭けるか。賭けに負けても、即物的な結果は一緒なのよ。どうせ人生からリスクを消すことはできないわ。ええ、いまは真に受けなくてもいいの。いつかの日に、お互いの関係が変わっていなければ、私の言葉を思い出して頂戴。それまでは、私を支えてね」




