忘れない夢とその想いと
それは夢だった。
夢の中の自分は、幸せそうに微笑んでいた。
のどかで暖かな光の中、羅那は幸せだった。幸せの絶頂と言ってもいい。
そんな中、目の前の女性は、笑顔で振り返り、こう告げた。
「それなら、ラナくんに美味しいご飯、作ってあげる」
特別な日でも、記念日でもない。
いつか来るはずの、何でもない一日だった。
「サナの美味しいご飯、とても楽しみにしてる」
いつものように羅那は微笑んでいた。何も縛られない場所で、いつもの自分をさらけ出していた。
嬉しくて、幸せ過ぎて……本当にこの時間が続けばいいとさえ、願っていた。
けれど……それは長くは続かなかった。
――暗転。
場面がすぐに切り替わった。
「サナっ!!」
さっきまで、美味しいご飯を作ると言っていたサナが……横たわっている。
「どうして……!?」
わからない。
すぐさま、サナを抱きかかえて、その手を握る。
手からは、あるはずの体温が急速に冷えていく。
病気? 違う。
怪我なのか? 違う。
それとも……もっと別の何か……?
理由はわからない。けれど、結果だけは、はっきりと『理解』していた。
「サナ……待って。お願いだから、待ってくれ……!!」
息が止まりそうになる。
無意識に首を横に振る。
いや、まだやれることがあるはずだ。
自分は医師ではないが、その代わりに、自分には『魔法』があった。
そう気づいたら、早かった。
すぐさま、急いでその魔力をサナの体に巡らせる。
ありったけの魔力を、優しく包み込むように、けれど急いで巡らせる。
けれど――何も起きなかった。
足りない。
決定的に、足りなかった。
救うには、力が足りなかった。
喉の奥が、ひくりと鳴る。
視界が滲む。
ぽたりぽたりと、その瞳から涙が零れる。
胸元に顔を埋めて、羅那は震える声で呟いた。
「……また、なのか」
何度目だろう。
数えきれないほど、同じ光景を見てきた気がする。
笑っていたはずの人を。
守れるはずだった人を。
腕の中で失う、この瞬間を。
――強さが、欲しい。
だからこそ……誰に向けたわけでもなく、祈りとも願いともつかない思いが、心の底から溢れた。
そのときだった。
『ならば、貸そう』
低く、静かな声が、世界の裏側から響いた。
感情のない声。
けれど、はっきりと届く言葉。
――力を。
次の瞬間。
羅那は、息を吸い込んで目を覚ました。
天井が見える。
見慣れた部屋。
その瞳に届くのは、もうすぐ朝になるという、静けさと穏やかな陽の光だけ。
「……夢、か」
そう呟いてから、胸を押さえる。
心臓は、まだ早鐘を打っていた。
それだけじゃない、また泣いていた。
いつもそうだ。
サナを失う夢を見たら、必ずと言っていいほど感情が震え、何も考えられなくなってしまう。
いや、今は……。
改めて、先ほど見たものを思い出した。
夢だった。
確かに、夢だった。
それでも。
最後に聞いた、あの声だけは――
夢ではないと、はっきりわかっている。
あれは、現実だった。
そして、あの光景も。
理由はわからない。
世界も、時代も、状況も曖昧だ。
けれど、確信だけが残っている。
――あれは……夢ではなく、『前世』だ。
羅那は、枕元のノートを取り、静かにページを開いた。
言葉を選ばず、短く、忘れないためだけに書き留める。
・笑っていた
・冷たかった
・力が、足りなかった
整った文字で羅那はそう記して。
それだけ。
ペンを置いて、目を閉じる。
もう一度、サナの笑顔が脳裏に浮かんだ。
「……今度は、離さない」
誰にも聞かせない声で、自分の拳を強く握って、そう誓う。
もう、理由はいらない。
もう、迷いもない。
羅那は、ただ――
サナのために、生きている。




