溢れる瘴気に蝕まれながら
ゆっくりと瞳を開いた。
まだ、意識はぼんやりとしている。
「羅那様……ようこそ、妖魔の国へ」
そのヴェルメリアの言葉に、羅那ははっと覚醒した。
そうだ、あの時、社長室でヴェルメリアと再会し、そして……。
「俺を攫ったのかっ!!」
組みかかろうとして、出来なかった。何故なら、何かの装置らしきものに縛られていた。
いや、違う……。
「こ、これは、一体……!?」
茨のような蔦に両手両足を縛られていた。その背にある壁かと思っていたものには、僅かに魔力の感じる機械のような……。
「もしや……これが……瘴気を魔力に変える魔導具?」
その割には大きすぎる。これではまるで巨大な装置。魔導具というよりは魔導機械と言うべきか。
「ええ、そうですわ。さっそく……動かしますわね」
「!! 待て、ヴェルメリア!!」
羅那の言葉を無視して、がしゃんとレバーを動かした、そのときだった。
「!!!!」
とてつもない瘴気が羅那の体に無理やり流れていく。
「うああああああああああああっ!!!!!」
体中が瘴気に蝕まれる。汗が噴き出す。羅那の中の災厄の力が喜んでいるようにも感じる。
しかし、ここで誤算があった。
羅那は『神の器』。その器としての機能が、効果が更に羅那を苦しめることになる。
「あああああああああっ!!!!」
大量に入って来る瘴気を浄化すべく、体全体が抵抗しているのだ。その抵抗が体中に激しい痛みとして、彼を痛めつけていた。
とてつもない苦しみと痛み……そして、抑えきれない災厄の力。
「うがあああああああああっ!!!!」
それだけではない。更にその彼を支える魔力が……機械で急激に吸われている。吸われて、排出されていく。
「あああああ、あああああああっ!!!!」
苦しむ羅那の叫びに、ヴェルメリアは恍惚とした表情を見せていた。
「素晴らしい……素晴らしいお力……こんなにもたくさんの魔力を放出してくださるとは……けれど、これ以上は体が耐え切れませんわね」
がしゃんとレバーをまた倒した。それと同時に。
「ぐはっ…………」
がくんと、羅那は縛られた蔦にぐったりと寄りかかるように倒れる。
まだ、意識はあったが……。
(……このままだと、俺の体が……持たない……)
今回は何とか耐えられたが、時間が短かっただけだ。もし、これがこれ以上の長い時間続けられるのであれば……歴代の魔王はこれが嫌で外に出てきたのだろうか? それとも、何か他の理由で出てきたのか?
「はぁ……はぁ……」
息が荒れたままだ。
まだ意識はあるが、気を抜けば、すぐに眠ってしまいそうだ。だが、ここで今気を失えば、何をされるか分からない。
けれど、何かを話す力さえ、残っていなかった。
「ふふ、こんな素晴らしい時に立ち会えるなんて……新しい魔王の誕生ですわ」
「ヴェル……メリア……」
ようやく声が出たものの、名前を呼ぶだけしかできない。
「はい、ここに……魔王様。素晴らしい成果ですわ。これほどのお力、歴代の魔王をも凌ぐ力、ヴェルメリアは感服いたしましたわ」
そんなことはいいと言いたいのだが、声を出すのさえも億劫だ。ぽたりぽたりと、床に落ちるのは汗だけ。
「魔王様、明日も素晴らしいお力を見せくださいませ。これならば、数か月で妖魔の国が浄化されます」
「数か月、だとっ!?」
ヴェルメリアの言葉に、羅那は思わず声を荒げた。
「まあ、魔王様。それでも歴代魔王よりも良き成果を出しておられるのです。だからこその、数か月。以前の魔王様は、浄化するのに数十年を要していましたわ」
「それは……この、機械の出力を……抑えてた、の、では……?」
その羅那の言葉にヴェルメリアが答える。
「この魔導具は、使用者の保有する魔力に応じて、作用すると聞いておりますわ。きっと、魔王様は……いえ、羅那様は歴代の魔王を凌ぐお力をお持ちなのかと思いますわ」
「……クソが」
思わず、悪態をついてしまう。
浄化するまでこれが続くというのか? それまで正気を保てるのかわからない。
魔王とは、妖魔の中でも魔力の高い者がなるのだと思っていたが……しかし、この機械に接続されるのなら、魔力は少ない方がいいんじゃないのかとも思ってしまう。
いや、違う。これではまるで、魔王は……。
――まるで妖魔の国の『生贄』ではないか。
そう感じた時だった。
「ああ、そうでしたわ」
ヴェルメリアが思い出したように、こう告げた。
弱った羅那の体を直に触れ、そこから魔力を流し込んでいく。
「な、なにを……」
抵抗できずに、それを受け入れてしまった。とたんに、体が驚くほど熱くなった。
落ち着いていた息が、また上がっていく。
淫らな感覚が交錯する。
理性と本能の境界が曖昧になり、羅那は自分が何を考えているのかすらわからなくなる。
「やめ……ろ……」
「羅那様。あなたの子孫を、私の子として生んでいただきます。あなた様の子種をいただきますわね?」
「やめて……くれ……お願いだ……」
ヴェルメリアは妖艶にほほ笑んだ。
「魔力の高い魔王のため、その子孫を生むために作られた淫魔……それが、私の役目ですから」
その言葉に、羅那の胸は熱く締め付けられた。
羞恥と憤り、そして理性では抑えきれない衝動が、彼の体を震わせる。
だが、その瞬間、魔導具の影から光が差し込む。
「羅那くん!!」
叫び声と共に、サナが飛び込んできた。
金色の光を纏い、カリスに導かれた彼女の瞳には決意が宿っている。
「羅那くんから、離れて……!」
サナの声に、羅那の意識が少しずつ戻り始める。
心を掻き乱すヴェルメリアの誘惑に、抗う力が生まれる。
「サナ……!!」
羅那は声を絞り出し、身体を少しでも動かそうとする。
サナが手を伸ばし、鎖を解く術を探す。
魔導具の前につヴェルメリアの目が、二人を見据える。
「……ふふ。抵抗しても、無駄ですわ……」
しかし、その声もサナの決意に触れると、微かな動揺を見せる。
(まだ、俺は……諦めちゃいけない……!)
羅那はわずかに残っていた魔力の全てを解放するように、瞬間的に使用した。
ばしんという音と共に、羅那を縛り上げていた……いや、固定していた蔦がちぎれた。
「羅那くんっ!!」
羅那の体は先ほどの苦しみと痛みと淫欲によって、悲鳴を上げているが、それでもサナの手を掴むことが出来た。
――この力は、俺が選んだもの。そして、この世界を大切な……サナを守るためのものだ。
ヴェルメリアの笑みが徐々に揺らぐ。
「……これで、終わり……には……させない」
羅那の声は弱々しいが、力強さを帯び始めた。
「羅那くん、待って……その体ではダメ。だから……初めてあなたにこの力を使うわ」
サナがそっと彼の手を握り返し、二人の間に新たな希望が芽生える。
「サナ……?」
「巫女とは、癒しの力で人々を救う者に与えられるもの……だから」
そういって、サナは羅那に口づけをした。甘く長いキスを通じて。
「!!!」
先ほどの疲れも痛みも苦しみも……全てなかった事になった。
「私は巫女として、あなたを癒し続ける。それが、私の役目」
「さて……ヴェルメリア。覚悟はいいか?」
「!!!!」
いつの間にか、サナの側にいたカリスはいなくなっていた。代わりに羅那の腰にはあの、魔双剣カルディトゥスが備わっていて。
「流石にこれは看過できない」
その冷めきった恐ろしい瞳を見せる羅那に、ヴェルメリアは、がくがくと震え出したのだった。
――これこそが、魔王様……。




