消えた羅那の行方を追って
夜のオフィスは、普段の喧騒から隔絶され、静まり返っていた。
「ふう、今日もちょっと残業しちゃった。羅那くん、待って…………あれ?」
そこで、違和感を感じた。
何かが欠けている。
何かが、足りない。
「気のせい……ううん……これってもしかしてっ!!」
サナは、違和感を覚えながら、急いで社長室の扉を押し開けた。
いつもなら、羅那の姿がデスクにあり、書類の山に目を通しているはずなのに……。
「……羅那くん?」
呼びかけるが、応答はない。
デスクの上も椅子も、まるで誰も座っていなかった。
机の書類は整然としている。けれど、それだけが残され、羅那の気配は完全に消えていた。
胸がざわつく。
(……こんなはずはない。責任感のある羅那くんが、仕事を途中で投げ出すなんて、ない……!!)
サナはデスク周りをくまなく見渡し、オフィス内を探す。
ロッカーのある着替え室も、会議室も、控え室も、地下の資料室にも……いない。
「……どうして……?」
焦りが心を支配し、指先が震える。
「そ、そうだ……まずは、羅那くんのマンション。そこにいなかったら羅那くんの実家なら、きっとっ!!」
その足で、サナはすぐにマンションと浅樹家へと駆け出した。
外の夜風が顔を打つが、そんなことは感じられない。羅那の安否だけが心配で不安で気がかりで堪らない。
マンションを経由して、浅樹家の応接間に到着すると、翔とリィナが顔を見合わせていた。
どうやら、深刻な状況になっているようだ。ならばきっとそれは……。
「サナ……どうした?」
翔の声は落ち着いているが、眉間には心配の影。
「羅那くんが……いないんです! 会社にも、羅那くんのマンションにも、どこにも……!」
サナは息を荒げながら、必死に状況を説明する。
翔とリィナは互いに頷き、深刻な表情で考え込む。
「サナの方でも行方不明……か。さっき、羅那を監視していた者から連絡があってな。途中で行方が分からなくなったと報告があったんだ」
リィナが手で額を押さえた。
「最近の戦いのこともあるし……何か、悪いことに巻き込まれた可能性も……」
母親であるリィナもまた、戦いのことについても感づいていたようだ。
情報を支配していると言える浅樹家でも行方がつかめない。
となれば……羅那は一体どこへ……?
「羅那くん……」
八方塞がりな状況に、サナは思わず、胸を抑えた……そのときだった。
――かつん。
優雅な足音共に現れたのは、豊かな金髪を一つのまとめた……表情の乏しい女性。
どことなく、サナに似た雰囲気があるのは、気のせいだろうか?
更に彼女の落ち着いた佇まいには、どこか羅那の気配と魔力も感じられた。
その様子に、サナは思わず息を呑む。
「めが……いえ、サナ、様」
その金髪の女性がサナに声をかけた。
「え、私? そ、その前に、あなたは誰? 何しに来たの?」
サナの言葉に女性は、すっとしゃがみ込んで忠誠を見せたのだ。
「私の名は『カリス』、マスターに生み出された存在です」
「カリス、といったな。マスターとは誰のことだ?」
翔が助け舟を出してきた。
「マスターとは、羅那様のことです。私は羅那様の分……いえ、その使い魔? メイド……のような……相棒でしょうか」
なんだか、わからなくなってきた。それとも羅那から何かを秘密にするよう言われているの……かもしれない。
「えっと、羅那の使い魔で、羅那のことを知っているってことかしら?」
リィナもまた、カリスの言葉を補助するように確認すると。
「はい、羅那様の居場所を知っております」
「ど、どこにいるのっ!?」
サナがカリスに詰め寄る。ちょっとだけ、カリスは目を見開いたが、すぐに落ち着いたようだ。
「妖魔の国です。空からしっかり『トレース』しておりましたし、マス……いえ、羅那様の身に何かあったら、めが……いえ、サナ様の力になるようにと仰せでした」
そこで言葉を区切り、改めてカリスは語る。
「羅那様は、ヴェルメリアと言う名の妖魔に連れ去られました。彼女は羅那様を『魔王』にしたいと申していました。それに……アーク様からも、サナ様に妖魔の国に向かって頂きたいとの言付けも受けております」
そこで、創造神であるアークの言葉を出されては、サナも行かなくてはならないだろう。
「ううん、どっちにしても、私は羅那くんを助けに行くわ。けど……私の名指しするってことは……」
「サナ様には、羅那様の加護があります。だから、サナ様を連れていけます。私はどんな場所でも平気ですから。例え、空気がない宇宙や海の中でも問題はございません」
「え、なにそれ……カリスさんって、サイボーグかなにか?」
「はい、そんなところです」
「ええええっ!?」
驚くサナに、不思議そうにこてんと首を傾げるカリス。
不思議な彼女ではあるが、カリスがいるだけで、なぜか安心する。まるで、隣に羅那がいるかのような……。
「あれ、その腰に付けているのは……」
「魔双剣カルディトゥスです。有事の時は使っても良いと言われていますので。これから向かう妖魔の国はなにがあるかわかりませんので。入口はわかりますが、内部までは見えませんでしたから」
(……この人がいれば、私だけでも行ける……!)
このカリスの存在が、サナの不安を少しだけ抑え、導きの光のように感じられた。
サナは手早く、浅樹家で身支度を整えた。何があるか分からないのだ。動きやすい服装の方がいいだろう。
「では、よろしいですか? 私が妖魔の国までご案内します。ここから、その国の入口まで転移魔法を使います」
カリスはそう言うと、静かにサナへと手を差し伸べた。
その手には羅那の魔力を受け継いだ力が微かに光っている。
「危険はありますが、私が護ります」
サナは深く息を吸い、震える手を差し出す。
「……お願いします」
応接間の空気が一瞬静まり返る。
だがその沈黙の中、決意を秘めたサナの足取りは、迷いなく次の行動へと向かっていた。
「気を付けてね、サナ。私達はここであなた達の無事を祈っているわ」
「俺達を寄せ付けないということは……それなりの理由があるのだろう。必ず……連れ帰ってくれ。あのバカ息子を、な」
その翔の言葉に、思わずサナは笑みを浮かべて。
「翔さん、リィナさん……いってまいります」
翔とリィナの見送りを受けて、サナは羅那の待つ、妖魔の国へと向かったのだった。




