親の不安とサナの不安
夕暮れが街の端を染め始める頃、サナは羅那の実家を訪れていた。
久しぶりに来たはずなのに、胸の奥のざわつきのせいで、大きな浅樹家の屋敷に入るのに戸惑ってしまう。
「あら、そこにいるのは、サナちゃんじゃない?」
入ってきたサナにいち早く気づいたのは、羅那の母、リィナだった。
「いらっしゃい。そこに立っていないで、こちらに来たらどう?」
庭で花を摘んでいたようで、その手に綺麗な花束を持っている。
と、その後ろから、羅那の父、翔もやってきた。
「羅那か? ……じゃなくて、サナか。どうしたんだ」
そのまま、翔とリィナは応接間にサナを導き、そのソファに座らせる。
「その、少し……相談があって」
二人に迎え入れられ、サナの前に温かい紅茶が置かれた。
湯気を見つめていると、胸のざわつきがまた疼く。
カフェで羅那と話したときの違和感が消えない。
「サナ……羅那のことで来たんだろ?」
静かな声で翔が切り込んできた。
サナは一瞬、息を呑む。
「……はい。気づいてるんですか?」
「親だからな。あいつの様子がおかしいのは、数日前からわかってる。それに……あいつは昔から、無理してるときほど笑うんだよ」
サナは思わず、視線を落とす。丁度、そこにはまだ、口を付けていない紅茶が湯気を出していた。
『災厄』の存在は話せない。羅那が必死に隠していることを、勝手に言うわけにはいかない。
沈黙したサナを見て、翔は眉を寄せた。
「……何か理由があって言えないって顔だな」
「……すみません。でも、言えなくて」
「謝らなくていい。サナが羅那を守ろうとしてるのは分かってる。俺達も、全部聞き出すつもりはないよ」
その翔の言葉を引き継ぐかのように、リィナが柔らかく微笑んで。
「でもね、何も知らないまま見過ごすには、ちょっと気になるのよ。あの子、最近……視線が遠いというか、自分じゃないみたいに見える時があるの」
そう告げる。リィナのその言葉に、サナの胸に冷たいものが落ちる。
――私も、同じことを感じていた。
「サナ。少し羅那の力が……いや」
翔は一瞬、視線を伏せてから、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「何か……戦い方が変わったりしてないか?」
「……っ」
言葉を失う。
――見抜かれてる。
だが、それを肯定したら、災厄のことを話すのと同じになってしまう。
「……いえ。でも……変わったような、気はします」
それが限界だった。
翔は腕を組み、少し考え込んだのち、ぽつりと提案した。
「なら、妖魔退治で様子を見てみるのはどうだ?」
「……妖魔退治、ですか?」
思いがけない提案にサナは驚きを隠せない。
「あぁ。戦いは、その人の本質が一番よく表れる。何が変わってるのか、本人ですら気づかないことも、な……」
リィナも頷く。
「サナちゃんが付き添ってあげれば、羅那も安心するんじゃないかしら」
確かに、それは――いいかもしれない。
戦いの中でなら、羅那の変化がもっと分かる。
サナ自身も、確かめたい。
胸の不安を押しつぶし、サナは静かに頷いた。
「わかりました。……行ってきます」
翔は立ち上がり、サナの背中に軽く手を置いた。
「頼んだぞ、サナ。何かあっても、俺達は味方だからな」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。
――大丈夫。羅那くんは、私が守る。
そう言い聞かせ、サナは羅那の実家を後にしたのだった。
夕焼けの色がわずかに残る道を、サナは早足で歩く。
羅那の部屋の窓に灯りが見えたとき、胸がぎゅっと縮むような感覚が走った。
「……羅那くん」
ノックすると、少し間を置いて扉が開く。
「サナ? どうしたの?」
羅那はいつもの柔らかな声で笑った――が、その笑顔がふっと影に沈むように感じられた。
やっぱり、何かが違う。
「ねえ、羅那くん。お願いがあるの。今夜……妖魔退治に行かない? 既に翔さんから依頼が届いていると思うけど」
羅那は一瞬だけ目を丸くし、すぐ困ったように視線を逸らした。けれど、携帯ですぐに依頼を確認してくれたようだ。内容を確認した後の言葉は。
「……大丈夫だよ。これなら、僕一人で行ける。サナはここにいて」
「でも――」
「大丈夫だから」
笑ってはいるのに、どこか距離を置くような声だった。
胸がちくりと痛んだ。
けれど、拒まれても、行く理由は変わらない。
「……分かった。なら、気を付けて……いってらっしゃい」
サナは無理に笑い、手を振る。
羅那は小さく頷き、外へ歩き出した。
その背中が夜の影に溶けていくのを見送りながら、サナは唇を噛む。
――絶対に、確かめたかったのだけれど。
胸のざわつきは、夕闇の中で静かに脈打っていた。




