つかの間の幸せなショッピングデートは
休日の朝、ゆっくりとした時間が流れていた。
白いランボルギーニをショッピングモールの駐車場に止めると、サナは助手席から降りながら、目を輝かせた。
「わぁ……今日、人少ないね。ゆっくり見られるかも」
「そうだね。混んでるとサナが疲れるだろうし、早めに来て正解だった」
そうにこりと羅那が笑みを深めると、サナもまた、楽しそうに微笑んで。
二人は並んで歩きながら、ファッションフロアへ向かう。
途中、ガラス張りのアクセサリー店でサナが足を止めた。
「ねぇ……羅那くん、このピアス可愛くない?」
見つけたのは、蒼と金の色をしたピアス。それを見て、羅那は思わず瞳を細めた。
(これ、僕の瞳の色の……それに、魔力を通しやすそうだ)
そう思ったが、それは指摘せずに。
「サナの耳に似合いそうだね。つけてみる?」
「うん!」
試着したサナは、鏡の前で少し照れたように笑った。
淡い光に揺れる左右の色の違うピアスが、銀髪の羅那をちらりと見上げる彼女を、柔らかく縁取る。
「どう……かな?」
「……綺麗だよ。サナにしか似合わないと思う」
そんな言葉をさらりと言うから、サナの耳が一気に赤くなる。
店員が「お似合いですよ」と微笑み、結局そのまま購入することになった。
「ねえ、サナ。このピアス、少し借りてもいいかな?」
「うん、いいけど……どうするの?」
「ふふ、内緒」
後でこのピアスに細工をしようと、羅那は心に決めた。
次に寄ったのは、メンズファッションの店だった。
羅那が何気なくジャケットを手に取ると、サナは横からぴょこんと覗き込む。
「それ、羅那くんに、似合わない気がする」
「即答だね」
「だって……それに、こっちの方が絶対いいと思うの!」
そう言ってサナが選んだジャケットを胸元にあててくる。
距離が近い。
柔らかい香りがふっと近づいてきて、羅那は照れたように、少しだけ、視線をずらして。
「……サナがそういうなら、そっちにしようかな」
「ふふ……私、羅那くんの専属スタイリストになれるかも!」
得意げな笑顔に、羅那もつい表情を緩めた。
改めて、サナの選んだジャケットを見つめる。もちろん買うつもりだが……。
「サナが選んでくれたもの……か」
瞳を細めて、お気に入りになったそのジャケットを、羅那は大切そうに抱えて購入するのだった。
その後は雑貨屋を眺めたり、サナが気になっていたショップをあちこち覗いたり。
何も特別なことはしていないのに、並んで歩くだけで心が満たされていく。
「サナ、そろそろ休憩しよっか」
「うん……!」
ふたりでカフェに入り、窓際の席に座る。
注文したケーキを半分こしながら、サナがぽつりと呟いた。
「ねぇ羅那くん。こうしてのんびり過ごすの……すごく好き」
「僕もだよ。サナが楽しそうにしてると、安心する」
スプーンを置きながら、サナはようやく言葉にする。
「……こうやって静かに過ごしてるとね、逆にふっと不安になる時があるの」
「……災厄のこと?」
「うん。でも……今日みたいに穏やかな時間を過ごすとね……『大丈夫だ』って思えるの」
羅那はそっと彼女の手を取り、ゆっくりと指を絡めた。
人目があるのに、サナは驚いた顔で彼を見つめる。
「サナ。僕が隣にいる限り、何も心配しなくていい」
「……うん」
繋いだ手は温かく、安心と甘さがじわりと混ざる。
買い物を終え、駐車場へ向かう途中――ふと、背中が冷えるような感覚が走った。
――薄い妖気。
羅那は歩幅を少し落として。気が付けば周りには人通りが少なくなっていた。
「サナ、車に先に乗ってて。ちょっと……忘れ物したかも。すぐ戻って来るから」
「え? あ、うん。気をつけてね?」
サナが駐車場へ向かうのを見送り、羅那はモール裏の搬入口の方へ足を向けた。
そこにいたのは、弱い――本当に弱い妖魔。
影のように小さく、こちらを威嚇するでもなく、ただ怯えるように低く唸っていた。
「お前……ここで何をしている?」
声に反応し、妖魔は身を縮める。どこか縋るように見上げているのは気のせいだろうか。
通常なら、ためらう必要などない。
今までは気にせず、そのまま妖魔を問答無用で焼き切っていたのだから。
羅那は小さなクリスタルランサーを生み出し、その妖魔へと向ける。
――けれど。
どくりと胸の奥が蠢いた。
(……変だな。胸の奥が、さっきから微かに脈打ってる)
じわりと何かが滲むかのように……心の奥に、ほんの少しだけ、『本当にこのまま殺していいのだろうか?』という感情が浮かんだのだ。
羅那は眉を寄せる。
そんなこと、思うはずがない。
妖魔は、忌むべきもの。倒さねばならぬ、人を害する敵。
情をかけていい存在ではない、なのになぜ……。
ほんの二秒の静寂。それが、今までになかった決定的な違和感だった。
「……済まない」
呟いた瞬間、閃光を纏った熱線が妖魔を貫いた。声もなく溶けて消える。
息をひとつだけ吐き、羅那は自分の手のひらを見る。
(……何だ、今の)
胸の奥で小さく波が立つ。だが、すぐにその違和感は霧のように薄れた。
車の中で、サナは購入した小さな袋を大事そうに抱えて助手席に座って待っていた。
「今日……すごく楽しかった」
「また来よう。次はサナの欲しいもの、全部回ってあげる」
運転席に座って、シートベルトを付けながら、笑みを浮かべる。
「えっ、全部は困る……!」
「じゃあ、半分だけ?」
「それでも多いよっ!」
車内に射し込む午後の光が、サナの笑顔を照らす。
羅那はハンドルに手を置いたまま、胸の奥のざわめきから目を逸らした。
――今日も、普通の一日だ。
そう、思い込むようにして、微笑んだ。




