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ミッドナイト・リィンカーネーション ~運命に選ばれた彼と恋をして世界が変わりました~  作者: 秋原かざや


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アークとの会話と目覚めの時

 ここに来るのは、決まって眠っているときだけだ。

 闇ではない。

 何もない。

 地面も空も、境界さえもなく、ただ――色と音だけが抜け落ちた場所。

 なのに、不思議と落ち着く。

 意識だけが、柔らかい水の中に浮いているような感覚。


「……また、無茶をしたな」


 背後から声がした。

 振り返らなくても分かる。

 ここで、自分に話しかける存在は、ひとりしかいない。

「しなきゃ、やられてたって。あの状況じゃ」

 軽く肩をすくめると、気配がわずかに近づいたのが分かった。

 姿は見えない。けれど、確かに『そこにいる』。

「助かったよ、アーク」

 その名を呼ぶと、わずかな沈黙が落ちた。

 ゆっくり振り返ると、そこに淡い光を纏った人影のようなものが見えた。確か……神は人前で本来の姿を現さないんだったっけ?

 過去のことを紐解きながら、思い返す。神を降ろしたあの姿だって、神本来の姿ではない。降ろしたというただの記号にすぎないのだから。

「……礼を言われるほどのことはしていない」

 アークの声音は穏やかで、低く、どこか澄んでいる。

 けれど、人のそれとは決定的に違う。

 温度がないわけじゃない。ただ――揺れがない。

「そう言うけどさ。あのままだったら、たぶん、父さんも母さんも……」

 言葉の先を続ける前に、喉の奥で引っかかった。

 ここでは、痛みの感覚は薄いはずなのに、思い出すだけで、胸の奥がじくりと疼く。

「……結果は覆った。なら、それで良いだろう」

 淡々とした声だった。

 それだけかと思ってたのに、ぽんと自分の頭に手を乗せられた感覚が届いた。

 え、今、アークに頭ぽんぽんされてる!?

「相変わらず、言い方が冷たいんだよなぁ」

 羅那は驚きながらも、冗談めかしたように声をあげる。いや、たぶん、これ気のせいだ。きっと!!

「お前は、もう少し神を敬うということを覚えろ」

「はいはい、創造神様」

 そう返すと、気配がわずかに動いた。

「……まったく」

 呆れたような、そのアークの声音に、思わず小さく笑ってしまう。


 たぶん。

 こうして軽口を叩いているのは、この世界で、自分だけだ。

 沈黙が落ちる。

 けれど、それは居心地の悪いものじゃない。

 何もないはずの空間の奥で、

 自分の中に流れているものの気配だけが、やけに鮮明に感じられていた。


「……ねえ、アーク」

「なんだ」

「今回の、あれさ」

 言葉を選ぶ前に、胸の奥――もっと深い場所で、何かが、ゆっくりと蠢いた気がした。


 心臓でも、魔力核でもない。

 もっと奥。

 言葉にできない位置で、確かに『異物』が蠢いた感覚。


 アークの気配が、ほんのわずかだけ強まった気がした。

「……忘れるな」

 低く、静かな声だった。警告するかのような響きに、羅那は思わず背筋が伸びる。

「お前が引き受けたその災厄。それは今、お前の力の一部として在る。だが、『お前自身』ではない」

「……わかってる、つもりだけどさ」

 そう答えながら、視線のない空間を見つめる。

「正直、あんまり実感ないんだよね。ただ、ちょっと重いな、って思うくらいで」


 嘘ではなかった。

 確かに体の奥に、異質なものがある感覚はある。

 けれど、それが『災厄』だと実感するほどの輪郭は、まだ持っていない。

 もしかしたら、サナも同じ感覚だったのではないかとも感じる。


 だからこそ。


「……まあ、浄化できるなら、早めにしたいよね。中に入ってるままとか、落ち着かないし」

「甘く見るな」

「うっ……」

 即座に返された声は、今までよりわずかに低かった。

「それは、神であっても容易く扱えるものではない。ましてや――まだ成長途上のお前の器ではな」

「え、まだ強くなるの、俺」

「なる」

 即答だった。

「うっわー……物凄く、嫌なんだけど」

「面倒がるな」

「だって、制御するの大変だし、面倒だよ」

「それを引き受けると決めたのは、お前だろう」

「……まあ、サナのためだったし」


 ぽつりとそう言うと、

 空間の奥で、気配が微かに揺れた。


「……お前の処遇を見れば、そう思うのも無理はないがな」


 その言い方は、どこか、ほんの少しだけ――柔らかかった。

 しばらく、何もない空間に、沈黙が落ちる。

 だが、ふいに、アークが言った。

「……そろそろだ」

「え、もう?」

「今回は、比較的早い」

「そうなんだ。珍しいね」

「無茶の度合いが、まだ軽かったからな」

「あれで軽い扱いなの、ちょっと怖いんだけど」

 そう言い返したところで、空間の輪郭が、じわりと揺れた。

 色のない世界が、遠のいていく。

「じゃあ、またね。アーク」

「……次は、もう少し自重しろ」

「努力はするよ」

 その言葉に、小さな溜息の気配が重なった気がした。

 そして――視界が、光に満ちた。



「……あれ、ここ……僕の……部屋……?」

「ああ、お前の部屋だ。全く、いつまで寝てるんだか」

 目が覚めた羅那に、最初に声をかけたのは、翔だった。

「父さん……? え、僕、どのくらい寝てたの?」

 まだぼーっとする頭を抑えつつ、ゆっくり起き上がる。

「起きて大丈夫? 無理してない?」

 今度はリィナが声をかけてきた。

「ちょっと、ぼーっとするけど、大丈夫だよ。で、僕の答えは誰が答えてくれ……」

 ぎゅむっと羅那に抱き付いたのは、サナだった。

「一か月も寝てたんだよ……すっごくすっごく……心配したんだから」

 むーっとした顔をしつつも、口元はかなり緩んでいるのが分かった。

「ごめん。アークを下ろすと、大体、こうなっちゃうんだよね」

「えっ……アークって……」

「ああ、この世界の創造神ってとこかな。神様だよ。僕が降ろした」

 その言葉に翔もリィナも、サナも驚きを隠せない。

「あれ、言ってなかったっけ? でもまあ、あれから一か月しか経ってないなら、まだ短い方だね」

「ちょ……ちょっと待って、短い方って、長かったらどうなっちゃうわけ?」

「数年寝ちゃうときもあるよ? 無茶し過ぎたら。まあ、あれくらいなら、一か月だろうなとは思うけど」

「羅那くんのその判断基準が、ちょっぴり怖く感じるよ……」

 サナの言葉に、思わず羅那は苦笑して。


「全くお前ってやつは……それよりも、羅那。伝えることがある。リィナ、鏡を貸してやれ」

 頭が痛いと言わんばかりに翔は頭を抑えつつ、リィナを呼びつける。

「はいはい。羅那、これ見て」

 差し出された鏡を覗いて、羅那はおおっと声を上げた。

「銀髪になっちゃってるね。これで、父さんと本当に似てきたね」

「あまり驚かないんだな」

「まあね……こっちの髪色が長いから。まあ、日本で生まれた時は大体、黒髪なのはわかってたし」

 羅那の言う通り、翔は外国の血が混じっている為、銀髪であった。リィナの茶髪と合わさったのか、生まれた時はかなり艶のある濃い黒髪であった。それが今や、翔と同じ色に染まっている。

「こういうときもあるかなーって。ただ……こうなると、挨拶周り……あるよね?」

「もちろんだ。ったく、仕事を増やして」

「言っておくけど、やりたくてやったわけじゃないからね? たぶん、アークを下ろした影響かなとは思うけど」

「……羅那、本当にお前は……創造神様を気安く呼ぶんだな」

「えーー、もう長い付き合いだし。アークもアークで、僕を便利屋みたいに使ってくるから、お互いさまって言うか?」

 その口ぶりに、翔は深い深いため息を零す。

「まあいい。ようやく、目が覚めたばかりだからな。もう少しそこで休んでろ。サナをつけてやるから」

「え……」

 思いがけず、優しい口ぶりの父の言葉に、羅那は少し驚いて。

「サナ、何かあったら知らせろ。まあ、無いと思うがな」

「あ、わかりました……」

 そうして、翔とリィナが部屋を退出していく。


 耳をすませば、羅那の家の大広間から、楽しげな声が聞こえてきた。

「あれ……サナ、今日はなにかパーティーとかあるの?」

「そりゃそうでしょ? まあ、第七の災厄を消し飛ばしたときに、一回、宴は催されたけどね。今日は、羅那くんが目覚めたよ宴会が行われてるんじゃないかな?」

「ふふ、何それ」

「だって、そうなんだもん。狛犬部隊の人達、大喜びしてたよ。目覚めなかったら夢見が悪いって言ってたし。私も……一人ぼっちになっちゃうかって、心配したんだから」

 ぽこぽこと、優しくサナは叩いてくる。そんなサナを可愛いなあと見つめながら。

「ごめん、心配かけて」

「そうだよ、もう!! 次からは、どのくらいに起きるとか言って!」

「ええ、流石にそれは無理だよ……あ、そういえば、サナは宴会にはいかないの?」

「前の宴会には参加したから……それに、えっと……今は、羅那くんの側にいたいし」

 その言葉に、羅那は頬を染めて、恥ずかしそうに口元を抑える。

「それ、反則……」

「だって、ずーっと寝てたんだもん。寂しいし起きてくれないし」

「ああ……ホント、ごめん。けど……こうして、サナといられるのが嬉しいよ」

 サナの手に自分の手を重ねて、羅那は笑みを浮かべる。

「じゃあ、キスしてくれる?」

 そうせがむサナに、羅那はちょっと驚きながらも、そっとサナに近づき、そして、唇を重ねた。

「心配かけて、ごめんね」

「許す……キスしてくれたから」

 今度はサナが頬を染めて。

 ああ、可愛いなと、羅那が優しい眼差しで瞳を細めた、そのときだった。


 ――ずくんっ。


 体の深い奥でぞぞぞと新たな鼓動のようなものが動いたのがわかった。そして、それが自分が取り込んだ『災厄』だということも。


「羅那くん?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 先ほどの脈動を忘れようとするかのように、そのまま、サナを強く抱きしめて。

「もう一度だけ、キスしていい?」

「もう……いいよ、羅那くんなら」

 二人の影がまた、嬉しそうに重なり合ったのだった。

 



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