古の契約に基づき――
自分がサナの厄災を受け取っている間に、翔とリィナとの魔王戦は大詰めを迎えていた。
「浅樹翔の名において命ず――《多層術式展開・神鋼連環・アーク=ディアノス》!」
「翔、行くわよ! ――《精霊連結・双契・エルドラ=フェルミナ》!」
二つの巨大な魔術が魔王を蹂躙していく……はずだったが。
「人間にしては、良い攻撃をしてくれるじゃないか」
ギラリとしたその、畏怖するようなオッドアイでもって、魔王は二人を見据える。
魔王は全く、傷ついていない。
何故なら、後方に控える妖魔達を傷つくたびに取り込み、すぐに回復してしまうからだ。
「ちっ……前回とは違う、か……!!」
厄災ごとに戦い方は異なる。だからこそ、慎重に立ち回らなくてはならないのだが……まさか、妖魔達を取り込み力とするとは思っていなかった。
――絶望という文字がちらついてくる。
「仕方ない。先に周りの妖魔を散らすか……」
「そうね。そうしないと、あの魔王は倒せない……そうでしょ?」
苦笑する二人は、苦渋の決断をした。
それは、自分達では魔王に止めを刺せないことを意味する。
既に強大な魔法を何度か使っている。更に使えば、妖魔達を蹴散らすことが出来ても、魔王を消すことはできない。
「いくぞ、リィナ」
「ええ、盛大な花火を見せてあげましょう。私達の最大の力で」
後方に控える者達に後を任せ、翔とリィナは再び、強大な魔力でもって、先ほどと同じ強力な魔法を……魔王ではなく後方の妖魔達へと浴びせていったのだった。
「父さん、母さんっ……!!」
自分の中に潜んでいる災厄は、きちんと抑え込めていた。
しかし、それよりも気になるのは、魔王を任せた両親や仲間達のことだった。
サナのことをなんとか解決し、魔王の元へと戻って来た羅那が見た光景は――。
翔が育てた最強の部隊、狛犬部隊の殆どが倒れ、傷ついている。回収が追いついていない。
そして、魔王を抑えていた父と母は。
――血だらけで、傷だらけで……目の前で倒れた。
思わず、息を呑んだ。
自分も失うのだろうか、大切な家族を。仲間を……。
――僕の、所為だ……。あの魔王を任せてサナを守ろうとしたから。
ひうっと変な声が出た。
「父さん、母さんっ……!!」
もう一度、声を上げた。せめて、この声が届けばと思ったのだが。
「私達のことは良いの!!」
「いいから、早く魔王を……潰せっ!!!」
生きていた。
傷つきながらも、ギリギリで生きていた。すぐにでも回復させたい。
でも、出来なかった。
自分にはやるべきことがある。
両親や仲間達を傷つけた『元凶』……魔王を倒すことを。
「戻ってきたか。けれど、そんな体で我を潰すことなど出来るはずもない」
「知ってるのか……俺が何をしたのかを」
その羅那の言葉に、魔王は楽しげに哂って見せた。
思わず、キッと睨みつける。
「ほう、貴様もそんな顔をするのか。そんな穢れた体で何を成す? 未熟な退魔師よ」
そうだ。今の僕はまだ未熟だ。
少しずつ、絡め手を使うようになってきたが、そこまでだ。
父のように効率よく使えないし、未だに力任せな方法しか攻撃できない。
でも。
隠していたことが、一つだけある。
それが、僕の持つ、たった一つの『切り札』。
「なら、俺がこれから何をするかわかってるんじゃないか?」
「たとえそれが本当だとしても、出来るはずがない。お前にそんな力があるわけがない」
そこで、理解した。
魔王は自分と同じ、深層を覗くことができると。
思わず、笑みが出てしまった。
知らないのか、いや、そこまで自分の深層を見れていないのかもしれない。
「――光と闇よ、その力の全てを解放し、我が元に集え」
ぶわりと、光と闇が自分の中に入って来る。満ちていく。大丈夫。俺はできる。力を得たから。
――いや、違うな。
「古の契約に基づき、我、浅樹羅那は……この身を捧げ、我が願いを叶えんっ!!」
と、同時に頭の中に声が響く。
『いいんだな?』
ふっと笑い、瞳を細めながら、こくりと頷く。
と、集まって来た力が循環し、そして、新たな力として、更なる形を成形する。
まずは光の翼がぶわりと開いた。
そして、今度は闇色に染まる翼が、その下からぶわりと広がる。
どくんと、自分の中で何かが蠢く。
『面倒だな。少し抑えるぞ。いいな?』
肯定の意を示すと、体の内側がぞくりと冷えた。声の主はそのまま。
羅那の体が光の柱に包まれた。
短い黒髪がほどけるように伸び、銀色へと変わった。
それだけではない。
黒衣の戦闘服が知らぬ間に、白く神聖な装束へと塗り替えられていく。
少し背も伸びて、その手に持っていたカルディトゥスが、光を帯びて、一つになり、美しい神剣へと姿を変えた。
そして、向き直る。
瞳が開いた。羅那の持つ、あの煌びやかさは抑えられ……いや、より神聖な神々しさを持つ美しい、蒼と金の瞳が魔王を見つめていた。
『さて、始めようか。いとし子よ』
「っ!!!」
その声は、羅那の物ではなかった。羅那の優しげなテノールではなく、やや低めのけれど、凛とした響きのする青年の声。
それを聞いて、魔王は初めて、狼狽えた。
「ま、まさか……あやつは、本当に……神を降ろしたというのか!?」
その魔王の言葉に、羅那……いや、魔王の言葉を借りるなら『神』というべき存在か。
『契約は果たさなくてはならない。それに、いとし子よ。お主は我が半身の大切な者達を傷つけすぎた。残念だよ』
「そんなことがあるはずがない!! ならば、示してみよ!! お前が本当の神だと!!」
魔王がとてつもない魔法を放ってきた。
人では対抗できないその力を。
だが『神』はいとも簡単に、光と闇の力を使って、完全に防いで見せた。しかも背後にいる人々を巻き込まずに無傷で守って見せたのだ。
「なっ……!?」
『次は私の番だな。さて、羅那の願いを叶えるとしよう。覚悟は良いか?』
「ぐはっ!?」
突然現れた十字架に、魔王は茨で縛り上げられる。しかも、回復しようにも気づけば、近くに妖魔がいない。あれだけ従えていた妖魔の姿が、いつの間にか姿を消していた。
『時間をかけずに――終わらせるとしよう』
光の槍が何本も現れる。それは、羅那が愛用していたクリスタルランサーをより、巨大にかつ、繊細な細工がされた神々しい槍として現れた。その先端の刃から光の力が集められる。
それだけではない。『神』は手にした剣を持ち、そのまま。
『また逢おう。そのときは……』
「……あなたが……私の……」
差し出された魔王の手を取り、そっと握り締め、慈愛の笑みを見せた。
と、同時に光の槍から溢れる神光が奔流となって放たれ、『神』は魔王の胸に神剣を突き立てた。
魔王は消滅した。
『神』を降ろした羅那の力でもって。
また、『神』は、この地を浄化し、傷ついた者達全てに癒しを与えると。
役目を終えたと言わんばかりに、その姿を消した。
後に残ったのは、全てを終わらせた羅那がばたりと倒れ。
平和がもたらされた静寂さだけが残った。
「羅那くんっ!!!」
すぐさま、サナが駆け付け、羅那を抱きかかえる。
ひとつだけ、変わったことがあった。
『神』を降ろしたことで、その影響で、羅那の髪色が銀色に染まったことに……。




