白銀竜の厄災は彼に移って
苦しい。痛い。辛い……。
そんなネガティブな言葉ばかりが浮かんでしまう。はぁはぁと息が切れてしまう。
まさか、こんな風になるなんて。
「で、でも……駄目……今、魔王を……厄災を強くさせたら……ほ、ホントに、ダメ……あぐううう……!!」
だんだんとそのまま地面に伏してしまいそうで。
「サナっ!! 大丈夫!? 無理しちゃだめだ!!」
彼が……来てしまった。
「いや……これは……わ、私が……抑えるの……くっ……」
意識が遠のきそうになるのを堪えながら、胸を抑える。
羅那が、そんなサナを抱きかかえてくれて……。
「駄目……お願い……私に……やらせて……」
それが、私の役目、だから……。
まさか、こんなにも辛い役目だとは思ってはいなかった。
でも……でも、彼の負担になんかさせたくない。
この私の中の災厄が、あの魔王のものになったら、もうこの世界を助ける術がなくなってしまう。
「なくならないよ……むしろ渡してくれたっていい」
「ら、羅那……くん……?」
羅那はそんなサナを見て、辛そうな表情を浮かべていた。
サナの手を握り、もう一度告げた。
「もう、無理しなくていいんだ」
「駄目……私の、役目は……この厄災を……閉じ込める……こと……」
ぐっと力を込めて、自分の中に力を押しとどめていく。それでも……堪えきれずに溢れてしまう。どんどん、どんどんと。
「違うよ、サナ……君はもう役目を終えてるんだ。もうそんなことしなくていい」
「だめ……だめよ……」
気づいてしまった、彼の瞳を見て、彼が何をしようとしてるのを、理解してしまった。
「だって……せっかく……」
言いかけたのを、羅那はそっと、口元に指を置いた。静かにと言わんばかりに。
「大丈夫。抑えるのは僕の方が慣れているから」
「だめ……お願い……だめ……私から、その役目を……奪わないで……」
「無理だよ。こんなに苦しんでいる君を放っては置けないよ」
そして、羅那は続ける。
「本来なら、ここで厄災を浄化してしまうのがいいんだろうけど、そんなことしたら、魔王を倒せなくなってしまうからね。だから、もう一つの方法を選ぶ」
「だめ……お願い……やめて……」
そういうサナに、羅那は困ったような、けれど決めたような顔を浮かべて。
「術式展開……んん、いくつか出して置けばいいか……」
「だ、だめ……そ、そんなことしたら……」
「大丈夫だって。心配しなくていいよ。これでも、俺は……神と契約した『神の器』だからね」
「えっ……」
初めて出てきた言葉に、サナは驚いて。
「サナの中にある『それ』を僕が受け持つよ」
「だめっ!!」
ぎゅんとサナは、力を込めて、内へ内へと沈めていく。
「凄いね。まだできるんだ。なら……こっちも本気なんだよ。君をこれ以上、苦しめたくないんだ」
ぽろぽろと涙があふれて来る。ぷるぷると首を横に振る。声にできない。
声に出したら、漏れてきそうで嫌だった。
「君の中に潜む、災厄……俺が全てもらい受けるよ」
無理やり、羅那はキスをして、その口から全てを吸いあげる。
「!!!!!!」
苦しさが急速に消えていく。吸い取られて行ってしまう。
私の役目が、終わってしまう。
彼に渡しくなかった。
だって、こんなに苦しいのに。
彼だって、今までもこんなに苦しんだのに、どうして……!!
でも、抗えなくて。
(ズルいよ……羅那くん……!!!)
「大丈夫……これくらいなら……今までの苦しみよりも……大したことないから……神を降ろすことに比べればどうってことないし」
とはいっても、羅那もまた冷や汗をかいていて。
気づけばサナの中にあった災厄は全て、羅那の中に納まっていた。
「う……くっ……んんん」
最後の仕上げと言わんばかりに、羅那は内へと災厄を収めて。
その瞬間、一瞬だけ……魔王と同じ、赤と黒の色の染まった気がした。
それを見て、サナは思わず、息を呑んだ。どうして、魔王と同じ色を……?
「羅那……くん……」
「んん……はぁ……ほら、大丈夫だっただろ?」
いつものように羅那くんは笑っていて。もうそこには、いつものキラキラと宝石のような青と金の瞳が戻っていた。
その頬にサナは触れた。確かめるように、さっきのは見間違いだったと思いたい。
「大丈夫じゃないよ……羅那くん」
「手厳しいな、サナは。でも、お陰で魔力が少し戻ったよ。サナは、もう少しここで休んでいて」
「羅那くん……だめ……」
「大丈夫。第七の災厄は、ここで終わらせる。いや、消滅させる」
「でも……そんな体で……」
そういうサナの唇を、もう一度、重ねた。
安心させるような、優しいキスを。
「問題ないよ。僕の中に納まったのなら、心配ない。魔王に奪われてたまるかよ。これはもう、僕のものだ」
「…………」
サナはなにか言いたくても、意識が朦朧として、何も言えない。
ただ、彼が掴んでくれる手を掴み返すだけ。
「行ってくる。サナは、ここで待ってて。……俺の大切な、俺だけのサナ……」
そういって、そっと柔らかな草原にサナを横たえると、魔王の方へと向き直り、駆け出す。
「羅那くん……」
先ほどまでの苦しさはなくなり、すぐに回復してきた。けれど、彼の中には自分を蝕んでいた厄災が眠っている。
「ズルいよ……それ、私の……だったのに……」
思わず、涙が零れた。視界が少しだけ歪んで、それでも、最後まで見届けなくてはならない。
彼がどう、戦うのかを……。




