阻む厄災はひとつだけでなくふたつ
山の封印洞が低く唸り、夜の霧が黒く染まった。
封印の紋が次々と消え、奥底から無数の妖魔が這い出す。
獣と影が混ざり合い、空気が腐るように濁っていく。
地に落ちた夜露が黒く変色し、山肌を覆っていた白い霧が、いつの間にか『闇』へと変わっていた。
やがて、洞窟の中から轟音が響く。地面が裂け、岩が宙を舞った。
その奥から、ゆっくりと現れたのは。
――闇の王。いや違う。その人物こそ、第七の災厄である、『魔王』だった。
その身は人の形を保ちながらも、影の中に幾千もの魂がうごめいている。
黒い外套の裾から、赤い霧が流れ出し、周囲の妖魔を飲み込み、同化させていく。
「我が名は……第七の災厄、妖魔の国を統べる魔王なり」
低く響く声が、谷を震わせた。ギラギラと輝くような深紅と漆黒の瞳がどこか、羅那を連想するようなオッドアイを輝かせて。
「長き封印の夢より醒めよう。血も、光も、神も……この地に戻るすべてを、我が糧とせん」
その声に反応するかのように、闇の群れが一斉に咆哮した。
それは、まるで大地が悲鳴を上げるような音だった。
鳥たちは一羽も飛び立たず、空の星々さえ光を失う。
山が、沈み始めた。夜が、夜でなくなる。
――そして、世界は再び……恐ろしい災厄を招き入れたのだった。
「あれが第七の災厄……か」
既に羅那達は、対災厄の装備を整え、彼らの進みを見ていた。
「父さん、そろそろ行くよ」
「全力で行け。すぐに潰すくらいにな」
黒いジャンパーに黒いパンツ。いつもの戦闘服を身に纏い、目元にはミラーシェードを付けている羅那は、いち早く第七の災厄……いや、魔王を仕留めるべく、二対の魔剣を手に突っ込んでいく。
もう、あんな思いは二度としない。奪われる前に終わらせる。そう羅那は決める。
「言われなくても……するさ!! 術式展開、クリスタルランサー展開……ディサイド・レイザー!! からの……デッドエンド・ディサイド・ブレイドっ!!」
実物大の槍の大きさになった、クリスタルランサーからとてつもない、レーザーが放たれる。その上、これでもかと力を込めた閃光の刃が災厄を……いや、魔王を切り裂く。周りにいた妖魔はあっという間に蒸発してしまったが……。
「ほう……まさか、これほどまでの退魔師がいるとはな……」
ざしゅっと腹を切り裂かれたものの、魔王は動じない。そして、羅那は気づいた。
「……!! その眼はっ!!」
と、羅那が叫ぶと同時に、彼のミラーシェードがキンと割れる。すぐさま、後退して、難を逃れたが、お陰で彼の瞳が露わになった。
「お前もその眼を持っているのか」
魔王も、そして、羅那も……ギラギラと輝くオッドアイをしている。
災厄の化身の魔王は、深紅と漆黒。対する羅那は、澄んだ蒼い色と金色。羅那のは父と母の瞳の色なのだが、もしかすると、それにも意味があるのかもしれない。羅那は何かを決めたように、空を仰ぎ、改めて魔王を見据える。
「んん……ほう……白銀竜の巫女もいるのか?」
その魔王の言葉に、びくりと羅那は反応した。魔王の視線の先、そこには息を呑むサナの姿があった。
「浅樹の退魔師よ。白銀竜の巫女の役目は知っておろう?」
「なっ……ま、まさか……」
「ふふふ、それなら話が早い。ならば、こうなっても理解できるだろう?」
「んんんっ……!!!」
堪えている。サナは胸を抑えて、がくりと膝をついた。
「大丈夫だよ、羅那くんっ!! わ、私……抑えてるから……んんんっ……!!」
明らかに抑えきれていない。サナの周りにぶわりと黒い靄が立ち込め始める。
「だめ……お願い……私の白銀竜……行っちゃダメ……」
苦しくて、痛くて、辛い。
吐き出したいけど、今は駄目……。
自身の浄化な力も使って抑え込もうとするが……今度は前のめりになって、胸を押さえながら、地面に手をつく。
「サナっ!! アクセラレイヤーっ!!!」
サナの苦しむ姿が自分のかつての姿と重なるように見えて。
急いで羅那は彼女の元へと最速で向かう。
急いで羅那が戻るのを見て、魔王は嗤った。
「あの巫女の血脈には、古き災厄が眠っている。『巫女』とは、災厄を封じる器にすぎぬのだからな」
後ろから残酷なことを告げる魔王の声が響き渡った。羅那の代わりに魔王と対峙するのは。
「よお……第七の厄災……いや、『魔王』よ。少々、俺達と遊んではくれないか?」
「私達も……少しは強いってところを、見せて差し上げますわよ」
羅那の父、翔と……その母、リィナであった。




