待っていた真夜中の電話
翌日。サナは、はあっとため息を零していた。
「なになに? また何かあったわけ?」
美咲が声をかけてきた。
「あの後、もんもんと考えちゃって……やっぱり、浅樹さんの事、名前で呼びたいなって思っちゃって……」
「ああ、なるほど。なら次から、名前呼びにしたいって言えばいいじゃん!」
そう美咲が提案すると。
「……それがね、昨日の夜から……連絡がないんだよね。ほら、今も返事が来ない」
「あらら……けど、昨日の雰囲気を考えると、彼、マメに連絡入れてたよね?」
「うん……ライン送ったら、すぐ返してくれるのに……まだ未読で」
そういって、サナが見せてくれた。
「……それって、仕事が忙しいからじゃないの?」
「あ、そうか……それなら、分かる……うん」
美咲の言葉にサナは、ホッとしたような残念そうな顔を浮かべた。
「気長に待ったらは? きっと夜には返事くれると思うし」
「そう……だね」
「ついでに、連絡があったら、そこで名前呼びにしたいって言っちゃいなよ。きっと羅那くんも喜ぶと思うよ?」
「そうだと良いんだけど……」
結局、羅那からのラインの返事はなく、家に帰るまでなにもなかったのであった。
「……羅那くん、遅いな……」
ここはサナの家の部屋。ベッドに横たわりながら、充電器に付けた携帯を手にしたまま、羅那の連絡を待っていた。
「どうしたのかな? 大丈夫……かな?」
と、携帯を眺めていたところで、突然、ぷるるると振るえて通話が入った。羅那からだ。
「!!!」
思わず、飛びつくように、サナはそれを受ける。
「も、もしもしっ!!」
『あ、サナ。すぐ出てくれたんだ。嬉しいな』
その羅那の言葉にサナは思わず笑みが零れる。少し、その声に疲れが滲んでいるのを感じた。
「その、返事が来なくて、心配してたんです……なにかあったんですか?」
『ごめん、急な仕事が入っちゃって……できれば、またサナに会いたかったんだけど……』
羅那の言葉に、苦笑が漏れたのが聞こえた。
「お仕事、忙しいんですか……?」
『うん……暫くは連絡つかないと思う。だから、電話したんだ。……サナの声が聴きたくて』
その羅那の言葉に、サナは息が止まるかと思った。
静かな部屋で、ドキドキする鼓動が聞こえるように感じた。
「あ、あのっ……一つ、お願いがあるんです」
『何かな? 僕に叶えられることなら、何でもしてあげたいけど……』
そういう羅那に、サナはどきどきと緊張しながら、こう告げた。
「ら、『羅那くん』って……その、呼んでもいいですか!!」
はううう、言っちゃったと、サナは顔を真っ赤にしていた。
電話の向こうで、羅那が息を呑むのが聞こえて。
『どんな……願い事かと思ったら、そういえば、まだ僕の事、苗字で呼んでたね。でも……うん、名前呼びの方が嬉しいな』
きゃああああと、叫びたくなるのを抑えつつ、サナは逸る鼓動を抑えながら。
「じゃ、じゃあ……その、羅那くん」
『……うん』
「はうう、名前呼び出来ちゃった、嬉しい……はううう……」
その声に羅那は思わず、ぷっと吹き出して。
『ああ、そうだった。本題いうの忘れてたよ。明日から本格的に連絡がつかなくなっちゃうから、僕からの提案』
何だか、少しだけ羅那の声が弾んでいるように聞こえた。
「提案って?」
『サナ。週末に、デートしない?』
「えっ!?」
そんな突然の提案に、サナは思わず、どぎまぎしてしまう。
『それまでには、必ず仕事、終わらせるから……前に待ち合わせした駅前で10時に。いいかな?』
「は、はいっ……!!」
『それと、水族館は好き?』
「あ。好きです……綺麗な魚を眺めるのは、好きです……」
『じゃあ、そこに行こう。楽しみにしてるよ。……それまで、待っててくれると嬉しいよ。それじゃあ、おやすみ、サナ』
そういって、電話が切れた。
「…………週末の駅前、朝の10時……水族館……えっ!? デートっ!?」
いつの間にか羅那とのデートの約束をしていて、サナはびっくりしたが、忘れないよう早めにカレンダーに時間を書き加える。
思わず、笑みが零れるほど、楽しみにして。
一方、その頃。羅那は一人、自分のオフィスに籠っていた。
「よっしゃーー!! また、デートの約束取れたっ!! それに……あんなに恥ずかしそうに名前呼びをお願いしてくるなんて……はぁ……なんて可愛すぎなんだよ、もう。今すぐにでもキスしたくなってきた……」
ほうっと恍惚とした表情を浮かべて、目の前のパソコンの画面に目が行った。
あっと、小さく声を上げて、そして、面倒くさそうにため息をつく。
デートの為には、終わらせなければいけない面倒な案件があったことを思い出したのだ。
「はあ……本当、こんなときに面倒くさいプログラム構築の依頼が来るなんて……僕らの時間を奪おうとしているのかよ……ちっ……」
サナに電話するまで、かなりやさぐれていたのも思い出してしまった。羅那は、大切そうに机の上に電話を置いて、もう一度、画面に目を向ける。
「けどまあ、週末はサナとのデートだし……気合入れて終わらせるか」
くいっと締めていたネクタイを緩めると、羅那は、ものすごい勢いでプログラムを組んでいくのであった。




