災厄と白銀竜の伝承と
夜は深く、静まり返っていた。
ここは浅樹家の実家にある書庫である。
そこにランタンの明かりを灯して、羅那とサナの二人はそこにいた。
羅那が嫌な書物を見つけたと言ってきたから。
古い書の匂いと、紙をめくる音だけが響いている。
書庫の机に広げられたのは、かつて見つけた古い書物の数々だった。
その中でも、羅那が見ていたのは、『白銀竜の巫女』と、『第四の災厄』に関する記録だった。
羅那はゆっくりと顔を上げ、サナの方を見る。
彼女は灯の向こうで静かに座り、柔らかい髪が光を受けて銀糸のように揺れていた。
「サナ……いいかな?」
「なに……?」
「これを見てくれるかい? この文章、君にも見せておくべきだと思うんだ」
見せてきたのは、これから始まる第七の災厄……ではなく、『第四の災厄』だった。
「これからの災厄ではなく……?」
「第四の災厄は、『白喰の霧』と呼ばれている」
伝承では、こう記載されている。
白き霧、記憶を喰らう。
目覚めれば隣人は名を失い、村は地図より消えた。
過去を失った世界は、未来を語る舌を持たぬ。
神すらも己の姿を忘れたとき、霧はようやく消えた。
そんな記憶を喰らう魔王が出たと思うべきだろう。
しかし、羅那はある部分を見つけた。
問題なのは、その魔王の姿だ。
「白い……竜……?」
「そう……白い竜に見えるんだ。それだけならいい……ある文献ではこう書かれている。『白銀に輝く鱗を持つ魔王』ってね」
「えっ……待って……待って、羅那くん! 私の竜族の話によれば、白銀竜は、災厄を鎮めたって……」
すっと、羅那はその回答ともいうべき絵を出した。竜と巫女が封印の陣の中心に立ち、光と闇が交錯する絵が描かれていた。
「もちろん、白銀竜は、災厄を鎮めたという記述もある。けれど別の文書では――『白き竜は七つの災厄のひとつ、己を封じるため巫女と契りを結んだ』とあるんだ」
そのことにサナはびくりと体を震わせた。さっと、サナの顔が青くなるのが見えた。
「……つまり、私の中には、竜の血だけじゃなく『災厄』の欠片も眠っている?」
「そう……その可能性があるんだ。だけど……僕は、それを証明したくはない」
「羅那くん……」
サナの言葉に、羅那は深く息を吐き、目を閉じて。
その様子にサナは微かに笑った。けれど、その笑みは寂しげに見える。
「お母さんも言っていたわ。『巫女は封印の鍵。竜と共に在れば、いつか命を燃やしてでも、闇を鎮めねばならない』って」
その言葉に羅那は、息を呑む。まさか、サナにそんなことを伝えていたとは思っていなかった。
「そんなもの、受け入れる必要はないよ」
「……でも、それが私の生まれた意味なら?」
その言葉に羅那は一瞬、言葉を失ったが、それでも……。
「サナ。もし君の中の力が災厄を呼ぶのなら、僕は何度でもそれを封じる。たとえサナがそれを望まなくても、僕は――」
「……私を殺すようなことになっても?」
サナのその言葉に、羅那は一瞬、息を詰まらせた。
それに答えられず、その手に力がこもる。血が滲みそうなほどに強く握りしめて。
サナはふっと笑みを浮かべ、羅那のその拳を、自分の手で包み込むようにすると。
「ごめんね。冗談だよ。でも……ちょっと怖いな。私が、いつか誰かを傷つけるかもしれないってことが……」
「その時は……必ず君の隣にいるよ。例え、君の中で竜が暴れても、災厄が、いや闇が目覚めても――サナ、君を人として守る」
その言葉に、サナの瞳が潤む。こくりとサナは小さく頷き、そっとその胸に手を沿える。
「信じてもいい? ……ううん、違うね」
サナはそう言って、続けた。
「無理はしないで欲しいな。いっつも羅那くん、無理しちゃうから……けど、羅那くんと一緒なら、何でも出来そう」
「なら、僕は何でも叶える魔法使いになるよ……退魔師じゃなくて」
それは冗談めいていたが、願いのようにも聞こえた。
サナはくすっと笑って、彼の手を繋いだ。
「離さないでくれる?」
「もちろん」
羅那は強くサナを抱きしめてみせて。
でも、サナの手は僅かに、ほんの少しだけ震えていたのだった。




