誓いの夜の宴
会場の空気が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ちなみに割れていた窓は、翔が魔法で修復したらしい。まるで何事もなかったかのように、シャンデリアが煌びやかに光を放っていた。
奏でられる弦楽の音色。
煌めくグラスと、整然と並ぶ資産家や政治家達の視線。
その中心に――このパーティーの主催である翔が厳かに立っていた。
美しい笑みを浮かべて、客人をもてなす様に。
そして、翔の装いは、威厳と華やかさを併せ持つものだった。
深い漆黒のスーツに金糸の刺繍をあしらい、胸元には紅玉のタイピンと家紋の鳳凰のブローチが輝く。ケープのような艶やかなマントまでも翻しつつ、白金の縁取りが施された手袋と靴は、動くたびに上品な光を返し、威厳と洗練を兼ね備えた装いだった。他にも大量の装飾品が衣装を飾っており、色とりどりの宝石が輝きを放っていた。
そのどれもが、気品に満ちた豪華絢爛さを併せ持ち、まさに『権威を纏う』衣服だった。
隣には、妻のリィナも寄り添っていた。深紅のドレスに白金の刺繍を散らし、肩には薄絹のショールが柔らかく揺れる。
首元には紅玉のネックレスが灯のように輝き、耳飾りや指輪にも同じ宝石があしらわれていた。
足元のハイヒールは光沢ある赤に金の飾り縁を添え、翔と並び立つその姿は、まさに華と威厳を兼ね備えた女主人そのものだった。
「……皆様、本日はお忙しい中、我が浅樹家の宴にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
翔の厳かな声が響くと、ざわめきが静まった。彼の一言一言には、不思議な重みと響きがある。そして、彼はふっと口角を上げた。
「さて――本日の宴には、特別な意味があります」
会場の視線が、一斉に翔に注がれる。
彼はゆっくりと、背後の階段を見やった。
その視線の先には、控えめに立つ二つの影。
「皆ももう知っているだろう。浅樹家の次期継承者、浅樹羅那――」
そして、少し間をおいて。
「――そして、彼の隣に立つのは、我らが『白銀竜の巫女』、柊サナ嬢だ」
その言葉に、拍手が沸き起こる。
階段の上から、二人がゆっくりと姿を現した。
羅那はいつもの穏やかな表情で、それでいてどこか凛々しい。
隣のサナは、緊張した面持ちで、淡い水色のドレスの裾を少し持ち上げながら歩いていた。
光が反射して、彼女の髪がやわらかく輝く。
「う、うわぁ……人が、いっぱい……」
「大丈夫。みんな敵じゃないから」
小声で囁く羅那に、サナは思わず笑みをこぼした。
二人が階段を降りきると、翔が満足げに頷く。
「――浅樹家に、新たな風が吹く時が来た。羅那、そしてサナ嬢。これより、正式に皆へ紹介する」
リィナが優雅に一歩前に出る。
柔らかく微笑みながら、グラスを掲げた。
「皆様、どうか温かい拍手を。彼らの未来に、祝福を――」
拍手とともに、音楽が高まる。
やがて、また音楽が流れ始める。
羅那が軽くサナの手を取って、囁いた。
「……せっかくだし、踊ろうか」
「え? 私、そんな上手じゃ――」
「大丈夫。リードは、任せて」
サナは少し戸惑いながらも、その手を握り返す。
煌びやかなシャンデリアの下、二人はゆっくりと踊り始めた。
笑い声と拍手、優しい音楽。
軽やかな音楽とともに、舞踏の輪がゆるやかに広がっていく。
サナと羅那は、微笑み合いながら楽しそうに、軽やかに踊っていた。
シャンデリアの水晶の光が煌めきを返す。
――やがて、一曲が終わると同時に、拍手が巻き起こる。
その中を、二人に向かって歩み寄る影があった。
「ふふ……見事だったわ」
リィナが手を合わせながら微笑む。
その隣で、翔がわずかに腕を組んで頷いた。
「羅那」
「はい」
「……今日のお前の立ち姿は、見事だった。浅樹の名に恥じぬ出来だ」
「ありがとうございます」
翔の口調は、いつになく柔らかかった。
けれど今の彼の目には、確かに誇らしさが宿っていた。
そして、翔の視線がサナに移る。
「そして、サナ」
「は、はいっ!」
突然声をかけられて、サナはびくりと背筋を伸ばした。
けれど、翔は少しだけ口元を緩める。
「緊張することはない。……羅那のそばに立つ者として、これから大変なこともあるだろうが――」
「はい、覚悟はできています」
きっぱりと答えるサナに、翔の目がわずかに細められた。
厳格な笑みの裏に、確かな温かさがある。
「いい目だ。……その言葉、忘れることのないようにな」
「もう、翔ったら……」
リィナは優しくサナの肩に手を置く。
「サナさん、いろいろと大変かもしれないけれど、これからは『家族』として、よろしくね」
「は、はいっ……!」
そう言われて、サナの頬がほんのりと赤く染まった。
彼女が小さく会釈をすると、周囲の来賓たちがそれを見てざわめく。
「まあ、あの方が浅樹家の……?」
「若様のお相手、ずいぶん可憐な方ねぇ」
「お会いしたいわ」
――その噂が瞬く間に広がり、気づけばサナの周りに人の輪ができていた。
「あの、浅樹様のご婚約は正式に……?」
「そのドレスはどちらのデザイン? とてもお似合いですわ!」
「どちらの会社でお勤めなのかしら?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問の嵐。
サナは必死に笑顔を保ちながら、目を白黒させる。
「えっと、その……い、いえ、まだ正式というわけでは……! ドレスは、あの、選んでもらって……えっと……!」
たじたじになっているサナの様子に、羅那は思わず吹き出しそうになった。
そして、静かに一歩前に出る。
「皆さん、すみません。サナは今日が初めての公の場なんです。質問攻めにすると、すぐフリーズしますから」
にこやかにそう言って、軽く片手を差し出した。
「ちょっと、彼女をお借りしますね」
その一言に、周囲の空気がふっと和らぐ。
来賓たちが笑いながら道を空けると、羅那は自然にサナの手を取った。
「ほら、助け舟」
「……助かったぁ……!」
小声で安堵の息を漏らすサナ。
「なんでみんな、あんなに喋るの早いの……?」
「社交界では言葉が武器だからね。防御魔法より厄介だよ」
「うう……納得したくない理屈……」
そんな他愛のない会話を交わしながら、二人は会場の隅のバルコニーへ出た。
夜風がそっと吹き抜け、遠くの庭園に灯る灯りが、まるで星のように瞬いている。
さっきまでの喧騒が嘘のように、静かな空間。
「……さっきのありがとう、羅那くん」
「どういたしまして。それに、僕の親が呼んだ場だったし」
照れたように笑うサナを、羅那は横目で見つめた。
そして、ぽつりと呟く。
「でも、よかった。こうして無事にサナをお披露目できて」
「羅那くんも、じゃないの? なんだか夢みたいだけど……」
「夢じゃないよ。これが、僕達の新しいスタート」
そっと、羅那はサナを見つめる。
「い、いつになく、羅那くんが恰好いい……」
「それはサナだって同じだよ。とても綺麗だ。でも、言いたいのはそれだけじゃない」
改めて向き直り、羅那はサナの手を取る。
「これから厄災と対峙するけど、僕は必ず、君を守るよ。この世界ごと」
そういって、サナの手の甲にキスを落とす。
「わ、私もっ!!」
顔を真っ赤にさせながら、サナも続ける。
「どんなことがあっても、羅那くんの側にいる。そして、羅那くんと同じ光景を見て……願うなら、支えたい。頼りないかもしれないけど……」
そのサナの言葉に羅那は、パチパチと瞳を瞬かせて。
「それじゃあ、一緒に行こう。僕達で厄災を退けよう」
「うんっ!!」
そして、二人の影が重なった。
風が吹き抜け、星が夜空に瞬く。
光と音と笑いに包まれた夜。
それは、浅樹家にとって、そして二人にとって、確かな『新たな始まり』の夜となった。




