格好いい売り子さんに凄腕作家さんの即売会
次の週末。サナはこっそりと……同人誌即売会に参加する予定だった。
実はサナ、アマチュア作家として、同人誌を売る一人であった。
しかも、意外と売れてるらしく。
「また壁サークルになれちゃった。同人仲間の売り子のユリちゃんにまたお願いして……んんん!?」
そこにメッセージが流れてきた。
『ごめん、紗彩先生……インフルなっちゃった』
「な、なんだってーーー!!!」
「サナうるさい」
美咲に突っ込まれて、サナは涙目になっていた。
ここは、羅那の会社の資料室。羅那が時計を付けてくれたおかげで、時間感覚がおかしくなるということはなくなったが。
「美咲ちゃん、次の週末……開いてないよね?」
「また例のイベント? ごめんね、ヨシくんとデートですわ」
「あああああ、ど、どうしよ……一人で壁サー捌けないよ……」
資料を並べ直しつつ、サナはため息を零す。
「あれ、なんか悲しい声が聞こえたような気がしたんだけど……」
そこにやってきたのは、羅那だ。差し入れのホットココアを持ってきている。
「あ、社長。差し入れありがとうございまーす」
さっさと羅那から一つ、コップを奪い取って、そそそと、距離を取る。
邪魔しないよう、美咲は気を使ってくれてるようだ。
「ううう、羅那氏……一つ聞いていい? 即売会というフレーズに心当たりありますか?」
「ん? また羅那氏? って、もしかして、サナ氏は、そこに参加するってこと? まあ、行ったことはないけど、知識は知って……」
「今週末、空いてる!?」
羅那の手を取り、サナが迫って来た。
「えっ……えっ……? い、一応……空いてる、けど……」
「じゃあ、私と一緒に売り子しよう! そうしよう!! 終わった後は打ち上げってことでっ!!」
「えっ……ええっ!?」
こうして、羅那はサナに無理やり、売り子を頼まれたのだった。
そして、迎えた週末。
「あ、羅那くん、お待たせー!! また待たせちゃった?」
「ううん、ついさっききたと……えっ、眼鏡?」
可愛らしい眼鏡を付けたサナに羅那は思わず驚いた。サナの装いもロングスカートに長めのカーディガンを着て、作家さんらしい雰囲気を纏っているように感じる。
「今日は作家さんだから! 即売会のときはいっつも眼鏡付けてるんだ。今日は眼鏡してる羅那くんとお揃いだね」
「お、お揃い……」
サナに言われて、ちょっと嬉しくなってしまう羅那だった。
ころころとキャリーを転がしながら、サークルスペースへと移動する。
「あったあった、ここ!」
「これって、えっと……壁サークル? し、しかも……段ボール箱、凄いね……」
「うん、1000冊印刷したからね! これでも足りないくらいだよ」
「んんん!? もしかして、サナ、凄いサークル主?」
少し困惑している羅那にサナは続ける。
「ふふん、TLジャンルでぶいぶい言わせてマース!! だから、一人で売り子は辛いんだよね。さ、さっさと、本並べるね!!」
袖を巻くって、キャリーを机の下で開けつつ、お金とかを準備していく。
「はい、羅那くん。カッター渡すから、その段ボール箱、どんどん開けて、テーブルの上に並べてくれる? 今回は在庫はなくて、新作だけだから、楽ちんだよ」
「サナが手馴れてる……」
と言いつつ、羅那も次々と段ボール箱を開いて、次々と机の上に並べていく。
「流石に全部は乗らないから、その辺でいいかな? 後は必要に応じて開けるってことで」
「ん、了解」
「で、今回の本は2000円になります。少しおつりのお札あるけど、ちょっと少ないから、なるべく金額分を出してもらうようにしてくれると嬉しいよ」
「うん、それも了解。冊数のチェックはしなくていい?」
「あっと、10冊だけキャリーに入れてっと。うん。これで机の上のやつと後ろの段ボールの中、全部売りさばいてOK。けど、キャリーのやつは出さないで」
「うん、わかったよ」
「とはいっても……なんか、妙に私のサークル見られてるな? なんでだろ?」
キャリーからポスターを飾るためのポールを取り出し、組み立てて、出来たばかりの新刊の表紙をポスターにしたものを張り出す。
「そういえば……この絵はサナが書いたの? というか、一冊、買ってもいい?」
「ううん、お金払って、有名絵師に頼みました! いいでしょ? それと、先に買ってもいいよ。じゃあ、羅那くんの分もキャリーに入れとくね」
「ありがと」
テキパキと店の設営を終わらせ、あっという間にイベント開催時間となる。
「おっと……本当に凄いね……行列できてる」
「すみませーん! 最後尾の方は、この看板持っててくださーい!!」
サナはすぐさま、列の人に看板を渡して、最後尾に回していく。
その間に、次々と本が売れていく。
「一冊2000円です。一万円お預かりしますね」
羅那はにこやかに笑顔を見せながら、しっかりと売り子をしてくれている。
(よかった、羅那くんが売り子してくれて、すっごく助かる!!)
そんな風に喜んでいたサナだったが。
「ねえねえ、見た? あの壁サーの売り子さん、めっちゃ美形じゃない?」
「すっごく格好いい!!」
「今回だけなのかな? サインとか写真とか駄目だよね?」
「握手なら行けそう!!」
といって、いつの間にか、本を売りながら、羅那の握手会も始まっている。
(んんんん……!?)
しかし、そういうサナもまた。
「紗彩先生、新刊おめでとうございます! サインいいですか?」
「あ、サインですね。いいですよ」
にこやかに応対していく姿を見て、羅那もまた。
(わ、またサイン求められてるし!! いや、そうなるってのはわかるけど……女性はともかく、男性ファンがいるなんて、聞いていない!!)
笑顔の裏で無茶苦茶、焦っていたり。
「先生、その……お隣の売り子さん、どこで捕まえたんですか?」
こそこそと、ファンの一人が尋ねてきた。
「捕まえたなんて……彼、私の婚約者ですよ」
「「えええええええーーーーーっ!!」」
そんなやり取りをしているのを、羅那は目撃して、すっと心が穏やかになった。
「ええ、さ……紗彩先生は、僕の大切な婚約者ですよ」
そっと、抱きしめてラブラブなことを見せつけつつ。
「ちょ……今は、そういうの、ダメっ!!」
「だって、皆さんにも知ってもらった方がよくない? 誤解されたら嫌だし」
「い、いいから、今は、その……売り子さんに集中!!」
「はいはい、了解です。紗彩先生?」
くすっと少年のような悪戯な笑みを浮かべて、サークルに買いに来たお客さんを悩殺していたのは、内緒である。
そして、数時間後。
「す、すごいね……あれだけあった本が……本当に完売しちゃった……」
先に買っておいてよかったと羅那は呟いて。
「ふふん、凄いでしょー! さてっと、完売したから後は、ここの後片付けしちゃおう。段ボールを捨ててこないと……」
「まあ、少しずつ合間を見て捨てて置いたけど」
「いつの間に!!」
ふふんと羅那も得意げに笑って。
「後でサナとの打ち上げ、楽しみだよ」
「う、うん……楽しみだね」
「けど……お酒はなしね?」
「えええっーー!!」
この日、一番の売り上げを打ち出したサナは、幸せそうに美味しいご馳走と羅那と一緒な時間を味わったのだった。




