もうここにはいられません! ~旧オフィスからの脱出
「おう、やっと来たか!! ほら、今日のお前の仕事だ!!」
部長はどさどさと、仕事の資料や書類などを持ってきていた。
「えっ……こ、これ……」
「まだまだあるからな。しっかり働いてくれよ?」
「で、でも……これなんか、マニュアル作っておいておきましたよね? 万が一の為には、これを見て、やってほしいって」
以前、美咲と作った仕事用のマニュアルを取り出しながら、サナは上司にそう告げた。部長や新人社員向けに作ったものなので、大抵の社員であれば対応できる……と思ってたのだが。
「そんなもん、できるやつがいると思うのか? お前じゃなきゃできないんだ。それら全部、明日までに終わらせてくれよ。わかったな?」
「あ、明日まで!? こんな量、無理ですっ!!」
「いつも出来てただろ? 大丈夫だ、お前なら出来る!!」
「む、無理ですーーっ!!」
と言ったところで、はたと気づいた。
美咲のデスクが未だ、空のままなのに。
「あ、あのっ!! 美咲ちゃん……藤原さんは、どこに?」
「ああ、アイツも有能なんだが……急に有給使って休んでいるんだよな。お前からもさっさと会社に来いって言ってくれ。アイツがいないと本当に困る……」
「えええっ……!!」
そういえば、前に美咲が、この会社に見切りをつけようとしていた。
それが、こんな時期に……ちょっとだけ、サナは涙目になった。
「でも、こんな仕事の量……半分ならまだしも……多すぎるよぅ……」
やる気も出ない。ただでさえ、連日の仕事量にキャパオーバーしている。だるくてここに来るのさえ、ようやくなのに、更にこんな仕打ち。
「……もう、帰りたい……」
そんなときだった。
「お久しぶりです、部長」
聞いたことのある、馴染みの声。
「ふえっ!?」
なんと、そこににこやかに笑みを浮かべる羅那がいるではないか。しかも、若い社員一人連れて。
「おおっ!! 浅樹さん!! もしかして、出来たんですか?」
出迎えるのはご機嫌な部長だ。
「ええ、昨日、ようやく完成しましたので。さっそく納品をと……ん? ちょっと彼女に仕事を振りすぎではありませんか?」
と、サナのデスクが目に入り、羅那は指摘した。
「ああ、いつものことですよ。あの子は本当にどんくさくて困ります。だから、これくらい大丈夫ですよ」
と言い退ける上司に、サナは慌てて。
「わ、私、ちゃんとマニュアル作ったんですよっ!! このマニュアルあれば、なんとかできるものだって、あったはずなんですっ!!」
部長の言葉に、サナはマニュアルを手に立ち上がる。
「そのマニュアル、見せてもらっても?」
「ああ、浅樹さん、気にしなくていいですよ。どうせ、専門用語ばかりの高度なマニュアルでしてね……」
そんな部長の言葉を気にせず、羅那はサナから受け取ったマニュアルを、ぺらぺらと見ていく。
「これが専門用語ばかりの、高度なマニュアルだって? 吉岡、これ見てみてくれないか?」
そういって、羅那は見ていたマニュアルを、そのまま後ろに控えていた社員に手渡した。
「えっと、いいんですか?」
「それを見て、率直な意見を聞きたい。君はそれを見てどう思った?」
羅那から受け取ったマニュアルを見て、吉岡と呼ばれた社員もまた、ぺらぺらとページをめくっていく。
「ああ、凄いですね。とても分かりやすいです。図もきちんと入っていて、やるべきことがしっかり書かれている。これがあれば、迷わずこの作業、出来ますね」
「だろう?」
「えっ……ど、どういう事だ!?」
羅那と吉岡の様子に、部長は驚きを隠せない。
「ああ、申し遅れました。こちらは、うちの新人でして。今日は僕の助手をしてもらってるんですよ。いろいろと勉強になるだろうと」
「し、新人!? で、ですが……新人にその難解なマニュアルは……」
「えっと、入って数か月ですけど、それ……誰でもできる作業……ですよね? 流石にこれくらいなら、俺でも出来ますよ? まだ社長のようにプログラムは組めませんけど」
そう吉岡が言うと。
「なっ…………」
「吉岡、この仕事量、君はどう判断する?」
「うげーー、やりたくないですね。数人で手分けしてやるなら、なんとかなりそうですが……一週間くらいは猶予が欲しいです」
羅那に言われて、吉岡はそう告げる。
「そうだな。流石に一人でやれるものじゃないな。サナ。その仕事、いつまでやるよう言われたのかな?」
「えっと……その、明日の朝まで……」
「あっ……このバカ……!!」
「一人で背負わせる量ではありませんよね? 流石にこの量を一人でこなすのは厳しいと思いますけど……」
「そ、それよりも、浅樹さんっ!! 弊社のシステムプログラムができたんですよね!! まずはそちらを見せてくれませんかっ!!」
部長が話を急に変えた。どうやら、この話を終わらせたいらしい。
羅那は、これ幸いと上司の話に乗っていく。
「いいですけど……もう一度、確認してもよろしいですか?」
「な、なんでしょう?」
「今回作成したシステムプログラムを運用する社員は、誰ですか?」
「そ、それは……」
「サナ、もしかして、君はこのプログラム、使ってないか?」
パソコンを開いて、羅那がサナに見せてきたのは。
「あ、それ……めちゃくちゃ面倒くさいやつ……」
サナは続ける。
「金額入れても計算してくれないし、図は手動で作らないといけないし……けど、それで名簿とか書類作らないといけないから、本当に面倒なんだよね。これなら、表計算の別のソフト使いたくなる……」
「それで、今まで使っていて、困ったことはなかった?」
「コピペがショートカットキー使わないとできないとこかな……ホント、それで時間がかかるんだよね」
「図も確か、手書きで書かないとダメだったよね?」
「そう!! 表計算のソフト使ったら、さくっと終わるのに、それ使えないから、ホント苦労したよ!!」
「データの入力時に困ったことは?」
「それ、ホント意地悪なんだよ? 大量に入力して、一件でも間違えたら、最初っからやり直しなんだもんっ!! だから、一軒ずつ、保存しながら進めてたんだよね。マジ勘弁……」
それらを聞いて、羅那は、はーっと、ため息を零す。
「部長、すみません。どうやら、見当違いのことをしてしまったようです。ユーザーの言葉を聞いていなかった。もう少し聞いていれば、もっと良いシステムが組めたのですが……どうやら、やり直さなくてはならないようです」
「はっ!? だって、さっき、システムプログラムが出来たって……」
「おかしいと思ったんですよ。どうして、こう、難解なシステムにしようとするのか、正直わかりませんでした。あなたの発注通りに作りましたが……これでは、彼女には満足してもらえません。改善点がひとつも改善されていません」
「なっ…………?」
「あなたは、このシステムプログラムを運用していませんね? だから、正確に指摘ができなかった。はあ、こんなところでようやく間違いに気付くとは、僕もまだまだですね。よい勉強をさせてもらいました。吉岡、君もちゃんと発注者だけでなく、ユーザーの言葉に、耳を傾けることを忘れないように」
そう羅那は告げて。
「というわけで、すみませんが…………もう少し時間がかかりそうです。つきましては、追加料金をいただきたいのですが……」
「は……な、な……そんなもの、払えるものか!! こっちは借金だらけで費用も払えないってのに!!」
「それは初耳ですね」
驚いている……振りをしてるのだろうか、羅那の声が若干棒読みだ。それを聞いたサナが突然立ち上がり、こう指摘した。
「ちょ、部長……それって、タダ働きさせようって思ってたんですか!? 酷いと思います!!」
「五月蝿い!! お前はさっさと、その仕事を終わらせればいいんだ! そうすれば……」
かっちーーんと、サナは来た。もう許せない。
自分だけなら、まだいい。だけど、羅那くんと羅那くんの会社まで巻き込むなんて……!!
「すみません、今日はもう帰らせていただきます!! それに、こんな会社、もういたくないです。今日付けで辞めさせていただきますっ!!! こんな最低な会社、潰れればいいわっ!!」
そう叫ぶサナに、羅那は思わず、拍手を送る。吉岡もつられて拍手をしていた。
「じゃあ、僕らと一緒に帰ろうか。こんな上司の話、聞かなくていいよ」
「ですね!!」
荷物を纏めて、三人は、そろってその会社を出ていったのだった。背後で叫ぶ部長をそのままに。




