黄昏色に染まる場所で
黒のランボルギーニに乗って、羅那は気兼ねなく過ごせるタワーマンションへとやってきた。
ここには、家にいるメイド達はいない。
サナと二人きりで過ごせる。それに……。
――羅那くんと二人きり。
車を運転する羅那は、かなり上機嫌であった。サナはちらちらと、羅那の方を見て。
視線が合うと、にこっと微笑んでくれる。
その度に、どきんと胸が弾む。
羅那にエスコートされて、羅那の部屋に入る。
「は、初めて……だよね。この部屋に入るの……」
「そうだったっけ? なら、ゆっくりしていって」
初めて入る羅那の部屋は、シックな白と黒のインテリアで纏められたシンプルな部屋だった。
しかも、きちんと掃除がされているらしく、綺麗そのもの。
まるでモデルハウスのような部屋だった。それに、部屋のリビングは中央にある階段で二階にも上がることが出来た。
「えっと、その……広いんだね」
「うん。僕一人で住んでいるっていうのに、父さんと母さんは狭いって言うし……まあ、実家よりは狭いかもだけど」
「いや、充分広いよ!! 四人家族が余裕で住めるよ!!」
思わずサナがツッコミを入れた。
「ふふ。でしょ? 僕としても、リビングに寝室、コレクション部屋があればいいとは思ってるんだけどね。それよりもこっちに来て」
そういう羅那の言動や羅那の距離が近い気がするのは気のせいだろうか。いつになくハイな気がする。あの水族館のときよりもハイな気がする。
羅那に促されて、二人並んで、リビングの窓を見る。
そこから見える景色は、とても綺麗だった。
黄昏色に染まる街が一望できる場所。それが、羅那のリビングから見える光景。
「ここから見える、この街の光景が好きなんだ。サナと一緒に見れて嬉しい。ううん、それだけじゃない。抱きしめても……いい?」
少しだけ、不安そうにでも、優しげな笑みをそのままに羅那は尋ねる。
「いいよ……羅那くんなら、抱きしめ……あっ」
いいよと言ったそのとき、羅那がサナを強く抱きしめた。
「嬉しい……サナを、抱きしめられるのが、嬉しい」
「ら、羅那くん……?」
「うわあ、前にも何回か、我慢できずに抱きしめちゃったけど、もう、何度抱きしめても、サナを傷つけるようなことは起きないんだよな」
羅那はそっと、サナから離れて、今度はその顔を見た。
キラキラと夕焼け色に染まる光を受けて、羅那の蒼と金のオッドアイが不思議な色彩を見せていた。
そんな瞳でサナを熱っぽく見つめながら、幸せそうにサナの頬に触れる。少しだけ僅かに震えていたのがわかった。
「ああ……ようやくサナに触れられる。このときを待ってたんだ。凄く、凄く触れたかったから。サナの頬、とても触り心地がいいよ」
「な、なんか……それ、変態っぽい……」
「今日は変態になってもいいよ。こんなに、こんなに嬉しいんだもの。こんなに触れても抱きしめても、傷つけることはないから」
そういって、もう一度、抱きしめた。
「サナ……僕はずっと、君に触れたかったんだ。こうやって、抱きしめたかった。けど、出来なかったんだ」
「羅那くん……」
「僕の力は、人より強かったから、その所為で暴走しやすかったんだ。父さんがいろいろと手を尽くしてくれたけど、それでもダメだった時が沢山あった。しまいには……」
『ば、化け物ッ!!』
あの颯士の言葉が、小さく聞こえたけれど、あのときよりも怖くはなくて。
「化け物って呼ばれて……だから、人からは距離を取るようにしてた。これ以上傷つけたくなかったから……いや、そうじゃないかも」
羅那は思わず、涙を浮かべた。
「僕も……傷つきたく……なかったのかもね」
「羅那くん……泣かないで」
そんな彼の瞳を、サナが指で拭う。あっと思って何か拭くものを探したが、すぐには見つからずに。
「大丈夫だよ。これはうれし涙だから」
でもと、羅那は言葉を区切り。
「意思に反して人を傷つけてしまうのだけは、慣れなかったよ。だから、できるだけ傷つけた人を助けられるように、回復魔法はいち早く覚えたけど……全力でやっちゃうから、痛みを伴っちゃうんだよね。今後は調整することを覚えるのが先かも……」
くすっと笑って、もう一度、サナに触れる。今度はその柔らかな髪を掬うように。
「ひとつだけ、怖いことあったな」
ぽつりと呟く。
「サナ……僕の事、怖いよね……」
仕方ないことのように、少しだけ悲しげな表情で告げる。するりと髪を触っていた手を離して。
「どうして?」
「僕のこの瞳……僕のこの力……他の人から見たら、たぶん、化け物……だから」
思い出して、思わずサナに確認してしまう。
できれば、怖くないと言って欲しい。
「怖くないって言ったら、嘘になるかも」
そのサナの言葉に、羅那は思わず息を呑む。
「でもね」
サナは続ける。
「それよりも、私、羅那くんのことが好き。怖いって思う羅那くんも、目がキラキラする羅那くんも、そして……とても優しい羅那くんも……全部、全部好き。だから……大丈夫。それに何かあっても、私、白銀竜の巫女だから、自分で癒しちゃうもん。だから、傷つけられても平気だよ」
その手を広げて、にこっと笑う。
「だからね、羅那くん。怖がらなくていいよ」
「うっ……」
羅那は思わず俯き、口元を抑える。
「え、えっと……ら、羅那くん……わ、私、変な事いっちゃ……」
あわあわする、サナをもう一度抱きしめ、そしてそのまま。
唇が重なった。
いつもよりも長い長いキス。
互いの熱を感じるくらいの、甘いキス。
「……僕も好きだよ。まさか、サナからこんな熱烈な言葉を貰えるとは思ってなかったけど。すごく……すごく嬉しい」
「羅那くん……よかった、変な事言っちゃったかと……」
「凄く嬉しかった!! 僕も好きだ、サナのことが好きだよ。ううん、それだけじゃ足りない」
何かが外れたような気がする。
「愛してる。どんな誰よりもずっと、君を愛してる。例え世界の全てが敵になったとしても、僕は僕だけは君の味方だよ。どんな時でも、僕は君を守ると誓うよ。だから……」
そしてまた、キスを交わした。今度は短かったが。
「ら、羅那……くん……?」
ぽーっとなってしまうのは、仕方ないのかもしれない。
サナだって、羅那のことを好きで好きでたまらないから。
「君を離さない。もう、誰にも渡さないよ。サナ……僕の、僕だけの天使……」
ぎゅっと抱きしめ、そして……。
ずるっと、力が抜けた。
「えっ……ら、羅那く……お、おも……!!」
サナに覆いかぶさるように……くたりと倒れ込んで、サナも倒れてしまった。
「ちょっと、羅……え、ね、寝てる……!?」
すーすーと、気持ちよさそうに寝息を立てながら、幸せそうに羅那は寝ていた。
そういえばと、改めてサナは思い返す。
ギリギリの戦いに、大量の魔力が注がれて、安定した力。
それに、そのまま浅樹家に行って、力を制御するためのセイバーを付けてもらって。
その足で、一気にこのマンションまで帰って来た。
疲れていないわけがない。
「よっこいしょ……」
ようやく起き上がって、羅那をよいしょよいしょと、ソファーの上に乗せる。
「んん……」
「お疲れ様、羅那くん。いい夢を……」
彼の唇に軽くキスをして、サナは、ぽっと頬を火照らせながら、幸せそうに羅那の寝ている姿を見つめていたのだった。




