羅那が知った真実は
羅那の周りには、幾重もの魔法陣が展開されている。
しかし、それはすぐに割れて、消えてしまう。
「くっ……まさか、これほどまでとはな……」
翔は、羅那の力を抑えるために、結界を展開して、その力を封じようにも、その前段階である結界の魔法陣が展開できずに、羅那に近づけられずにいた。
「ああああああああっーーーー!!!」
なおも、羅那は叫び、苦しんでいる。
そこにもう自我はない。ただただ、己の力の本流に任せて、その力を放出しているだけ。
このままでは、この力をかぎつけて、妖魔が襲ってくるかもしれない。
「早く、早くなんとかしないと……もう一度っ!!」
何度目かの魔法陣の展開。今度は更に数を増やして、試してみるも……。
「まだ駄目かっ!!」
まさか、これほどまでにサナに惚れ込んでいるとは誤算だった。いや、今までの様子を見れば、分かることだった。あれほどまでに大切にしていた相手は、サナ以外にいない。あのディーでさえ、惹かれつつも結局、選ばなかったのだ。
「翔!! こっちはなんとかなったわ!! サナは眠ってる。だから、私も加勢するわ。けど、その前にひとつ伝えたいことがあるの」
「伝えたいこと? こいつを抑える以上に伝えることがあるのか!?」
ええと頷き、リィナは続ける。
「サナは……リューちゃんとシーちゃんの忘れ形見のサナは……『白銀竜の巫女』だったわ!」
「なんだと!?」
遥か昔から、浅樹家に伝わる予言。その一節には、その白銀竜の記述があった。
『世界に危機が迫るとき、白銀竜もまた目覚め、世界を守るだろう』と。
「それが、あの子だというのか!? だとしたら、俺は……」
「後悔するよりも、まずは羅那を抑えないと……」
リィナの言葉に翔は頷く。
サナを抑えた精霊王の力を込めた戒めの檻と、翔の封印の魔法陣が展開されようとした、そのときだった。
「羅那くんっ!!」
そこに飛び込んできたのは、サナだった。
「サナ!?」
「駄目よ、サナちゃんっ!?」
いつの間にかサナは目覚め、そして、力を放出し続ける羅那へと飛び込んだのだ。
体中が、羅那の力で裂けて、血がにじむ。しかし、サナは怯まず、そして、羅那に抱き付いた。
「羅那くん、起きて!! あれは、羅那くんの所為じゃないのっ!!」
そのサナの言葉に、仰け反っていた羅那が反応した。叫びが止まり、そして、ゆっくりと視点の合わない瞳で、サナの方を見た。
「あっ……」
そこで、あらためて、気づいた。
羅那の瞳が、左右の色が違う。右目は確かに父親と同じ、青い瞳。だが、左目は、母親譲りの金の瞳がそこにあった。更にきらきらと宝石のように輝き、見る者を圧倒させるかのような、不思議な色彩を放っていた。
「……さ、な……」
ようやく、羅那は言葉を紡ぐ。
「うん、サナだよ、羅那くん。あの事故は……ううん、あの戦いは羅那くんの所為じゃない。私の家族が亡くなったのは、私を……白銀竜の巫女である、私を守る為だったのっ!!」
「サナ……?」
「だから、あなたのせいじゃない。悪いのは……私、なのっ!! だから、だから……起きてっ!!」
涙を流しながら叫ぶサナの声が、羅那の耳に届いた、次の瞬間。
『お前も知るべきだろう。あのときの事の次第を』
誰かの優しげな男性の声が響き、そして、羅那も強制的に見ることになる。
サナの家族が……どうして、亡くなったのかを。
それは避けられない戦いだった。
本隊は、遥か遠くのアラスカで戦っていた。それが、羅那が戦っていた場所であり、翔も参戦した戦いだった。そして……悲劇は、その戦っている最中に起きた。
「封印された山から、妖魔が大量に現れただと!?」
万が一に備え、流斗達は、ここ日本に残っていた。それが幸いした。
封印された山から大量に妖魔が噴出。最初は見習いの戦士達で何とか抑えられていた。
しかし、徐々にその数が増え、現れる妖魔の力も高まってきていた。
正直、見習いたちの手に負える代物ではない。
何とか封印を施し、抑えているが、それがいつ吹き出すか分からない。
そんな連絡を受けて、主力部隊である流斗達が駆り出されたのだ。
事態は深刻であった。
気づけば、かなりの数の犠牲が出てしまっていた。
これ以上は看過できない。
我々だけで抑えられる状況ではない。それはまるで……。
「災厄……だと……? 予言にあった日付よりもはるかに速いんだぞ!!」
それに、災厄は恐らく、これよりも激しい戦いになると予想される。経験したことのある流斗はそれを肌で感じてきている。だからこそ、次世代の若者……特に強い力を持つ羅那達へと未来を託したいと思っていたのだ。それになにより……黙ってはいたが。
「お父さん……どうかしたの?」
心配そうに見つめる娘のサナ。母のシイスによく似た、娘。それが、未来を支える白銀竜の巫女でもあった。
ここまでずっと、サナには、辛い想いをさせてきた。
外出するにも、人目に晒さないように。
なるべく、家に出さないように。
その理由は話してはいないが、気づいていないのか、サナは従順に流斗の言葉に従っていた。
白銀竜の巫女だったことは、喜ばしいことだったが……。彼女には人並な幸せを与えてあげられなかった。
「いや、なんでもない……」
これはきっと……命を懸けた戦いになると、流斗は感じていた。
「遅くなったわ!!」
ようやく、シイスと合流した。
「すまないが、怪我人の治療を最優先にっ!!」
「それなら、一気にこの一帯を……回復するわね」
シイスは気づいていたのだろう、この凄惨な現状に光を齎すために、その命を削ってまで、癒しを施した。この地域一帯を全て。
「シイス!?」
「皆だって命を懸けて戦っているわ。私だって、守りたいものがあるもの」
巫女とはよく言ったものだ。
その癒しの力は、内なる力……すなわち命を削って、他者を癒す力なのだ。だからこそ、サナには、必要以上に使うなとシイスを通して厳命したし、サナはそれをちゃんと守っていた。
その真実を知ったら、サナはどう感じるのだろう。
シイスと同じように、サナもまた……命を燃やし続けてしまうのだろうか。
シイスは力を使えないのではない。使わなくなっただけなのだ。
「父さん!! あそこ!!」
流加が叫ぶ。どうやら、あのデカい妖魔が親玉の様だ。地面に空いた奈落から、その体を這い出ようとしている。あれが全て出てきてしまったら、恐らく、この街は、いや、この世界は終わりだと直感で分かった。
「全員、あれを食い止めろっ!!」
流斗が言う前に、雑魚な妖魔が大量に襲ってきた。
「な、なにっ!?」
「流斗さん!! あいつらは、我々が押さえます!! その間に、奴を、皆さんで!!」
まだ新米だと思っていた戦士達が、シイスの癒しを受けて、戦いに向かった。
「君達のことは忘れない……」
そう告げて、巨大な妖魔と対峙する。
「流加、流輝!! それに、星流に美風!! 皆の力を合わせて、アイツを奈落に押し返す!!」
それはすなわち、死を意味していた。しかし、家族は笑顔で応える。
「まずは私達から……行くよっ!!」
「盾は任せて!!」
まずは、星流と美風が、その巨大な妖魔に飛び乗り、下へと力をかけた。
「うあああああああっ!!!」
「おちろおおおおおお!!!」
二人の声が重なり、ずんと、下へと押し戻す。いや、まだだ。
「妹に負ける……かよっ!!」
その剣に魔力を込めて、今度は、流輝がその剣を勢いよく上から突き刺した。
ずどんと、また勢いよく、音が響く。それでもまだ、巨大な妖魔は縁に捕まり、這い出ようともがいている。
「往生際が悪い奴だ……これでも受けてみろっ!!」
流加もまた、何重にも魔力を流して、全力で突き刺す。
ずどどどんっ!! その振動が大地を揺るがす。それでも妖魔は出てこようとする。
「本当。そろそろ諦めて欲しいわね」
すとんと、巨大妖魔の上に乗り、シイスは優雅な手つきで、ゼロ距離で、その白い弓に何本もの矢を携えて。
「もっと落ちなさい。ここはあなたがいていい場所じゃないわ」
ずがががががっ!!!
ようやく、片手が離れた。後もう少し、後もう少しで、妖魔が落ちる。
ふっと流斗が笑みを浮かべた。
「最後の止めだ。こころして受け取れ……この黒竜剣をなっ!!」
黒い稲妻を集めて、今度は流斗が高く飛び上がり、そして、遥か上空から、勢いよく剣と共に落ちてきて。
――ずどおおおおおおんんんんん!!!
激しい振動と稲光と共に、その妖魔は奈落へと墜ちた。
サナの家族を全て、引き連れて。
光が遠くへと遠ざかっていく。
妖魔と共に、奈落へと。
「どうか、幸せに……」
ばしんという音と共に、羅那の力が急に止まった。それと同時に、羅那の体が倒れ込む。
「羅那くんっ!!」
サナの言葉に、羅那はようやく、目覚めた。
「……サナ」
羅那はその両手で、サナを強く抱きしめた。
「改めて……誓うよ」
「羅那くん?」
「サナ、君を全身全霊でもって、守る。君の家族の分まで……」
何かを言おうとしていたサナの唇を、羅那は自身の唇でもって塞いだ。
「愛してる……もう離さない。なにがあろうとも」
「私も……羅那くんのこと……愛してる」
二人は見つめ合い、もう一度、キスを交わして……そして、一緒に気を失ったのだった。




