リムジンと共に来た別れ話
その頃。サナは悶々とする日々を過ごしていた。
聞きたくても、聞きたいことを切り出せない。通話でもメッセージのやり取りでも。
あの時なにがあったのか……そして、妖魔と戦っていたこととか……。
さらに間が悪いことに、この話をしたいときに、美咲もまた忙しくなっていた。
そういえば、サナが忙しい時、美咲もまた忙しいところに駆り出されていたなと、サナは思う。
「ああああもう、もやもやするぅ……」
そう呟きながら、会社を出て帰ろうとした、その目の前に……一台のリムジンが待っていた。
運転席から従者のような男性が下りてきて、後部座席を開きながら、サナに尋ねる。
「柊サナさんですね。どうぞ、こちらに」
「えっ……わ、私、ですか?」
困惑するサナに、後部座席に座っていた壮年の男性が声をかけてきた。
「ええ、あなたと話がしたいと思いまして。お手数ですが、乗っていただけませんかね?」
その優しい声色……いや、その壮年の男性が纏う雰囲気は、どこかで見たような気がする。思わず、サナは乗り込んでしまった。
彼の隣に座ると、男性はにこやかに話し始めた。
「申し遅れました。私はアサギグループの会長をしています、浅樹翔と申します」
「え、浅樹……もしかして、羅那くんの……?」
サナの言葉に、壮年の男性、いや翔は、興味深そうに瞳を細める。それが羅那に似ていた。
「ええ、羅那は、私の大切な息子です。家族としても、家業を継がせるためにも」
間違いない、彼は羅那の父だと、直感的に理解した。
けれど……なぜ?
なぜ、私と話をしたがるのか?
……それより、彼は『アサギグループ』と言わなかったか?
「あ、アサギグループって……よくCMに出てる……?」
「ええ、よくご存じで。最近は新しい事業にも手を出して、忙しい日々を送っていますよ」
そこでもう一つ気づいた。羅那は、その御曹司だということに。そういえば、羅那はお金を使うことに躊躇いはなかった。
何かあれば、自分から出すと言っていた。それに彼の愛車である白のランボルギーニ。それは、外車であり高級車でもあった。
「そ、それで……わ、私に話とは……?」
「柊流斗……この名前に心当たりはありませんか? 恐らくあなたの父親のはずだ」
「!!? え、ええ……そ、それは私の、父の名、です……」
翔から告げられた名前にサナは、口の中がからからになるような気がした。
「ふふ、君の父親は、私の親友でもあったのだよ。二人で共に背中を預けられる相棒としてね」
その言葉に、羅那の昨日見た戦いのことを思い出してしまった。
もしかして、翔さんは、私のお父さんと一緒に……ずきりと、頭に鋭い痛みが走る。
「君のご家族のことは……正直済まないと思っている」
「あれは……避けられない『事故』でしたから……飛行機事故だなんて……避けられません」
「…………飛行機事故……か」
サナの言葉に、翔は瞳を細めた。興味深そうに。
「あの……その、本題に入りませんか? 本当は違うことを話に来たんじゃないですか?」
そうサナが切り出すと。
「話が早くて助かるよ、サナ」
ふふっと柔らかな笑みを浮かべて、翔は告げた。
「羅那と別れて欲しい」
「!!!!」
その言葉にサナは驚愕する。
「あ、あの……話が……よく、分からないんですけど……」
「調べさせてもらったよ。君は今、羅那と付き合っている。まさか、羅那があそこまで君のことに夢中になってるとは思わなかったがね……」
「で、でもっ…………」
「君には手を引いて欲しいんだ。それに、君は羅那の何を知っている?」
「そ、それは…………」
言えなかった。知っているのに知らないことが多いことに、翔との話をして、理解させられていた。
「もうすぐ、羅那にはやらなければならない大仕事が待っているんだ。それを妨げるものは、どんなものでも排除したいのだよ。確固たる勝利を得るためにも……君はそれに立ち向かえるのかな?」
「わた、しは…………」
「それに、親友の忘れ形見を、巻き込みたくないという気持ちもある。アイツが唯一残した、君を危険な場所に連れて行きたくない。君にはもっと幸せな場所があるはずだ」
「それでも……わたし、は…………」
きりきりと胸が痛む。と、車が突然揺れて、ちゃらりと、首に付けていた物が飛び出した。羅那から貰った鳳凰のペンダントだ。
「!!…………羅那はそれも君に渡していたのか?」
それを見て、翔は驚愕していた。まさか、そのペンダントのことをサナに話していないとは思っていなかったが。
「あっ……」
「すまないが、これは預からせてもらう。君には重すぎるものだ」
ちゃらんと鎖の重なる音と共に、それが外され取られてしまう。
「もう一度、言おう。羅那とは別れてくれ」
その言葉と共に、サナの頭の中には、羅那の言葉がリフレインしていた。
『受け取ってくれるかな? ……君に持っていて欲しいんだ』
『……君を守るお守りだから』
そういって、大事そうに渡してくれた羅那からの大事なペンダントが奪われ、別れて欲しいと言われて、サナは何も言えず、ただただ、俯くだけだった。ぽとぽとと、その手の甲に雫を落としながら。
かつんかつんとハイヒールを鳴らしながら、その豪邸にやってきたのは、金髪の美しい女性だった。
「お久しぶりです、おじ様。サンディ・グレイシアが参りましたわ」
「ああ、来てくれたか、ディー」
そう告げるのは、羅那の父、翔だった。軽くハグして、頬に親愛のキスを交わす。
「それで……婚約の件ですが、お受けしようと思います。今、羅那を失うことはとてつもない損失になります。命に代えても、お守りしたいとはせ参じました」
「またランクを上げたと聞いているよ。流石はイギリス魔導教会の天才と謳われた魔導士だ」
「羅那ほどではありません」
「あいつは規格外だよ。それに……君のような子が傍にいてくれる方が安心だ。今の羅那には側に誰もいないからな。必要なのは、戦いでもプライベートでも並び立つパートナーだ」
「勿体ないお言葉……なんだか誇らしくなります。でも、まだまだです……ようやく、上級魔導士になったばかりですし」
「それでも、だ。戦える者は年々減ってきている。そこでの君の存在はとてつもなく大きい。ぜひとも、羅那の隣でその力を遺憾なく発揮してもらいたい」
「はい、私の持てる力の全てでもって……羅那を支え、お守りすることを誓います。そのために生まれた私ですから……」
そのディーの言葉に翔は、柔らかく微笑み返し。
「なら、君にこれを渡して置こう」
翔が差し出したのは、あのサナが持っていたあの鳳凰のペンダント。それを翔が自らディーの首につけてやる。
「!! それは、浅樹家の……でも、このペンダントは……初めて見ますわ」
「そりゃ、羅那が作ったものだからな。正直、良くできてるよ。守護の守りも何重にかけられている」
瞳を細めてそう、翔は告げる。
「でも……これを頂いても……本当によろしいのですか?」
「ああ、これは君こそ、相応しい」
翔は嬉しそうに微笑んで、ディーの元に輝くペンダントを見つめたのだった。




