突然の来訪、繋がる手のぬくもりと
少し距離を置き過ぎたかと、羅那は仕事を進めながら考えていた。
触れたい、抱きしめたい……そんな気持ちだけが募る。
けれど……出来ない。
と、パソコンを操作する手が止まったのを見て、秘書の杉崎が傍にやって来た。
「何かあった?」
顔を上げて、杉崎を見る。
「ええ。実はセセラギ・コーポレーションから、ソフト開発の依頼が来ていますが……どうしますか?」
彼が言葉を濁すということは、面倒極まりない仕事だということ。
わざわざ内容をプリントアウトしてくれた書類を見ると、どうやら、相手側は羅那の会社を格下と見ているようだ。
「なるほどね。……わかった、これは僕が引き受けよう」
「はい、ではキャンセルを……えっ!?」
「僕が引き受ける。たまにはこういう難易度の高い案件をこなすのも悪くはないだろう?」
受け取った内容をもう一度、見て、ちょっとだけ眉をひそめた。
だが……セセラギ・コーポレーションは、麗子の父親が動かしている会社でなにより。
――サナが、いる……。
ならば、他の誰にも渡すわけにはいかない。
少々、面倒そうではあるが……。
昼過ぎのフロアが、妙にざわついていた。
「ちょっと、サナ! ヤバいことになった!!」
そう急いで1階の用事を済ませてきた美咲が戻って来た。
「ヤバい……こと?」
「物凄いイケメンが、うちの会社に来たって、物凄い噂になってる!! ちょっと女子社員のバリケードがあって、顔までは見えなかったんだけどね」
「イケメンさん……?」
でも、サナは三次元には興味がない。あるのは、二次元の推しと。
――羅那くん。
どきんと胸が跳ねる。
「仲良くできるといいね」
「仲良くなんてできるかどうか……かなりの女子が狙ってるから……ほら、来た!!」
「えっ……!?」
「んん……?? サナ?? あっ!!」
そういえば、少し前にこんなメッセージを羅那から受け取っていた。
『今日、そっちに行くことになったよ』
そっちがどこなのかわからなかったが…………。
「「ええええええっ!!!!」」
上司に伴われて、隣にいるのは紛れもなく。
「ららら、羅那くんっ……!!」
ささと隠れて、美咲に告げる。
「こ、これはえらいことになりましたな、サナ氏」
「う、うん……」
けれど、さっき瞳があったときに、ふわりと笑みを見せてくれた。
「ど、どういうこと……?」
と困惑している所に、羅那を案内していた上司がサナに声をかけてきた。
「おう、柊。お茶もってこい、二つな? 後、上等な菓子があれば、それも」
「わ、わかりました……」
「やったじゃん、行っといで」
「う、うんっ!!」
緊張しながらも、サナはお盆にお茶と茶菓子を乗せて、二人のいる会議室をノックしたのだった。
「し、失礼します……」
入って来たサナを見て、羅那は瞳を細める。
「可愛い社員さんですね」
(ふえええ、羅那くん、そこでそんなこと言う!?)
「いえいえ、雑用ばかりしてるただの社員ですよ。浅樹さんはこういう子が好みなんですか?」
上司は相変わらず、下品な笑みを浮かべて、羅那に媚びを売っている。
羅那は柔らかな笑みを見せながらも、肯定も否定もしない。
その間に、僅かに震えつつも、お茶とお菓子を二人の側に置くと。
「で、では……失礼します……」
「お茶、ありがとう」
ありがとうの後に加えられたサナの名前は言わずに、口元だけで呟いて見せる。
「し、失礼しますっ」
ぱたぱたと、急いでサナはその場を立ち去った。
そんな様子を、羅那は瞳を少し細めて見つめ、笑っていた。
「浅樹さんも、あの子をからかうのが好きなんですね」
「違いますよ。からかうのなら、もっとあからさまに傷つけるつもりで言わなければ、誤解されてしまう」
「!?」
「ああ、すみません。商談の途中でしたね。では……」
いつの間にか、他愛のない話から商談へと切り替える。
――はあ、可愛かったな、サナ……。
面倒すぎる商談だが、これならやれるかもしれない。
羅那は終始、笑顔を崩さずに、面倒すぎる上司との商談を進めていくのだった。
気が付けば、もう暗くなっていた。
けれど、幸いなことに残業は免れたようだった。
「そういえば、羅那くんは……もう帰っちゃったよね?」
書類を纏め、自分の鞄を手にして、オフィスを出るとそこに。
「あ、サナ。お疲れ様」
「ら、羅那くん!? えっ、何で……!?」
壁に体を預けて待っている羅那の姿があった。少し疲れているように見えるのは気のせいだろうか?
「実は……ついさっき、商談が終わって……というか、一時中断?」
「え、それって……えっ?」
驚いているサナに、羅那は楽しそうに笑みを深める。
「かなり手強い商談だけど、物にするから頑張るよ。サナにもこうして会えるし……けど、サナにちょっと協力して欲しいかも」
「私が出来ることなら、ぜひ!!」
「この会社、裏口ある?」
急にそんなことを聞かれて、サナはふえっと変な声が出てしまった。
「いや、エントランスから出ようとしたんだけどね……ほら、見て」
羅那に促されて、下の階を覗いた。
そこには、羅那を狙う女子社員がごった返している。
「…………大変なことに、なってる……」
「でしょ? 流石にこの中を入っていくのはどうかなーなんて思ってて」
と、ため息交じりに羅那が言えば。
「羅那くん、こっち」
ぐいっと羅那の手を握って、あっという羅那の声が聞こえたが、止まるつもりはない。
どきどきと心臓が鳴る。
「こっちに、裏口があるの。だから……そこから、出よう?」
「裏口……いいね。なんか、有名人になった気分だよ」
「もう、羅那くんは有名人さんだって!!」
そういうサナの言葉に羅那は思わず、楽しそうに笑って。
また繋がれた。
だから……きっと大丈夫。
――ねえ、羅那くん。私の想い、伝えてもいいかな?
一方、羅那もその手にサナの欲しかった温もりを感じながら、幸せに満たされるのを感じていた。
どんなドラマよりも、どんな映画よりも、甘い。
――今が永遠に続けばいいのに。
せめて今だけは。
どうかこのままで……いるかどうかわからない神様に、羅那はそう願ったのだった。




