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ミッドナイト・リィンカーネーション ~運命に選ばれた彼と恋をして世界が変わりました~  作者: 秋原かざや


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17/62

彼のもう一つの顔と密約のブローチ

 グラスが触れ合う澄んだ音。

 柔らかな弦楽が、天井の高い会場に流れている。


 ――ここは、彼女の『本来いるべき場所』。


 いつになく、着飾ってしまったのは、これから出会う相手を考えると、それが相応しいと思ったから。

 叶うならば、手に入れたいと思ってはいるが……。

 そんなドレス姿の麗子は、シャンパンを片手に会場を見渡していた。

 企業合同のレセプションパーティー。

 名の知れた家柄、役員クラス、後継者たち。


(……やっぱり、いる)


 人の流れの中心。

 自然と周囲に空間が生まれている一角。


 ダークグレーのスーツを纏い、胸元に鳳凰のブローチを付けた青年が、穏やかな微笑みで挨拶を受けていた。

 視線、所作、声の抑揚。

 どれもが『慣れている』。


(間違いないわ……)


 昼の街で見た男。

 サナの隣にいた、あの人物。

 けれど、今ここにいる彼は――まったく別の顔をしていた。

「……氷の貴公子、でしたか」

 そう呼ばれていた時代を、麗子は知っている。


 人当たりは柔らかい。

 だが、誰も懐には入れない。


 ――浅樹羅那。


 アサギグループ次期当主。

 この場にいる全員が、無意識に一段下がる存在。

 その証が、あの胸元につけられた鳳凰のブローチ、である。


(あの子が、こんな人と……?)

 違和感が、確信へと変わる。

 だからこそ、麗子は一歩踏み出した。

「ごきげんよう。お久しぶりですわね、浅樹様」

 羅那は、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 そして、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。まさか、その笑みを自分に向けてくれるとは思わなかった。

「これは……橋島さん。久しぶりですね」

 名前を、正確に。

 立場を、理解したうえで。


(覚えている……当然、ですわね)


「今日はご挨拶だけでもと思いまして」

「わざわざこちらまでお越しいただけるとは、光栄です」

 羅那はそこまで言って、麗子の耳元に囁いた。

「少し、場所を変えようか」

 ふっと笑みを浮かべて、誘うように羅那は先行していく。

 サナのように隣に立つこともないし、歩幅を合わせることはないが、麗子を引き離すことはなかった。


 自然な流れ。

 誰も不審に思わない。


 二人がたどり着いた場所は、人目の届かないラウンジスペース。

 間接照明が、この二人の距離を曖昧にしていくようだった。

「昼間、見かけたよ」

 唐突に、羅那が言った。ことりと、持っていたグラスを置いて。

 麗子は、驚いたふりだけをする。

「あら……どこで、ですの?」

「街で。柊サナと一緒に」

 その名を聞いた瞬間、麗子は確信した。


(――把握されている)


 試すように、微笑みを深める。

「仲がよろしいのですね」

「大切にしているよ」


 即答。

 迷いのない声。


(……やっぱり、そう簡単には崩れない)


 だが、ここからが本題だ。少し緊張して、指先が僅かに震える。

 羅那に、気づかれただろうか?

「では、余計なお世話かもしれませんが……」

 麗子は、声を落とす。

「あの子の周囲、少し……不安定なんですの。人に恵まれない質かもしれませんわ」

「君は、彼女をよく観察しているようだね」

 責めるでもなく、肯定するでもなく。

 少しだけ、その蒼い瞳を細めた。

「だから、僕から頼みたいことがある」

 そう言って、羅那はポケットから小さな箱を取り出した。


 中に収められていたのは……控えめで、だが品格のあるブローチ。


「これを、君に預けたい」

「……私に、ですの?」

「サナの『周囲』を見てくれないかな?」


 視線が合う。

 その奥にあるのは、命令でも誘惑でもない。


(――共犯の誘い)


「彼女には、知られない形で」

 麗子は、ゆっくりと息を吸った。

「……なるほど」

 上流の世界では、秘密は契約であり、信頼の証でもある。

「それで、私は何を得られるのでしょう?」

 そう尋ねると、羅那はわずかに口角を上げた。

「君が知りたい『答え』を」

 それだけで、十分だった。


 麗子は、ブローチを受け取る。


「いいですわ。『仲良くなれるか』――試してみましょう」

「ありがとう」

 羅那からの礼は簡潔ではあったが、それ以上の意味を含んでいるを、麗子は理解していた。




(麗子なら、踏み込みすぎない――だが、彼女とは違う)

 羅那は、彼女の、麗子の背中を見送りながら思う。


 サナには、まだこの世界を見せなくていい。

 だからこそ、外側で刃を受け止める役が必要だ。


「君は、まだ……気づかなくていい」

 彼女が笑っていられる距離を、守るためなら。

 この程度の密約は、安いものだった。




 後日。

 麗子は、ブローチを指先で弄びながら、静かに微笑んだ。

「……本当に、面白い方」

 彼も、あの子も。


 さて――

 どちらが、どこまで踏み込むのか。


 その答えを知るのは、もう少し先でいい。




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