病み上がりなサナと並んだ洋食ディナー
翌日。
体のダルさはまだ完全には抜けていなかったけれど、サナはどうにか一日分の仕事は終えた。
「……はぁ……」
椅子から立ち上がった瞬間、軽く眩暈がする。
慌てて机に手をついて、深呼吸を一つ。
「やっぱり、まだ本調子じゃないな……」
そう思いながら会社を出て、夜の駅前へ向かった、その時だった。
「……サナ」
聞き覚えのある低い声。
顔を上げると、少しだけ眉を寄せた羅那が立っていた。
「……また無理して……」
「えっと、なんでいるの? えっ……?」
訳が分からない。
「あれだけ体調が悪かったのに。元気になったとたん、またすぐ出社するなんて、想定外だ」
そういう羅那の後ろには、見慣れた白いランボルギーニが見える。
どうやら、待ち伏せされていたらしい。
「ご飯、まだだよね?」
「……うん。まあ……」
「なら決まり。乗って」
有無を言わせない口調なのに、ドアを開ける動作は、やけに丁寧で。
気づいたら、サナは助手席に収まっていた。
連れてこられたのは、駅から少し離れた場所にある洋食屋だった。
派手さはないけれど、落ち着いた灯りと、どこか懐かしい雰囲気。
「ここ……」
「無理しなくていい店だよ。味も、胃に優しいし」
それだけで、ほっとしてしまう。
どうやら、羅那の行きつけの店なようだ。店員とも見知った関係らしく、軽く挨拶を交わしていたのを見ていた。
席に案内され、羅那は慣れた手つきでメニューを開く。
「サナは……これかな」
羅那が指差したのは、ホワイトソースの海老グラタン。
「重くないし、温かいからね。今日はこれくらいがいいと思うよ」
「……うん、それにする」
一方で、羅那の注文は――
「ハンバーグ、ステーキ、ナポリタン。それとトンカツセット」
「……え?」
「デザートは後で考える」
さらっと言ったけど、とんでもない量だ。それに……よく見たら、隣の写真に写っていたお子様ランチに、似ていた。
(えっ……もしかして、それを食べようとしてる……? いやそれよりも……)
「そんなに食べるの……? 全部、食べれる?」
「昨日ほとんど食べてないからね。本領発揮」
にこりと笑うその顔が、やけに楽しそうで。
なんだか、こっちまで元気を分けてもらえる気がした。
先に運ばれてきたのは、サナのグラタンだった。
ふわりと暖かい湯気が立ち上がって。
上に乗った溶けたチーズが、こんがりと焼けた表面。
スプーンを入れると、とろりと白いソースが広がり、そこからマカロニが顔を出していた。
それを口に含もうとして……。
「……熱っ」
「ほら、言った」
今度は慎重に、ふーふーしながら、ゆっくり一口。
「……美味しい……」
優しい味。
エビの甘さと、まろやかなホワイトソースが体に染みる。
「無理して全部食べなくていいからね? 半分くらいで止めてもいいから」
「うん……でも、食べられそう」
そう言っている間にも、羅那の前には次々と料理が並び――
ナイフとフォークが止まらない。しかも、上品にスマートにそれを一つずつ食べきっていく。
「わぁ……ホントに、全部食べちゃいそう……」
「見てると楽しいでしょ?」
「うん……ちょっと」
その羅那の横顔を眺めながら、サナはまた一口、グラタンを口に運ぶ。
気づけば、体の力が少し抜けていた。
「……連れてきてくれて、ありがとう。羅那くん」
「当然だよ。また倒れられたら困るし。僕も心配してるんだよ」
そう言う羅那の蒼い瞳は、とても優しい光を帯びていた。
「今日は、ちゃんと回復する日だからね」
その一言で、サナの胸の奥がじんわり温かくなった。
――ああ。
無理しなくていい夜って、こんな感じなんだ。
そう思いながら、サナは最後の一口を、ゆっくり味わったのだった。




