理科室の鏡の噂とサナのクッキーの効果
既に契約していたマンスリーマンションに戻って来た。
「えっと、確かここだよね?」
知らぬ間にサナの鞄の中にマンスリーマンションの住所と鍵が入っていた。
「きっと、狛犬部隊の人達が、こっそり入れてくれたんだね。でも……羅那くんが教えてくれたっていいのに……羅那くんはどこにいっちゃったんだろう?」
少しの不安。けれど――その感情は、すぐに霧のように薄れていった。そのまま、気にせずに部屋に入っていく。既にベッドなどの生活に必要なものは全て揃っていた。
「そうだ、クッキーを作ろう! みんなと仲良くなりたいから……きっと喜んでくれるはず!!」
慣れた手つきで、キッチンにあった材料を使って、クッキーを作っていく。作り方はレシピを見なくてもわかる。何度も親と自分だけで、焼いてきていたから。
「でも、どうして作ろうと思ったんだっけ……?」
サナは小さく首を傾げた。けれど、不思議とそれでいい気がした。
「うん、美味しい!! 綺麗に焼けたから……自信作だよ!!」
透明な可愛い袋に袋詰めして、サナは満足げに……眠った。
翌朝、危ない所で遅刻しそうになったが、まあ、ギリギリセーフだったことを記しておく。
そして、放課後。
「まずは皆に……プレゼントっ!!」
サナはさっそく、焼いてきたクッキーを、七不思議研究部の面々に配っていく。
「え、えっと……俺に? うわあ、すっげーー嬉しいっ!!」
クッキーを貰って、蒼士は目をまん丸にしながら……サナをぎゅっと抱きしめた。
「はわっ!!?」
「はい、蒼ちゃん近すぎ!!」
「サナもさー、嫌なら嫌って言わないとダメだよ?」
舞華と玲玖が引き離してくれた。
「え、あ……で、でも……嫌じゃなかった……」
ふわりとした暖かい温もり。思ったような温もりとは違ったけれど、でも、どきんとしたし、嬉しかった。
「はいはい。けど、このクッキー美味しそうね。一つ貰うわ」
さっそく、音紗が袋から取り出し、ぱくんと食べる。
「……んん?」
「お、美味しい?」
不安そうに見上げて来るサナに驚きながらも。
「…………悪くはない。美味しいわ」
「珍しい! 音紗ちゃんが褒めるってことは美味しいんだ。どれどれ。うん、美味しいね」
「まあまあ……?」
舞華と玲玖の反応が少々薄い気がするが、それでも喜んでもらえたからいっか。
「ふふ、作ってよかった……」
そう微笑むサナを見ながら、音紗は驚いていた。
(……嘘。なんで……このクッキー一つで、こんなに……『回復』してる……この子、何者?)
最初から変なことを言っていた。自分は大人だとか言ってたし、誰かと一緒に来ていたって言ってるし……訳が分からないが……もしかしたらこの子は……。
「とにかく、このクッキーは大事にしないと……」
いつも身に着けているポーチに、音紗は大事そうに貰ったクッキーを入れて置くのであった
「それでね、話の続きなんだけど……昨日助けた子、消えちゃったんだって」
舞華が事件の後のことを聞き出して、報告してきた。
「えっ!? 消えちゃった!? 助け出せたのに!?」
サナが思わず、声を上げた。
確かに、あのとき、しっかりと助けたし、治癒だって完璧だった。何か変な効果みたいなのも感じたから、それも全部、まとめて浄化してあげたのに……。
「助けられなかったなんて……」
「まあ、最初から成功するなんて、思わない方がいいわ。私達は調べながら、原因を突き止めようとしているんだから。もちろん、出来る限りたくさんの人達を助けたいとは思うけど……」
今は行動が制限されまくっている、高校生なのだから、仕方ないのかもしれない。
「本当の大人だったら……助けられたのかな……?」
しょんぼりしてしまうサナに、音紗は続ける。
「あなたのせいじゃない。とにかく、七不思議を調べましょう。おかしいと思うのは、そこだと思うから」
その音紗の言葉に、周りの面々は、静かに頷いたのだった。
――夜の旧校舎一階。
理科室の隣にある『理科準備室』。そこに置かれている『古い鏡』がある。
それを覗いた時、自分ではない『誰か』を見る時がある。
違う顔が映った生徒は翌朝、精神状態が不安定になって登校してくる。
それが、第二の七不思議。
現地にたどり着いたら、もう誰かが中に入っているのが分かった。
研究部の面々は急いで、一階の理科準備室に飛び込む。
「古い鏡なんて、オーソドックスだよね……」
怖いなぁと呟きながら、サナが言う。
「な、なら……俺が守ってあげようか?」
すると、近くにいた蒼士の言葉に、サナはどきっとしてしまう。
『サナのことは僕が守るよ。必ず』
そんな言葉が頭に浮かんだ。優しい声。それを聞いただけで、蕩けてしまいそうな……。
「ほら、いちゃついてないで、こっちよ!! 人がいるっ!!」
どうやら、もう目的地にたどり着いたようだ。そこには……。
がらっと開くと、そこでは、二人の女子生徒が鏡の前で話をしていた。
「ねえ、私……ここ、前にも来たことあるよね?」
「ないよ。今日が初めてでしょ」
「え? でも……昨日、ここで――」
彼女達は違和感に気づいていない。何かがズレている。音紗とサナが顔を見合わせ。
「あなた達、二人で来たの?」
そう音紗が尋ねると。
「あれ、ヨージは?」
「イツキもいない……あれ?」
その言葉に蒼士が動き出す。
「他にどこか行った場所あるか?」
「ううん、私達、この鏡を見に来て……」
蒼士と女子生徒達の話によると、他に二人の男性生徒がいたらしい。しかし、ここにはいない。
「もしかして……」
音紗とサナは、同時に、そこに飾られた鏡を見た。
先に見たのは音紗。いつもと変わらぬ姿で、何も変化がない。
「確か、自分ではない『誰か』が見えるって……」
今度はサナが見てみる。
――そこには、『大人の姿のサナ』がそこに映っていた。
「えっ……誰!?」
驚いて、サナは鏡から離れた。
「どうかしたの、サナちゃん。何か見えたの?」
舞華が尋ねると。
「わ、わかんない……知らない人が……映ってた……こ、怖い……」
がたがたと振るえるサナに、蒼士が寄り添う。
「大丈夫?」
「う、うん……」
「それよりも、早くここから出よう。何か嫌な予感がする……」
玲玖の言葉に、音紗が頷く。
「そうね、他には何もないみたいだし、そろそろ出ましょう」
その教室を出て、皆はそのまま、新校舎の保健室へと向かった。サナはまた、異変に気付き、回復と浄化の力を使って、二人に癒しを与える。すると、二人はそのまま、気持ちよさそうに眠ってしまった。
「今回もみんな助けられてよかったね!」
「うん、良かったよ」
舞華の言葉に、サナが頷く。
「何言っているの? 一緒に居た男子生徒の二人、助けられなかったわ」
そう音紗が指摘すると。
二人は顔を見合わせ、こてんと首を傾げた。
「そうだったっけ?」
「舞華ちゃん、もう二人、いたっけ?」
二人とも……特にサナもまた、何かを忘れている。いや、もう何かが進んでしまっているのかもしれない。
「まあいいわ……どっちにせよ、私達には無理だから……」
こうして、研究部の面々は、女子生徒の二人を助け出すことが出来たのだった。
深夜の旧校舎。
そこでまた、彼は……怒っていた。
「どうして……どうして、僕にはくれなかったんだよ……!!」
ばきっと、近くの壁を叩いて、壊してしまった。が、次の瞬間にはそれがなかったかのように元通りになっていた。
「サナ……僕にもくれなきゃ……駄目だよ。僕もいるのに……」
悲しそうに涙を浮かべそうにしても、何も感情が浮かばない。
「けど、サナの力をまた、少し貰うことが出来たから、この次は……だから、今度は僕にもクッキーをくれるよね?」
とたんに綺麗な笑顔を見せて、音もなく廊下を歩いていく。
「大好きだよ、僕のサナ……だから、今度は」
ぴたっと月を見上げて、微笑んだ。いつも好きだと言ってくれた、その笑顔を浮かべて。
「僕が、会いに行くね……」
だから、何か、僕にもちょうだい……と、呟くのだった。




