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2.決心

ガチャッガチャガチャ。


玄関から音がした。


アキラが家に帰ってきたのだ。


ダイチはたまらず笑顔になる。



「アキラ、お疲れ!」



玄関から現れたアキラに向かって声をかける。


ダイチはしゃがみ込み、アキラの顔の近くにこぶしを突き出した。


我が家恒例「お帰りのグータッチ」だ。


しかし、アキラからのグータッチは帰ってこなかった。


あれっと思う。


どうしたのだろう。


学校で何か嫌なことでもあったのだろうか。


いじめられているのだろうか。


アキラを幸せにすると誓ったのに。


ダイチは不安になった。


その時、アキラが小さく、しかし力強い声で言った。



「おれ、東京に行きたい」



衝撃的な発言だった。


しかし、アキラはまだ子供だ。


昔の東京の様子を誰かから聞いて憧れを抱いてしまったのかもしれない。


現実はそう甘くない。


ダイチはすかさず諭す。



「アキラ、東京ではこわいこわい病気がはやったんだ。今でも東京に行くとそういう病にかかって死んでしまうかもしれない。今はまだ東京にいくべきじゃないよ」




なんと、アキラは応戦した。



「父ちゃん、おれ知ってるよアルナドのこと。アルナドはもう根絶したんでしょ、授業で習ったもん」



ダイチは驚いた。


息子の知識の深さに、というのはもちろんだが、それ以上にアキラがここまで東京行きを熱望する理由がわからなかったのだ。



「アキラ、よく知っているね。たしかにアルナドは根絶が宣言された。だけどね、根絶が宣言された後に東京に行った人は誰一人いないんだ。それはね、みんなアルナドが怖いからさ。アルナドの根絶が本当でなかったら東京に行った人はみんな死んでしまうんだ。だからね、お父さんはアキラが東京に行くことを許可できないよ」



ダイチはちょっとムキになっていた。


なんでこの子はこんなことを言い出すんだろう。


こんなことを吹き込んだのは一体どこの誰だ。


俺達の日常を壊そうとする輩なんて許せない。


ダイチは、そんな怒りとも叫びともとれるような複雑な感情を抑えるのに必死だった。


しかし、アキラは真剣な眼差しでこう返した。



「父ちゃん、アルナドは根絶したんだ。人はいつかこのことを受け入れないないといけないんだと思う。それを受け入れられないうちは何年経っても何十年経っても本州へは帰れない。おれは今でも父ちゃんが母ちゃんの写真を大切にしていることを知ってる。でも母ちゃんも他の大切なもんもみんなアルナドのせいで消えちまった。おれはもう一度あの頃の日常を取り戻したいだけなんだ」



ダイチの心にアキラの言葉は強く突き刺さった。


自分の隠していた気持ちが言葉の槍となり降ってきたような感覚だ。


しかし、同時に違和感もあった。


彼は本当にアキラなのか。


ダイチの知っているアキラはこんなことを言わない。


常識的に考えてもパンデミック発生当時2歳、現在9歳の少年がこんな発言できるわけないのだ。



「本当にアキラか?」



ダイチは思わずそう尋ねた。


だが、アキラのことを本気で疑っていたわけではなかった。


目の前にいるのが自分の息子であるアキラであることを確認し安心感を得たかったのである。


ダイチはこれ以上家族を失いたくなかった。


一度心に植え付けられた恐怖は簡単には消えない。


肯定の返事が返ってきても「冗談だよ、アキラは俺のただ一人の息子。大好きだよ」等と言って茶化すつもりだった。


一種の保険的発言であった。


少し間をおいてアキラの返事が返ってきた。



「父ちゃん、よく気づいたね。でもね、俺は父ちゃんの息子のアキラだよ。ただ今から10年後のアキラなんだ。これから起こる災厄に対処するために未来からやってきたんだ」



衝撃だった。


しかし、目の前の少年の真剣な眼差しには微塵の嘘も感じられず茶化す気すら起きなかった。


にわかには信じがたいことだが信じるしかない。


少年の眼差しにはそうダイチに直感させるだけの情熱があった。



「本当にアキラなのか?」


「ああ、アキラだよ」



そう応えるアキラの声は震え目からは一筋の雫が落ちていた。


そして、その雫はだんだんと塊になり、やがて、涙となった。


ダイチは思わずアキラの肩を掴み抱擁した。



「話してごらんなさい」


「うん……」



そういってアキラはゆっくりと語りだした。


アキラの口から語られたのは以下の通りだ。



アキラは10年後の未来から来たということ。


10年後の世界では再びパンデミックが起き、世界人口は11人にまで減少したということ。


2度目のパンデミックはより感染力を増したウイルスで「アルナドⅡ」と名付けられたということ。


残った11人は奇跡的にアルナドⅡへの耐性を持ち、その中にはダイチとアキラも含まれているということ。


そして、その11人は各々の方法で世界を救おうとしているこということ。


最後に、アキラはこう付け加えた。



「俺達はアルナドもアルナドⅡも生物兵器だと考えている」



ダイチは体の奥底からブルブルッと震え上がるような感覚を覚えた。


寒気がするの最上級であるとでもいおうか。



「なんでだ……。なんでなんだ…………!!! 誰が何のためにこんな恐ろしいものをつくったんだ! アルナドは俺から何もかもを奪ったんだ!!」



許せないと思った。


気がつくとダイチはアキラの肩を強く掴んでいた。


アキラは肩をすくめる。



「父ちゃん、俺はいまはその質問に応えることはできないよ。仲間との取り決めがあるからね」


「どうしたら教えてくれるんだ!!」



ダイチは普段こういう返しをされた時、わざわざそれを追求するような真似はしなかった。


ダイチは優しいのだ。


相手が隠す情報を暴こうとするのは失礼であるという考えがあった。


しかし、今回に関しては違った。


ダイチにはそんなことを気にしていられるほどの心の余裕はなかったのだ。


ダイチにはアルナドに対する強い憎悪があった。


アキラは答えた。



「父ちゃんが俺達に協力してくれればいいのさ」



何だそんなことかよ。


そうダイチは思った。



「父ちゃんが俺達に協力してくれればば強い戦力になる。アルナドⅡの抗体を持っているからね。ただ、俺達がやろうとしているのはいわば戦争のようなものだ。命を失うかもしれない。父ちゃんにはそれだけの覚悟があるのか俺にはわか……」


「ある。俺は命をかけられる」



ダイチはアキラの言葉を遮っていった。



「でも、父ちゃんは東京行きの臨時航空便に乗ろうとしたことは一度もないんだよ。俺には父ちゃんが心からそう思ってるとは思えない」


「ハハッハハッハハハ」



ダイチは自然と笑いがこみ上げてきた。



「父ちゃん……?」


「今まで俺はアルナドがただの憎いウイルスだと思っていた。今でもアルナドに怯えていた。だけどな、それが人に作られたとなりゃあ話は違う。今は俺はアルナドを作ったやつのことを本当に本当に本当に憎んでいる。俺をアキラたちに協力させてくれ……!!」



アキラはニヤッと笑った。



「わかったよ。今から俺の仲間のところに案内する。そこで俺たちがわかっていることすべてを話す。父ちゃん、ついてきてくれ」


「おう!!」



ダイチは即答した。









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