お前死ねや
僕が住むボロアパートはボロい。どんな大泥棒も盗みには入らないに違いない。そこに住む住人以上に価値のあるものは置かれていないだろう。
人の命は本当に軽いけど(おそらく21グラム)、21グラムの純金のほうが遥かに重いと思う。
僕は力を込めて押し込めばドアごと外れそうなドアに軽くフェザータッチで鍵をかけた。思い切りノブを回せば240度回り、取り返しのつかない事態を招くことになる、と全身に大火傷を負った大家が言っていた。
『虚史のリズム』がもたらす無尽蔵のエネルギーの大きさに圧倒され、僕は読みながらも酔っていたように思える。もちろん、図書館で借りた。あれを買うような奴は絶対にオタクである。高すぎるんだよあれは♡
『の、すべて』も十二分に厚かったけど、不思議とひんやりとした熱を帯びた会話劇には痺れた。まあこんな無駄話は無駄である。
僕は101号室を借りているんだけど、201号室の住人の足音がマジでうるさくて、大学近くを日夜徘徊する空吹かししまくりバイクと同じくらいクソウザいのだ。
「暴走族でもねえのに、イキってんじゃねーよ♡」
雲間を泳ぐブルームーンに遠吠えするみたいに吠えて、ついでに今年の春建ったばかりの6階建てアパート全部屋にピンポンダッシュしようかと考えたけどやめた。
いや、やっぱりやろう♡ と決心して正面突破を試みたけど、契約者以外は入れない謎の結界が張られていたため諦めざるを得なかった。その腹いせとして、ライトで煌々と照らされた入り口の自動ドア前に煙草の吸い殻を大量に置いておいた。
毎日コツコツとポイ捨てされたものを拾い集めていたのが役に立った。死んだ妹も浮かばれるだろうよ...。
猫もカラスもぐっすり眠る深夜、僕は焦げ臭い両手を前後に振り歩いている途中、もうもうと煙の上がる焼き鳥屋があったので入ってみた。
「へいらっしゃい!!」
「あゔす」
威勢の良い挨拶を受け流しつつメニューを見る。熱気とヤニで黄ばんだ壁のシミがゲバラの顔に見えてちょっとビビった。そういえば、今日は僕の骨がバキバキに折られた記念日だった。
幼い頃にそんな目にあったからか、変な成長の仕方をしてしまったのだ。たまに腰や背中が痛くなるし、目の奥に疼くハイドレンジアが...。
「ご注文は?」
「へ?」
「オラ客! あくしろよ!」
「これ♡」
「あい」
実に旨そうなフライドポテト♡ 思わず手がそれを指差していた。普通の焼き鳥屋に、フライドポテトなんてあるのかしら? と思ったけど、この世界はどう見ても普通でも一般的でもないので気にするほうがバカらしい気がしてきた。
自分が狂っているのか、世界が狂っているのか、そんなものを悩み続けるお馬鹿さんがやたらと多いけど、結論などただひとつ♡ どちらも正しい♡ なんだよなぁ......。
「それ、やめてくれません?」
「?」
隣の席から不機嫌そうな声が降ってきた。
「うお♡ でっか♡」
「......」
舌打ちされた。僕は悲しい。悲しいから悲しい。
「ウザい...」
そう呟いたのは、滅茶苦茶デカ乳な禿げたおっさんだった。
「語尾にいちいち♡つけるの、やめてくれませんかね」
「ごめんなさい......」
おっさんは9回舌打ちの雨を降らせた後、そのデカ乳をゆっさゆっさと揺らして会計もせずに店を出ていった。その後すぐ僕のところに店員が現れ、
「オラ客! あのおっさんの代わりに払えや」
店員は高圧的な態度で僕の襟首を掴み、
「オラ客! あくしろや‼︎」
と恫喝してきた。
「な、なんで僕が払わなきゃいけないんですか」
正論をかますと、店員は床に唾を吐き去っていったからひと安心。
なんだよこの店は! 正直憤りが止まず、店長を呼んで叱りつけてやりたい気分だった。
マックのフライドポテトを手にした僕は、ゲバラのTシャツを着ていた。近くにマックがなかったから、盗んだバイクでひと走りして買ってきたのだ。夜の暑さに汗が幾筋も滴り、大きくプリントされたゲバラは泣いていた。
途中事故って首を複雑骨折していた僕は、脳みそもグチャグチャに掻き混ぜられまともな思考ができなくなっており、吸い殻をポイ捨てしていた素行の悪そうなガキ(たぶん高校生)に金をたかられ、それを見ていた犬の散歩に同行していた小学生女児が止めに入り、
「どけどけ! どけおるぁ‼︎」
美味しそうな鮮血を撒き散らし彼女は死んだ。ガキはカッターナイフを持っていたのだ。僕も刺されそうになりギリギリ回避したけど、地面に散った新鮮な血に足を滑らせ偶然落ちていた堕天使の死骸を貫いていた大槍が僕の心臓を貫き死んだ。
俺は一気に4人も殺してしまって焦った。弱き者が死ぬのは自然の摂理だけど、俺は2人しか殺すつもりはなかった。
ひとりは通りがかりの黒人奴隷だったし、もうひとりは幼女の姉らしき女だった。黒人奴隷は死んでも構わないけど、女を殺すのは気分が悪くなるから嫌だった。白人至上主義者にして純黒人のマッカーシー・ハイスクール氏によれば、日本では黒人の人権は認められておらず、アストレス氏もそれに賛同している。
「...何の話よ?」
「だからさあ、俺が殺人犯になっちゃったって話! これからどーする?」
「どうするって...それはあんたの問題でしょ......」
「えぇ⁉︎ 一緒に一生罪を背負いあって生きていこうって決めたじゃん!!」
「そんな約束してないし、大声出さないで。私はダウナー系なんだよ?」
そう言い、煙草の灰を隣の席に座る幼児の艶やかな髪に振りかけた。幼児は不愉快そうにぷにぷにした白い手で顔を拭った。
幼児は白人だった。