8話 リリア・ヴァルハント
模擬戦の熱気がまだ残る会場を後にしながら、シオンは考えていた。
(……すごかったな、今の戦い)
白金髪の彼女が操るノヴァは、戦場での動きが異常だった。攻撃と回避のタイミングが完璧すぎる。まるで相手の行動をすべて予測しているような動き――まるで、人間ではない何かが操っているかのような精密さだった。
シオンがそんなことを考えながら会場の出口に向かおうとしたその時、AIが突然口を開いた。
「進路を変更せよ。5メートル先で停止」
「……は?」
唐突な指示に思わず足を止める。
「進路を変更せよ」
「いや、何でだよ?」
「推奨理由:接触の機会が得られる可能性が高いため」
シオンはAIの言葉の意味を測りかねたが、とりあえず指示通りに進んでみる。そして、指定された場所で足を止めると――
視界の先から、白金髪の彼女がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
(え、マジか)
先ほど模擬戦で圧倒的な戦いを見せた彼女が、静かに歩を進めてくる。周囲の生徒たちは彼女に気圧されるように道を開け、誰もが無言でその姿を見送っていた。
そして――
シオンと彼女の視線が交差する。
彼女はその場で一瞬足を止め、シオンをじっと見つめた。
「……なるほど」
低く抑えた声で、意味深な言葉を呟く。
シオンは思わず口を開きかけたが、彼女はすぐに視線を外し、そのまま通り過ぎようとする。
だが、AIが再び命令を下した。
「推奨:この人物との接触を試みよ」
「……ちょっと待て、なんで俺が?」
「推奨:会話を開始せよ」
(いや、意味が分からないって……)
もはや強引な命令に近い。シオンは内心でため息をつきながらも、仕方なく彼女に声をかけることにした。
「……おい」
彼女の足が止まる。
シオンがどう言葉を続けようかと迷っていると、彼女の方から先に口を開いた。
「……何?」
その声は冷静で、感情がほとんど感じられない。
シオンは一瞬、どう話を切り出すか迷ったが、AIの指示に従う形で話しかけるしかなかった。
「えっと……アナタの試合、見てたんだスけど。すごカタな」
思わず緊張で声がかたことになる。初めてあった
女性に声をかけることなどめったにないからだ。
「……そう」
そっけない返答。しかし、それだけで終わりではなかった。彼女はじっとシオンを見つめ、わずかに目を細める。
「君が例の……聞いていた話とは少し違うように思えるけど?」
シオンはそのポカンとする。
「……は?」
「なんでもないよ、それでいい」
そう言い残し、彼女は再び歩き出した。
シオンはその背中を見送りながら、頭の中でAIに問いかける。
(……おい、今のどういうことだ?)
「説明:不明。現時点での情報不足により、評価不能」
(……またそれかよ)
「それより君の声のかけ方が、評価ゼロ。」
(……うるせぇよ。)
訳が分からないまま、シオンは彼女の背中を見送りながら、頭の中でAIに問いかける。
(……おい、今のどういうことだ?)
「説明:不明。現時点での情報不足により、評価不能。」
(……またそれかよ。)
だが、その瞬間、AIの通知音が低く鳴り響いた。
「警告:対象の存在情報に矛盾が検出されました。」
(……は?)
シオンの眉がピクリと動く。矛盾? どういうことだ? だが、それ以上の情報は得られなかった。
彼は無意識に彼女の背中を追う。白金の髪が廊下の光を反射して、まるで幻のように揺らめいていた。
リリア・ヴァルハント。
ヴァルハント・インダストリーの令嬢。16歳にして後継者候補と目されていたが、それはただの飾りに過ぎない。実際にこの巨大企業を動かしているのは、彼女ではなく別の人間たちだった。
それでも、彼女は「ただの令嬢」ではない――そんな気がした。
その時、AIが再び通知を送る。
「助言:この人物についての情報収集を推奨。」
(……何なんだよ、一体。)
シオンは小さく息を吐き、もう一度彼女の背中を見つめた。
――この出会いが、後に自分の運命を大きく揺るがすことになるとは、この時のシオンには知る由もなかった。
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