48話 アカデミー襲撃 追悼
戦闘が、終わった。
焼け焦げた空に、ようやく静寂が戻る。
空中を漂っていた破片と煙が風に流され、静けさが広がっていく。
ただしそれは、終わったことを意味するものではなかった。
――長く、重い、1日が終わったのだ。
夜半、被害状況の報告がアカデミー本部に届く。
《来賓・来客:死者ゼロ》
《アカデミー所属死亡者:確認済み69名》
沈黙が、すべてを押しつぶした。
瓦礫の影に、リリアは座り込んでいた。
全身に血はついていない。怪我もない。
けれど、彼女の目は虚ろで、どこも見ていなかった。
放心していた。
言葉も、涙も、動きさえもなかった。
「リリアさん……無事でよかった」
駆け寄ったシオンがそう声をかける。
だが、リリアの耳には届いていない。
彼女の思考はどこか遠くへ置き去りにされていた。
そこへ、現れた医療班の医師がシオンに目をやり、静かに言った。
「君はもう帰りなさい。今日は、これ以上何もできない」
「彼女には、少し時間が必要だ」
シオンはうなずくしかなかった。
自分もまた、限界だった。
それでも、もう一つ気になる存在があった。
フラワのことだ。
医務室のベッドの上、フラワはシーツを握りしめていた。
顔は蒼白、瞳は涙で濡れ、言葉にならない呻き声を漏らしていた。
「フラワ、俺だ。シオンだ。無事でよかった」
そう声をかけても、彼女は視線すら合わさなかった。
聞こえているのか、どうかも分からない。
「お願いだ……戻ってこい。フラワ……」
しかし返ってくるのは、かすかな嗚咽だけだった。
命を繋いだはずの戦いだった。
けれど、何かを失った気がしてならなかった。
焼けた空の下で、それぞれが何かを背負って、黙っていた。
明日は来る。だが、それは“前と同じ”明日ではなかった。
青く澄んだ空が、やけに遠かった。
アカデミーの中庭に、黒い制服の列が静かに並んでいる。
その中央に設けられた慰霊碑には、名もなき花と白いリボンがいくつも結ばれていた。
アカデミーによる正式な追悼式。
戦闘で命を落とした69名の生徒、教師、スタッフたちを悼むための式典だった。
生徒たちは静かに並び、帽子を胸に抱いている。
その表情は一様に沈み、誰一人として口を開こうとはしなかった。
――鐘が、鳴る。
重く、響く音。
一つひとつが、亡き者たちの名前を告げるように。
その音の中に、小さな震えが混ざった。
車椅子に座ったフラワが、体を震わせながら、押し殺すように泣き始めていた。
最初はかすかな嗚咽だった。
しかし鐘が三度鳴った瞬間、抑えていた感情が限界を超える。
「……っ、やだ……やだよ……!」
小さな声が、静寂を切り裂いた。
フラワは顔を伏せ、泣きじゃくるように叫び始める。
「なんで……なんで帰ってこないの……!」
「わたし、後で……露店一緒に回ろーって……言ったのに……っ!」
震える指が、膝の上の白い花束をぎゅっと握り潰す。
涙が止まらない。喉の奥から絞り出すような声だけが、広場に響いた。
「リリアだって……ジークたちだって……みんなっ……!」
隣で座っていたリリアは、一言も発さなかった。
まるで壊れた人形のように、真っ直ぐ前を見つめている。
表情はなかった。感情もなかった。
涙さえ、もう残っていなかった。
彼女の心は、まだそこにいるのかすら分からなかった。
式の進行は止まることなく、鐘が再び鳴る。
生徒たちの中に嗚咽が広がる。だが誰も、フラワを止めようとはしなかった。
彼女の泣き声は、亡き者たちへの、叫びだったのだから
フラワの涙が止まらない。
「……やだよ……なんで……っ、なんでっ……」
声にならない声が、空に溶けていく。
その時、フラワの肩にそっと手が置かれた。
振り返ると、そこにはシオンがいた。
彼もまた、無言で瞳を伏せ、ただ彼女のそばに立っていた。
何も言わず、彼はしゃがみこむ。
そして、車椅子に座った彼女の肩を、ゆっくりと、優しく引き寄せた。
「……泣いていい」
シオンの声は、ただそれだけだった。
フラワは、最初こそ戸惑ったように目を見開いたが――
次の瞬間には、彼の胸の中で大きくしゃくりあげる。
「っ……うわぁぁあああん……!!」
胸ぐらをつかんで、必死にしがみつく。
涙と嗚咽が、彼の服を濡らす。
けれどシオンは、ただ黙って、彼女を抱きしめていた。
「全部……全部、私のせいだよ……!」
「守れなかった……みんな、私を守ってくれたのに……!」
「違う。誰のせいでもない」
「――でも、お前が生きてるのは、みんなが願った結果だ。だから……泣いて、叫んで、覚えててやれよ」
フラワは、泣きながら首を振る。
それでもシオンは、彼女の頭をそっと撫でる。
まるで、砕け散った心の破片を、少しずつ拾い集めるように。
鐘の音がまた一つ、空に響いた。
その音が、フラワの嗚咽と重なるように、ゆっくりと消えていった。
講堂の鐘の音が遠くに響き、すべての喧騒が嘘のように静まり返っていた。
シオンの隣に座るリリアは、追悼の祈りを終えても、まったく動こうとしなかった。
表情は変わらない。
まるで何も感じていないかのように、無の仮面を張りつけたまま。
だが――
ぽたっ
シオンは気づいた。
その頬を伝う、一筋の涙。
リリアは顔を伏せることも、手で拭うこともせず、ただまっすぐ前を向いたまま、涙を流していた。
「リリア……」
声をかけても、返事はない。
でもシオンにはわかっていた。
彼女の中に押し込められた悲しみが、少しずつ、堰を切ったようにあふれてきているのだと。
ぽた、ぽた――と、涙は絶え間なくこぼれ落ちる。
しかしその顔は、感情を失ったように無表情なまま。
ただ、張り詰めた糸のように、限界まで感情を押し殺しているのがわかる。
「……何も言わなくていい。俺は、ここにいるから」
シオンが静かに言葉を紡ぐと、リリアの肩がかすかに震えた。
それでもリリアは、最後まで声を出して泣くことはなかった。
まるで、悲しみに負けたら二度と立ち上がれなくなることを恐れているかのように――。
シオンはそっと、彼女の肩に手を置いた。
それは、何も求めない。ただ「隣にいる」と伝えるためだけの温もり。
そして、冷たい涙は今日も静かに、リリアの頬を伝い続けた。
お疲れさまでした。




