37話 クラスメイト
前回のミッションから数日。シオンはようやく心身ともに落ち着きを取り戻し、穏やかな気持ちでアカデミーへと向かっていた。
春のように柔らかい朝日が差し込む廊下を歩きながら、ふと、リリアの言葉を思い出す。「また、前に進めるね」
その言葉通り、今のシオンの足取りは軽い。
教室のドアを開けると――思わず足が止まった。
普段なら無人のはずの教室に、一人の女子生徒がいた。
一番後ろ、窓際の席。小柄で、髪は緩くまとめたツインテール。制服は着崩しているわけでもないのに、どこか気だるげな雰囲気をまとっていた。
ぼんやりと外を見つめているその姿は、教室という空間に対してまるで溶け込んでいない。
「……おはよう」
思い切ってシオンが声をかける。
しかし――反応は、ない。
その少女はまるでシオンの存在を認識していないかのように、ただ窓の外を見続けていた。
(あれ、無視……?)
ちょっと焦りながらも、苦笑いで自分の席につくシオン。
少し遅れて隣に座ったトールに聞いた。
「なあ……あの子誰だ? 新しいクラスメイト?」
トールは淡々と返す。
「データなし。アカデミーの登録情報にも存在しない」
「えぇ……? 間違えてクラス入っちゃったとかじゃないのか?」
困惑していると、タイミングよく担任が教室に入ってきた。
「よし、全員そろってるな。今日はひとつ、紹介がある」
その言葉に、シオンがすかさずツッコミを入れる。
「いや、このクラス、今まで俺しかいなかったし……」
担任は悪びれもせずに「ああ、そうだったな」と軽く受け流しながら、前を向いた。
「今日からこのクラスに編入してくる生徒だ。前に出て、自己紹介してくれ」
ゆっくりと立ち上がった少女――
彼女の名は、「ノエル」。眠たげな目をしたまま、無言で前へ歩いてくる。
制服に身を包みながらも、その姿にはどこか浮世離れした雰囲気があった。
小柄な体にツインテール。眠たげな目。
その歩みは、まるで夢の中を彷徨っているかのようにゆっくりとしていた。
「ノエルだ。今日からDクラス所属となる」
担任が簡単に紹介を済ませるが、ノエルはそれを聞いても特にリアクションを取らず、ぼんやりと前を見つめている。
「……自己紹介、お願いできるか?」
「……ノエル・アンジュ、よろしく」
それだけをぼそりとつぶやくと、再び窓際の席へと戻っていく。
担任は「あー、まぁそのうち馴染むだろ」と勝手に納得し、授業の準備を始めた。
シオンは心の中で「いや、馴染む以前に何者なんだよ……」と苦笑いを浮かべつつ、ちらりとノエルの方を見る。
午前の授業が始まる前、担任がふと思い出したように言った。
「ノエル、その席じゃなくて、シオンの隣に座ってくれ」
指差されたのは、教室の中央――シオンの真横の席だった。
ノエルは一拍置いて、ゆっくりと立ち上がる。
「……わかった」
眠たげな声のまま、鞄を抱えて前の席に移動し、何事もなかったように腰を下ろした。
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午前の授業が終わり、昼休み。
シオンは、軽く背伸びをして食堂に向かおうと立ち上がった。
ふと、隣を見るとノエルが無言でバッグから細長いパッケージを取り出している。
銀色の包装――戦闘糧食のエネルギーバーだ。
1本、2本……そして5本、8本、10本目。
さすがに目を見張ったシオンは、呆れたように声をかけた。
「食いすぎだろ……てか、何個食べる気だよ」
ノエルは口いっぱいにエネルギーバーを詰め込んだまま、もぐもぐと答える。
「……私はこれでいい」
「マジかよ……」
苦笑しながらシオンは、ポケットから小さな包みを取り出す。
中には、食堂でもらったチョコレートが一つ。
「じゃあさ、これ。食べ終わったら食べてみろよ」
そう言ってノエルの机にチョコをそっと置き、シオンはそのまま教室を出ていった。
ノエルはもぐもぐとエネルギーバーをかじりながら、しばらくチョコレートをじっと見つめる。
そして、ようやくひとりきりの静かな教室で、それを手に取った。
小さく鼻を近づけて、香りを確かめる。
――甘い。けれど、嫌じゃない。
ゆっくりと包装を開き、チョコを口に運んだ。
その瞬間――
「……!」
眠たげだった瞳が、ほんの一瞬だけ見開かれる。
口の中に広がる優しい甘さ。
今まで食べてきたどんな食糧よりも、あたたかくて、心地よくて……。
「こんなに……おいしいものが、あったんだ……」
ぽつりとこぼれた言葉に、誰もいない教室の空気が少しだけ柔らかくなる。
ノエルの中で、何かがゆっくりとほどけ始めていた。
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ノエルは企業の育成機関で育てられた。
幼いころから戦うために最適化された生活を送り、食事も、睡眠も、行動もすべてが効率と任務遂行のために調整されてきた。
そんな彼女にとって「美味しいもの」は初めての体験だった。
そしてその初めては、今日、シオンから――なんの気なしに手渡されたものだった。
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