25話 引っ越し
シオンは小さなバッグひとつを肩にかけ、これまで寝泊まりしていた部屋を振り返った。
アカデミーに来たばかりで荷物も少なく、特に未練があるわけではない。それでも、この狭い部屋で過ごした日々を思うと、ほんの少しだけ名残惜しさを感じた。
「……よし。」
そう小さく呟いて、シオンは部屋を後にした。
クランハウスに向かうと、すでにリリアが引っ越し業者とともに荷物を運び込んでいた。リリアはアカデミー生活も三年目ということもあり、かなりの荷物量だ。
「結構あるんですね。」
シオンが声をかけると、リリアは一瞬手を止め、ちらりとこちらを見た。
「まあ、三年もいればね。それより、中に入って。」
リリアに促され、シオンはクランハウスの内部へと足を踏み入れた。
中は思ったよりも広く、一階にはミーティングルームやリビング、豪華なキッチン、さらには風呂まで完備されている。二階には個人用の部屋が複数あり、地下にはトレーニングルームと個人用の部屋が一つ、そして物置があった。
「どの部屋を使いたい?」
リリアにそう聞かれ、シオンは少し考え込んだ。二階の部屋も悪くはないが、なんとなく気恥ずかしい。
「……地下の部屋でいいです。」
「そう。」
リリアは特に気にする様子もなく、再び荷物の搬入作業に戻っていった。
シオンもさっそく自分の部屋に荷物を運び込み、あっという間に引っ越し作業を終える。特に整理するほどの荷物もないのだから当然だ。
「リリアさん、手伝おうか?」
シオンが声をかけると、リリアは作業の手を止めずに言った。
「大丈夫、自分でできるから。」
年頃の女の子の荷物をジロジロ見るわけにもいかない。シオンは少し困ったように苦笑しつつ、一旦自分の部屋へと戻ることにした。
シオンは自分の部屋に入り、ベッドに軽く腰を下ろした。
クランハウスという新しい環境、そしてリリアとの共同生活。これからの日々を考えると、なんとなく胸が弾んでしまう。
(これからどうなるんだろう…? いや、別に変な意味じゃなくて、純粋にクランとしての活動が、だよな…)
しかし、一度妄想が膨らみ始めると止まらない。
リリアと一緒に訓練する日々。
クランとして大会に出場し、周囲を見返すような活躍をする。
もしかしたら、二人だけの特別な時間も……
「いやいやいや!」
自分の考えに気づいて、シオンは顔を両手で覆った。こんなことを考えている場合じゃない。
気を紛らわそうと、シオンは自身のUIを開き、トールにアクセスした。
『起動完了。シオン、どうした?』
画面に映し出されたトールのアイコンが、シオンの声を待つように点滅する。
「クランって、実際はどんなことをするの?」
シオンがそう尋ねると、トールは一瞬処理を挟み、すぐに答えた。
『クランの活動は多岐にわたる。メンバー間での模擬戦、戦術訓練、情報共有、さらには公式大会や実戦任務への参加がある。クランの目的や編成によって、活動方針は大きく異なる。』
「そっか… じゃあ、俺たちは?」
『現在のメンバー構成は、リリア・ヴァルハント、およびシオン・ハートランド二名。戦力的バランスを考慮すると、まずは基礎戦闘能力の向上が最優先となる。特にシオン、お前は実力が足りない、リリアとの実力差を埋める必要がある。』
「ぐっ… そうだよな…」
トールの分析は的確だった。確かに、今の自分の実力ではリリアの足を引っ張る可能性が高い。
『効率的な訓練プランを提案可能。興味があるか?』
「…いや、もう少し考えてみるよ。」
『了解。必要になったらいつでも呼べ。』
トールとの会話が終わり、シオンは深く息を吐いた。
(まずは、実力を上げることが先決…か。)
新しい生活が始まるという期待と、それに見合う自分にならなければというプレッシャー。
シオンはふと、クランハウスの天井を見上げながら、改めて決意を固めた。
シオンが考えを巡らせていると、不意に部屋の扉がノックされた。
「シオン、いる?」
リリアの声だった。シオンは慌てて姿勢を正し、ドアを開ける。
「うん、どうしたんですか?」
「引っ越し作業が終わったの。それで、今日はこれから少し予定があるの。」
「予定?」
リリアは特に詳しくは語らず、「ちょっとね」とだけ言って微笑んだ。
「シオンは先に寝てていいから。明日から本格的にクランの活動が始まるし、しっかり休んでおいて。」
「…わかった。」
リリアは軽く手を振ると、そのままクランハウスを出て行った。
シオンは彼女の背中を見送りながら、改めて実感する。
(明日から、新しい生活が始まるんだ…)
期待と緊張を胸に抱えながら、シオンはベッドに横になり、ゆっくりと目を閉じた。
今回も読んでいただいてありがとうございます。
第二章終わりです。
だいぶテンポ悪くなってきているので、次回から、テンポよく書けたらいいなと思います。
今後とも宜しくお願いします。




