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第九話 医者

 辰月様とお話をしていたら目医者さんが到着されました。本多さんが襖を開けると中年の男性が入って来られ、紺野さんが荷物を受け取り、辰月様が先生を案内されました。私が診察されるのにぼんやりと座っている場合ではありませんでしたね。次からは気を付けましょう。


「それでは早速診察しますね」

「よろしくお願いいたします」


 先生は予め辰月様からお話を聞いておられたようですが、改めて私からどういった経緯で右目が悪くなったか話をしました。


「全く見えないのではなく、光と色は見えるのですよね?」

「ええそうです。うっすらとなら形も分かります」

「ふむ、ならば……」


 先生が鞄から何かを取り出されました。治療のための道具でしょうか。それとも詳しく調べるための道具でしょうか。


「先生っ、それは人間に使っても大丈夫な物ですか?」

「勿論です。ご安心ください」

「だそうだ。よかったな、美鶴」

「はい」


 辰月様がこんなに必死になるなんて……。そんなに目玉がお好きなのですね。さぞかし美味なのでしょう。それとも珍味なのでしょうかね。目玉は二つしかありませんから後者の可能性が高いですね。


「では失礼します。じっとしていてください」

「わかりました」


 先生が私の右目に道具をかざされました。それとほぼ同時に辰月様が後ろから私の二の腕を持って体を支えて下さいました。やはり目は大事なのですね。

 数分ほどじっと動かずにいたら、先生が私から道具を離されました。先生の手は私の右目に添えられたままですが、治療は終わったのでしょうか?


「はい。これで終わりです。一時間ほどは目を閉じていてください」


 先生は手際よく私に眼帯をつけて下さいました。


「ありがとうございました」


 たったこれだけで見えるようになるのですね。人間ではどうしようもなかったのに……。やはり神様は人知を超えた存在なのです。


「先生っ、今のだけで見えるようになるのですか?」

「いいえ、まだです。術を定着させるために今からお出しする目薬を一週間、一日二回、朝晩さしてください」


 先生は道具を仕舞った所とは違う箇所を探っておられます。


「だそうだ。美鶴、俺が手伝うからな」

「ええ、ありがとうございます」


 辰月様は私の隣に移動されましたが、そのまま腕で私の体を支えてくださっています。


「――――」

「――――」

「……」


 何か聞こえた気がしましたが、私には何も聞き取れません。どなたかが話してらっしゃるのは何となくわかります。


「美鶴、目薬は使った事あるか、だそうだ」

「え? いいえ、ありません」


 どうやら私が話しかけられていたようで、聞こえていなかったとは言え無視する形になってしまいました。私は申し訳なさでいっぱいになり、頭を下げて誠心誠意謝罪をいたしました。ずっと頭を下げていたら、辰月様から頭を上げるように促されたので、ゆっくりと顔を上げました。すると真っ先に目に入ったのは、とても真剣な表情をされた先生でした。


「美鶴殿、もしや聴力も低下しているのですか?」

「えっ?」


 辰月様の顔がぐるりとこちらを向きました。しかし私は怒ってらっしゃるかもと思い、怖くて視線は先生に向けたままでいました。


「はい、そうです。怪我をした時だったと記憶しています。風邪かなにかで高熱が出たときに聴力も低下したようです」

「ええっ? そ、そうだったのか? 一週間も一緒にいたのに……。俺は一体何をしていたんだ……」


 私が辰月様の顔を恐る恐る見ると、顔が真っ青になってらっしゃいました。そうですよね、目だけでなく耳も悪い生贄だなんてお嫌ですよね。隠していたわけでは……いえ、拒絶されるのが怖くて言えずにいたのですから同じですよね。


「辰月殿。聴力の低下は視力より気付きにくいですから、そんなに気を落とさないでください」

「しかし俺は美鶴の――になるのに……」


 何になるのでしょうか。よく聞き取れませんでした。文脈から考えても推測出来ません。生贄にはすでになっているので、血肉でしょうか。あれ? それですと逆ですね。むむむ……。


「こうして医者を呼んで診察に付き添っているじゃないですか」

「――になるのだから当然のことです」


 やはり聞き取れませんでした。なんとおっしゃっているのでしょう?


「ふふっ、辰月殿なら本当に心配してのことでしょうね。耳医者は私が手配しておきますよ」

「お願いします」

「ありがとうございます」


 辰月様と二人でお礼を言うと、先生は退室なさいました。それと同時に辰月様が私の隣から正面に移動されました。


「美鶴。すまない、気付かなくて……」

「私のほうこそ言わずにいて申し訳ございませんでした。嫌われてしまうと思って……」


 私は何故嫌われると言ってしまったのでしょう。生贄に対して好き嫌いなどあるのでしょうか。あ、食べ物には好き嫌いがありますから、生贄にだってありますよね。ええそうでしょう。


「そんなことで嫌うはずないだろう」

「あっ」


 私は辰月様に強く抱きしめられました。温かいです。朝の匂いとは違う匂いがします。体臭でしょうか。


「まあ! お熱いことですこと」

「火傷してしまいそうです」


 本多さんと紺野さんの仰っている意味が分かりません。比喩表現なのでしょうけど……。


「あ、連絡が来ましたよ。すぐお医者様がいらっしゃるそうです」

「よかったですね」


 私には何も聞こえませんでした。狸さんと狐さんは人間より耳が良いそうなので、そのせいでしょうか。それとも神様の術とか。ああ、単純に私の聴力の問題ですかね。

 そんなことを考えている間に、辰月様の腕が遠ざかってしまいました。けれど代わりにお顔がよく見えます。


「では俺はこのまま残るか」

「お仕事はよろしいのですか?」


 今更ですが、辰月様は何をされている方なのでしょう。大変筋肉質でらっしゃるから人間で言う軍人

さんですかね。手にまめもありましたしその可能性が高いです。


「俺一人がいなくても平気だろ。何かあったら呼び戻されるだろうし」

「アイスクリンの時は何も起きていなくても戻されたと伺いましたよ」

「抜け出していたら配置場所に戻るように言われたのだとか」


 配置場所、持ち場があるということは警備とか……。


「二人ともよく知っているな。けど今回は許可を取っているから何の問題もない。いつ戻れるか不明だとも言っておいたし。お、こう話しているうちに到着したみたいだ」


 辰月様が襖を見たので、私もそちらに視線を向けました。すると本多さんと紺野さんがもう襖の前に移動されているのも見えました。……可愛い尻尾ですね。


『失礼するわね』


 襖の奥から女性の声がしました。耳のお医者様は女性なのですね。私はまだ女性医師にお会いしたことはないですが、都会にはいらっしゃるのだそうです。

 先ほどのように本多さんが襖を開けました。すると……。


「え、蝶々?」


 ひらりふわりと一頭の蝶々が部屋に入って来ました。紛れ込んでしまったのかと思いきや、他にどなたもいらっしゃいません。


『この姿でごめんなさいね。今は出張で遠くにいるのよ。そちらにいる他の者も往診に行ってるみたいだから私が来たの。診察するぐらいならこの姿でも問題ないから安心してね』


 私は蝶々が言葉を話すのにも驚きましたし、遠隔で診察出来るのにもびっくりしました。

 ところで、蝶々を操っているのでしょうか? それとも私が想像し得ない別の術でしょうか?


「それはいいのですが、治療は出来ませんよね」


 私は辰月様のいつもと違う表情にも驚きました。いつものような穏やかな顔ではなく、眉間に皺を寄せて不満そうなお顔をなさっているのです。


『まあそうなるわね。……うふふふ。()()、弥生から話は聞いているわよ』


 弥生様がどなたなのかは存じ上げませんが、これはきっと私を生贄にしたのをお聞きになったのですね。


「えっ、な、何をですか?」

『色々よ、色々。治療に関しては大丈夫よ。後で薬を持って行かせるから』

「薬だけでどうにかなるのですか?」

『それは見てみないとわからないわよ』

「薬だけではどうにもならなかった場合はどうなるのですか?」

『その時はその時よ。……ねぇ、すぐに来てあげたんだからそんなに睨まないでくれない?』


 蝶々様は直接辰月様とは顔見知りでないものの、弥生様が辰月様と知り合いなので今回すぐに来て下さったのだとか。

 私が感謝を述べると、辰月様は「すみませんでした」と頭を下げられました。


『わかってくれてよかったわ。私も貴方が彼女をとても大事にしたい気持ちはよくわかるもの』


 生贄なのに大事にしてくださるなんて嬉しいです。いえ、食料を大事にするのは当たり前ですね。あんまり喜ばない方が、いえいえ、どんな形だって喜ぶべきですよね。そして感謝です。


「大事に思うあまり周囲の皆さんに不快な思いをさせてしまいました」

『ふふ、医者をしているとこれくらいは慣れちゃっているから平気よ』

「そんな慣れていいはず……」

『皆、大切に思っている方が怪我や病気になったら心配するものよ。そして治るのかって必死になっちゃうのよね。普段は言い返さないけど、弥生が気にかけている子だから言わせてもらったわ』

「気を付けます……」

『ふふっ、じゃあ診察を始めましょう』


 蝶々様はくるりくるりと舞われると、私の目の前にいらっしゃいました。




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