第六十七話 ついに
翌朝、目が覚めるといつもの天井が見えました。おかしいですね。次に見る風景は極楽か地獄かと思っておりましたのに。あ、その前に三途の川でしたかね。
(まさかまだ生きている? そんな……。だって何かで貫かれたような感覚がありましたのに……)
串刺しにされたのだから、川魚のように丸焼きにされるのだろうと思ったのですが……。布団の中で腕を触ってみましたけど、焼け爛れたりはしていませんでした。肌に痛みもありません。
(お腹も平気ですね……。ハッ! 今の私、全裸じゃないですか!)
全身が熱くなって汗が噴き出してきました。色々とどうしましょう。全裸なのもですけど、こんなに汗をかいたら匂いますよね。辰月様が不快な思いをなさらないように……え、辰月様?
そうです、辰月様です。私が顔を横に向けると辰月様が寝てらっしゃいました。それも裸で。
(なっ!)
辰月様は少なくとも上半身は何も身に付けてらっしゃいません。だって美しい鎖骨が見えておりますもの。
(しかし一体何故裸なのでしょう? お召し物が汚れるから脱がれたのですかね?)
それならば私の肉体があるのはどうしてでしょう? わざわざお脱ぎになったのに召し上がらないなんて、お口に合わなかったのですかね? 色んな箇所の味や食感を確かめておられましたから、その可能性はありますね。
(頑張りましたのに……、辰月様のお眼鏡にかないませんでしたか……。もっと精進せねば……)
けれどあれだけ念入りに味見されていたのですから、あと一歩だと思うのですよ。なのでまた機会はあるはず! 気落ちしていてはいけません。
「んんっ……。美鶴、おはよう」
「辰月様、おはようございます」
今日は一段と美声でらっしゃる……。艶があるというか、なんというか……。立っていたら目眩を起こして倒れていたかもしれません。
「どこも痛みはないか?」
「え、ええ……」
貫かれたのに生きてる……、貫いたのに召し上がるのをおやめになった……。不思議な事もあるものですね。
「怠さはどうだ?」
「うーん、少しありますかねぇ」
「そっか。じゃあ朝はやめておくか」
朝はやめておく……、って何をでしょう?
「……抱き締めても?」
「ええ、構いません」
返事をした後に思い出しました。今、全裸だと。前言撤回しようとする前に、私は辰月様の腕の中にいました。
あああ、肌と肌が密着してしまいました。それもほぼ全身。汗をかいていたので、よりくっついております。辰月様の体温が、あわわわわ。
(ハッ、辰月様の体臭を嗅いでいる場合ではありませんでした)
気になっていることを聞かねば。
「あの、お口に合いませんでしたか?」
「え……、大変美味だったが……」
美味なのに召し上がらなかった? いえ、私はすでに食べられている? だとすると肉体があるのは変です。もしや魂だけの状態なのでしょうか? 魂だけ、つまり幽霊なのにこうして触れあえるのは辰月様が神様だからですかね?
なんだか判然としませんねぇ。辰月様が肉体ではなく魂を召し上がったのかとも思いましたが、そうすると何故塩揉み等をしたのでしょう?
「それは何よりです」
「うん。……その、美鶴はどうだった?」
辰月様がそろりと私から体を離されたので、少々困ったようなお顔が見えました。普段の凛々しいお顔とは違って少年のようなあどけなさがあります。
「どう、とは……」
「え、良くなかったのか?」
良いも悪いも……何が何だか……。味なはずないですし……。となると昨晩のことですよね。
「なんだかずっと苦しかったような……」
「苦しい?」
「上手く呼吸が出来ませんでしたし、体の感覚もおかしかったですし、心臓が煩かったです」
まるで自分の体ではないみたいでした。
「ほう……。他には?」
「熱かったですかね。汗もいっぱいかきました」
滝とまでは言いませんが、あれほど汗をかいたのは初めてです。どんどん汗が出てくるので、汗を拭うのをやめたくらいですもの。
……やめたのは、次から次へと訪れる刺激に耐えるのに必死だったのもありますけど。
「俺もあんなに汗をかくとは思わなかった。そうだ、一緒に風呂に入ろうか」
「ええっ?」
一緒にお風呂ですか? ……あ、美味しくなるためにちゃんと塩揉みしているのかを確認なさろうと?
「共に汗を流そう」
これは汗をかくのか、汗をかいた体を綺麗にするのかどちらの意味でしょうか? お風呂に入るのならば後者ですけど、もし昨晩のようなことをするなら前者になります。前者なら私を召し上がる際に血が出ても浴場なのですぐにお掃除出来ますね。
あ、もしや昨晩のは予行練習だったとか? おお、それならば私が生きているのも納得です!
「ええ、行きましょう!」
「うんうん、汗とか何やらで体がベトベトして気持ち悪いもんな」
じゃあ行くか、と辰月様がおっしゃった時です。突然、襖が開きました。
「なりませぬ」
「辰月様、奥様をいたわってくださいまし」
聞き慣れない声です。私が顔だけ起こすと襖の前に大きな狐さんと犬さんが立っていました。
(侍女さん?)
こちらのお二人の侍女はいつも来てくれる侍女のお二人より背が高いですし、少し人型に近い体格をしています。それにお顔も本多さんと紺野さんよりお姉さんに見えます。
「本多と紺野には刺激が強すぎるので私達が参りました」
「以後お見知りおきを」
狐さんは近藤さん、犬さんは湾田さんとおっしゃるそうです。
前から思っていたのですけど……いえ、なんでもないです。だって狐さんが「コン」と鳴いているのを聞いたことありませんもの。それに狸さんだって「ポン」と鳴きませんし。あ、もしやこちらは腹鼓でしょうか? 犬さんはワンとかバウとかクーンとかですよね。
「私達が美鶴様のお体を綺麗にいたしますので」
「辰月様はお一人でご入浴なさってくださいませ」
「俺だって美鶴の体を綺麗に洗えるが」
こう辰月様はおっしゃいましたが、侍女のお二人の長いため息を聞いて渋々お一人で浴場に向かわれました。
私は水を通さない敷物を広げた寝台の上で、心地よい温度に調節された手ぬぐいで全身を体を拭かれていました。近藤さんと湾田さんの手際の良さに驚くばかりです。本多さんと紺野さんもいつも見事な手さばきなのですが、やはり手足が長い分だけ近藤さんと湾田さんのほうがより素早く動けるようです。
「怪我はなさっておられぬようですね」
「流石は辰月様。我々の杞憂だったようで安心いたしました」
怪我の心配をされていますね。やはり予行練習だったのでしょうか。
「初夜だと意気込んで花嫁を負傷させる不届き者もいるのですよ」
「月の一族には少ないですけれどね」
「辰月様は常に私を気遣ってくださいました」
肉を痛めたら美味しくなくなるからですね。見た目も悪くなりますし。
「ふふふ、辰月様は一見やんちゃそうに見えて大変思慮深いお方ですからね」
「色々と勉強なされたそうですし」
お勉強なさったのは……生贄への接し方とかでしょうかね?
「そうでしたか。ありがたいことです」
ただの生贄にここまで良くしてくださるなんて、ひたすら感謝するしかありません。
「他の殿方にも見習ってほしいものです」
「ええまったく」
「そんなに他の皆さんは生贄の扱いがよろしくないのですか?」
ここまで続いていた会話がプツリと途絶えました。どうしたのかと思いお二人の顔を見ると、目を見開きポカンと口を開けていました。お二人とも一体何に驚いているのでしょう?
「今何と? 何とおっしゃいましたか?」
「美鶴様もう一度お願いいたします」
「え? えっと、皆さんは生贄の扱いがよろしくないのですか?」
私が言い直すとお二人ともさらに驚愕していました。
あと1話で1章が終了します。(2章は数話しか書けていないので公開はまだ先になります)




