第六十六話 お任せ
人生最後の夕食は一段と豪華でした! なんとウニがあったのですよ! もう味わえないと思ったのに、また堪能出来ました。あまりにも美味だったので思わず涙が出ちゃいましたよ。ウニ貝焼き、素晴らしい食べ物です。生み出した方に感謝申し上げたい! ちなみに貝殻はホッキ貝のものだそうです。
ここであることに気が付きました。必要以上に気分が高揚しているのは現実逃避をしているからかもしれないと。だってウニが美味しいのは事実ですが、これほど興奮するなんて変ですもの。落ち着いて現実を受け入れなければ。
私が密かに深呼吸していると、侍女のお二人が神妙な面持ちで辰月様と私に向き直りました。
「……では私達は」
「ここで失礼いたします」
「おう」
「あ、ありがとうございましたっ」
お二人は、本多さんと紺野さんは静かに部屋から出て行きました。きちんとお礼が言いたかったのに……。ああ、お手紙を書いておけばよかったですね。まさかこんなにあっさりとした別れになるとは思わなかったもので……。確認すべきでしたね。
「……」
「……」
沈黙です。静寂です。いえ、外から虫の声が聞こえます。鈴虫ですかね。……はい。
「ウニ美味かったな」
「ええとっても美味しかったです」
「うん、美味かったな」
普段のお返事とは違う気がいたします。辰月様も緊張なさっている?
「いや、実を言うとこれからのことを考えてて、ちゃんと味わえなくてさ……」
「これからのこと……手順ですか?」
どこから私を食べるのかとか。体から出たものの処理とか。それとも儀式的な何かがあるのでしょうか?
「手順って……そりゃあ、まぁ、うん……そうと言えばそうだけど……」
「私はどうしたらいいでしょうか?」
辰月様は大変困っておられるようですので、私にも何かお手伝い出来たらといいのですけど。
「え。……俺に任せてくれると……嬉しい……かな?」
「わかりました。お任せいたします」
そうですよね。私はきっとすぐに絶命しちゃうのですから何も出来ませんよね。
「あ、嫌な時は嫌だと言ってくれて構わないからな」
「いいえ、もう覚悟は出来ております」
怖くないと言えば嘘になりますが、それを乗り越えられるくらい辰月様を信頼しております。きっと大丈夫です。
「すまない。さっきも言ったけど、浮かれていたのもあるし、この後の流れのことで頭がいっぱいになってた。美鶴が覚悟を決めているんだから俺もしっかりしないとな」
「辰月様でもそんなことに?」
「俺でもって……。俺はもう余裕がない。いっぱいいっぱいだよ」
「まあ! そうでしたか。でしたらもう我慢なさらずに……よろしくお願いいたします」
私は指をついて頭を下げました。
「えっ」
「どうされました?」
私が顔を上げると赤くなっている辰月様のお顔が見えました。困惑なさっているようにも見えます。
「風呂に入ってからにしよう……」
「っ、そうでしたね。申し訳ございません」
汚い生贄など召し上がりたいはずありませんよね。先走ってしまいました。温かくて良い匂いと食感の生贄が良いに決まってますもの。体に塩を唇には砂糖を揉み込み、下味もしっかりつけて。
お風呂から上がるといつものように辰月様が髪の毛を乾かして下さいました。しかし背中にボディクリームは塗って下さらず、そのまま浴場に行ってしまわれました。何か理由が? ただお忘れになっただけ?
(ハッ! ボディクリームは食べられませんものね。どうしましょう、背中以外には塗ってしまいました。今からぬぐい取ったほうがいいでしょうか? うーん……皮膚が傷つくかもしれないからやめておきましょうか)
これに加えて気になる事はもう一つ。辰月様はこれから血まみれになられるのに、先にお風呂に行かれたのは何故でしょう? 血まみれにならない召し上がり方があるのでしょうか? あるいは身を清められてるとか?
(ううーん、いくら考えても答えはわかりません。あ……せっかく温まったのに体が冷えてきました。お布団の中に入っていましょうか)
私は寝台に移動して下半身だけお布団に入れました。しかしそれだけだと少々寒いのです。肩掛けを取ってこようかと思いましたが、お借りしているのに血まみれになったらいけないので、お布団に潜り込むことにしました。
(眠らないように気を付けていれば大丈夫ですよね)
なるべく楽しいことを考えていれば、睡魔と恐怖に打ち勝てるでしょう。よい考えです。
そうですねぇ、お出かけはとても楽しかったですね。何処が一番だなんて優劣はつけられません。だって今まで見たこともない風景や食べ物に出会えましたし、お土産を選ぶ経験も出来ましたもの。本多さんと紺野さんはお土産に喜んでくれましたね。……馬さんと牛さんの侍女さんにも配っていたとしたら、ちょっと小さかったかもしれませんね。次は……って次はないのでした。
最期に色々な体験が出来て本当に幸せでした。可能ならもう少しだけ外の世界を見てみたかったです。いえいえ、村の外を見られただけで十分なのですけどね。見聞きするだけではなく五感で堪能してしまうとね、知ってしまうと欲が湧いてしまいます。
(……辰月様、いつもならそろそろ出てこられるのに遅いですね。涼しくなってきたからゆっくりと温まっておられるのでしょうか?)
大勢のお客様に挨拶なさってお疲れなのもあると思います。……、あ、今寝そうになってしまいました。体を起こして、眠気を覚ましましょう。ふぅ……。
「あ、起きてた」
「なーっ!」
襖が開く音がしませんでした。慣れてきて聞き取れるようになっていたので油断しておりました。不覚!
辰月様のお顔とお耳が赤くなっています。やはり湯船につかって疲れを癒されたのでしょう。
む、何やら辰月様から普段は感じられない色気が溢れ出ているような? 湯気ではないですよね? あんまり凝視するのも失礼なので私は辰月様から目を逸らしました。
「……待たせてしまってすまない」
「……いえ、そんな」
辰月様が私の隣にいらっしゃると、ふんわりと石けんの香りがいたしました。いつもより強い香りがするような気がいたします。色気との相乗効果で目眩がしそうです。あ、もしや私を気絶させてその間に?
「えっとじゃあ、早速……」
ついに生贄の役目を果たす時がやって来ました。これで村は救われます。親を亡くす子や子を亡くす親がいなくなるのです。家屋や田畑だって潰されません。
「では脱ぎますね」
私は大丈夫だと自分に言い聞かせ、震えそうになるのを堪えながら寝間着の帯を解こうとしました。
「えっ?」
「どうされました?」
「俺が脱がせたい……かな?」
手順があるらしいのに、気持ちがはやってしまいました。段取りを疎かにしてはいけませんよね。落ち着かねば……。
「先ほど辰月様にお任せすると言ったのに……。失礼いたしました」
「うん……」
「私は横になっていたほうがいいですか?」
解体するのなら寝ていたほうがしやすいと思います。
「いや、このままでいい……」
寝台に座ったままでいいのですね。お布団は避けなくていいのですかね? やはり血は出ない?
「よし。じゃあいくぞ……。さっきも言ったが嫌だったり怖かったらすぐに言って欲しい」
「大丈夫です。私は自らの意思でここにいます」
「そうだったな。……では目を瞑ってくれるか?」
ほう、目を瞑っている間に口を吸われたり舌を絡めたりして私の体を麻痺させるのですね。もうすでに体中がむずむずしてきました。
ここで呼吸が楽になりましたが、次の刺激がやって来ました。
「んっ……」
首を舐められました。麻痺しているかどうかの確認でしょうか。背や腿も撫でられていますから、恐らくそうでしょうね。全身のむずむずとぞわぞわが強くなってきました。
「あ……」
私は辰月様によって寝台に倒されました。もしや座ったままだと食べにくいと判断されたとか?
「少し震えているな。今日はやめておくか?」
辰月様は私に跨がるような体勢になっておられるます。見上げるといつもより険しいお顔が見え、視線を下げると胸元が開けてムキムキとした胸板と腹筋が見えました。
「平気です。平気ですけど、痛いのは嫌ですのでどうか一思いに、一気にやってください」
「なっ……またそういうことを……。痛いのが嫌ならじっくりとしたほうが良いらしいけどなぁ……」
えっ、なぶり殺しのほうが痛くないのですか? そんなまさか。聞き間違いですよね? ううっ、体だ麻痺しているせいか頭を上手く働かせられません。
「俺を信じてくれ」
「はい……」
あと2話で1章が終了です。(2章は数話しか書けていないので公開はまだ先になります)




