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第六十四話 式当日

 ついにこの日がやって来ました。私達は早起きをして式の準備を開始しました。ああそうです! 馬さんと牛さんの侍女と侍従が協力して下さることになりました。侍女の本多さんと紺野さんが声をかけてくれたおかげです。なんでも、辰月様ならばと名乗り出てくれたとか。ですので辰月様の人望のおかげでもあります。あ、()望ではなく()望でしょうか。


「予行練習の甲斐あって綺麗に結えましたよ」

「続いてはお化粧です」


 お化粧も侍女のお二人と一緒に練習しました。一緒と言っても私は座っているだけでしたけども。

 なお辰月様も別室で準備なさっています。どのようなお着物に着替えられるのでしょうか。楽しみで仕方ありません。


「お出かけの時よりしっかりめにしますが、濃くなりすぎないようしますね」

「今日もお化粧のりがとってもいいですね」

「ありがとうございます。この日のために出来る事はしてきましたから」


 今日辰月様に美味しく召し上がっていただけるように、見た目と食感の向上のために毎朝晩欠かさずに化粧水と乳液を塗り込んできました。体にもボディクリームを丹念に塗り伸ばしました。辰月様に満足していただくために、他にも様々なことに取り組みましたね。どれも辰月様や村の皆さんのためなら苦になりませんでした。むしろ楽しかったです。けれどそれも今日までなのですね。あっという間でした。

 寂しくないといえば嘘になりますが、それ以上に心が満たされています。きっともうすぐ役目を果たせるからでしょう。


「こちらとこちらの口紅を混ぜて使います」

「その方が着物の色合いと馴染みますので」


 色の比率を変えたら無限に……とは言いすぎかもしれませんが沢山の色を作れちゃうじゃないですか。もしや頬紅なども別の色と混ぜたり? お化粧は本当に奥が深いですね。


「ふぅ、練習よりも良い出来です。完璧と言っても過言ではないでしょう」

「辰月様とお客様が美しさのあまり気絶してしまわないか心配です」


 皆さん普段から美しい方々を見てらっしゃるから大丈夫だと思いますよ。そう言いつつ、鏡に映った私はとても綺麗で、どこかの女優さんが映し出されているのではと疑ってしまいました。本多さんと紺野さんの名人級の腕前に感嘆しきりです。


「では着物を着替えましょう」

「呉服店の方をお呼びしますね」


 襖が開くと白蛇さんと人型の女性店員さんが入ってらっしゃいました。お二人の立ち振る舞いから、どちらも熟練者であるのが見てわかります。ええ、ただ者ではありません。


「おはようございます」

「うふふ、おはようございます。想像していた以上に美しくなられてて驚きました」

「侍女のお二人が頑張って下さったのです」


 本多さんと紺野さんを見ると少し緊張しているようです。やはり大きな蛇さんは怖いのでしょうか。しかしよく見るとお二人の尻尾が揺れています。


「まさか先輩にお会いする日が再びくるなんて夢のようです」

「このような機会を作ってくださった辰月様と美鶴様に感謝申し上げます」


 どうやら白蛇さんは元侍女でお二人の先輩だそうです。しかも指導係だったとか。


「私もあんなに小さかった二人が立派に仕事をしているのが見られて嬉しいわ」

「お二人にはいつも私を助けてもらっているので感謝しています。それだけでなく、こちらの事情や楽しいお話を聞かせてくださいますし。いつも身に付ける着物や装飾品だって素敵なものを用意してくださってます。本当は今日身に付ける着物や髪飾りについて意見を聞けたらよかったのですけど」


 お二人に選んで貰っていたら、辰月様の隣にいても問題ないくらい洗練された女性に見えるようになっていたでしょう。


「いえいえ。私共が手を貸さなくても、美鶴様ご自身の審美眼で素晴らしいものを選んでおられますよ」

「そうでございます。どれも美鶴様によくお似合いになる色や柄ですもの」

「ええ私もそう思います。他の店員達も選ばれた物を見て興奮気味でしたよ」

「ふふふ、皆さん、お話しは着替えを済ませてからにしましょうか」


 こう言ったのは人型の店員さんです。一度呉服店でチラリと見かけた方ですね。この方のおっしゃる通り、いくら時間にゆとりを持って行動しているとは言え、可能な限り手早く着替えるべきですね。いつ何時何が起こるかわかりませんので、話に花を咲かせている場合ではありませんでした。辰月様のお知り合いを呼んでいるのですから、失礼があってはなりませんもの。反省しきりです。

 そう言うわけで、私達は黙々と着替えを開始しました。




 着替え終わると辰月様が入室されました。辰月様も着替えられたので今日は一段と輝いておられます。本当に格好いいです。私が見とれていると、辰月様が硬直なさっているのに気付きました。


「どうされました? もしかして変でしょうか……」

「そんなまさか。美しさのあまり思考停止してしまっていたんだ」


 えっと、どういうことでしょう?


「うーん、隠しておきたい……。誰にも見せたくないなぁ」

「えっ」


 生贄のお披露目をなさらないのですか? 美しいと言ってくださったのに?


「けれど見せびらかしたいし……困ったなぁ」


 何が何だかよくわかりませんが、困らせてしまっているみたいです。慌てて謝罪したら辰月様が目を丸くされました。


「美鶴様、辰月様は誉めておられるのですよ」

「他の方が聞いたら惚気と思われるでしょう」


 神様と生贄でも惚気があるのですね。美味しそうだろと自慢する感じでしょうか?

 それにしても侍女のお二人の尻尾が千切れんばかりに揺れていますね。こちらにまで風が来ます。


「ああ、こんなに美しい人が隣にいたら嫉まれるに決まっている。怖いなぁ」


 美しい……美味しそうってことでしょうかね。そして嫉まれて怖い、つまり横取りされないか不安という意味でしょうか。多分そうですよね。


「私はずっとお側におります」

「ふっ、そうだったな。例えどんなに嫉妬されようが、俺達の関係には何の問題も起きないもんな」

「ええその通りでございます」


 私は辰月様のあの逞しい……あ、想像してしまいました。えっと、辰月様の血肉なってずっとお側におります。……ところで、どの部分の血肉になるのでしょう? 全身にまんべんなく?


「んじゃ早速、美鶴を見せびらかして、羨望の眼差しを浴びに行くとしよう」


 ええ、皆さんに辰月様に相応しい生贄であると認めてもらいに行きましょう。




 私達は呉服店の店員さんに見送られ、大きなお部屋に移動しました。普段暮らしている部屋も豪華だと思っていたのですが、それを遥かに上回る装飾が施されていますね。天井にも季節の草花が描かれています。どこを見ても息を飲むほど美しい作品があるので、一日中いても見終わることはないでしょう。

 部屋も素晴らしいのですが、ここに来るまでの移動手段がもう感激でした。そうです、牛車です。着飾った牛さんの侍従さんの牛車です。急遽お願いしたというのに、あれほどまで荘厳さを醸し出せるとは……。ちなみに帰りは牛さんの侍女さんだそうです。きっと男女で身に付ける物が違うでしょうから、今から楽しみで仕方ありません。

 そして馬さんの侍従さんと侍女さんはお客様を出迎える役目を引き受けてくださいました。ありがたいです。こちらのお二人のお姿はとても華やかでらっしゃいましたよ。鬣や尻尾が結ってありましてね、そこに紐や花を組み合わせてありました。じっくりと眺めていたかったですねぇ。

 私は次々と訪れる美に感動しながら用意されていた座布団に座りました。もちろん辰月様も隣に。


「彼らの気合い、凄いな。こんな短期間であれだけ用意出来るんだ。きっといつ依頼が来ても飛んでいけるようにしているんだろう」


 辰月様は侍女のお二人に髪型を整えてもらっています。いつも前髪で見えない額が見えました。額が出ていても美男子でらっしゃる……。きっとどのような髪型でもお似合いになるのでしょう。あ、見入っている場合ではありませんでした。返事をしなければ。


「千載一遇の機会をものにしようと日々励んでらっしゃるのですね」


 他者との違いを見てもらうために随所に工夫がされています。日夜情報収集をされているのだと思います。


「俺ももっと頑張らないと」

「わ、私も……」


 頑張ろうと続けようとしましたが、私の人生は今日でお終いです。いえ、来世があるかもしれないので、来世頑張りましょう。肉体は辰月様の一部になって、魂は来世で頑張りましょう。


「緊張しているのか? 俺はずっと側にいるからいくらでも頼ってくれ」

「私共もお側に控えております」

「ですのでご安心ください」


 侍女のお二人は影に入って私の側にいてくれるそうです。……影に入って? 私の背後にいるという意味ですかね?


「あ、ご覧に入れたことありませんでしたね」

「こうするのです」

「!」


 一瞬でお二人がいなくなってしまいました。目の前にいたはずなのに。これが影に入る、なのですね。何の予備動作もなく消えられるとは。まだまだ知らないことが沢山ありますね。

 辰月様によると、皆が皆、出来るわけではないそうです。


『美鶴様、こちらにおりますよ』

『お困りのことあらばすぐにお助けいたします』


 お二人が元いた場所から声がしました。ちょうど私の影がうっすらとある場所です。


「ありがとうございます」

「心強いな」


 私は本当に恵まれています。優しい両親に親切な村の人達、辰月様と出会ってからも様々な方々に助けてもらいました。それだけでなく衣食住でも何不自由なく過ごせました。いえ、不自由どころか豪華なものばかりでしたね。極めつけはこの着物ですよ。仮縫いの状態でも極上なものだったのに、完成したらさらに想像を絶する出来栄えになっていました。こんなに素敵な着物を着られるなんて、まるで結婚式のようで高揚しきりです。

 土石流で両親を亡くし私自身も大怪我をし、それまでの環境と大きく変わりました。ずっと一人で暮らし人生を終えるのだろうと思っていました。しかし辰月様の生贄になれたことで、様々な夢が叶っています。きっともうすぐお父様とお母様にも会えますよね?


「そろそろ始まるぞ」

「はい」


 辰月様はいつもと同じ笑顔を私に向けてくださいました。ああ、本当に辰月様の生贄になれてよかったです。




 後4話で1章終了です。(2章は数話しか書けていないので公開はまだ先になります)


 辰月は忙しかったので侍女達が牛と馬に声かけしました。

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